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2013年の工業統計によれば、印刷業・関連業の出荷高は約5兆円にのぼる。業態としては、包装紙などの製造を行う商業印刷、雑誌や書籍などの出版物印刷が主力であり、売上全体の6割程度を占める。そのほかにも、企業の広告宣伝に使用される広告印刷、ノートや請求書などを製造する事務用印刷物、株券、商品券、カード類などを製造する証券印刷などの業態がある。広告、チラシ、ダイレクトメール、事業者からの請求書、商品のパッケージ、包装紙など、私たちの生活は、印刷物なしでは成立しない。 

今回は、この印刷業の事業継続をとりあげる。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年7月25日号(Vol.49)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年9月9日)

印刷業の事業継続を考える上での業種としての特徴
一般の製造業は、たとえ受注生産であったとしても、ある程度自社の計画に沿って製造工程を動かせることがある。たとえば、使い回しの利くモジュールや部品などは自社の判断である程度製造し、在庫を積み増しておくという判断が成り立ちうる。しかし、印刷業が何かを製造するためには、基本的には発注者の意向に沿った原稿が必要である。 

この発注者への依存性の高さが印刷業の事業継続においても大きく影響する。印刷業は通常、印刷物の仕様、数量、納期など発注者からの指示を満たすことができるか否かによって、受注できるかどうかが決まるわけだが、緊急時の対応でも、発注者の意向によって対応が左右される部分が大きい。

また、もう1つ注目しておきたい印刷業の特徴は、地域に根差した比較的小規模の事業者が日常業務の中でお互いに仕事を発注しあうことが多い事業構造である。我が家の周辺にも印刷事業者が多数立地しているが、普段から半製品がフォークリフトで持ち上げられ、トラックで運ばれている姿を目にすることが多い。日本標準産業分類によれば、印刷業は、「印刷業」「製版業」「製本業、印刷物加工業」「印刷関連サービス業」に分類されている。統計上もこのような分類が行われているように、印刷業では、製版、印刷、加工、製本と、製造工程の各段階で複数の事業者が関わっていることが珍しくない。

東日本大震災時における印刷業の状況
東日本大震災直後の業界団体による取りまとめによれば、地震の揺れおよび浸水の被害は、岩手、宮城、福島、茨城、千葉といった東北地方から関東地方の太平洋沿岸5県に集中した。 

印刷業界にとってより影響が大きかったのは、震災後の原発事故をきっかけとした電力危機と素材品や化学品メーカー各社の被災による原材料の供給中断である。 

読者もよくご存じのとおり、計画停電や電力使用制限令には多くの企業が対応に追われた。印刷業界ではこれに加えて、原材料の供給が中断した。まず、印刷に欠かせない紙とインクの供給状況からご紹介する。 

大手紙メーカーA社は宮城県内の2工場に加え、秋田、福島、岩手の生産拠点に被害を受けた。同じくB社は、青森、岩手、福島の各工場が被害を受けた。このほかの大手メーカーが保有する2工場で被害が生じている。また、大手メーカーの製造委託先にも被害が続発した。これらの被災の結果、日本国内の印刷用紙の生産能力のうち2割程度が機能を停止した。紙卸売事業者の倉庫で荷崩れが多数発生し、使用可能商品の選別に相当の時間と人手を要したことも影響し、発災直後から紙が印刷事業者に注文通り届かない状態となった。

インクについては、インク製造に欠かせない石油化学製品であるメチルエチルケトンやジイソブチレンを製造する千葉県内の石油化学工場が地震と火災の影響により製造不能となり、14カ月もの供給中断が発生した。ある報道によれば、この工場は、世界の生産能力のうち約3割を占めているとされている。そのため、この工場の生産停止は、インクメーカーにも大きな影響を与えた。インクメーカーの業界団体である印刷インキ工業連合会は、「印刷インキの生産出荷に関する危機的状況について」と題して、「製品出荷が止まることも考慮せざるを得ない危機的状況」であるとして、「色数やサイズ、インキ使用量等々に対しまして特段のご配慮」を求めたいとする異例の声明を行った。 

これら原材料の供給中断に対して、印刷各社では、発注量を引き上げる動きも見られ、供給のひっ迫は相当長期間継続した。 地震の揺れや津波は特定の地域にのみ影響を与えるが、原材料の供給中断は全国的な影響を引き起こす。もともと市町村合併による自治体の減少や事業者の減少により、印刷業への発注量は減少傾向にあった。このため、印刷業界では長年低価格を武器とした激しい受注競争が繰り広げられており、企業体力を落としている事業者も多かった。そこに、東日本大震災の衝撃が加わったのである。印刷業界の業界紙が「印刷産業界大打撃」というホームページを立ち上げるほどに、印刷業界の被害は大きかった。

事業継続を検討する前に
事業継続は、会社が危機に陥った際に、元の姿に速やかに戻すことを目的とするのではない。そもそも、危機という言葉は、あやうい、不安定といった意味の「危」に、仕組み、チャンス、重要、転換期といった意味を持つ「機」が組み合わされた単語である。単に著しく悪いことが起きているというだけではなく、その事象を契機として良い方向と悪い方向のいずれかに向かう分岐点としての意味もある。 

多くの組織には、必要性が薄れているにもかかわらず、過去からの経緯の積み重ねにより、手が付けられない状態にある設備や組織、事業といったものがある。危機の発生は、これら過去からの重荷になっている課題を一掃する契機になりうる。 

事業継続を考えるにあたっては、改めて自社の事業の強みと弱みを把握した上で、今後のあるべき姿を明確にしていく取組みを進めておくことを勧める。そして、このような取組みは、経営者自身が関与しなければ意味がない。 

この取組みの結果は、その性質上、全社員が共有できるものではないが、事業継続計画策定時に最も重要な作業であるビジネスインパクト分析とその後の優先順位の判断に反映することになる。 もう1つ大事なのは事前の情報収集である。印刷業は、地場企業が多いという性質上、行政の事業継続計画策定支援策の対象となっていることが多く、ネット上にもその取組み事例が掲載されていることがある。 

東京都の事業継続計画策定支援事業の事例を紹介したホームページには、印刷会社でも10社以上の事例が掲載されており、参考になる。また、インターネット上「印刷会社 事業継続計画」のクエリで検索を行うと、大小さまざまな印刷会社の事業継続方針を閲覧することができる。ひな形を求める向きもあると思われるが、むしろどのような方策が考えられるのかというイメージをつかんでおくことを勧める。

印刷業界の事前対策
これまでの印刷会社に対する支援事例を踏まえ、検討するべき事前対策を挙げる。

①社内の整理整頓 
整理とは、要るものと要らないものを仕分けして、要らないものは捨てることをいい、整頓とは、保管する場所を定め、その通り保管することをいう。生産性向上や労災事故防止のために盛んにいわれていることだが、これが事業継続上の対策としても有効である。 

過去、印刷会社の工場を訪問した際、印刷機の上に工具が置かれている姿をよく目にした。工場の担当者に確認すると、印刷機は細かい調整が必要になるため、工具を印刷機の上に置くのは業界として一般的なやり方であり、是正は困難という。一方で、機械上の工具が地震の揺れにより落下し、機械の中に入り込み、印刷の点検を始めようとしたところ、機械内部を破損した事例が報告されている。

やはり、印刷機の上に工具や治具を置くことは望ましくないのである。このような行動が行われている背景には、多くの場合整理整頓の不徹底がある。 

ある精密機器製造業の社長は、自社で「三定管理」を標榜している。「定められた物が、定められた位置に、定められた数だけ」保管されている状態が整理整頓であると定義した上で、社内のありとあらゆる場所について、標準保管状態を定め、これに写真等を貼りつけて分かりやすく従業員に示すとともに、整理整頓点検委員を輪番制で任命し、社内で点検確認を行わせている。最初は社長が自ら委員と一緒に点検確認をして回り、今は社長と同様の指導ができるようになっている幹部が委員に同行して、点検確認を行わせている。今でも社長はその幹部と整理整頓に関する目線あわせを怠らないという。社内での方針徹底のあり方として、参考にしたい一例である。

②リスクアセスメントの実施
少なくとも、以下の資料には目を通して、自社の事業拠点では、どのような緊急事態が発生する可能性があるのかを把握しておくべきである。

a自社の事業拠点が設置された市町村が発行したハザードマップ
b自社の事業拠点が設置された都道府県が発行した被害想定 

aは、地震や津波に限らない。水害や火山の噴火などさまざまな事象に備えたハザードマップが作られている。この被災想定区域の中に自社の事業拠点がないことを理由に自社に被害がないという理解は誤りである。想定を超えた事態が発生しうることは、過去の災害が何度も証明していることである。ハザードマップが作られている災害については、自社拠点に影響を及ぼすことを前提に対応を考えなくてはならない。 

bは、地震の被害想定だけは全都道府県で作成されている。地震については、独立行政法人防災科学技術研究所が提供している地震ハザードステーションも有効である。これは全国を500メートルメッシュに分けて、地震や液状化の可能性を数字で示してくれる。 

可能であれば、工場については、耐震診断を行っておくことをお勧めする。仮に工場の建屋が破損した場合、早期の復旧は非常に困難になるからである。多くの自治体で、耐震診断や耐震補強に関する補助金制度が用意されているので、これらも有効に活用したい。

③リスクアセスメントの結果に基づく対策の計画的な推進 
すべての印刷業に共通して必要なのは、システムデータのバックアップである。現代の印刷業では、デスクトップパブリッシング(DTP)と呼ばれるシステムで、原稿を電子データとして作成することが当たり前になっている。この結果、顧客は印刷物の素材を提供するだけで、印刷に必要なデータはすべて印刷業者が保管しているような事例も珍しくなくなった。とすると、これらのデータが仮に喪失した場合、顧客の要望に応える基盤が喪失することになってしまう。システムデータのバックアップは他の産業にまして重要性が高い。このほか、印刷業において考えられる事前対策を表とした。

次回は、発災直後から、復旧までの対応について、順を追って検討していきたい。

(了)