編集部注:「リスク対策.com」本誌2013年11月25日号(Vol.40)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年6月17日)

前回は、賃貸不動産管理業の事業継続計画について検討を行ったが、ある方から質問をいただいた。「賃貸不動産管理業とオーナーの間の賃貸不動産管理契約には、物件の滅失により契約は終了する旨の条項が含まれていることが多い。震災により物件が滅失した場合でも賃貸不動産管理業に一定のサービスを期待することはできるのか」というものである。 

このような条項が含まれていることが多いかどうかについて、筆者は参考とすべき資料を持ち合わせないが、そのような契約になっていれば、契約は終了することになるだろう。 

このような事情を考慮すると、オーナー自身が自らの不動産事業を継続するための方策を検討しておかなければならない。そこで、今回は、視点を変えて、オーナー自身の事業継続について検討する。なお、オフィスビルもしくは賃貸住宅(貸家およびマンション)を個人所有している事例が多いことから、この2つを対象とする。また、問題となった事例が多いことから、今回の想定リスクは地震とする。

 

建屋の耐震性確保がオーナーの事業継続の基礎となる 
不動産賃貸借契約の趣旨に立ちかえって、オーナーの義務を改めて考えると、その中核となるのが「建物や土地を使用収益させる義務」(民法601条)である。そして、この建物には、瑕疵がないことが求められる(工作物責任、民法717条)。よって、使用収益させる建屋に瑕疵がないかを確認しておくことが非常に重要である。これを可能にするのが、いわゆる「耐震診断」である。特に耐震基準が改正された昭和56年5月31日以前に建築確認が行われた建屋については、耐震診断を実施することを強く勧める。 

また、耐震診断の結果に応じた補強措置もしくは建て替えについては、費用、効果、リスクのバランスをよく考慮しなければならない重要な判断になる。古い建屋を補強するよりも、建替えに踏み切る方が不動産経営上有利な場面もあるだろう。必要に応じて、賃貸不動産管理業、弁護士、建築士、税理士、保険代理店といった専門家のアドバイスを受け、判断することを勧める。 

耐震診断を実施し、その結果、瑕疵がないことを証明できれば、以下に紹介するような損害賠償請求リスクは十分回避できる。そもそも適切な耐震補強を行っていれば、建屋が地震により倒壊する可能性は相当程度まで下げることができる。リスクマネジメントの観点から目指すべき姿である「そもそも事件・事故を発生させないこと」を実現することができる。

 

耐震性確保のコスト
具体的な耐震診断の結果、耐震補強措置が必要になれば、その場合の費用は木造アパートでも数百万に上ることがある。また、マンションやビジネス用の雑居ビルであれば、耐震診断だけでもその費用は数百万から一千万円超になることがある。この費用がオーナーの耐震診断への取り組み意欲を大きく削いでいることは事実である。

東京都の都市整備局が2013年5月に公表した「マンション実態調査結果」によれば、東京都内の旧耐震基準により建築されたマンションのうち、耐震診断を行っているマンションは、分譲で全体の17.1%、賃貸マンションでは全体の6.8%にとどまる。

この調査で、耐震診断を実施しない理由として挙げられたのは表1の通りであった。 

この調査では、旧耐震基準で建築された分譲マンションの耐震診断に反対する意見についても調査を行っている。その中で最も多い意見は「資産価値が低下する」であった。

以前、筆者が賃貸不動産オーナーの集まりに出講した際、「もともと古い建物であれば、もらっている家賃も安い。地震があれば壊れるリスク込みでお互い賃貸借している。オーナーからすれば、耐震診断は百害あって一利なしだ」との指摘を受けた。不動産賃貸物件管理業の方からもオーナーの意識について同様の話をいただくことがある。


 

建物に瑕疵があることによるリスク
民法717条は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害が生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」として、所有者の無過失責任を定めている(工作物責任)。この責任は建物に瑕疵があれば成立し、過失の有無は問われない。「寝た子を起こすな」という議論は結局のところ誰にとっても不本意な事態を引き起こしかねない。 

神戸地裁平成11年9月20日判決は、昭和39年に建築され、もともと十分な耐震性を有していなかった賃貸マンションが阪神・淡路大震災により震度7の揺れに見舞われ、一階部分が押しつぶされ、住人が死亡した事例について、マンションの建屋自体の瑕疵を認め、賃貸人・所有者に対して工作物責任を認めた。賠償額は、原告7名に対して合計1億2900万円である。この判決では、「建物の設置の瑕疵と想定外の自然力とが競合して損害発生の原因となっている場合は、損害の公平な分担という損害賠償制度の趣旨からすれば、損害賠償額の算定に当たって、右自然力の損害発生への寄与度を割合的に斟酌するのが相当である」として、全損害額のうち5割の賠償を命じている。
※判決文中の自然力とはいずれも地震動を指す

また、この判決では、「仲介業者は建物の構造上の安全性については建築士のような専門的知識を有するものではないから、一般に、仲介業者は仲介契約上あるいは信義則(※)上も建物の構造上の安全性については安全性を疑うべき特段の事情が存在しない限り調査する義務まで負担しているものではない」として、不動産仲介業者の責任を否定している。つまり、こ の裁判例の趣旨に従えば、もともと瑕疵がある建屋を貸していて、被害が生じた場合、責任はオーナーだけにあることになる。

※信義則とは、人は社会共同生活の一員として,ある一定の事情のもとでは相手方から期待される信頼を裏切ることのないように,誠意を持って行動すべきであるとする民法の基本原則をいう。民法1条2項に定められている。

さらに、神戸地裁平成10年6月16日判決は、昭和39年6月に建築され、度の増築が行われたホテルにおいて、2近隣の木造建屋に倒壊などの被害が出ていないにもかかわらず、昭和44年に増築された建屋の4階~6階で天井が崩落し、下敷きとなって2名が死亡した事例について、オーナーに約1億円の損害賠償を命じた。オーナーは不可抗力を主張したが、判決は「被災増床以外の本件建物や近隣の古い木造家屋が倒壊していないという状況を踏まえて、不可抗力(中略)を認めることはできない」とした。この裁判例では、賠償額の減額は認められなかった。

このような責任を回避するために、賃借人から「倒壊時の責任を負わない」旨の念書を交わすことを勧める向きもあるようだが、(特に90条、民法公序良俗に反する契約は無効となる )や消費者契約法の趣旨に照らして、このような合意の効力には疑義がある。オーナーはこのようなリスクがあることを知らないことが多いため、詳説した。

耐震性確保にあたっての注意点 
耐震診断については、耐震診断の依頼先は、国民生活センターや各地の消費生活センターへの相談事例が多発している現状を踏まえると、信頼できる事業者に依頼することが重要である 。一般財団法人日本建築防災協会は、国土交通大臣が指定する耐震改修支援センターであり、相談窓口などをホームページ上公開しているので、見積もり依頼にあたっての参考になる。

高額な費用についても、近年は、助成金や補助金、固定資産税の優遇など行政からの支援も充実している。保有する物件が所在する市区町村のまちづくり担当部署に相談することもあわせて勧める。

 

耐震性確保に加えて 
耐震性確保に加えて、オーナーが平時から取り組んでおきたい項目が3つある。

①設計図書などの保管
建築確認申請書、検査済証、設計図書の3つは、賃貸不動産物件の状況を確実に把握するうえで重要な文書であるが、我々がリスク調査に入る際にも、これらの文書が所在不明になっている事例が少なくない。不動産投資を始める際、マンションの一室を購入するところから始める方がおられるが、この場合でも建屋全体の設計図書などが確実に保管されていることを確認することをお勧めする。

②管理委託契約書の締結・更新・保管 
多くの場合、オーナーは賃貸不動産管理業者との間で委託契約を締結しているが、契約書の作成や更新が行われていない事例が散見される。トラブルになった場合、最終的には契約書上の記述により様々な判断をせざるを得ない以上、この契約書の作成と更新は確実に行わなければならない。

③物件ごとの役割分担の確認 
通常、住人の安否確認と物件の被害状況の確認などは賃貸不動産管理業の事業継続計画の中で優先業務に含まれていることが多いが、物件の委託契約の内容によっては、オーナーが自ら取り組まなければならない場合があり得る。 

特に、委託費節減のため、清掃を自分で行ったり、管理会社を通さず直接発注したり、あるいは、設備の保守点検を専門業者に直接発注するといった取り組みを行っているオーナーは、平時の費用負担を減らす代わりに、緊急時においても自分で対策を行わなければならない責任を負っていることに留意する必要がある。 

オーナーが賃借人の安否確認に取り組む必要がある物件では、賃借人の連絡先を複数確保し、かつそれらの情報を停電などの悪条件下でも速やかに取り出せる環境に保管しなければならない。

 

物件が滅失したかどうかはその後の事業再建に大きく影響 
前回も取り上げたが、最高裁の判例によれば、何らかの事象により賃貸借契約の目的物が滅失し、その効用を失った場合、賃貸借契約の趣旨はもはや達成できなくなるため、当該契約は当然終了するとされている。損壊の程度が著しく、建物としての効用を失っていると判断される場合は滅失となる。オーナーとしては、速やかに建屋の再建に取り組むことが可能になる。 

ところで、滅失には至らないとしても、建物の損壊程度が大きく、大規模な修繕が必要になる場合、建物の損傷程度、修繕費用、建物の耐用年数や老朽度、家賃の額などの事情によっては、オーナーが賃貸借契約の解除を求める正当事由となることがあるとされている。

オーナーとして納得がいかないという声が上がるのは、正当事由となるかどうかを判断するための事情に「オーナーが立ち退き費用を賃借人に支払うか」が含まれることである。 

通常の社会環境では、賃料の6~12カ月が立ち退き料相場とされている。震災のような緊急事態において、ただでも修理その他の費用が発生し、賃料収入が途絶しているところに、立ち退き料まで負担しなければならないのかとオーナーの不満の声はよく聞かれるところだが、特に住居の場合は、借地借家法により賃借人の権利は厳格に保護されており、迅速な再建をオーナーが望むのであれば、一定やむをえないところと考えられる。

 

終わりに 
地震が発生した場合、不動産価値は数割下がることも十分にあり得る。加えて、賃借人の被災や賃借人からの賃料減額請求などの減収要因、物件の修理など賃貸人が負担しなければならない費用などが生じる。災害が発生した場合は、政府系金融機関の融資や都道府県信用保証協会の融資保証枠の拡大などさまざまな取り組みが政府や自治体から打ち出されているが、それまで持ちこたえるためにも、手元資金をしっかり確保しておくことが賃貸不動産オーナーとしての心得である。

また、阪神・淡路大震災や東日本大震災における賃貸不動産に関するトラブル事例集を見ると、オーナー側の知識不足が原因となっていると思われる事例が多い。今回取り上げた建物の瑕疵による工作物責任はその最も深刻な事例であるが、その他敷金の取り扱い、賃貸借解除の手順などオーナー側である程度の知識があれば、回避できたようなトラブルを自ら引き起こしている事例が散見される。不動産経営を継続するためには、オーナー側も日々の勉強が必要なことを痛感する。