産業技術総合研究所活断層・火山研究部門招聘研究員 石川有三氏

熊本地震では震度7が観測史上初めて連発したことに加え、内陸型地震としては最多ペースで余震回数を更新するなど、再び「想定外」という言葉が繰り返し使われる事態となった。専門家の立場から見た想定外は何だったのか?国立研究開発法人産業技術総合研究所活断層・火山研究部門招聘研究員で静岡大学防災総合センター客員教授の石川有三氏に解説いただいた。


2016年4月16日01時25分にマグニチュード(M)7.3の地震が起きてしました。この地震では韓国でも釜山や済州島で有感でしたが、関東地方を含め一部は山形県まで非常に広範囲に有感になりました。震源断層は、活断層として知られていた布ふ田た川がわ断層に沿った右横ズレ型断層(※1)で、長さが約27㎞、幅が約12㎞(北西側へ約60度で傾斜)、東は阿蘇山の裾野にまで達するものでした。この地震で益城町と西原村で震度階級の最大震度7が観測されました。益城町では2日前にも震度7を観測しており(これは前震のうち最大のものによる)、連続して震度7が同じ地点で観測されたのは史上初めてです。そして、その後も活発な余震活動が続いています。図1に本震と最大前震の震源断層、および2つの地表活断層線、主な火山の分布などを示しました。

 

一般的に大きな地震は、本震が突然起こり、その後に多数の余震が続いて起きます。こういう場合、その地震活動を本震・余震型と呼びます。しかし、今回は本震が起きる約28時間前の4月14日21時26分にM6.5の地震が起き、それから活発な地震活動が始まりました。この活動は、日奈久断層という活断層に沿って起こり震度7を益城町で観測しています。このように大きな地震の前にそれより小さな地震が起きる場合、それらは前震と呼ばれます。ですから今回の地震活動は、前震・本震・余震型となります。この前震を捕らえて将来の大地震を予測できる場合もあります。1975年2月に、中国遼寧省の遼東半島のつけね付近で発生した海城地震では、前震活動などを利用してM7.3の本震が起きる前に行政当局が住民を事前避難させ、被害を激減させた例が報告されています。何しろこのときの前震の回数が、前年1年間に起きた回数の2倍近いという異常な多さでした。しかし、翌年に河北省東部で発生したM7.8唐山地震では、予知を行うことはできず24万人以上の犠牲者を出しています。このときは前震は起きていません。

前震活動は、大地震の予測に有用な場合もあります。しかし、ある場所で地震が起きたとき、その地震が前震であると判断するのは非常に難しいのです。東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震でも2日前に宮城県沖でM7.5の地震が起きました。このとき2日後に起きるM9.0の超巨大地震の前震であると考えた人はいませんでしたが、結果的にこの地震活動は前震でした。日奈久断層に沿っては、過去にさかのぼって調べると2000年6月8日にM5.0の地震が起きています。その後、M4.0の地震を含め多数の余震が起きましたが、より大きな地震は起きませんでした。

今回、4月14日にM6.5の地震が起きましたが、その後にもっと大きな地震が起きるとはなかなか予想できませんでした。実際、東北大学の西村太志教授の調査によると世界的にもM6の地震が起きた直後2週間以内にM7の地震が起こった事例は0.3%しかないそうです。そしてM6.5の地震が起きて、その2時間37分後にM6.4の地震が起きました。同程度の規模の地震が起こったので、この活動は本震・余震型ではなく群発型(※2)ではないか、と考えた研究者も少なくなかったと思います。このように、M6.5が起きた段階でM7.3の地震発生を予想するのは困難なことでした。

今回の地震でもう1つ予想外だったことがあります。それは本震の余震域から飛び離れた所で地震活動が引き起こされたことです。4月16日の本震が起きた後、約1時間半後に本震の震源からだと約40㎞離れた阿蘇市直下でM5.8の地震が起きました。本震の震源断層の北東端からでも約10㎞離れています。そしてまたそのわずか50分後に、この阿蘇市直下の地震の震源から約10㎞離れた産山村直下でM5.8の地震が起きて阿蘇地方に大きな被害をもたらしてしまいました。そしてさらに3時間余り経って今度は県を超えて大分県由布市直下でM5.4の地震が起きました。産山村の震源から40㎞近く離れています。このように飛び離れた場所で地震が次々に起きる現象は、地震観測が始まって百数十年の歴史の中では初めてのことです。ちなみに阿蘇市と産山村の震源の間では、1975年1月にM6.1の地震が起きています。産山村と由布市の震源の間も1975年大分県西部地震M6.4の震源域と火山である久重山があります。このように過去の震源域と火山を残して地震が飛び火しているようです。

九州で過去最大の地震は、1924年、桜島が噴火したときに起きたM7.1の桜島地震です。ですから今回の熊本地震が、知られている九州の地震の中では最大となりました。そして、阿蘇山という火山の近くで起きたので、火山活動との関連が心配されます。過去の火山噴火と大地震の関係を調べたところでは、九州内陸の大地震の直後に火山が噴火した例はありません。唯一、1922年12月8日M6.9橘湾の地震の約1カ月後に阿蘇山が噴火した例があるだけです。ただ、今回は震源断層が阿蘇の外輪山まで達しており、これほど火山近くで大地震が起きた例は無いので、やはり注意はしておくべきでしょう。

 

※1 右横ズレ断層とは、断層を境にして自分が手前に立ち、相手が断層の向こう側に立っていたとき、断層のズレがおきると相手が右側へ移動した場合です。反対に相手が左側へ移動すると、断層は左横ズレ断層です。
※2 群発型地震の代表例は、長野県松代町(現・長野市)で起きた松代群発地震が有名です。主な活動は1965年から1967年ですが、その間、最大M5.4の地震が2回、M5 以上が20回と飛び抜けて大きな地震はなく、有感地震は6万2826回と地震が頻発しました。

石川有三(いしかわ・ゆうぞう)
国立研究開発法人産業技術総合研究所活断層・火山研究部門招聘研究員、静岡大学防災総合センター客員教授
京都大学理学研究科博士課程中退、中国地震局地球物理研究所に1年留学、気象庁入庁後、気象研究所地震火山研究部主任研究官、研究室長、精密地震観測室長、地磁気観測所長を歴任。1990 年運輸大臣賞受賞。専門は、地震学・地震予知。