東京大学地震研究所 地震予知研究センター長・教授の平田直氏

熊本地震は、地震予知の難しさと、日本全国どこにいても地震に遭遇する可能性があることを改めて国民に知らしめた。

それでは、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が発表した全国地震動予測地図はどこまで信用できるのか、どのように活用して備えていけばいいのか?

東京大学地震研究所 地震予知研究センター長・教授の平田直氏に聞いた。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2016年5月25日号(Vol.55)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年7月28日)

Q1.
熊本地震は発生確率から見て予想できた地震だったのでしょうか?

一般の方が、マスメディアのインタビューに対し「九州には地震が来ないと思っていた」と答えていたのが象徴的です。21年前、阪神・淡路大震災が発生した当時を繰り返しているように聞こえました。一般的な体験感覚としてしか地震のリスクを考えていなかった。残念ながら、自治体も地震対策が進んでいなかったのは事実です。

地質や地形のデータを見ると、熊本には過去に大きな地震が起きた証拠がはっきりとあります。地震調査研究推進本部(地震本部)が出した「活断層の長期評価」では、地震の起きた布田川断層帯で、今後30年間にM(マグニチュード)7程度の地震が起こる確率はほぼ0から0.9%でした。この数値は日本に約100ある主な活断層の中では「やや高い」に分類されます。「活断層の長期評価」は日本にある約2000の活断層から、M7以上の地震を起こしうる危険性の高い断層を約100選んで評価しているものです。

Q2.
「ほぼ0から0.9%」はかなり低い確率だと考えてしまいます。

この数値を低いと思われるかもしれませんが、数百年や数千年前に起きた地震を過去にさかのぼって調べ、過去に起きた地震が将来にも同様に起こると仮定して確率を出すと、このような数値になります。わかりやすく言いかえれば発生確率は過去に各断層で起こった地震の「頻度」となります。ただし、人間が地震計で地震の観測を始めてまだ100年ほど。古文書などの文献も利用しますが調べられるのはせいぜい過去2000年です。その先は地質学や地形学的な手法で調査します。しかも、古ければ古いほど誤差は大きくなります。

ただし、M7以上の大きな地震が過去と同じ場所で起こるのは非常にまれで、数千年に1回という時間スケールです。それを30年に限定するので、M7以上の地震の起こる確率は「やや高い」といってもこの数値になります。今回、地震の起きた布田川断層帯では約8100年~26000年間隔で地震が発生し、最も近く活動していた時期は約2200~6900年前だと推定されています。これが地球科学的な地震のスケールです。

Q3.
0から0.9%という確率がある一方で、九州中部地域で今後30年以内にM6.8以上の地震が起こる確率は18~21%との評価もあります。この違いはどこにあるのでしょうか?

数値だけでみれば布田川断層帯で30年以内にM7以上の地震の起こる確率ほぼ0から0.9%でしたが、2013年に別の方法で計算して公表した「活断層の地域評価」では、地震の起きた布田川断層帯・日奈久断層帯を含む九州中部地域で、今後30年以内にM6.8以上の地震が起こる確率は18~21%と評価しています。M7以上の地震を想定した活断層帯を個別に評価してきた従来の方法との違いは、現在発生している中小の地震にも調査対象を広げ、M6.8以上の地震の発生する可能性を、個別の断層ではなく広いエリアで評価しています。この評価方法のもととなったのがグーテンベルグ・リヒターの法則です。簡単に説明すると、ある地域に起こる地震の回数には、小さな地震と大きな地震との間に一定の関係があり、小さな地震が多ければ、大きな地震も多くなるという法則です。マグニチュードが1小さくなれば、地震の数は10倍になります。

この法則を用いて、現在発生している中小の地震数を数え、M6.8以上の地震の起きる頻度を予測したのです。過去に地震がたくさん起きているところでは、将来も地震が起きるという極めてナイーブな仮説がもとになっています。大きな地震は稀にしか発生しないので、たくさん発生している中小の地震を調べ、そこから大きな地震の発生を予測しているのです。現状では、それ以外の科学的に合理的な方法は考えられません。

地上への影響がほとんどないM6.5以下の地震は地下でたくさん起きています。それらの地震を、過去100年ほどさかのぼって調べ出した確率が18~21%です。現在発表されている「活断層の地域評価」は九州と関東のみです。関東の地域評価のうち、東京都の大部分と千葉県、埼玉県を含む「区域3」ではM6.8以上の地震が30年以内に発生する確率は1~3%です。それと比べると九州中部は、今後30年間にM6.8以上の地震起こる確率が高い地域だったと言えるわけです。

 

4.
地震の発生確率をどのように考えていけばいいのでしょう? 全国地震動予測地図の「確率論的地震動予測地図」を見ると、確率が高い真っ赤な地域以外で近年、地震が起きています。

黄色から濃い紫色で確率が示された全国地震動予測地図の確率論的地震動予測地図は、特定の場所で同じエネルギーの地震が起きたときに地表でどれくらい増幅されるか調査し、地震の発生確率と組みあわせたものです。約250㎡のメッシュで構成されている確率論的地震動予測地図には2つの特徴があります。1つは地震が多く起きている「頻度」の高い地域の確率は当然高くなるということです。これは先ほどにも説明したように過去に起きた地震をもとに確率を計算しているからです。

もう1つは地盤の固さが反映されている点です。地盤の性質は揺れに大きく影響します。極端にいえば地盤が軟らかいところは、地震がどこで起きても強く揺れます。地盤には大きく分けると火山のマグマが固まってできた火成岩と泥が固まってできた堆積岩があります。この2つの固さの違いが揺れの違いを生み出します。確率論的地震動予測地図をズームアップしてみると同じ地域でも、もともと流れていた河川を埋め立てたところや、川を付け替えたところなどは周辺より色が濃くなっています。地盤の影響でより強く揺れるわけです。ですから熊本も細かくみると、地域で色がはっきり違うのがわかると思います。関東が濃い紫色なのはこの100年間でM7クラスの地震が5回起きたことと、揺れやすい地盤であるからです。

確率論的地震動予測地図は東北地方太平洋沖地震の後に批判されました。2010年版の地図でも色の濃いエリアは主に南海トラフの影響を受ける地域と首都圏でした。南海トラフ地震も首都直下地震も起きていないのに、なぜ、東北地方太平洋沖地震が起きたのかという指摘です。しかし、この地図の色分けは、色の濃い地域から順番に地震が起こることを示していません。黄色でも地震は起きているから、より濃い色は確実に起きると思っていたほうがいいわけです。 過去に起きた地震が、将来にも起こるという科学的に合理的な前提が崩れなければ、例えば千年後の未来から見ると21世紀にはこの地図のように地震が起きていたとなるはずです。

Q5.
日本なら地震はどこでも起こるといわれます。確率論的地震動予測地図の必要性はどこにあるのでしょう?

この地図は科学的なエビデンスに基づいて作成されたものです。日本中どこでも地震は起きやすいと言いますが、その差は確実にあります。確率論的地震動予測地図は、立場によって使い分けるといいと思います。

例えば、国の立場なら地図を参考に、優先して地震対策をすべき地域がわかります。地方自治体なら確率が高い地域にある庁舎から耐震補強を始めることもできます。一般の人で住宅の購入を考えているならより安全な場所が選べます。もし、住んでいるところからの引っ越しが難しいなら家具の固定や地震保険への加入など対策はいろいろあります。確率論的地震動予測地図を見ればわかるように、30年の期間なら100%確実に地震が起こるとは言えません。確率の値は小さくも見えるでしょう。兵庫県南部地震と東北地方太平洋沖地震の両方を経験された方もいらっしゃいますが、運のいい人はどちらも経験していません。人間が大きな地震を経験するのは、一生に1回です。地震リスクにどう備えるか、自分の生活プランの組み立てにこの地図が参考になると思います。

Q6.
平田教授は過去に南関東で「M7クラスの地震が4年以内に70%の確率で起こる」と発言されています。現在も確率は高いままでしょうか?

東北地方太平洋沖地震が原因で起きた東日本大震災の直後には中小の地震が非常に増え、実際M7以上の余震も9回発生しました。関東でも地震が増え、M6の地震も起きました。グーテンベルグ・リヒターの法則から「M7くらいの地震がいつ起きても不思議はない」と思って、確率を計算しました。それで「M7クラスの地震が4年以内に70%の確率で起こる」と言ったわけです。東北地方太平洋沖地震から5年が過ぎて、今では小さな地震も減ったので平時に戻ったようなものです。それでも、まだ完全には元に戻っていません。

しかし、そこで忘れてはいけないのは地震本部が出した「相模トラフ沿いの地震活動の長期評価(第二版)(2014年4月)」です。これはいわゆる「海溝型」の地震についての評価です。地震本部は、さらに、2015年4月に南関東の「活断層の長期評価」も出しています。これらの中で、首都圏で発生確率の最も高いのは、「相模トラフからフィリピン海プレートが沈み込むことに伴うM7クラスの地震」です。これが、今後30年以内に起こる確率は約70%と評価されています。関東地域の活断層の評価では、関東全体でも50%です。ですから、平時といってもあくまでもこの水準に戻ったということです。ただしこの意味は「30年後にM7の地震が起こる」のではなく、地震が起こるのは今日かもしれないということです。東北地方太平洋沖地震が起きなくとも、南関東ではこの100年間にM7クラスの地震が5回起きている地域です。1987年に千葉県東方沖でM6.7の地震が発生してからこのクラスの地震は発生していません。首都圏の地震は不規則に起きているので、単純に25年周期でそろそろ起こるというわけにはいきません。1年にM7クラスの地震が2回起きたこともあります。地震が起こる時期はあくまでもランダム。ですから、いつこのクラスの地震が起きても不思議はないのです。

 

Q7.
範囲をより限定した東京23区で、今後30年以内にM7程度の地震が起こる確率は計算できるのでしょうか?

確率を計算するには特定の地域で過去に起きた地震が1つや2つでは足りず、ある程度の数が必要です。東京23区のデータだけでは信頼性のある確率は出せません。地震計による計測が可能になったこの100年間。近年で知られている東京の直下地震は1894年の明治東京地震だけ。少し時代をさかのぼると歴史資料に記録が残っている1855年の安政江戸地震があります。

Q8.
内閣府が想定している都心南部直下地震には確率が書かれていません。

2013年に内閣府が発表した地震想定の発生確率は出していません。具体的な被害想定を導くために選んだのが都心南部直下地震です。2004年の想定では東京湾北部地震を想定していましたが、震源となるプレート境界のその部分が1923年関東地震で破壊されたことがわかりました。東京湾北部のプレート境界は次の関東地震までは破壊されないと考えられ、その地震が起こる確率はほぼ0から5%とかなり低いと評価されました。それでも東京にいて一生で1回経験する確率です。運が良ければ起きないが、運が悪いと起こる。起きても不思議はないので備えるしかありません。

Q9.
地震の予知は可能なのでしょうか?

まず、私がセンター長を務める地震予知研究センターは予知の研究をやっていますが、予知をしているわけではありません。研究の進んでいる東海地震では、プレート境界で地震発生前に起きる「前兆すべり」を検知しようとしています。実験室の岩石実験では確かめられています。しかし、野外のプレート境界で実証はされていません。原理的にはプレート境界で同じようにモニターできれば予知はできます。ただし、現状のモニター体制では確実な予知には不十分です。例えば地下20kmにセンサーを設置するにも温度が高温で圧力も高いので、現在の技術では現実的ではありません。それでも技術は進歩します。私が生きている間に確実な予知が可能になるかはわかりませんが、いつかはできると思っています。

ただし、間違っても、どの地震も予知できると思わないでください。内陸の多くの活断層は1年に1㎜も動きません。1種類の薬ですべての病気の治療ができないように、地震予知も1つの方法がどこにでも適応できるものではありません。

 

 

平田 直(ひらた・なおし)

東京大学地震研究所
地震予知研究センター長・教授
東海地震判定会会長、文部科学省・首都直下地震防災・減災特別プロジェクトリーダーなどを務める。著書に「地殻ダイナミクスと地震発生(分担、菊地正幸編)」(朝倉書店)、「巨大地震・巨大津波─東日本大震災の検証─」(共著・朝倉書店)、「首都直下地震」(岩波新書)などがある。東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程退学、東京大学理学部助手、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ポスドク研究員、千葉大学理学部助教授、東京大学地震研究所助教授を経て、1998年より東京大学地震研究所教授。前地震研究所長。2011年より地震研究所地震予知研究センター長。