東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦氏

想定しない事態でも生き残れる「判断・対応・技術力」を


首都圏に本社を置く企業などから、巨大地震が発生した際の津波被害について、どう備えればいいのか不安の声が上がっている。現在、首都圏における津波被害想定としては、東京都が1703年の元禄関東地震が起きた場合を最悪のシナリオとし、23区内では最大2.61メートルの津波高になると試算している。一方、神奈川県では、1605年の慶長地震が起きた場合を最悪のシナリオとし、横須賀市で9.2メートル、横浜市4.4メートル、川崎市3.5メートルと想定するなど自治体によって被害想定には大きな差がある。想定される被害や必要な対策についてどう考えればいいのか、東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦氏に聞いた。


津波が高くなくても旧埋め立て地などで浸水

2年前ほど前から、東北大学災害科学国際研究所では、首都直下地震や南海トラフ地震における津波も含めた総合的な対策を研究するためのプロジェクトを、東京大学地震研究所と富士通株式会社、川崎市とともに開始し、今、少しずつではありますが、その成果が見えてきたところです。

この研究では、神奈川県が出している津波浸水想定などを参考に、川崎市に3メートル程度の津波が来ることを想定して影響を分析(図1参照)しているのですが、津波がそれほど高くないとしても、川崎市の場合は浸水エリアがとても広く、被害はかなり大きくなることが分かってきました。特に川崎市は沿岸部の工業地帯のほとんどが埋め立て地です。最近の埋め立て地は、比較的に地盤が高く海抜3メートル以上あるので、津波が遡上(そじょう)しない可能性もありますが、昔の埋め立て地帯は海抜2メートルぐらいと低く、浸水の可能性がかなり高いと考えられます。護岸もだいぶ古いものも多くて地震により壊れる可能性もあります。工業地帯では、その多くが企業さんの私有地になるので、その管理や維持も、行政が支援しにくく対策が難しいのが現状です。つまり、津波高が高くないからといって決して油断はできないということです。

図1:川崎臨海部の津波シミュレーション

人の混雑で被害拡大

市街地でも、避難で混雑したところに津波が押し寄せ大きな被害が出る可能性が分かってきました。昨年、東北大学博士課程の牧野嶋文泰さん(当時3年)らが、川崎市を中心とする約100平方キロメートルの臨海部を対象に、昼間人口の約34万人が津波から避難する想定のシミュレーションを行ったのですが、その結果、人が集中して極端に動きが遅くなる場所が街の所々に発生し、地震の発生から15分が経過しても、大勢が道路にあふれて動けなくなることが明らかになりました(図2参照)。もしここに津波が流れ込んできたら、多くの人命が失われかねません。もちろん、この34万人の中には本来逃げなくてもいい場所や高層に住んでいる人も多く含まれているわけですが、そうした人が逃げなくてもいいような情報提供の仕方を考えるなど、街の人口構成も考慮した対策を考えていく必要があります。

図2:川崎臨海部の津波避難シミュレーション

地下施設などを通じ内陸でも被害

さらに一般的に津波は、沿岸部ほどリスクが高く、内陸ほど低いと考えられていますが、都市部の場合、地下施設が複雑で、さらに内陸でも埋め立て地が多いことから、必ずしもそうなるとは言い切れません。地盤や施設の情報までを考慮して分析をしていく必要があります。

直下型地震でも、まだ考えなくてはいけないことがたくさんあります。例えば、通常の地震の津波というのは、海底が隆起して、水面が高くなりそれが伝播してくるのですが、直下型の場合は、地震による横ずれや縦ずれで、防潮堤などの沿岸施設が壊れ、そこから浸水が起こることも十分考えられます。これを津波と呼ぶかは微妙なところですが、地震の後に水が来るという意味では、津波と同様の避難なり、対策をしなくてはいけないことも考えていかなくてはなりません。

 

排水溝からの津波が起こる

もう1点は、先ほど言った通り、津波というのは、一般的には津波の水位が陸の地盤よりも高いときに大きな被害を起こすと考えられているわけですが、工業地帯や沿岸部の開発エリアでは、実は陸に津波が上がらなくても浸水するようなことが起こり得るということです。例えば、津波が排水溝や下水道などを通じて押し寄せてくる可能性もあります。実際、2010年のチリ中部地震津波の時は、津波が日本まで押し寄せて来て、宮城県気仙沼市では、排水溝を逆流してきた津波がマンホールも飛ばして、さらに屋内にまで入ってきたことが報告されています。こうした津波は、破壊力や流体力(流す力)は比較的に弱いと考えられますが、問題は、浸水するだけで影響を引き起こす可能性があるということです。例えば、臨海部の工業地帯では、水が入ることで、化学物質が反応して火災が起きるとか、電気系統のショートにより火災が起きることも否定できません。このように二次的な影響として被害を出してしまう可能性があるということを想定しておくことが大切です。

さらにNHKスペシャル(今年3月3日放映)でも紹介されましたが、海底に堆積されているヘドロを含んだ「黒い津波」だと、衝撃力を増すことが分かってきました。また、一旦、陸にこうした津波が上がると、乾燥してからものすごいホコリが巻き起こり復旧の妨げになり、肺の中に入り炎症を起こした例も報告されています。平時に波が穏やかな湾岸部はヘドロの堆積量が多いと考えられています。

命が助かるスペースがある

一方で、都市部には、高層の建物であったり、歩道橋など、そこに登れば命は助かるというスペースもたくさんあります。こうしたスペースをいざというときに活用できるようにするためには、日常的に津波災害などを意識することが大切です。地震の後に火災が起きるということは多くの人に連想できているかと思いますが、都市部では津波で浸水が起こるということはあまり多くの人に考えられていないのではないでしょうか。

 

判断力を高める訓練を

今後の対策としては、一つは判断力を高めるということが必要になってくると思います。なぜなら、先ほどから繰り返しているように津波がどのように押し寄せてくるのか、何を引き起こすのかは実際には分からないということです。大きな津波が押し寄せてきて内陸へ逃げたら、川を遡上した津波が内陸側から逆に襲い掛かってくるかもしれないし、排水溝からの津波によりマンホールから水が噴き出してくるかもしれない。火災が発生したり、混雑で動けなくなることも考えられます。こうした際にどう行動すればいいのか判断力を高める必要があります。
 われわれの共同研究でも、ICTを活用し、こうした判断力を高められるようにすることを目的にしています。昨年は、避難支援アプリを使った避難訓練を実施しました。このアプリは、危険個所や安全なルートをリアルタイムで共有できるというものですが、住民には、あらかじめスマートフォン(写真1)にこのアプリを入れてもらい、避難訓練で逃げる先々で、火事や通行止め、建物倒壊で通過不能という想定外の状況を模擬的に作り出し(火事や通行止めの看板を持っている人を、避難経路上に立たせておく。写真2参照)、その情報をアプリでシェアしてもらいました。その結果、その場に居合わせた人だけでなく、同じルートを考えた人も、その場を通らないで違う安全なルートを考え出せるようになるなど、一定の成果を得ることができました。これまでの避難訓練は、避難経路上のリスクを事前に評価しておいて、この道を通ってどれだけ早く避難できるかということに重きを置いていましたが、その前提が崩れたとき、いかに柔軟に対応できるか、その判断力を養う訓練を考えたわけです。こうしたリアルタイムの情報共有は今後とても重要になると思います。

写真1
写真2

 

最悪の事態での対応力を高める

もう一つ、重要になってくるのは、最悪の事態に遭遇した際の対応力です。結果として津波に飲まれてしまったようなときでも、諦めずに最善の方法を考え出せるようにする力です。もちろん、それをやったからといって、確実に助かるわけではありません。それでも、漂流している間は、決して津波の黒い水を飲んではいけないとか、浮力をサポートするようなものを身に着けるとか、本当に津波に飲まれてしまったときのことを想定してみることも大切だと考えています。そうすることで、いかに事前対策が重要なのかということについて改めて気付きが得られると思うのです。まだ調査をしていませんが、東日本大震災で津波に飲まれた方のうち、生き残った方が1割ぐらいはいたのではないかと考えられています。その数字を高くすることも考えていく必要があります。

 

命を守る技術力を育てる

最後は、こうした最悪の事態でも命を守れるようにするさまざまな技術力を育てていくことです。津波避難の構造物はもちろんですが、津波に飲まれたときに浮力をサポートするライフジャケットを開発するとか、車の運転中被災しても一定の時間は安全に浮いていることができる車両を開発するなど、実際、アジアのベンチャー企業ですでにこうした製品の開発が進められていますが、防災先進国として日本企業の技術にも今後は期待したいものです。

※図-1,2は「川崎市政策情報誌かわさき第37号」より引用
http://www.city.kawasaki.jp/170/page/0000105224.html

(了)

聞き手:中澤幸介

インタビューを終えて
今村教授を最初に取材させていただいたのは2007年7月。当時、政府の地震調査委員会では、今後最も発生確率が高い地震として宮城県沖地震を挙げていたが、宮城県の被害想定に津波による死者は含まれていなかった。それに対して、今村教授は、津波の被害はシナリオ次第でいくらでも大きくなると強く警鐘を鳴らしていた。さらに過去の津波では経験していなかった点として「工業地帯では津波の影響で大火災が発生し、通行中の車は次々に津波に飲まれる」と、その後、東日本大震災で実際に発生した被害を、弊社へのインタビューの中で言い当てていた。
ビジネスにおいては、競争相手のいない未開拓市場を「ブルーオーシャン」と例えることがあるが、ブルーオーシャンは、見える人にだけしか見えないため、多くの人にとっては普段、想像もつかない未知の世界となる。防災においても、特定の人にしか見えない脅威がある。多くの場合、聞き流され、戯言とも受け止められることもあるが、実際にその被害が現実になると予言者のごとく注目される。今、今村教授にだけ見えている脅威は何なのか? その脅威にわれわれはどう向き合い備えていけばいいのか? 
今回のインタビューですべてが聞き出せたわけではないが、まず、今村教授が述べられていた脅威を自分なりに思い描き、その時何ができるのか、そのために今、何をすべきかをそれぞれが考えてみてはどうだろう。(中澤)

リスク対策.com 2007年7月号「震災の最大の盲点 津波」より


今村教授には、2019年9月25日に開催する「危機管理カンファレンス2019秋」でも講演をいただく予定。