被災者のメディア利用を制約したインフラ崩壊

 

東日本大震災では、地震・津波による停電や断線、中継基地局などの被災によって、被災者がメディアを利用するために必要な電気・通信インフラが破壊された。長期間、広範囲におよぶ停電や通信障害は、被災者のメディア利用行動にどのような影響を与えたのか−。総務省が昨年から今年にかけて実施した「災害時における情報通信の在り方に関する調査」(以下「情報通信の在り方調査」という)や日本民間放送連盟・研究所が昨年実施した「東日本大震災時のメディアの役割に関する総合調査」さらには東北電力などの公開資料を手掛かりに、その実態を探った。

情報通信の在り方調査によると、2011年3月11日の大震災直後から被災自治体の市役所・町役場庁舎の大半が停電し、早いところでは翌12日に復旧したものの、被害が大きかったところでは4月以降まで復旧が遅れた。また、携帯電話の通信障害も全ての地域で発生。復旧の早かった主要キャリアでみても、最も早かった地域で3月13日、最も遅かった地域では同月20日まで通信障害が続いた。そのため、被災者が最も評価したメディアは、震災発生時は「AMラジオ」が断然トップで、「携帯電話」は6位にとどまり、少なくとも数日間は日常のメディア利用が大きな制約を受けていたことが裏付けられた。また、電気・通信インフラの復旧に伴い、1週間後あたりから携帯電話の評価が高まっていったことも分かった。
※総務省の調査は、東日本大震災の発生時から11年4月末ごろまでにおける被災者の情報行動やICTの利用状況を調べるため、11年9月から12年1月にかけて面接聞き取り方式で実施された。対象者は岩手県宮古市・大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市、宮城県気仙沼市・南三陸町・石巻市・仙台市・名取市、福島県南相馬市・いわき市の被災者や自治体・企業・NPOなどの関係者306人。ICTに一定の知識のある人や業務に関してリーダー的な地位にある人、団体の推薦する人を優先した。

 

■広範囲の停電で“携帯神話”が崩壊
東北電力によると、東日本大震災では地震発生直後から岩手、秋田、青森3県の全域、宮城、山形両県のほぼ全域、福島、新潟両県の一部でそれぞれ停電が発生した。11日午後10時の段階で約440万戸、12日午後10時現在で215万戸、13日午後11時現在でも127万戸が停電した。 

情報通信の在り方調査で各被災自治体の市役所(町役場)庁舎の停電状況をみると、南相馬・いわき両市では停電はなかったものの、名取市では12日まで、大槌町では12日ごろまで、仙台市では13日ごろまで、大船渡市・陸前高田市では14日まで、石巻市では20日ごろまで、宮古市では26日ごろまで、それぞれ停電が続いた。釜石市・気仙沼市・南三陸町に至っては、4月以降になってようやく復旧した。各自治体の中心地ともいえる場所にある市役所庁舎でこの有様だったということから、一般の民家では状況はもっと深刻だったと推測することができる(表1参照)。 

 

仙台市役所には自家用発電機があったため、テレビの視聴や携帯の充電ができたという。しかし、全ての市役所や町役場で自家用発電機を備えていたのかどうかは不明だ。 被災地や被災の状況によって被災者の置かれた環境は千差万別だったと思われるが、停電により、テレビの視聴や携帯の充電ができず、震災直後から数日間のメディア利用に大きな制約が課されたことは間違いない。 

■携帯基地局2万9千カ所が機能停止
総務省のまとめによると、東日本大震災の影響により、携帯電話・PHSの基地局2万9000局が機能を停止し、NTT東日本の通信ビルも385カ所が機能停止に陥った。NTT東日本では、架空ケーブルが沿岸部を中心に6300キロメートル流出・損傷し、中継伝送路が90ルート切断されるとともに、電柱が6万5000本流出・折損した。このため、NTT東日本の固定電話は、最大約100万回線が不通となった。 

NTT東日本の伝送路(固定回線)は、携帯事業者の基地局交換機間の伝送路(エントランス回線)・としても使用されているため、その被災は携帯事業者の被災・サービス停止にもつながった。 

また、停電が長期間・広範囲に及んだことから、被災を免れた通信設備もバッテリーや自家用発電機の燃料の枯渇によりサービス提供の停止に追い込まれた。

情報通信の在り方調査で携帯電話の通信障害状況を調べたところ、復旧が最も早かった主要キャリアでみても、いわき市・仙台市で13日、名取市・石巻市・南相馬市で14日、大船渡市・釜石市・宮古市で16日、陸前高田市・大槌町・気仙沼市で18日、南三陸町では20日まで障害が続いた。 復旧の最も遅かった主要キャリアでみると、最も短かった仙台市・南相馬市で18日、最も長かった気仙沼市では4月11日まで障害が続いた。(表1参照)

 

■復旧が進むにつれ、携帯・テレビが復活
こうした状況を踏まえ、情報通信の在り方調査で震災発生時に役立ったメディアを聞いたところ、「AMラジオ」が60・1%でトップ。次いで「FMラジオ」39・0%、「携帯メール」31・1%の順だった。停電や通信障害のため、「地上波テレビ」は26・8%、「携帯電話」は22・0%にとどまった。新しいメディアとして注目されていた「ツイッター」は3・4%で、被災地での使用という観点から見ると震災発生時は限定的だった。 また、震災発生から1週間後の時点では、「AMラジオ」が50・6%で引き続き1位だったが、「携帯電話」(48・2%)が2位、「携帯メール」(46・3%)が3位とその評価が高まった。電気・通信インフラが復旧してきたことが背景にあるとみられる。震災発生から1カ月半をすぎた11年4月末の時点では、「携帯電話」が74・4%で最も多く、続いて「地上波テレビ」61・9%、「携帯メール」60・4%の順で、「AMラジオ」(44・2%)を逆転した。(表2参照)

 

■ライフラインとしての電気・通信インフラの重要性
同調査によると、回答者の95・1%が携帯電話を持って避難したが、停電や通信の輻輳(ふくそう)、通信設備の被災により多くが長期間使用不能になった。こうした事情から、回答者のコメントでは、「避難所にいるときは停電で何も使えない。電気が使えることが先決」「情報の入手手段は電気が回復しないと駄目。一番は電源」などとライフラインとしての「電源確保」の重要性を指摘する声や、「堤防の増強よりも、携帯電話の通信確保等の対策の方が必要」と通信インフラの可用性、信頼性、冗長性の確保を求める声が少なくなかった。 

また、民放連・研究所が11年7月から10月にかけて実施した「東日本大震災時のメディアの役割に関する総合調査」(本誌12年1月号、ページ参照)56によると、自宅が全壊または半壊して仮設住宅に居住する成人男女500人のうち、避難する際に家から携帯電話を持ち出した人は59・8%いたが、利用できた期間について「(震災)当日のみ」と答えた人はそのうち47・2%、「3日後ごろまで」が4・7%、「1週間後まで」2・7%。「持ち出したが全く利用できなかった」人も24・1%いた。一方、「1週間後以降も利用できた」は21・4%にとどまった。 

途中から利用できなくなったと答えた人にその理由を聞いたところ、「電池切れ」が30・1%、「停電による充電不可」が19・0%に上った。 

同じ調査で、避難所に設置・配布されて震災発生当日に利用できたメディアを聞いたところ、「最初は何もなかった」が51・6%で一番多く、次いで「ラジオ」40・4%、「テレビ」9・4%、「携帯」5・2%、「掲示板」2・8%の順だった。 

震災発生3日後ごろに利用できたメディアは、「ラジオ」が61・8%でトップで、以下「まだ何もなかった」21・8%、「テレビ」19・8%、「新聞」162%、「掲示板」12・4%、「携帯」9・4%の順。1週間後は「ラジオ」67・2%、「新聞」44・4%、「テレビ」37・4%、「掲示板」24・8%、「携帯」20・2%、「「まだ何もなかった」10・2%。情報通信の在り方調査と比べ、被災の程度がより深刻な人が対象となっていることもあって、携帯電話を利用できた人の割合が、1週間後の時点でもあまり上がっていない点が注目される。

 

 

■「情報の真空地帯」を避けるには
東日本大震災では上記のように電気・通信インフラが長期間・広範囲にわたり破壊され、被災者のメディア利用が大きく制約された。被災者は家族の安否情報や地震・津波による被害情報、電気・ガス・水道などの生活情報などを知るため、各種メディアに頼ろうとしたが、被災の程度が大きかった地域ほど必要な情報が得にくかった。被災地周辺からの情報が入ってこず、被災地の情報も外部へ届かない、いわば「情報の真空状態」が一時的に出現していたと言えよう。 

現在取り沙汰されている巨大地震などへの対策を策定する際にも、電気・通信インフラの損壊をかなりの程度想定する必要があろう。特に首都直下地震では阪神淡路大震災や東日本大震災に比べ、被災者の数が大きく膨れ上がることが予想される。被災者のメディア利用の基盤となる電気・通信インフラの強化が急がれる。         

メディアアナリスト 井坂公明