日本大学危機管理学部・スポーツ科学部開校式の様子(画像提供:日本大学)

「君たちはどこの学部の学生かな?」と話しかけると、「危機管理学部です!」と学生たちの元気な声が返ってきた。今年4月に開設されたばかりの日本大学危機管理学部を取材に訪れた時の出来事だ。記者は、大げさではなく「日本の危機管理がまた一段、新しいステージに上がったのかもしれない」と明るい衝撃を覚えた。「ユニークで、志の高い優秀な学生が集まった」と同学部創設メンバーの一人である福田充教授は胸を張る。未来の危機管理を担う人材に求められる資質とはどのようなものか。同学部の教育方針を取材した。
 

日本大学危機管理部創設メンバーの一人であり、同学部次長の福田充教授

 

「警察官や消防士などファーストレスポンダーを目指す学生もいれば、東日本大震災や常総市の水害で被災し、災害対応を学ぶために入学した学生もいる。入学式で新入生を代表した女子学生は、「夢は国際機関で難民問題を解決すること。そのためにグローバルセキュリティを学びたい」と語っていた。これまでに出会ったことのないような意識と志の高い学生が入学してくれたというのが実感だ」と話すのは、日本大学危機管理学部次長の福田充教授。

日本初の危機管理学を総合的に学ぶことができる同学部の1期生およそ300人のうち、女子は約3分の1。福田氏は「現在は災害対応や避難所運営、さらには防犯においても女性の視点が強く求められている。女子学生が多いのは非常に心強い」と続ける。

福田氏は大学院生時代、東京大学社会情報研究所(現・大学院情報学環)でメディアや報道の効果研究をしていたが、博士課程進学の時に阪神・淡路大震災が発生した。生まれ故郷である兵庫県西宮市も大きく被災し、被災地の調査に入るなか、2ヶ月後には地下鉄サリン事件が発生。日本の危機管理体制に対して疑問を抱き、この分野を研究する決意を固めたという。しかし当時、東京大学では災害を研究する部門はあってもテロ対策や危機管理について学ぶ場所はなかった。その後、危機管理や安全保障を自由に研究できる日本大学から声がかかったという。

「当時、危機管理について自由に研究できるのは私学しかないと思った。研究する場所を与えてくれ、今回は危機管理学部の創設という非常に大きな役割を与えてくれた日本大学にとても感謝している」と、福田氏は当時を振り返る。

しかし、そもそもなぜ日大は「危機管理学部」を創設したのだろうか?

 

松下村塾の流れを汲む日本大学危機管理学部

日本大学学祖の山田顕義。近代日本の法典整備に尽力し、初代司法大臣などを歴任した。(出典:Wikipedia)

2019年に創立130周年を迎える日本大学。危機管理学部の開設はその記念事業の一環として構想されていたものだという。福田氏がその構想を大学本部から伝えられたのは、サバティカル制度を利用し、米コロンビア大学「戦争と平和研究所」の客員研究員をつとめ終えて帰国した直後の2010年4月のことだった。

日本大学の創立は1889年(明治22)。創設者の山田顕義は伊藤博文内閣で初代司法大臣を務めた人物だが、幕末時代は長州藩の倒幕の志士として活躍した。以降、長くなるが、危機管理学部創設の話につながるので少し詳しく書く。

顕義は幼少のころ、高杉晋作、久坂玄瑞など多くの幕末の志士を輩出した松下村塾の最後の門下生として、思想家・教育家である吉田松陰の薫陶を受けた。戊辰戦争では様々な戦いで指揮を執り、西郷隆盛から「用兵の天才」と賞賛されたことでも知られている。明治時代に入り、大村益次郎らとともに日本陸軍の創設にも密接に関わるが、1871年(明治4)に岩倉遣欧使節団として渡欧すると、ヨーロッパの軍制よりも法制度の充実に感銘を受け、帰国後は日本の法整備に力を注いだ。当時にあって、「法は軍に優先する」という信念のもと、シビリアンコントロール(文民統制)の重要性を日本で初めて提唱したのも顕義だった。これは現代における安全保障の考え方の先駆けともいえる。

その後、顕義は1883年(明治16)から1891年(明治24)まで司法卿・司法大臣として明治法典(刑法、刑事・民事訴訟法、民法、裁判所構成法など)の編纂に尽力。現在では日本の「近代法の父」とも呼ばれている。そして日本の法制度の次世代を担う人材を輩出するべく1889年(明治22)に創設したのが日本法律学校であり、これが日本大学の前身となる。

福田氏は「日本に大学はたくさんあるが、松下村塾の流れを汲む大学は日本大学だけ。日本大学が危機管理学部を構想したのは、学祖・山田顕義の建学の志を今に伝えたいという想いがあった。私もそれに大いに賛同し、新学部の創設に心血を注いだ」とする。

世界で初めての「危機管理学」。オールハザードに対応する人材を育てる

 

(画像提供:日本大学)

日大危機管理学部では、学祖の遺志も汲み、危機管理を総合的に「法律」を通じて教える。学生が卒業時に取得できる学位は「法学士」だ。日本の災害研究分野は理系学部が中心であるため、全国でも珍しい取り組みだ。学生は2年次から「行政キャリア」と「企業キャリア」に分かれ、さらに「災害マネジメント領域」「パブリックセキュリティ領域」「グローバルセキュリティ領域」「情報セキュリティ領域」の4つの研究領域の中から履修モデルを組み、そのほかに法学系科目、語学のほか企業BCPやボランティア、インターンシップ、企業研究などを学ぶ。ではそれぞれの領域について概要を見てみよう。

まず、「災害マネジメント領域」は自然災害だけでなく原発事故のような人為的災害も含め、自然災害論、災害情報論、復旧・復興論やボランティア論など、災害対応について総合的に研究する。「パブリックセキュリティ領域」は、窃盗、詐欺、暴行やストーカーなどの犯罪・治安対策のほかテロリズムまで、公共の安全を確保するための犯罪捜査や刑事政策、司法制度・行政組織について学ぶ。この分野では警察大学校に次ぐような、レベルの高い教授陣による授業を用意しているという。

「グローバルセキュリティ領域」は、国際安全保障、戦争・紛争・テロのほか、現在問題になっている難民問題や人権問題、環境問題など国際的な協力の取り組みが求められる分野が領域に入る。「情報セキュリティ領域」では情報流出を防ぐための情報管理やサイバーセキュリティのほか、デジタルフォレンジック(電子鑑識)などの高度な技術を教えることも視野に入れている。

企業キャリアで情報セキュリティを研究したり、行政キャリアでパブリックセキュリティを学んだり、組み合わせによって学生の様々な将来の道を選択できるようにした。個別の学科を教える大学は存在するが、これらの領域を全て網羅して教えることができる大学は、世界を見ても類がないという。教授陣も、研究者だけではなく警察庁や防衛省、法務省の出身者など実務経験豊富な人材を揃えている。

「もちろん、4年間で危機管理が全て学べるとは考えていないが、オールハザードに対応するために学生時代に最も学んで欲しいのは「インテリジェンス」だ。グローバル化した昨今では、地球の裏側で起こっていることは近い将来、日本国内でも起こる可能性が高く、いかにそれらを「自分ごと」に出来るかが大事だ。学生時代にその感覚を養ったのちに社会に出て実経験を積むことで、危機管理のプロをめざせるのではないか」(福田氏)


危機管理における社会のプラットホームに

「危機管理学部です!」と元気に答えてくれた学生の皆さん

福田氏がこれから目指すのは「危機管理学部」ではなく「危機管理学」そのものの構築だ。そのためには学生を育てるだけでなく、地域の住民との交流の中で地域社会の危機管理能力を高めていくことも重要だし、官庁や民間企業との交流を通じて危機管理の経験を学ぶことも大事だ。

福田氏は「大学が強いのは理論の展開や海外における事例を研究すること。私は危機管理学部を様々なステークホルダーの皆さんと交流し、議論し、社会に浸透させるためのプラットホームにしていきたいと考えている。平時はレジリエントな社会の構築のための準備を進めながら、いずれ来るであろう災害やテロなどが発生した時には、地域の一員として社会を守る活動を展開する。そんな人材を育てていきたい」と、将来の展望を語ってくれた。

地元の商店街でも歓迎されている

(了)