東日本大震災による津波で多くの犠牲者を出した宮城県名取市の閖上地区(出典:Wikipedia)

あまりに静かだった閖上

東日本大震災から6年。私は発災直後から3年間ほど毎年2~3回、岩手・宮城・福島3県の被災地を訪ねた。雨滴や泥が染みついたノートや資料類をもとに2万人近い犠牲者を出した未曽有の大惨事での被災地や犠牲者の姿を考えたい。

私の脳裏を離れないのは無残に並んだ泥まみれの遺体の数々であり(思わず合掌した)、疑問が今も残るのが避難勧告・指示が出され消防団などが直接説得しても逃げようとしない被災住民の心理と、その驚くべき数である。なぜ逃げようとしないのか。

この疑問は2015年の関東・東北豪雨での鬼怒川決壊でさらに深まった。警報・勧告が出ているのを知りながら避難しない。これらの原因として「正常化の偏見(正常性バイアス)」「オオカミ少年効果」などの心理的判断が挙げられる。「人間は避難したがらない動物である」とはよく言われることだ。心理的な「本能」のようだが、それは「命の軽視」とは次元を異にする深刻な問題である。

大震災で壊滅的な津波被害を受けた宮城県名取市の海に面した閖上(ゆりあげ)地区での場合を検証してみる。2011年3月11日14時46分~16時までに観測された地震(震度1~6)は26回にものぼった。東北・関東の大地は揺れ続けた。続いて大津波に襲われた。同地区は東北沿岸の中でも大津波襲来の最も遅い地域だった。津波襲来まで1時間10分。逃げる時間はあった。にもかかわらず犠牲者が750人を超えた。なぜこれほどまでの被害となったのか。

不幸だったのは、異常事態の発生を伝える防災行政無線が全く作動しなかったことだ。地震発生直後から携帯のメールがつながりにくくなっていたことも情報伝達を遅らせた。驚いたのは、消防団員の中に宮城県沿岸に大津波警報が発令されていることすら知らなかった人がいたことだ。住民の中にも大津波警報が出されていることを知らなかった、と答えた人が少なくない。

耳をつんざくサイレンでも鳴っていれば住民が一大異変を感じて逃げる態勢をとったであろう。「あまりにも静かだった」という。「自分だけは危険なことは起こらない」そう思い込もうとする人間の深層心理に警鐘を鳴らし、住民を避難行動に導いていく防災無線が役割を果たせなかった。残されたのはラジオであったが、ラジオも聞いていなかった人が多かった。

地震発生後の14時51分、NHKラジオでは大津波警報を伝え始めた。宮城県の予想高さは6m。岩手県、福島県では予想高さは3mだった。閖上は3mと誤って受け止めた住民が多い。高さ3mというのが具体的イメージにはならなかった、という住民もいて考えさせられた。情報から閉ざされ、危機が迫る情報を聞いても逃げようとしない人々、その傾向は海岸部より内陸側の住民に多かった。                 

波がいつも打ち寄せる大洗磯前神社。大洗町の防災意識は高く、それが命令口調の防災無線につながった

危機感伝わる防災無線とは

「閖上は明治と昭和の2度の三陸大津波ではほとんど被害を受けていなかった。チリ地震津波の時でもさしたる被害はなかった。津波が壁になって町を飲み込むなんて思ってもみなかった。津波は三陸地方で起きるものとばかり思っていた」(中年男性)。

「『津波警報が出ています』と消防団の車がボリュームをいっぱいにあげて『避難してください』と言って回っているのが聞こえた。ラジオのニュースは10m以上の大津波だと報じていた。これじゃダメだ。大きい車を出して近所のお年寄りにすぐ車に乗るように声をかけた。だが『私は乗らない。後で行く』『大丈夫後で行く』と乗ろうとしない。後で行くと言って別れた人たちは全員助からなかった」(民生委員の男性)

「ラジオの情報ではあまりピンとこなかった。具体的に閖上のことを言ってくれない。岩手県の情報が多かった。人は一度情報を得てしまうと、そこから先の新しい情報に更新していくことが難しい。ラジオは緊迫した、脅しのようなきつい表現をしてもよかったのでは…」(初老男性)

同大震災では、家族を助けに車で自宅などに戻り亡くなった方が多数いた。名取市中心部や仙台市内などの安全な場所にいたにもかかわらず、子どもや孫、年老いた父母、妻や夫の安否が気になり閖上を目指した住民は82人を数える。うち20人が犠牲となった。「大津波警報6m、10mと言われても津波の怖さを感じる余裕もなく、家族を心配する気持ちでいっぱいだった」。主婦は涙ながらに振り返る。

逃げ遅れた車の渋滞も大問題を引き起こした。避難場所に指定された公民館などにマイカーで避難しようとして車が殺到し、渋滞で身動きが取れなくなった。渋滞は津波が襲来する前まで起こっていた。そこに津波が襲来して、多くの住民が車ごと津波に飲み込まれた。津波によって流された車は漂流物となって街を襲撃する。車で避難することにより発生する被害と車が襲う街の被害、「車社会」の重大な課題である。

ここに問題の一つの<解>がある。実例がある。東日本大震災で大津波警報が出された茨城県大洗町の対応である。町は「避難せよ!」などの命令口調を使い、防災行政無線を通じて町民に避難を果敢に呼びかけた。伝達内容を次々と更新しては長時間にわたって厳重注意を呼びかけた。「緊急避難命令、緊急避難命令!」「大至急、高台に避難せよ!」などが、町が住民に避難を呼びかけた防災行政無線の命令口調の通報である。

住民避難を促すのに大きな心理的効果があったと考えられる。大震災では茨城県内で津波により6人が犠牲となった。大洗町では4mを超える津波に襲われながらも死者は出なかった。津波の規模が東北地方に比べて小さかったことが要因の一つであろう。だが大洗町では、防災行政無線であえて「乱暴」な警報を繰り返した。命令口調で住民に避難を呼びかけ、次々と内容を差し替えて繰り返し通報した。

大洗町で実践された防災行政無線の果敢な取り組みは災害避難の呼びかけに教訓を示している。国民の生命財産を守ることが行政の最優先課題であることは言うまでもない。(続く)