急ブレーキのドライバーのイメージ(出典:内閣府ホームページ https://www8.cao.go.jp/koutu/kyouiku/i001.html

最近の事故、ブレーキうまく使われず

滋賀県大津市の交差点で2台の車の衝突に巻き込まれた保育園児16名の死傷事故や、東京・池袋の交差点でクルマが暴走し母子2名の命が失われた事故など、痛ましい交通事故が相次いでいます。

交通事故の原因や対策についてはいくつかの論点があり、どれも重要ですが、今回は、ブレーキについてみなさんと検討したいのです。

なぜかというと、昨今の交通事故の記事の見出しを見ても「ブレーキかけず」「ブレーキ痕なし」「アクセルとブレーキの踏み間違い」など、ブレーキをうまく踏めていない現象が見受けられるからです。

■「双方ブレーキかけずと断定 大津の園児死傷事故」(日本経済新聞 2019年5月10日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44612260Q9A510C1AC1000/

■「神戸バス事故、ブレーキ痕なし アクセルと踏み間違いか」(朝日新聞 2019年4月23日)
https://www.asahi.com/articles/ASM4R5725M4RPIHB01R.html

■「交差点前にブレーキ痕なし 千葉の2人死傷事故」(産経新聞2019年4月23日)
https://www.sankei.com/affairs/news/190423/afr1904230019-n1.html

もちろん個々の事故では、ブレーキは間に合わなかったというものはあるでしょうが、そもそも急ブレーキって皆さん練習したことがありますか? ないという方も多いのではないでしょうか?

ハンドル切るよりブレーキを

事故にあった際はもちろん、地震の際、落下する橋の手前で急ブレーキを踏めば命が助かるという場面もないわけではありません。いざというとき、私たちは適切にブレーキを踏めるのでしょうか?

出典:写真AC

実は、クルマの実技試験には急ブレーキは入っていないのです。だから免許を持っているからといって、体験しているとは限らないのです。ご存知でしたか? 急ブレーキを練習していなかったなんてちょっと衝撃です。

でも、自動二輪(オートバイ)の実技試験には急ブレーキの課題があるのです。たとえば中型自動二輪以上の場合、時速40キロの状態から11メートル(路面が濡れていたら14メートル)以内に停止できなければ、免許はもらえません。ですから自動二輪のバイクに乗っている方は、急ブレーキ体験のある方ということになりますね。

(※上記2段落の「実技試験」の前に「教習課程や」とありましたが、実施している施設もあるので削除しました 2019年5月22日)

ブレーキを踏んだ場合の効果は大きいです。衝突エネルギーは速度の2乗に比例します。ということは、減速さえできれば被害規模は2乗に比例して小さくすることができるのです。被害を2乗に比例して小さくできるなんてブレーキってけっこうすごいかもと思います。時速40キロを20キロまで落とせたら、衝突エネルギーは半分ではなく半分の半分=4分の1まで減らせるのが、ブレーキなのですね!

とはいえ、クルマがぶつかってきそうになったら、なんとかハンドル操作で切り抜けたいと思ったりしませんか?

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映画のカーアクションでは、華麗なハンドルさばきがありますよね。ゲームではコントローラーをテクニカルに操作して危機をすり抜けたりします。そんな光景に慣れていると、ブレーキよりはハンドル操作でその場をしのごうと思いたくなるのも無理はありません。ところがです。個々の状況によるのはもちろんですが、プロのドライバーはこぞって、ブレーキ優先を口にされます。

■ブレーキやハンドル操作、技能を再確認 京都でシニア向け講習(Yahoo! ニュース 2019年5月12日)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190512-00000007-kyt-l26

なぜでしょう? それはハンドルをとっさに切ることができるとしても、とっさなので持ち替えまでは難しいと考えると、180度までしか切ることができません。そして、ハンドルを180度切れば、180度車が曲がるかといえば、そんなことはないのです。

出典:写真AC

意外とクルマは曲がれない

ちょっと細かい計算になるので、苦手な人はここ、スルーして結論だけ見ていただければと思いますが、ハンドルは片側にどのくらいくるくる回せるかというと、だいたい1.5〜2回転回るようになっています。間をとって1.75回転だとすると、角度でいえば630度まで(360度×1.75回転)ハンドルは回せるってことになります。

でも、さっきも書いたように、人がとっさに回せるのは180度程度です。630度分の180度だから、頑張っても29%しか回せていないってことになりますね。

そして乗用車だと前輪の最大切れ角というのは、概ね35度前後で設計されているそうです。だとすると35度の29%しか動かせないのだから、実際にタイヤの向きが変えられるのは、せいぜい10度ぐらいです。

しかも、それでクルマの向きが10度変わるのかといえば、そうはなりません。ハンドルを切ると「スリップ角」というタイヤの向きと進行方向のズレが発生するので、クルマの向きが変わる量はタイヤの角度より小さくなってしまうのです。これを3度ぐらいと仮定すると、実際のクルマの向きは7度程度しか変えられないという事になります。

頑張って7度。

出典:写真AC

そして、クルマが瞬間的に7度向きを変えたと仮定して、どれくらい車を横に移動させられるか計算すると、

障害物の5メートル手前で向きを変えたとしても、横方向に動けるのは、tan(三角関数のタンジェント)7度×5メートルで、約61センチにしかなりません。実際には、ハンドルを切ってからクルマが向きを変え始めるまでには時間の遅れがありますから、10メートルぐらい手前でハンドル操作して、やっと61センチの回避量ということになります。

クルマのほぼ正面に人がいたら、避けるのは絶望的ってことですよね。

頼りになるABS

では急ブレーキをかけた場合は、どうなるでしょうか? 時速40キロで走っていた場合を想定してみます。秒速に直すと、約11.1メートルです。

ハンドルの時と同様に、10メートル手前で危険に気づいたと仮定します。ドライバーが危険を察知してブレーキを踏み、実際にブレーキが利き始めるまでの時間遅れは、一般に0.8秒ぐらいと言われていますから、10メートル手前で気づいても、0.8秒間はブレーキはかからず、約8.9メートル進んでしまいます。それでも障害物の1.1メートル手前から減速が始まるということになるので、多少なりとも衝突エネルギーを小さくすることができる、ということになります。

このことから、一般論として危険回避にはハンドル操作よりブレーキを優先させたほうが良いということになります。

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もうひとつ、ハンドルによる回避で注意しなければいけないのは「切ったら適切に戻さなければならない」ということです。道路上で急ハンドルを切るということは、多くの場合、クルマは道路から飛び出す方向に向かいます。これを適切に軌道修正できなければ、道路から飛び出して二次被害を生じることになります。大津の事故がまさにこの状況でした。

この時、ESC(後ほど詳しく説明します)が付いていれば、冷静にハンドル操作さえすれば軌道修正は可能です。しかしESCが付いておらず、クルマが横滑りを始めてしまったら、訓練されたドライバーでも容易な作業ではありません。つまりハンドル操作による回避は「回避できる可能性はほんの少し高まる代わりに、二次被害が生じる確率が大きく高まる」ということです。

ところで、急ブレーキと言われても、タイヤがロックしてしまって(ブレーキが強く利いて回転しなくなること)ハンドル操作ができなくなるのでは? と心配される方もいるのかもしれません。でも、今はほとんどの車にABS(アンチロックブレーキシステム)がついています。ABS標準装備以前に教習所で習った方の中には、急ブレーキは良くない事と思いこみすぎている方もいますが、今はブレーキを思い切り踏んでも大丈夫なのです。

この、ABSがついている車で、ブレーキを強く踏み込むとブレーキペダルが振動したり、「グググ」というような音が出る場合があります。これに驚いてペダルを離してしまったりすると、ABSの効果がなくなります。そういうシステムということをしっかり知っておいて、踏み続けるためにも急ブレーキの練習ってやっておいた方がいいですよね!

出典:Flickr

ESCでスピン防止

また、ハンドルを切った状態で急ブレーキを踏むとなると、クルマがスピンするのではと思っていませんか? 最近のレーシングゲームはここがリアルになっているらしいですが、昔のゲームだとドリフトとかスピンがお約束という時代もありました。だから、ハンドルを切って急ブレーキなんて考えた事もないとおっしゃる方もいます。でも、実物のクルマの性能はどんどん進化しています。ESCの付いているクルマなら、スピンはまずしません。

ESC(Electronic Stability Control System)の一般的な日本語訳は「電子制御横滑り防止装置」です。急ブレーキや急ハンドルを切った際、タイヤが滑ってスピンやコースアウトしないように、4輪のブレーキ力やエンジン出力を適切に制御する装置です。コンピューターがクルマのスピードとハンドル操作を監視しており、ドライバーが進みたいと思っている方向を推測して制御します。

JP|BoschESCーESCはどのように機能するのでしょうか(出典:YouTube)

上記の動画がとってもわかりやすいです。ESCが作動すると、人間だったら決してできない、4つのタイヤをそれぞれ、タイヤ別にブレーキをかけたり、かけなかったりして、進みたい方向を維持している状況に、クルマは進化して頑張っているんだなあとしみじみと感じ入ります。

ちなみに、米国高速道路交通安全局(NHTSA)の2006年の調査・研究報告では、ESCをすべてのクルマに装着した場合、致命的な単独事故を乗用車で34%、SUVで59%低減できると報告されています。クルマに関心がない人も見てほしいです♪

このESCにより、クルマは横に滑らず、前輪の向いている方向に進むようになっています。だから、衝突回避でハンドルを切ったあとでも、ハンドルを元に戻すことが可能になっています。ただ気をつけなければいけないのは、ドライバーが適切なハンドル操作を行わないと、危険は回避できないし、タイヤのグリップ限界を超えた制御もできません。

ESCが付いていると、人にはできない技を繰り広げてくれるので、運転がうまくなったように錯覚できてしまうけれど、自動で何でも助けてくれる装置ではありません。装着車であることをきちんと知った上で、クルマに事故回避の意思を伝えるべくハンドルを切ったら元に戻すなどの動作をしないといけないですよね(装着車でなければ、これをすると事故の規模が大きくなる可能性もあります)。

そんなわけで、急ブレーキを踏み込む場面で、適切に踏み込めるように、そして、ハンドル操作も的確にできるかどうか知るために、クルマにABSやESCが付いているかチェックしてみてください。

ABSはほとんどのクルマにはついていますが、気になる方はトリセツを見ればわかります。

出典:写真AC

ESCについては以下のスケジュールで装着が義務化されているので、それ以降のクルマなら付いています。

登録車(軽自動車より大きい乗用車):
2012年10月1日以降に発売された新型車(フルモデルチェンジ含む)および2014年10月1日以降に販売されたすべての新車。

軽自動車:
2014年10月1日以降に発売された新型車(フルモデルチェンジ含む)および2018年2月1日以降に販売されたすべての新車。

ただし、ESCは自動車メーカーによって商品名が違います。

トヨタ:VSCまたはVDIM
日産:VDC
ホンダ:VSA
マツダ:DSC
スバル:VDCまたはVSC
スズキ:ESP
ダイハツ:VSC
三菱:ASC

わからなければディーラーに確認してみてくださいね。

その他、ブレーキアシストというブレーキを補助する機能があります。力の弱い高齢者や女性などであっても、急ブレーキがかけられます。

「自動ブレーキ」正しく認識を

そして、有名なのが「自動ブレーキ」と呼ばれることも多い衝突被害軽減ブレーキです。ただ日本自動車連盟(JAF)の調査で2人に1人が誤解していると報告されています。本当は「危険を知らせ、衝突の回避または軽減をしてくれる装置」であるのに、「ぶつからないように勝手にブレーキをかけてくれる装置」であると思っている方がいます。

■ASV(先進安全自動車)の紹介(JAFホームページ)
http://www.jaf.or.jp/eco-safety/asv_cg/enq.htm

国土交通省も、ブレーキが作動しない場合があることについて動画で啓発しています。

【国土交通省】衝突被害軽減ブレーキは万能ではありません!(出典:YouTube)

雨の日や逆光の時、下り坂や滑りやすい路面、歩行者の服の色や歩行者の身長が1メートル以下だと作動しないなど、いつでも衝突被害軽減ブレーキが完璧にブレーキをかけてくれるという技術ではありません。

逆光の場合は、直前まで装置が働いているものの、逆光によってカメラが障害物を見失い、システムが解除されてしまうため衝突してしまうという現象も起こっています。あくまでも人が適切にブレーキをかけることが大前提なので、やっぱり、現状は、みなさん急ブレーキやハンドル操作の練習をどこかでしっかりしていただければと思います。

では、一体どこで急ブレーキやハンドル操作が練習できるのかという事ですが、体験レポートともに、近々報告いたしますね。お楽しみに!

あらためて、クルマは簡単に人の命を奪ってしまう道具でもあると思うのです。交通事故によって亡くなった方々のご冥福をお祈りすると同時に、いまなお事故の後遺症や、意識が回復されていない方もいる事を忘れたくはありません。今回見ていただいたようにクルマはどんどん進化していて、急ブレーキもハンドル操作もしやすくなっています。でも、人の技術が追いついていません。そもそもブレーキを踏めなければせっかくのアシスト機能も作動しないのです。クルマを利用するのであれば、運転の知識や技術を常に更新させていくことが運転者の責務であると今回書きながら思いました。それから、レンタカーを借りる時はESCが付いているか聞いてみようとも思いました。どうかみなさまも安全運転を♪

(取材協力:モータージャーナリスト 安藤 眞)

(了)