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重要なインフラのリスクと言えば電力である。電力はいわゆる本源的入力であり、それがなければ何も動かない。

日々の生活を可能にする電気は発電・送電・配電設備の膨大なネットワークによって供給される。全国高圧送電線網として知られるものであり、複雑になりもろくなる一方である。

老化がある。送電線と変圧器の70%は少なくとも25年を経ている。

大規模である。高圧線は26万キロ、配電線は800万キロ、発電器と変圧器は数万台である。

容量には事実上全く余裕がないまでに利用されている。

ニューヨーク市の電力需要には非常に大きなものがあり、すでに限界に達しており、毎年夏にはその限界を超えることも稀(まれ)ではない。例えば2006年7月、夏季のピーク需要がネットワークの能力を超えたためにクイーンズのアストリア、サニーサイド、ウッドサイドの一部で、17万5000人以上の人が停電の被害にあった。あの長く暑い夏の間、私はニューヨーク市緊急事態オペレーションセンターのマネジメントをしていた。電気がなくなるや否や近隣の状況は急速に悪化した。我々はクイーンズで電力のない事態にどこまで耐えられるかわからなかった。しかしあの経験に基づいて言えば、せいぜい1週間であろう。

『灯りが消える(Lights Out)』という本で著者のテッド・コッペル氏はアメリカの高圧送電線網の重大な途絶はありうるというよりは、ありそうなのだと警告している。もし起きれば9.11はピクニックであったと思えるような大災害となるであろう。

「停電が何日間ではなく、何週間もあるいは何ヵ月間も続くことを想像したまえ
いくつもの州の数千万人という人が影響を受ける
上水も下水も流れない
冷蔵することもできない、光もない
食物と医薬品の供給は減少する
我々が依存している装置は動かなくなる
銀行は機能せず、略奪が横行する
法と秩序はかつてないほどの試練にさらされている
高層ビルの屋上の水槽は2~3日は水を出す
これを使い切れば、蛇口は乾き、トイレに水は流れない
緊急時のボトルウォーターの供給は飲用以外に使うにはあまりに乏しい
供給を補充するところはどこにもない
人間の出すゴミが数日のうちに危機的な問題となる」


―テッド・コッペル『灯りが消えるーサイバー攻撃、備えのない国、災害後の生存』

 

電力へのリスク 

電力システムの脆弱性は人間が作り出したものだという人がいる。高度に規制された産業を緩和したのが問題だということである。話は単純であり全国高圧送電線網自体から始まる。
我々の素晴らしい全国高圧送電線網には3つの役割がある。第一は電気を作ることである。これを発電という。第二は、作られた場所から人の住む場所へ電気を移動させることである。これが送電である。第三に、電気は各戸のコンセントまで届かなければならない。これが配電である。かつては一つの会社がこの3つのことをしていた。しかし規制緩和と民営化の波が電力産業にも及び、過去20年間に両者が相まってこの3つの業態をばらばらにした。
昔は停電すればそれを元に戻すのは電力会社の仕事であった。今はなるべく安い料金の会社を探して契約する人が多い。しかしその会社もまた別の会社から電気を買っているのである。停電のときは、あなたが契約した会社は肩をすくめてサプライチェーンの上流にいる送電業者や発電業者を名指しする。その結果、電気代は低廉になったが、暗闇に取り残されるリスクはうなぎのぼりに高まる。
もう一つは、全国高圧送電線網を構成しているコンピューター系と人間系という異なるシステム間の連携の問題である。世界最悪の停電の2つである2003年の北東部大停電と同年のイタリアと近隣諸国の大停電はコミュニケーションの断絶が原因であった。両方合わせて1億人以上の人が影響を受けた。

スマートシステムは我々をバカにする

停電したニューヨーク市
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災害専門家が心配するのは停電そのものより、その後のことである。広域の停電に際して何万戸もの世帯の状況を改善するために政府ができることはほとんどない。2006年のクイーンズでの停電のときには、市の職員がお年寄りなどの家を1軒1軒たずねて氷とボトルウォーターを手渡して回った。我々は電気が復旧するのを今か今かと気をもみながら待つしかなかった。
問題は停電のとき何をすべきかを大半の人が知らないことである。アストリアやロングアイランド市の人でバックアップの計画を持つ人、あるいはインターネットのない72時間が何を意味するかを知る人はほとんどいなかった。食事のために狩猟のできる人はさらに少ない。シームレスのアプリなしに食糧を自給できる人は、ウイリアムズバーグの狩猟用の鳥と同じくらい珍しい。

 

使わなければ失う

今日、スマートシステムとロボットのような”人工的なエージェント“が人間の仕事の代替をする割合は高まる一方である。例えば病気の診断、自動運転、技術レポートの作成などがある。同時に我々は広範囲にわたるこれらの専門的な技能を失いつつある。ランド・コーポレーションのオソンデ・オソバ氏はこれを技能喪失効果と呼ぶ。我々の集団としてのレジリエンスをむしばむ自動化への依存の傾向は加速され続けている。グーグルやアマゾンなどによる莫大な投資は、我々がとても把握できないまでのAI技術の飛躍的な前進をもたらした。オソバ氏によれば、21世紀の生活のあらゆる側面において自動化への傾倒は強まるばかりである。AIの社会経済的な衝撃のスピードと範囲を「重要で前例のない」ものであると言う。
現代のインフラは人間の渇望を驚くべき巧妙さで満足させてくれる。安楽、性急な欲求の充足、楽しい娯楽などである。そのようにして日を過ごすにつれて、我々はインフラの中断にますます脆くなる。同時にこれらのシステムも中断に弱くなる。最も影響があるのは、もちろんインターネットである。

(続く)

翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300