名古屋工業大学大学院教授 渡辺研司氏

熊本地震は自動車や半導体会社などの産業集積地を直撃した。供給網の寸断、ラインの停止は被災地だけの問題にとどまらず、瞬く間に全国、そして世界へと影響が及ぶ。そして、こうした産業が衰退することは、地域経済そのものの疲弊へとつながる。行政に求められるのは戦略的な産業復旧の支援だ。名古屋工業大学大学院教授の渡辺研司氏にどのような支援が必要か解説いただいた。


現地での行政機関・自治体担当者へのヒアリングを通じて、両者とも、企業の被災状況や、サプライチェーンの途絶といった動的(dynamic)な情報については、断片的にテレビ・新聞報道から入手していただけで、間接情報に基づいた一定の状況認識にとどまっていたことが分かった。

九州では、1970年以降、政策的に自動車産業、半導体産業を誘致してきた。このため、詳細レベルの企業情報が静的(static)情報として整備済みで毎年更新もされている。しかしながら、企業間の取引の流れ(商流)や、商量、頻度、手段、ルートやサプライチェーンにおける位置付けと、他社代替可能性などの情報で上記の動的・静的情報を有機的につなげる枠組みや仕組みは欠如していたように思う。

また、多くの静的情報は公開されているものの、電子化が十分とは言えない(例えば各種地図に関しては、カラー印刷地図の作製が目的でGIS位置情報として共有・活用できる状態にない)状況にあった。そのため、県では、県商工部門が把握している個別企業の被災状況などについては、災対本部会議ではなく知事他には個別レクチャーを実施していた。

一方で、知事以下、各部門では、住民対応に追われ、商工部門でも余裕がない状況だった。

また、個別企業においても、それぞれが復旧作業に追われる中、自治体や複数の行政機関などから被災状況に関する電話・メール・アンケートなどが投げかけられるので現場は多忙さを増しているようだった。

こうした状況から行政面での課題を整理するとすれば、①地域内の企業・産業活動の商流についての情報入手が困難なため、静的情報の確認と限定的な現状把握にとどまったこと、②県商工部門(産業振興、企業立地など)は住民対応業務の優先により、発災後しばらくは企業・産業の復旧支援の業務に手が回らなかったこと、③ナショナルブランドの大企業における生産や営業といったアウトプットの復旧が、必ずしも熊本域内産業活動の残留、地元企業との取引維持につながらないという危機意識を自治体・行政機関の職員が持つ余裕がなかったこと、などが挙げられるのではないか。

課題の解決に向けて

RESASの活用
これらの課題のうち、①企業・産業活動の商流が静的情報の把握にとどまったことについては、RESAS(政府が各自治体に提供している地域経済分析システム)を用いることで、ある程度の域内商流の概要を把握したり、中小規模の事故・災害発生時のインパクトが把握しやすくなるはずだ。

RESASによる石川県と福井県の繊維工業の企業間取引の分析結果

RESASは、内閣官房と経済産業省が地域経済活性化を目的に、2015年4月から提供を開始したシステムだ。企業間取引や人の流れ、人口動態などのビッグデータが可視化でき、産業・企業別の情報照会・分析機能を使うと、地域のどの産業がどの他地域との結びつきが強いかを、販売・仕入れ情報に基づいて分析することができる。このため、複数自治体間での政策連携に使うこともできる。使用している情報は、企業信用調査大手の帝国データバンク「企業間取引情報」に基づく。

また、個別企業分析機能を使うと、地域内企業と地域内外の取引企業との関係(販売・仕入れ)を分析することもできる。さらに、地域内企業群から下記の要素で抽出して、地域経済を支える「地域中核企業」を特定し、行政として個々の企業別に支援したり、具体的な産業政策を立案したりできるようになる。

◇ コネクターハブ企業:地域の中でも取引が集中し(ハブ機能)、地域外とも取引をしている(コネクター機能)企業

◇ 雇用貢献型企業:雇用創出・維持を通じて地域経済に貢献している企業

◇ 利益貢献型企業:利益・納税

企業間取引のデータは本社ベースのため、実際の商流やロジスティクスとは異なる部分もあるが、RESAS以外の情報源と推測を併せることでおおよその状況を把握することが可能となる。

RESASを使って事前に地域中核企業群を特定しておけば、地域経済に影響度が大きい企業群には、早期に企業防災やBCMへの取り組みを促すなどの展開も可能になる。さらに、地方自治体は、大規模災害発生時に、災害対策本部で地域中核企業群の被災状況を確認し、その地域雇用や経済に対するインパクトを分析することで、首長の判断で特定企業の復旧を緊急支援できる。

過去の新潟県中越沖地震などの大規模災害では、特定企業(地域外に利害関係者がいる上場企業の場合もある)に対するインフラの優先復旧や緊急車両指定証の配布といった緊急支援を、住民対応と並行して、または住民対応を一部延期して実施した事例が存在する。

こうしたことを実現するためにRESASを用いるのは「目的外使用」ではあるが、RESASが保有するデータと機能が通常時の産業政策に限らず、災害時の特定企業救援にも利用できるのは明らかである。

RESASの活用は、普段使いをしているシステムを災害時にも利用する、という点でも大切である。災害時だけに利用するシステムは通常時には訓練・演習でしか使わないので、本番で他システムとの接続不良が発生したり、オペレータが不足したりして機能を十分に発揮できない場合がある。実際、熊本地震では、RESASのオペレータとノウハウが現場に近いほど不足(利活用の効果の認識不足、引継ぎ対象外など)していた。今後は、通常使用と災害時使用の目的を商工部門と防災部門の利用により有機的に融合し、BCPの概念に基づく通常業務への組み込みを検討すべきだ。大規模災害時には内閣官房・経産省・各経産局よるオペレータを災害対策本部へリエゾン派遣(兼務で)することも考えてはどうだろうか。

専任職員の任命と、災害対応業務としての明文化
②の県商工部門職員が住民対応業務に追われ発災後しばらく企業・産業の復旧支援の業務に手が回らない課題については、避難所から仮設住宅に移動した後の雇用・経済の確保の観点からも、担当者1名(たとえ兼務でも)を発災直後からの任務として遂行する必要ある。

住民第一はもちろんだが、細くとも企業復旧支援の初動開始のタイミングを早める必要があり(発災直後より企業担当窓口設置を防災計画に明記した京都BCPの動きなども参照すべし)、今後は災害対応業務として定義し明文化すべきだろう。

政府地方局と経済団体の連携による自治体支援
③のナショナルブランドの大企業における生産や営業といったアウトプットの復旧が必ずしも熊本域内産業活動の残留、地元企業との取引維持を意味しないという意識については、中央政府と自治体の意識・ミッションの違いの現れでもある。災害時における利害関係の調整は、政府地方局が域内経済団体と連携して取り組むべきだ。

今後求められる展開

今後のステップ(中長期、復興ビジョンなど)としては、企業・産業を指導・支援する国・県・市町村などの組織間の情報共有(通常時・災害時)の仕組みの構築が急務である。例えば、定期的な連絡・協議会を設置したり、各組織がバラバラに保有する企業情報を統合する仕組みも検討すべきだろう。

一方、企業に対しては、災害時には情報を拠出してもらえる信頼関係の構築が求められる。大規模災害時には、域内企業の安否確認、操業停止・復旧遅延に伴うインパクトを早期に分析・情報共有し、戦略的な支援を意思決定できる枠組みを構築すべきだ。こうした戦略に役立つRESASなどの分析ツールのオペレーションは、研修・引継ぎなどで必ず商工部門と防災部門に最低1名は維持・継続するなどのルールを作ってはどうだろうか。

これらを災害対応業務として正式に防災計画に明記し、担当者が正式な業務として発災直後から初動をとれる状況を作るとともに、首長以下の職員が、状況把握と緊急復旧支援を行う企業の選定と段取り、手配に関わる意思決定の訓練・演習を行っていくことで、レジリエントな地域経済が実現することが期待される。

 

 

渡辺研司(わたなべ・けんじ)
名古屋工業大学大学院教授
工学博士、MBA。富士銀行、プライスウォーターハウスクーパース、IBMビジネスコンサルティングサービス、長岡技術科学大学を経て、2010 年4月から現職。サイバーセキュリティ戦略本部重要インフラ専門調査会、ISO/TC292(セキュリティ・レジリエンス/ 技術委員会)、資源エネルギー庁 系列BCP 格付け審査委員会、農林水産省 農地・農業用施設関連減災総合対策委員会、日本電気協会・情報専門部会などで委員を務める。研究分野はリスクマネジメント、事業継続マネジメント、重要インフラ防護。