安全を守る姿勢に感謝

日本はずっと、水と安全はタダと言われてきました。しかし、今ではコンビニでペットボトルの水が売られ、お金を払ってミネラルウォーターを購入することが普通の光景となりました。健康のために1日2リットルのミネラルウォーターを飲むとか、はやりましたよね。では、水と同じようにタダと言われてきた安全ですが、安全な生活のために皆さんは費用をかけていますか? 水は買うのに、安全は?

最近のニュースを見ていると、起きて、出かけて、帰宅して、寝る、翌日起きて、出かけて…という私たちの日常生活は、しごく当然にできているわけではないということがよくわかります。いつものように家を出ても、そのとき「たまたま」痴漢やスリに遭遇したり、通り魔的な犯罪、自動車の暴走、電車の事故などに「たまたま」巻き込まれ命を落とすことがあるかもしれません。いつもの生活を送れることが当たり前ではなく、どれほどラッキーなことなのか、私たちは普段あまり意識をしていません。そこには、皆さんが「たまたま」事件や事故に遭わないように、皆さんの安全を守っている「警備員」という存在があります。彼らのことを知っていますか? そしてその存在に気づいていますか?

警備員の存在を意識することはありますか?

「警備員、もちろん知っているよ」という方、今日1日を少しだけ振り返り、何人の警備員を見かけたか思い出してみてください。会社の門の前に1人とか、駅構内に2人いたとか、何人見かけましたか? 私は駅までの道のりで5人の警備員と会いました。自宅からすぐのホームセンターに歩行者と自動車の安全確保のために2人、工事のため片側通行の道路上に車両の安全な往来のために2人、駅へ続く地下道に人々の行き来を見守るために1人、合計5人です。

警備員が存在している理由、それは何よりもまず私たちの安全を守るためです。私たちが安心できる状況で日常生活を送ることができるのは、たまたまという偶然によるものではなく、警備員の存在という必然により成り立っていることが多いのです。彼らは工事現場や駐車場での交通誘導、繁華街でのパトロール、オフィスビルや駅構内での立哨(りっしょう)、イベント時の雑踏警備など、私たちの近くで活動しています。しかし、その存在を認識している人がどのくらいいるのでしょうか? 彼らのことを邪魔だなと思うことはあっても、「安全を守ってくれてありがとう」と感謝することって今まで何回ありましたか?

アンサンヒーローとして

私は、警備員はアンサンヒーローであると考えています。

アンサンヒーロー(Unsung Hero)
〔達成した偉業を正しく評価されることのない〕陰の英雄[ヒーロー]、縁の下の力持ち◆【直訳】詩歌にうたわれたことのないヒーロー
(出典:https://eow.alc.co.jp/search?q=unsung+hero

警備員の存在が事件や事故の抑止につながり、私たちに安心感を与えています。何も起こらない普段の生活を続けていくためには彼らの存在が必要なのですが、何も起こらないことが日常になっているとそこに警備員の存在が必要であるという意識が薄れていきます。警察官や消防士のように事件や事故の現場で表立って活躍する姿が伝えられることはほとんどなく、警備員は常に陰に隠れた地味な存在です。しかし、少し周りを見渡してみると、警備員は私たちの生活に一番身近であり、寄り添い支えてくれている存在であるとわかります。万一の危険な状況下では、私たちのために怯まず戦うこともあります。まさにアンサンヒーローだと思うのです。

とはいえ、日本における警備員のイメージはあまり良くないですよね。警備員自身も「3Kだし、給料安いし、拘束時間長いし、暑いし、寒いし、怒鳴られるし、最悪だ」と思っている者もいますし、一般の方々も「警備員は態度悪いし、邪魔だし、人に指図するし、最低だ」と感じている人もいます。警備員以外の人にこうしたイメージを持たれてしまうのは、警備員の側にも問題はあるのですが。
 
今連載は、警備員の社会的な地位向上を目指し、日本の警備業の現状、警備員のモチベーション、職業として下位に置かれている状況などについて、海外の警備業と比較したり、私自身の警備員(空港保安検査員)時代の体験などを交えたりしながら、書き進めていきたいと思います。そのうえで、この連載が、警備員がいなければ私たちの安全が守られなくなるという理解を促し、彼らへの協力や、一般の人々の警備員に対する意識の改革につながるきっかけになれば幸甚です。

(了)