震災から1年日本は今

 

東日本大震災では、調達先の被災によるサプライチェーンの途絶が多く見られた。海外メディアは、サプライチェーンを含めた日本の事業継続の対応について評価はどうだったのか。ISM(Institute for Supply Management)の機関誌であるInside Supply Managementから、日本のサプライチェーンの復旧についてレポートを紹介する。 

2011年3月11日、1世紀を超える日本の歴史の中で、最も強大な東日本大震災がこの国を揺るがした。巨大な津波が発生したことで、被害はより甚大となった。何千人もが命を落としたほか、生き延びた人たちは、原子力発電所の爆発の恐怖と闘うこととなった。日本経済は、直ちに危機的な状態となった。悲劇の渦中で、製造の遅れや原料不足などが発生し、いくつものグローバル・サプライチェーンに衝撃を与えた。 

しかし、日本人の復旧に向けた集中と一種の共同体意識としての労働倫理がなければ、震災によるビジネスへの惨状は、もっと大きなものとなっていただろう。 震災直後から、サプライチェーンが最悪の時期でさえもいかに生き残ってきたのかという要因に注目が集まるようになった。 

復旧の中心となったのは、日本語で「現場」として知られる、被災地域の第一線にいた労働者の努力によるものだ。アメリカと日本で35年以上ものサプライマネジメントの経験を持つ日本サプライマネジメント協会理事長の上原修氏によれば「現場」の人々は、日本企業の本社のリーダーたちよりもずっと早く、災害によって引き起こされた問題に対応することができた。 

「日本中から救援・支援活動が行われたことから、世界は、日本人の忍耐力と回復力(レジリエンシー)に感銘を受けた。荒廃した地域を崖っぷちから帰還させるために、その共同体と製造サイトの双方が、尊厳や秩序、共助の意識を見せた」と上原氏は話す。 2011年11月までに、ホンダやトヨタなど数社は、生産を通常のレベルまで取り戻したことを報告した。多国籍企業の中には、日本でのビジネスをさらに拡大した例も挙げられる。たとえばヒューレットパッカード社では、こうした震災後にも関わらず、ノートブックパソコンの生産の一部を中国から日本の工場に移転することを発表した。 

震災による日本の製造業への被害、グローバル・サプライチェーンへの大きな衝撃の中、世界的に日本のビジネスが信頼を得ることができたことが、明らかに日本の復旧の後押しをした。 

JETRO理事長の石毛博行氏は、2011年11月の“Japan Earthquake Recovery Briefing(震災復興報告)”の中で、「被災した企業の生産能力は、地震前のレベルまで回復し、再び世界中の顧客に向けて安定的な供給体制に戻りつつある。さらに、こうした惨事にも関わらず、日本に生産拠点を持つ外資系企業の多くは、世界経済における日本の重要性を認識し、日本でのビジネスを引き続き展開している」と述べている。 

瓦礫撤去や再建については、日本の各省庁間での対応が混乱しているため、未だ様々な場所で問題が見られる。例えば上原氏によれば、橋梁の修復は国土交通省の管轄、海産物の落ち込みについては農林水産省、原子力発電所の放射能漏れ汚染に関する問題は環境省によって扱われ、健康問題については厚生労働省が請け負う。「こうした縦割り構造による異なった管轄の下で責任を分配することは、官僚が迅速な瓦礫の撤去や復旧を達成することを妨げている」(上原氏)。さらに、上原氏は「また、原子力発電所の安全性やそれによって、既に影響を受けた産業に関する議論は、日本全体に広がった。専門知識を持つ化学者や有識者、専門家などは、放射能漏れによる影響が見られる地域範囲を特定し、それを軽減しようと多くの時間を費やした」と説明する。 

放射能の問題は、日本の貨物輸送にも影響した。東京に本社を置く医薬品や化学品の物流を行う株式会社日陸代表取締役社長の能登洋一氏は、福島原発の災害が、同社の化学品の貨物輸送の操業にも影響したと話す。同社では、高濃度の放射能が観測された地域を特定し、こうした地域に製品の配送する制限や条件を整えた。 

「当社では、設定した条件をもとに、立ち入り禁止区域と許可区域を決めました。また、ルールを決めて、放射能汚染が強い区域から到着した貨物については、放射能レベルを測り、運転手には肌を覆い、マスクの着用するように要請しました」(能登氏)。さらに能登氏は、放射能レベルは次第に低くなるにつれて、同社では定期的に規制を見直して緩和したと話す。

 

■被災初期のインパクトを測る難しさ
2011年8月の米デロイトのレポート“Impact of the Disaster in Japanon U.S. Manufacturing Supply Chains(日本の災害によるアメリカの製造サプライチェーンへの衝撃)”では、日本企業数社のCPO(Chief Procurement Officer:最高調達責任者)とサプライチェーンの専門家が震災直後の自分たちの経験について報告した。それによれば、日本の製造業や物流業は、通常の操業を再開するために、大きな問題があったとする。中でも主要な問題として日本製の部品の配送、マイクロプロセッサや何層にも続くサプライチェーンの末端のサプライヤーの製造再開を挙げている。 

災害が、多くのサプライチェーンに影響を及ぼすまでには、数週間を要した。輸入については、船積みされた多くの部品や製品は、製品が到着するまで長いリードタイムがあるため、今回の地震が発生した時には、既にいくつかの製品や部品が、日本に向けて出荷されていた。例えば、何層にも多重化された自動車サプライチェーンでは、下請けの部品の崩壊(小さなモーターや特殊な電気コネクターなど)については直ぐにははっきりした影響は見られなかった。しかし、時が経過するにつれて、被災した地域で生産された部品、もしくは、被災した港を経由した船積み貨物に、被災の影響が出始めてきた。報道では、特に合成樹脂や溶剤、洗剤について、問題になったとしている。 

デロイトのレポートによれば、日本の自動車メーカーは、原発の問題によって引き起こされる不安定なエネルギー供給の問題を懸念し、国内と海外工場での製造の効率化について検討し始めた。自動車産業以外では、被災した地域からの部品や原料調達の不足により様々な製造会社で時々製造の中断、被災が発生していた。 

多くの日本企業は、国内での供給によって賄えない分を、輸入による調達で賄おうと殺到した。能登氏は「国内の供給は再開していますが、日陸の顧客は引き続き輸入による調達に頼る状態となっています。当社では、今から今後の災害のために備えています。海外からの調達の割合を求める顧客が増加し、その結果、輸入貨物がより多く国内を行き来すると考えています」と話す。

 

■助け合い。新しい継続計画
多くの産業が早期復旧できた理由の1つとして、競争原理を超えて事業再開に向け、企業が協力したことが挙げられる。上原氏によれば、たとえば、世界のマイコントローラーの30%のシェアを持つルネサスエレクトロニクス(2011年4月にNECエレクトロニクスとルネサステクノロジーが合併により設立された新規セミコンダクター製造メーカー)では、同社の那珂(なか)工場が3月11日に被災した際に、多くの自動車製造業者から、工場の操業復旧をサポートするために援助者が自主的に集まった。その数は2500人以上に及んだ。 

そして、トヨタ生産方式に精通した1人が、製造工程を妨げる障害を見極めた、と上原氏は話す。さらにその彼は、問題を早く効率的に解決するために、ほかの復旧を手助けする仲間の指導者となって働いた。最終的には、那珂工場は、予定していた計画よりも1カ月早い2011年9月末に通常の操業を再開した。 

地震に備えて代替サプライヤーを持つ製造業者は、明らかに有利だった。上原氏によれば、ルネサスからマイコンを独占的に調達していた国内大手の多国籍自動車会社は、代替サプライヤーを準備することによって、早期に事業を再開させた。 

この先見の明がなければ、この自動車会社は3月11日以降、半分の製造しかできない状況に追い込まれていただろう。代替サプライヤーにより、この自動車会社は2011年7月までに通常の操業に戻ることができた。 

このほかにも、良い結果を導いたことがあった。「日本のサプライヤーと取引をするほとんどの会社は、今ではサプライチェーンに直面するより具体的な危機を意識している」と上原氏は話す。経済状況が変わったため、いくつかの事例では、製造者は、サプライチェーンを短縮するために外注から内作や内部委託に積極的に切りかえることを考えている。そうすることで、これらの会社は、グローバルな供給ネットワークに関連するリスクを取り除くことが寄与できるかもしれない。 

デロイトのレポートによれば、災害は、新技術を広める機会となった。多くの会社にとって今回の震災は、単に古くなった技術を置き換えるのではなくて新しい技術を用いた製品やシステムを導入する機会となった(たとえば、固定電話回線の取り付け、携帯電話の使用の拡大)。原子炉の問題については、原子力に想起されるような高いリスクがより少なく、安全で、環境負荷が少ないエネルギー源を多くの組織が探しているため、クリーンエネルギーの研究の勢いがついてきたことは明らかだと思われる。 

一般的に、広範囲にわたる災害は、サプライチェーンが影響を受ける時、企業にとって深刻な危機になると上原氏は話す。彼らが証言した日本の災害により、上流のサプライチェーンを守り、スムーズなサプライマネジメントの操業を確保することが、購買機能としてだけでなく、企業の生き残りのためにも重要であることが、世界中の企業のシニアマネージャーに伝わった。 

顧客の期待に応えるために、自然災害による供給の破壊を、「神の行い」「不可抗力」として使うことは許されないだろう。顧客は、この深い結びつき、洗練されたビジネス環境下では、障害のない供給を期待する。「1960年代と70年代において、リスクを取る経営思想が変わってくると、危機管理はリスクマネジメントという表現に変わり、同種の専門書が企業経営という視点から出版されるようになった。不可抗力であってもこれを予期し災害を最小限に食い止め、最小の時間での復旧を目指すことに変わってきた。この流れは、不可抗力として逃げるのではなく、自らサプライチェーンを防御し、最終顧客に迷惑をかけない姿勢として現在に引き継がれている」と上原氏は話す。

 

※NPO法人日本サプライマネジメント協会理事長の上原修氏の了承を得て、ISM(Institutefor Supply Management)の機関誌“Inside Supply Management”2012年3月号 “Japan:One Year Later”Lisa Arnseth氏の記事を翻訳したものです。

 

クリティカル・イシュー

デロイトのレポート“Impact of the Disaster in Japan on U.S. Manufacturing Supply Chains (日本の災害によるアメリカの製造サプライチェーンへの衝撃) ”によれば、約58%の回答者が、 サプライチェーンのリスク戦略を再検討する予定とし、42%が戦略をサプライチェーンの深い層まで広げる計画するとしている。  

レポートによれば、企業は、以下の質問に対して検討し、答える義務があるとする。    
 * サプライヤーは、自社と同様にリスクを入念に管理しているか?    
 * サプライヤー 1 社の崩壊が、市場の中での自社の評判や顧客に影響を与えるか?    
 * サプライヤーは、信頼でき、自社にとってプラスとなることを約束しているか?    
 * サプライヤーは、債務を果たす能力を守る理にかなったステップを持っているか?