熊本市内にて。熊本地震で倒壊した店舗

平成28 年熊本地震の発生に伴い、多くの企業に被害が生じている。今回は、編集部からのご依頼により、「業種別BCPのあり方」シリーズの特別篇として、企業向けの研修で筆者がご案内している緊急事態発生直後における心得の一部をご紹介する。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2016年5月25日号(Vol.55)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年10月6日)

まずは大きく構える

地震、洪水、風水害、爆発、テロ、感染症。企業を取り巻くリスク事象は様々なものがあるが、自社の事業が展開されている地域において何らかの被害が生じた場合は、自社に被害が生じていないことを確認する。人間はつい「恐らく被害はないだろう」「連絡が来ないのだから、大丈夫なのだろう」と考えてしまう。一般従業員はそれでもよいが、緊急事態対応要員はそれでは務まらない。大きな被害が生じかねないリスク事象の発生時は、社内で事実確認の体制を取ることが危機管理の第一歩である。

この確認を確実に行うためには、被害確認を行うリスク事象を特定し、部署間の役割と責任を明確にした上で、これを規則としておくとよい。これは、緊急事態の初動対応時によく見られる事態として「被害があれば報告があるはず」として、事実確認のため情報収集に必要な体制を取ること自体が不要だという意見が社内から出てくるからである。事実確認の結果、被害がなかった場合には、このような意見の持ち主は「だから大騒ぎしなくてよかったのだ、大げさすぎる」と主張する。

確かに、被害の有無について事実確認の体制を取り、結果として被害がないことを確認して、その態勢を解除することにはコストがかかるが、組織の緊急事態対応力を高めるうえで必要な投資であると考える。

情報は取りに行く

大規模な災害のあと報道でよく使われる「被害の報告は入っていません」という表現がある。社会を相手とする報道であればこれでもよいが、組織の中での報告では不適切であるし、当該組織のリスク情報に対する感性の低さを示すことにもなる。あるべき表現としては「現地の従業員に連絡をとって、状況を確認しています」もしくは「現地と連絡が取れないため、要員を派遣しています」といったものになる。

情報は自ら取りに行くものであって、報告を待つものではない。また、緊急事態においては、特定地域に関する情報がないこと自体が被害の大きさを示していることもある。連絡が取れない地域があるのであれば、状況確認のために、要員派遣を検討する。現地の危険情報を確認し、進入可能な経路を複数チェックする。そのうえで、水、食料、寝袋、現金といったものを持参した複数の人間で構成するチームをいくつか編成し、異なる方向からの進入を試みさせることが理想である。

大手ホームセンターのA社が被害確認のため現地に要員を派遣する際には、そのホームセンターの名前が明記されたジャンバーなどを着用させる。現地に向かう途中、警察や自治体職員に「何をしに来たのだ」と目的を確認された際には、ジャンバーを見せ、「被災状況の確認と支援のためにきている」と言うようにしているとのことである。

旗幟を鮮明にする

経営者は、緊急事態の発生が明らかになった場合は、詳しい状況が判明しない段階であったとしても、緊急事態対応に対する自らの関与(コミットメント)、対応に関する考え方や方針を明らかにし、投入する経営資源について明確に指示する方がよい。「思い切った対応を取れ」といった表現では足りない。経営者の考えている「思い切った対応」と受け止める側の「思い切った対応」は多くの場合異なるからである。

また、対応要員は、経営者から示された方針をより具体的に変換し、例えば「現地対策本部長となる支社長を支援するため、本社各部から●●名を派遣する」といった本社側の対応や、「現地支社長の決裁枠は、通常の10万円から100万円まで引き上げる。対応予算の総枠は現段階では●●万円とし、予算消費率が80%を超えた段階で別途本社総務部と協議せよ」といった現場支援のための指示を起案することができなければならない。

事実をとらえる

見た状況を言葉で正確に表現するためには、日頃からの訓練が必要である。「壊滅的な状況です」あるいは「大きな被害はありません」などの表現が正確に事実を反映しているかどうかは分からない。「大きな」や「壊滅的な」といった表現は、いずれも感覚的な表現であり、報告者の判断が入り込んでいるからである。

調べるとは、測り、数え、記録することである。正確な調査を行うためには、「何をどのように確認する」という手順の部分を揃える必要がある。調査項目と調査手順は事前に決めておくことが理想的である。このような工夫をしておけば、「建物には大きな被害はありません」といった表現ではなく、「建物の柱を確認しましたが、2本に大きな亀裂が見つかっています。画像を確保していますので、通信状況が改善したら送付します。耐力壁の被害は見つけられていません」といった表現による報告が上がるようになるのである。

ただ、そのような準備がないまま、緊急事態になった場合は、報告書式を至急配布するなどの手段により、第一線に対して「何をどの程度調べてほしいのか」を明らかにしていくことが有効な手段である(情報要求の明確化)。

認識を揃える

状況に対して適切な対応を行っていくためには、組織内で状況認識の統一を図る必要がある。このことを実現するために、米国の危機管理システムである「IncidentCommand System」では、状況認識統一図(CommonOperational Picture, COP)と呼ばれる一枚絵を作ることを重要視している。日本では、内閣府防災担当が作成する「とりまとめ報」と呼ばれる資料がその役割を果たすが、一覧性に欠けることが難点である。やはりここは図や表で表すことに挑戦したい。

自衛隊の図上演習などで使われる手法は地図上にまとめるものである。リスク事象の影響が生じた範囲の地図を大きな机に貼り、その上から透明なシートを貼る。書き込む際には油性ペンを使用すると、一度記入したものでも消すことができる。被害情報は赤、応援部隊は緑というように色を使い分けるとよりわかりやすくなる。この場合、定期的に写真を撮影し、記録を取らないと、以前の状況を確認することができなくなる。

もう一つ、表を作っていく方法もある。縦軸に事業所、横軸に緊急時に必要な対応項目を取る。このマトリクスに対応状況をルールに従って表示していく。京都大学防災研究所の牧教授は、情報が入っていない項目を黒く塗り、加えてBという文字が入っていることが分かるようにすることを勧めている。取組みなしもしくは未対応の項目は赤とR、対応中の項目は黄とY、対応完了の項目は緑とGの組み合わせとなる。このように表示していくと、組織の対応状況が一目瞭然となる。色による識別効果は非常に大きく有益である。また、文字を併記すると、手持ちの印刷資料はモノクロにすることができるようになる。

型を持って型を破る

僧侶であり、教育者としても知られた無着成恭の言葉として「型がある人間が型を破ると「型破り」、型がない人間が型を破ったら「形無し」である」というものがある。これは、落語家の立川談志や歌舞伎役者の中村勘三郎が弟子に伝えた言葉としても知られているが、緊急事態対応要員の心得としても重要なものといえる。

まず、型、つまり、緊急事態に対する標準対応を身に着けておくことは緊急事態対応要員として欠かせない備えである。マニュアルに頼らず、現場の状況に応じて柔軟な対応をするというのは、「瞬間的に注意が一点に集中し、周りを見ずに行動してしまう本能」として知られる場面行動本能などのヒューマンエラーを惹起しやすい環境に自らを置くことになる。このような対応は柔軟な対応ではなく、場当たり的な対応だと筆者は考えている。やはり、ミスの発生しにくい標準的な対応手順をあらかじめ定め、自らも身に着けておくことは緊急事態対応に欠かせない。

一方、マニュアル通りに取組んでもうまくいかないことは必ずと言っていいほど起こる。発生する緊急事態の内容とそれにより引き起こされる諸事象は毎回異なるからである。マニュアル通りに取組んでもうまくいかない場合に、マニュアル上の記述にない対応の要否を判断し、必要な対応を行うことも緊急事態対応要員には欠かせない。このことを「型を破る」と筆者は呼んでいる。型に習熟し、その背景にある理論や仕組みを熟知していなければ、型を破ることはできない。

予測に基づいて先手を打つ

企業の事業継続を困難にするのは、最終的に拠点か物流か調達の機能不全であることは、これまでの連載の中で一貫して取り扱ってきたテーマである。そして、機能不全への対応に必要なリソースの確保は、多くの場合早い者勝ちであることも何度か指摘してきた。

必要な資源の確保に早く手を付けるためには、集めてきた情報に基づいて判断しているだけではなく、事態の推移を予測し、事業の継続や再開を困難にする要素を切り出す作業が欠かせない。

そのためには、対策本部側から積極的に「このような情報を確認せよ」という情報要求を発信するとともに、対策本部内に情報要求に応じて収集された情報を蓄積し、分析していく仕組みを作るとよい。情報センター、あるいは情報班といった名前が適切だろう。

この情報センターの長には、社内の主要部門を経験し、自社の購買から最終消費者への納品までの各プロセスで価値を付与していく仕組み(バリューチェーン)について深く理解した幹部をあてることがこの情報活動を有効に機能させる上で重要である。

素材製造業のB社では、阪神・淡路大震災の際、当初総務部を中心とする対策本部総務班が所管していた情報収集機能を対策本部内で切り出し、製造、物流、販売の要職を経験し、当時は経営企画を担当していた役員を長とする情報集約班を設置した。この担当役員は、各部署のキーパーソンをよく把握しており、確認済みの確実な情報に加え、バリューチェーン上のボトルネックに関する各部署の見立てなどをスムーズに収集し、必要に応じて事実確認の上、意思決定者に伝達し、迅速な対策につなげることができた。その後、B社では、情報集約班を対策本部機構の中に必ず設置するようにしており、東日本大震災でも奏功したという。

休憩を回し、生活を維持する

緊急事態に対応要員が休憩していると「こんな時に休んでいるやつがいるか」という声が上がることがあるが、間違いである。人間は疲労すると判断能力が鈍るし、悪い内容の報告に対して感情を抑制することが難しくなる。そして、悪い内容の報告を行った従業員に厳しく当たると、悪い内容の報告が迅速に上がってくることは期待できなくなる。休憩を取り、生活を維持することは、緊急事態対応要員の疲労を回復し、対応能力を一定水準に留めるうえで重要である。

米国の公的機関では、緊急事態対応中にはチームを3つに分け、それぞれ8時間ずつ対応に対し責任を持つ時間を切り分けることが制度化されている。日本企業においても、対策本部に泊まり込みの状態となった場合は、対応要員それぞれに最低でも1日6時間以上の休息時間(勤務と勤務の間の時間)を確保することが望ましい。

2013年2月14日、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター(現在は国立研究開発法人)が発表した内容によれば、5日間睡眠時間を約4時間に制限すると、脳で不安をつかさどる部分の活動が高まるため、不安と混乱が有意に強まり、また抑うつが強まる傾向がみられるとのことである。このような心理状態が緊急事態対応に望ましくないことは明らかだろう。

時間を区切って目標を決める

どこから手を付けていいかわからないという思いは、焦りを産む。そして焦りが問題解決に資することはない。よい結果がなかなか出ない状況は、緊急事態対応要員の「この組織で何とかすることができるという思い」(チーム効力感)を損なうことになる。このようなモチベーションの低下は、当然業務に影響を生じる。

緊急事態対応においても、問題の解決に重要なのは、大きな問題を小分けにして、毎日、何らかの進捗があったことを可視化することである。

例えば、朝「安否確認が取れません」という報告を受けたとする。ここで「引き続き安否確認に全力を尽くしてくれ」ではなく、「現在7割の安否応答率を今日の夕方までに9割までに持っていこう。そのために必要な行動を考えてくれ。夕方の会議でまた状況を報告してほしい」と指示することができれば、対応要員も意味のない焦燥感にとらわれるのをやめて、問題の解決に意識を移すことができるようになる。

現場委任は予算と一緒に

緊急事態への対応にあたっては、なるべく早く現場に近いところに幹部を送り込み、変化への判断と対応を委ねることが望ましい対応と言える。緊急事態において、状況は刻一刻と変化するものであり、その変化への対応にいちいち本社なり対策本部なりの判断を求めていては迅速な対応はできない。ただ、そこに予算と権限が伴わないと意味がない。

緊急事態は現場委任と言いながら、金の問題については「10万円以上の臨時支出は、支社長が稟議を起案し、総務、経理、企画の各部長との事前協議の上、支社を所管する役員が決裁する」というような平時の手順をそのまま運用しようとする事例がみられる。これは適切な対応とはいえない。

このような事態を避けるため、緊急事態に対する対応については、対策本部長に判断権限を集約することを決めている会社も少なくない。ただ、権限の集約にも副作用があり、本来なら各部門で判断していたような事柄についても対策本部長まで持ち込まれてしまう事例がみられる。

このような事態を避けるためには、「対策本部長は、現地対策本部長に必要な予算を与える。現地対策本部長は、対策本部長からの委任の範囲で支出を決定する権限を有する。この決定を行った場合、権限規定及び経理規定に定められた支出判断決定手順は実施されたものとみなす」というような規定を作り、運用することが有効である。

現場への委任といっても、現場への丸投げとは異なる。一定期間内に達成するべき目標を明確にし、そのために動員できる資源を示し、具体的な行動は委ねる。一定期間経過後には、状況報告を求め、目標の再設定と動員資源の再検討を行う。これが現場委任である。

(了)