帰宅難民2000人受け入れ

日本を代表する高級ホテルで知られる帝国ホテル(千代田区)は、東日本大震災で、ホテルの宿泊客やレストランの利用者だけでなく、外部から最大2000人の帰宅困難者を受け入れた。ロビーや宴会場、廊下スペースを開放し、無償で炊き出しを行うなど、交通機関が復旧する翌朝まで多くの帰宅困難者に対応した。

 

 

日比谷・銀座方面から大勢訪れる
帝国ホテルは、本館と帝国ホテルタワーの2つの建物から成り、931の客室と多くのレストランやバーラウンジ、宴会場などを持つ。 

東日本大震災では、震災発生後すぐに、総支配人を責任者とした現場指揮所と社長を本部長とした災害対策本部を設置。顧客の安全と、館内施設の被害状況を確認した。 

震災が発生した午後2時46分は、午前中の宴会を終え、レストランも昼食の混雑のピークを過ぎた時間帯であったため、ホテル内では、震災直後も特に大きな混乱はなく、また建物、ライフライン共にほとんど被害が無かったことから、レストランやロビーラウンジに残った顧客への対応を続けていた。が、しばらくすると、震災発生時ホテル周辺にいた帰宅困難者が、寒さをしのぎ、また、携帯電話が不通で公衆電話を探したり、トイレを探しにホテルに入館してきた。 

現場指揮所で帰宅困難者の対応に当たった帝国ホテル総務部総務課の鈴木公持副支配人は「日比谷公園が千代田区指定の帰宅困難者支援場所となっていましたが、寒さもあり利用者が少なかったこと、また交通がストップしたため日比谷通りを歩き続けてきた人も多く、時間を追うごとに大勢の帰宅困難者がホテルに訪れてきました」と当時を振り返る。

 

■関東大震災からのDNA
帝国ホテルは、震度6以上の地震が発生した際に発動する災害対応マニュアルを策定している。ホテル内の全部署に配布されており、毎年それに基づいて訓練を実施している。3月11日の震災では、都内の震度は5強でホテル施設に大きな影響はなく発動条件に満たなかったが、館内外の状況から判断し、マニュアルに沿った対応をとった。 

マニュアルは、ホテル内の宿泊客や、宴会・レストランなどの利用者の安全を第一に実施すべきとの内容で、外部からの帰宅困難者への対応については具体的に定められていなかった。しかし、帝国ホテルは、現場の状況から直ぐに受け入れるとの判断をした。 

帰宅困難者という想定外の緊急事態にも関わらず、従業員は外部から押し寄せる大勢の人に対して臨機応変に対応した。出入り口やタクシー乗り場に長蛇の列ができて混乱が発生しないようにホテル内へと誘導し、ロビー、宴会場、中2階を開放した。ホテル内では、従業員が最新の交通情報をインターネットやテレビで調べ、印刷してホワイトボードに貼ったり、メガホンを使って情報提供をし続けた。震災から30分後には、混雑するロビーに集まる一人一人に、毛布と水を提供。毛布が足りなくなると、バスタオルを配った。夜10時頃には帰宅困難者の数がピークに達し、約2000人にも及んだ。缶詰パンとペットボトルの水については、夜10時と12時の2回にわたり、合計約3000本を配布した。 

また、携帯電話の充電器を貸してほしいとの要望が相次いだことから、1人当たり時間を区切って貸し出した。混雑する中でもできるだけ快適に過ごしてもらうためにゴミの回収やトイレの掃除は徹底した。震災当日の夜中には、総料理長の計らいで野菜スープを仕込み、翌朝、ホテルで一夜を過ごした約1200人に対して、宴会場のプロムナードで炊き出しとして提供した。

「帝国ホテルは、1923年(大正12年)に建築家のフランク・ロイド・ライトが建てたライト館の完成披露宴の日に関東大震災に遭いました。その当時、ライト館以外の周辺の建物は、ほとんど震災や火事の影響で崩壊し、多くの方に避難していただいたことが記録として残っています。当時のDNAのようなものが、現在の社員にも残っていると思いました」(鈴木副支配人)。

■震災後の対応
帝国ホテルでは、今回の震災の経験を教訓とし、災害対策マニュアルの発動基準を「震度6」と規定せずに、非常時には、現場の状況に応じて発動基準の融通が利くように見直した。また、今回の帰宅困難者への対応を検証して、ホテル内の受け入れが可能なスペースを改めてリストアップし、受け入れた場合、各スペースで最大何人が収容できるか整理している。 

施設に対しては、より大きな震災にも対応できるよう自家発電装置を設置している。食料については、来年度から施行される東京都の条例では、3日分の備蓄の準備を推進しているが、既に、顧客と従業員用に、非常食と食材のストックを合わせ、3日間対応できるようにしている。 

鈴木氏は「今回の震災では、午後3時前という時間帯でホテル内のお客様が比較的少なかったこと、またお客様に怪我は無く、建物、ライフライン共に大きな被害がなかったことから、避難誘導・応急救護を行う必要がほとんど無かったことなどが帰宅困難者へのスムーズな対応につながった」と話している。 

首都直下のような地震が発生した場合、建物に甚大な被害が生じたり、勤務人数の少ない夜間なら当然、限界がある。帝国ホテルは今回の経験を踏まえ、災害対策マニュアルの改訂を完了し、さらに夜間対応についても再度、見直しを進めている。 

帝国ホテルは、東京駅・有楽町駅周辺の67の組織が集まる東京駅周辺防災隣組に加盟している。東日本大震災では、自社内だけで対応できたが、鈴木氏は、今後のより大きな災害に備え、こうした地域との連携を生かした対応も検討するとしている。