未知の感染症が日本を襲う可能性も十分あります(出典:Shutterstock)

感染症への危機感薄く

20世紀には感染病を引き起こす病原体についての研究、すなわち、細菌学、ウイルス学、寄生虫病を含む寄生虫学分野において画期的な大きな発展がありました。その結果、これら病原体についての多くの情報を得ることができ、そのおかげで感染病にかからない予防、診断あるいは治療面における劇的な進歩がもたらされました。たとえば、さまざまな感染病診断法の開発、細菌および寄生虫による感染病に対して特効薬的な働きを示す抗生物質や抗菌剤の発見、それに続くさまざまな製剤の開発がなされました。感染病予防のためのワクチンも開発され広く応用されてきました。感染病で命を落とすという脅威は、20世紀当初に比べ大幅に減少しました。

日本でも、太平洋戦争敗戦からの復興の中で、環境衛生対策、疾病対策は熱心に取り組まれました。その結果、長らく国民病として恐れられてきた結核などの感染病の発生は激減しました。医学部を持ついくつかの大学に併設されていた結核撲滅のための研究所は、その役割を終え、研究対象を変え名称も変更して現在に至っています。

死亡率が高く恐れられていた感染病の多くは姿を消し、日本国での感染病そのものへの関心もすっかり低くなっています。それに変わり、生活習慣病のような非感染性の疾病の重要度が近年非常に高くなっています。

国際交流が生む危険も

一方、すっかり先進国の仲間入りをした日本の国際交流は大変盛んになっています。国外に進出した企業で、非常に多くの人たちが活躍しています。企業のみならず教育・研究機関の国際交流も活発になっています。日本国内の企業現場で働いている外国人は少なくなく、大学などでも多くの留学生を抱えています。私が知る限り、留学生の多くは、アジア、アフリカ等開発途上国からの人たちです。また、国外からのおびただしい数の観光客が日本を訪れています。

日本国内ではあまり話題になることがないのですが、これらの国々には現在日本では見られなくなってしまった過去の感染病がいまだに存在しています。日本国内で未発生の感染病もあります。したがって、海外赴任中あるいは旅行中にこれら感染病に罹患してしまう危険性は決して低くないことを認識する必要があります。逆に、海外からこれら感染病の病原体が持ち込まれる危険性も高まっています。

人類に脅威を与える未知の病原体

20世紀末から、新興感染病と呼ばれる過去約20年の間に、それまで未知であった病原体感染による人の健康に障害を与える新たな感染症が世界中で広く出現しています。現在までにエボラ出血熱、エイズ、腸管出血性大腸菌O157、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MARS)、鳥インフルエンザ(H5N1及びH7N9)感染症等約30種以上の新たな病原体による感染症が知られています。これらの感染症は人が罹患した場合、発現する臨床症状は激烈で高い死亡率を伴うことがあります。

また再興感染病と呼ばれる、かつて存在した感染症で近年ほとんど問題とならないようになっていましたが、最近再び増加してきた感染症、あるいは将来的に再び問題となる可能性がある感染症の存在も注目されています。ペスト、ジフテリア、コレラ、サルモネラ症、劇症型A群レンサ球菌感染症、百日咳、結核、デング熱、黄熱病、狂犬病、炭疽等多数該当する感染病があります。

これら新興・再興感染症の発生地域は限定されていません。交通機関の著しく発達した今日、たとえアフリカ大陸、中東あるいは東南アジア等の開発途上国あるいは日本との交易が頻繁に行われていない、情報に乏しい国で最初に出現して流行が起きても、ごく短い期間で国内に侵入する危険性が生じています。抗生物質や抗生剤が効かない!

さらに、現在大変深刻な状況が生まれつつあります。例えば、以前は、細菌性および寄生虫性疾病に対して高い効果を示した抗生物質、抗菌剤等の治療効果が必ずしも示されなくなっている事例が増えているのです。この現象は、当初抗生物質、抗菌剤などが頻繁に用いられてきた米国や日本で顕著でしたが、現在では地球上ほとんどの地域で起きています。すなわち、薬剤耐性菌、特に複数の薬剤に耐性を示す多剤耐性菌の増加が、世界的に見ても著しくなっているのです。これは大変大きな問題です。実際に、結核等の細菌性疾病の治療が以前に比べてより難しくなっていることは否めません。残念ながら、新しい抗生物質の開発は頭打ちになっており、過去10年間以上、新しい抗生物質の開発にはどこの国も成功していません。

ほとんどの新興感染症が動物由来で国を超えて拡散

これら感染症には別の特徴があります。それは、現在知られている新興感染症のほとんどは、病原体が動物から人に感染して起きる「人獣共通感染症」あるいは「動物由来感染症」と呼ばれる感染症であることです。さらに、その多くは、国を超えて感染が広範に拡散する「国際疫」あるいは「越境性感染症」です。人類に対して広範に大きな脅威を与えています。

人獣共通感染症という言葉は一般にはなじみのないものですが、下の表に示した通りその種類は非常に多く、原因となる病原体も多岐多様にわたっています。伴侶動物(ペット)として飼育している動物、私たちの身近な場所で生息している野生動物から、人が病原体の感染を受け、発病してしまう感染病が多いことをこの表は示しています。さらに、人が感染を受け発病した場合、非常に高い死亡率を示す疾病の少ないことも分かります。

写真を拡大 感染症の病原体は多種多様

重要なことは、20世紀末から出現している新興感染症の多くが人獣共通感染症であることです。これらの感染症の発生は、最初に国外で起きる場合がほとんどであることを念頭に置く必要があります。

次回から、これら感染症の実態、考えられる感染予防等紹介する予定です。

(了)