(写真:Ken Tannenbaum / Shutterstock.com)

9.11の後、インテリジェンス・コミュニティ(政府が設置している情報機関によって組織されている機関)では攻撃が差し迫っているということが多くの人の目に明らかだった。ハリケーン・カトリーナの後、ニューオーリンズのインフラの強化が大幅に遅れていることもよく知られていた。

ナシーム・ニコラス・タレブ(ブラックスワンの著者)によれば、ブラックスワンは、きっかけとなるインシデント(出来事)、あるいは一連のインシデントの産物なのだと説明するのは、偶然にだまされているのである。事後でさえ大災害の原因を理解できると考えるのはばかげている。結局のところ科学者たちは、相当の努力をしたにも関わらず、地震やテロ攻撃のタイミングを正確に予想することはできなかった。大災害の原因を突き止めるというのは大体において後付けの試みである。

それにも関わらず科学者やメディアの評論家はこの世界で起きる全てのことには原因があるという考えをやめない。全ての原因には結果があり、結果から原因へ遡ることができると信じている。

あなたもそう思うだろう。悪いことが起きると、なぜかと問う。なぜそんなことになってしまったのか、その原因を探す。原因が分かれば、また同じことになるのを防ぐことができると考える。

ニューヨーク市の災害専門家はそれが神話であることを知っている。われわれはそれを“原因の神話”と言う。15年の歳月と特大・大小さまざまな数百という災害の後、エドワード・アロイシウス・マーフィー・ジュニア(マーフィーの法則)のように、われわれは真実を知っている。それは「何か悪いことが起き得るとすれば、それは悪いことになるだろう」ということである。

われわれはこの真実を「shit happens(最悪の事態も起きる)」という。
興味深いのは、この「shit happens」が現実に発生することに関しては、科学的な根拠があるということである。都市、重要なインフラ、さらには環境というような複雑なシステムには「shit happens」が起きるのだということを主張する理論である。デンマークの物理学者であるパー・バクが提唱したこの理論は自己組織化臨界と呼ばれる物理の特性に基づくものである。

この自己組織化臨界の理論は因果の概念を拒絶する。要は避けることのできない大災害はあらゆる複雑なシステムに埋め込まれているということである。政治システムは、まさにその性質のゆえにテロ攻撃に、金融システムは株式市場のクラッシュにつながる。電力網は10年間に、毎年千回の停電を、都市は毎年500回の洪水を経験する。例えばスリーマイル島原子力発電所の複雑なシステムを取り上げてみよう。

スリーマイル島の普通の事故

スリーマイル島

1979年3月、ペンシルバニア州のミドルタウンにあるスリーマイル島原子力発電所での機械の故障は第二原子炉(TMI-2)の冷却水の喪失という事故になった。その結果、炉心が部分的に溶融し大気中に放射性のガスが放出された。非常に過酷な事故であり、国際原子力事象評価尺度の7段階のうちの5段階にランク付けされた。

その後、いくつかの州と連邦の機関がクライシスの大がかりな調査を行った。最も著名なのはスリーマイル島事故大統領諮問委員会のものである。大方の人はその事故は他の多くの事故と同様に、いくつもの小さな事故が滝のように連なって大災害になったものだと結論付けた。

原子炉を製造したバブコック・アンド・ウイルコックスは事故を個別のものであると言った。装置の故障に始まり、作業員が正規の手続きに従わなかったことがそれを複雑にした。作業員がその仕事をしていれば事故は起きなかっただろうとのことである。

事故を個別のものであるとすることによってバブコック・アンド・ウイルコックスは、ブラックスワンの典型的なふるまいを見せてくれている。すなわち事後的に説明を作り上げることによって、予想可能なものだと思わせるのである。誰かが誤ったのだ。装置が故障した。設計に瑕疵(かし)があった。しかし、それについて何かできたはずだ。問題は是正が可能なはずだと、彼らは主張する。

それを妄想だとする人もいる。装置の故障は些細なものだった。作業員はやるべきことをやっただけだ。エール大学教授で社会学が専門のチャールズ・ペロウは、その事故は当時現場にいたバブコック・アンド・ウイルコックスの専門家にとってさえ、ミステリアスで不可解なものであったと述べている。

その災害はもっぱら工場の高度に連結されたシステムの複雑性によってのみ引き起こされたものであり、何ら異常なものではないし、予想できるものであったと主張する。

それは起こるべくして起きたのであり、今後も起こるべくして起きるであろう。システム自体の性質から出現したものだからである。それは予期もできないし防止することもできない。さらに言えば、部品と部品が固く結合されている複雑なシステムにおいて起こりうることの全てを予想した上で設計し建造することは不可能である。

さらに悪いことには、これらの”普通の事故“はそれが起きる時、理解が不能である。作業員がいつも何か他のこと(彼らの理解の範疇にあることで、それに従って行動すること)が起きていると思ってしまうのはそのためである。不可解であるという意味において、普通の事故はコントロールができない。

安全システム、バックアップシステム、装置の品質、良い訓練、これらはみんな事故を防止するのに役立つものであるが、システムの複雑性は全てのコントロールの限度を超えるものである。

原因の神話

原因の神話からわれわれが学ぶのは、原因を知ることができないからといって、ブラックスワンの心配をする必要はないということではない。われわれの重要なインフラを構成する高度に連結されたシステムは、40年前のTMI-2のものよりはるかに複雑なものである。どの複雑なシステムにも、それ自身の破壊の種が含まれている。その性質のゆえに、大災害の断崖へ、遠ざかるのではなく突き進んでいる。大規模な崩壊が予期せず、大音響で発生するその引き金としては微小な無作為の振動でさえ必要とされない。

有毒化学物質・人工知能や核兵器のようなものを扱うハイリスクのシステムで事故が起きれば、その結果は壊滅的なものとなる。

モントレーのミドルベリー国際関係研究所の学者であるジェフリー・ルイスによれば、われわれの核兵器の備蓄は破壊のためのますます精巧な装置となっており、あまりに複雑に大きくなっているので既存の人間のシステムでは制御できない、あるいは一人の人間が十分には理解できないものとなっている。

テクノロジーが核の抑止を中断させることは確実だ。
問題はそれが核兵器の廃止か、われわれの終末か、のどちらを意味するかであろう。

                ―ジェフリー・ルイス『われわれの核の未来』

ようこそ、果ての国へ

ブラックスワンでタレブは月並みの国と果ての国という二つの想像上の世界を描いている。
月並みの国は普通の人が住み、普通なことが起きる世界である。月並みの国では物事は予想が可能であり、期待することができる。インパクトの小さい災害が起こりやすく、大きなインパクトのある巨大災害は非常に稀(まれ)である。
それに対して、果ての国では不公平が支配し予期しないことが起きる。果ての国では、何事も正確に予想するのが難しく、起きそうにないことあるいは不可能と思われることが頻発し、巨大なインパクトをもたらす。

ニューヨークでは、われわれの月並みの国の災害に対するアプローチは9.11後の世界の、果ての国の現実の中で雲散霧消した。
国民を分断した選挙に続いて、武力衝突と核戦争の脅威がかつてなく高まっている今この時、われわれの運命はわれわれに衝撃の一打を振り下ろそうとしている女神の手の中にある。

リスクはここにある。静電気のように大気中に感じられる。月並みの国は歴史である。紳士淑女諸君、われわれは果ての国にいるのだ。

この全てはあなたにとって何を意味するのか

今ではあなたは「この全ては私にとって何を意味するのか」と自問しているかもしれない。実際、多くのことを意味するのである。はじめに、あなた自身の希望のれんが壁の後ろからのぞいてみる、そして多数の多様な災害、大小さまざまな、そしてあなたに影響する特大の災害のことを一分でも考えてみる、というアイデアがある。あるいはあなたの家族、隣人、あなたの都市(もしくは巨大都市)、あなたの州、あなたの国に影響を及ぼす災害である。

なぜならばいつの日か、あなたはそれらの災害の一つの真っただ中にいる自分を見るだろうからである。それがあなたにとっての真実のときである。洞察という贈物(あなたの過ち、あなたの選択肢を増やし、あなたの命を救ったかもしれない行動への洞察)とともにやってくる悲痛のときである。

あなた自身と家族のための行動の責任はあなた自身のものであるが、他の人にもまた責任がある。他の人、災害専門家は多くの自信を演出するが、彼らもかなりの程度に不安だからである。

災害専門家も真実のときを心配している。ブラックスワンに初めてのみ込まれるときの悲痛のときである。他の誰もがそうであるようにブラックスワンに圧倒されていると悟るときである。やることが多すぎるし、時間がなさすぎる。何日間も援助を待っている人がいる。暖房のない家に閉じ込められている弱く年老いた人、生存に必要な装置の電源を奪われた動けない人がいる。

「ちょっと待て」と思っているかもしれない。「自分のことで手一杯なのになぜ他人のことまで心配しなければならないのか」と。

ブラックスワンが来るとき、援助を必要とするのは、あなた、あなたの家族、あなたの友人、あなたの隣人かもしれない。その援助は全国の全ての災害専門家が一丸となって駆け付けてくるときにのみ得られるものである。その種の援助は国中の災害専門家が、今その準備のために集結することによってはじめて可能となるものである。

この世界で最も豊かで強力な国において、問題であったのは資源ではない。われわれは巨大な資源、信じられないテクノロジーのツール、大勢の賢明な人たちを持っている。ただ一つの問題は自己満足である。われわれが次なるブラックスワンに備えるのを妨げる自己満足は誰もが持つ問題である。

(続く)

翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300