晩年のシェークスピア(筑波大学附属図書館資料)

シェークスピアの400年前の名作

「そもそも芝居というものは今も昔も言わば森羅万象を鏡に映して(Mirror up to nature)善悪にそれぞれの姿を描いて示し各時代の社会の姿をくっきりと映し出すことだからね」。(市河三喜、松浦嘉一訳)

イギリスの文豪シェークスピア(1564~1616)の悲劇「ハムレット」の第3幕第2場で、主人公の王子ハムレットは旅回り劇団の座長に、こう言い聞かせる。

シェークスピア演劇の本質を自ら語ったセリフとしてあまりにも有名である。私は学生時代英米文学を学んだ者であるが、シェークスピアの最高傑作は何と言っても「ハムレット」(Hamlet)であると、信じている。名セリフ・名場面の宝庫とされる同劇中から著名なセリフや私の好む独白の一部を紹介したい。名ゼリフの中に今日のリスク対策の参考になるものはないか? 古今普遍の苦境に陥った者の心の深淵がうかがえるのではないか?

シェークスピア4大悲劇のひとであるこの大作は若き王子ハムレットが主人公であり、時代と舞台は暗黒の中世の北欧デンマークである。文武両道にたけた青年王子は、深夜エルシノア城に現れた亡き王(父)の亡霊から、死因が叔父クロ-ディアス(王子ハムレットは父を尊敬し叔父を嫌った)による暗殺であることを告げられる。よく知られたストーリーだが、以下簡単に紹介しよう。

叔父クロ-ディアスは王位を奪うと、ハムレットの母ガートル-ドを妃とした。ハムレットは亡き王に命じられ復讐を固く誓うが、それは絶対に口外してはならない極秘の決意であった。頭脳明晰な王子は狂気を装い懐疑の苦しみに耐えながら城内で復讐の機会をうかがう。ハムレットの「かたき討ち」を妨げたのは彼の高邁な精神と優れた知性であった。ハムレットは終幕近くで復讐を遂げるが、自らも毒の塗られた刀で倒れる。美しい恋人オフィーリアとの悲恋や母ガートル-ドへの屈折した愛憎を織り込んだ復讐劇である。血に塗られた悲劇ではあるが、笑いを誘うシーン(墓堀男の滑稽話など)が散りばめられており、シェークスピアの天才性がいかんなく発揮されている。

生か、死か、それが問題だ

私の好む名セリフを上げてみよう(以下、福田恒存訳などから引用する)。

「ああ、このけがらわしい体、どろどろに溶け、露になってしまえばよいのに。せめて、自殺を大罪とする神の掟さえなければ。ああどうしたらいいのだ。この世の営みいっさいが厭になった」。(1幕2場)

父を殺害した叔父の妃が愛する母であることにハムレットは悩み苦しむ。そして

「たわいのない、それが女というものか!」’Frailty、thy name is woman!’(同上)と叫ぶ。女性不信(父の死後間もなく叔父と結婚してしまった母親への不信)から恋人オフィーリアに冷たく当たる。うら若い恋人は悲嘆のあまり狂気に駆られ死に追いやられる。

「なんとみごとな傑作か、人間とは。理性においていかに気高く、その能力、姿かたち、運動においていかに無限か。だが私にとっては、こんな泥の精髄にいったい何の意味があろう。人間を見ても私のこころは喜ばぬ」(2幕2場)。真冬の夜に父の亡霊に会いその暗殺を聞かされて以降、ハムレットは気がふれたような行動をとり始める。狂気を装うのである。

「生か、死か、それが問題だ。どちらが男らしい生き方か、じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を耐え忍ぶのと、それとも剣をとって押し寄せる苦難に立ち向かい、とどめを刺すまで引かぬのと、一体どちらが。いっそ死んでしまった方が。死は眠りにすぎぬ―それだけのことではないか」(3幕1場)

あまりにも有名な台詞’To be ,or not to be, that is the question;…’で始まる長い独白である。青白きインテリ・ハムレットを印象付ける名セリフとして広く知られている。日本でも明治期以降、多種多様な和訳や解釈が試みられた。明治15年(1882)の「新体詩抄」(翻訳詩集)に初めてこの独白が訳されて紹介された。「永らうべきか、ただし又永らうべきにあらざるか、ここが思案のしどころぞ」。その後「生きるか、死ぬか、それが問題だ」との簡潔な直訳も出た。

「もし人間が時を費やして得るものが、ただ食って眠ることでしかないとすれば、人間とは何者なのか。けだものすぎぬ。神がわれわれ人間にこれほど大きな推論の力、先を見、後を顧みる力を与えたのは、この能力、神にも似たこの理性を、いたずらに朽ち果てさせるためではなかったはずだ」(4幕4場)。

先王殺害とよく似た場面を現王クロ-ディアスの前で旅回りの劇団に演じてみせた劇中劇によって、王が大いにうろたえ激怒する姿を見たハムレットは、亡霊の言葉通り、現王が父ハムレットを殺害したことを確認する。ハムレットは絶望の淵に立つが、復讐心を新たにする。                 

シェークスピア墓碑(イギリス、ストラット・アポン・エーボン)

にじみ出る作者の価値観

この不朽の名作には作者の人生観を反映したと思われるセリフも少なくない。宰相ポローニアスは息子レアーティーズをパリ留学に送りだす際に忠告する。

「腹に思うても、口には出さぬこと。突飛な考えは実行に移さぬこと。つき合いは親しんでも狎(な)れず。それが何より。が、こいつはと思った友達は、鎖で縛りつけても離すな。というて、まだ口ばしの黄色い、羽もはえそろわずようなお調子者と、やたらに手を握って、手のひらのまめをこしらえるではないぞ。喧嘩口論にまきこまれぬよう用心せねばならぬが、万一まきこまれたら、その時は目にものを見せてやれ。相手が、こいつは手強(てごわ)い、用心せねばならぬと懲りるほどにな。どんな人の話も聞いてやれ。だが、おのれのことをむやみに話すではない。他人の意見には耳を貸し、自分の判断はさしひかえること。それからと、財布の許すかぎり、身の回りには金をかけるがいい。といって、けばけばしく飾り立ててはいかん。凝るのはいいが、華美は禁物。たいてい着るもので人柄がわかるものだからな。金は借りてもいけず、貸してもいけずと。貸せば、金を失い、あわせて友をも失う。借りれば、倹約がばからしゅうなるというもの。ところで、一番大事なことは、己に忠実なれ、この一事を守れば、あとは夜が日に続くがごとく、万事自然に流れだし、他人に対しても、いやでも忠実にならざるを得なくなる」。(第1幕第3場) 

この長く、ややくどいセリフを読むたびに、私は文豪の「処世術」「金銭感覚」を思って苦笑する。読者諸氏が、シェークスピア作品に接する機会に恵まれることを期待したい。

参考文献:「シェークスピア講演」(福原麟太郎)、「シェークスピアの人生観」(ピーター・ミルワード)など多数。

(つづく)