公益財団法人公共政策調査会・第2研究室長 河本志朗氏

 

アルジェリアの人質事件は海外で活動する日本企業の安全対策に、あまりに厳しい現実を突きつけた。海外進出の動きが加速する中、日本はアルジェリア事件から何を教訓とすべきか。公益財団法人・公共政策調査会の河本志朗氏に聞いた。

 

今回の事件は、テロの脅威などが特に高い危険な地域で操業する日本企業の安全対策については、企業の取り組みだけでは限界があることを浮き彫りにした。 

襲撃されたプラント施設は、首都から遠く離れた場所にあり、準軍事施設として現地政府軍が警備していた。しかも、施設を運営しているのはイギリスのBPとアルジェリアの国営企業だった。こうした状況の中で、一企業が情報収集によりテロの脅威が高まっていることをある程度察知できていたとしても、その対策には限界があったことは確かだろう。 

ただし、(株)日揮も日本政府も、まったく打つ手がなかったかどうかについては検証が必要だろう。たとえばBPやアルジェリアの国営企業と日常的にセキュリティ情報を共有することは十分にできていたか、アルジェリア政府に対して警備の強化を要請することができなかったのかといったことなどだ。 

各国とも昨年の春ぐらいから、マリ北部におけるテロの脅威の高まりについては情報を入手していたし、日本の外務省でもアルジェリアに関して危険情報を発していた。後知恵であることを承知でいえば、日本政府とイギリス、フランスなどが政府レベルで連携して、アルジェリアに対して警備強化を求めることはできなかったのだろうか。もちろん、それをしたからといって、アルジェリアは聞き入れなかったかもしれないし、あるいは聞き入れたとしても、事件は起きたかもしれない。しかし、安全対策において、どこまでやったらどこまで効果があるかということは、分からない。一発で問題を解決する魔法の杖も、銀の銃弾も存在しないのだ。

■企業に求められる取り組み 
海外に進出する企業は、当然、進出先に対して、テロ対策としてどんな脅威があるのか、その脅威に対してどんな安全対策をしなければいけないのかということを考えて、それに見合った対策をしていることだろう。ここで重要なのは、一度やって終わりではなく、その後も最初に情報収集して把握した情勢が、その後変化がないかどうか、脅威が上がっていたら、それに併せて安全対策を強化するなど、継続的に取り組まねばならないということだ。 

情報収集に関しては、外務省もいろいろな情報を出しているが、現地の大使館、総領事館等に行って相談してもいいし、アメリカの国務省やイギリスの外務省も参考になる情報を出しているので、チェックすべきだろう。大企業の下請けとして現地に行くのなら、絶えず元請と情報交換をすることも大切だ。その他、保険会社やセキュリティ・コンサルティング会社の情報も役に立つ。ただし、コンサルティング会社にすべて任せるのではなく、当事者意識を持ち、自分の頭で考えることを怠ってはいけない。 

その情報収集の結果、例え脅威のレベルが変わらないとしても、監視カメラやセンサー、施錠設備などの物理的な面で、劣化などにより機能しないようなことがないかを常にチェックしていなくていけないし、仮に故障していたら、すぐに直すなど、セキュリティのレベルを保つように努力しなくてはいけない。 人的な面でも、例えば警備員を雇えば最初は厳しい出入りチェックをして、巡回もしっかり行うだろうが、何も事が起きない時間が長ければ長いほど、警備員たちのモチベーションが下がり、緊張感が薄れることもあろう。そのようなことがないように、継続的にモチベーションを維持すべく、啓発し続けなくてはいけない。これらは大前提として、どの海外進出企業にも求められることだ。 

あるジャーナリストが、企業のテロ対策や安全対策について「下りのエスカレーターを上るのに似ている」という表現を使っていたが、その通りで、歩き続けないと、あっという間に落ちてしまう。当たり前のことを1つひとつやって、リスクを少しでも下げていく努力をいくつも重層的にやっていかなくてはいけない。 

そうした努力を続けても、残念ながら100%脅威を防ぐことは困難だから、万が一、何か起こった時に、被害をどうやって低減させるかについても併せて考えておく必要がある。例えば、1つのアイデアだが、シェルターを用意しておいて、しばらくの間、そこで生活できるように、水や食糧を備蓄しておくとか、異常をすばやく感知をして直ぐに応援を呼べるような体制を整えておくなど、危機管理と被害管理を含めた対策が求められる。 

そこまでやるためには、専門部署が必要であり、体制と人材が必要になる。今回のような大きな事件が発生すると、当然ながら多くの企業でそうした部署にスポットライトがあたり、安全対策の重要性が再認識されるが、今後、長期にわたって何事もなく時間が過ぎていくと、どうしても企業として経営環境が厳しい中ではコスト負担に感じられるようになってしまい、社員も安全に対する意識が薄れる傾向になりかねない。こうした中、安全対策に対する高い意識やシステムを維持していくには、先に述べた地道な取り組みを淡々と続けることが最も重要であり、同時に忍耐もいる。 

安全対策を行う部門は、海外進出の際には事前に安全調査を行ったり、厳しい保安手続きを定めたり、場合によっては積極的な事業活動に慎重さを求めるなど、時に、事業活動を進める立場からは必ずしも歓迎されないこともあるだろう。そのため、時には孤立感を抱くかもしれないが、こうした立場で日々格闘している安全担当者を物心両面で支援できるのは、安全対策の重要さに対する経営陣と社員の理解だ。経営陣を含め、社員皆が安全対策の重要性、難しさ、担当者の立場を理解した上で、具体的な安全対策の措置をどうするかについて、ともに真剣に議論することが求められる。 

また、たいていの企業には、安全対策に関する専門知識や経験を持った人材は決して多くはないだろうし、安全対策に必要な専門知識を持った人材を育てることも容易ではないはずだ。

多くの担当者は、前任者や社内に蓄積された経験知識から学ぶととも・に、社外での勉強会、専門家との交流、書籍などで自らの研鑽を積んでいるのが実態だろう。こうした人材を効果的に育成していくためには、一企業だけでなく、業界全体で、あるいは政府の支援なども視野に入れて検討することも必要だと思う。

 

■政府・企業・研究者の連携
一方、企業だけでは限界があるところは、政府、企業、研究者などがパートナーとして連携し、それぞれの持つ情報収集・分析能力を集結してテロの脅威を評価し、それを企業と共有して対策に生かす仕組みを検討する必要がある。 

情報収集について言えば、政府では、外務省、警察庁、公安調査庁、防衛省などがそれぞれの目的に応じて情報収集・分析を行っている。企業は現地に溶け込んで操業する中で地域に密着した情報を持っている。さらに、地域やテロの研究者は長年の研究の中で地域の歴史、文化、政治、民族性、テロの情勢の変化、テロ組織の目的、行動様式、手口などを蓄積している。こうした官民学の専門家が連携して、いわばオールジャパンで企業の安全対策を視野に入れて情報収集・分析を行うことが大切だ。その成果として意思決定に必要な情報、すなわちインテリジェンスを、まさに脅威が高まりつつある地域で活動する企業と共有し、連携して脅威評価を行い、企業の安全対策に生かせる体制を築くことが求められる。その際、情報源の秘匿など機微な情報の取り扱いをどうするか、提供範囲をどうするか、提供する窓口をどうするかなど、連携のための一定の仕組みとルール作りを考えねばならない。 

外務省では、主要な海外進出企業などとの間で安全対策に関する情報や意見の交換を行うための官民協力会議を東京に設置しており、世界各地にも、在外公館と邦人団体などとの間では、やはり安全対策に関する情報や意見を交換する安全対策連絡協議会を設置している。これらがすぐにスキームとして使えるかどうか分からないが、1つの仕組みとして検討するに値するだろう。

 

■海外における自衛隊活動には慎重さが求められる 
テロ組織は、世界中にあるといっても過言でない。アメリカの国務省が「外国テロ組織」として指定しているテロ組織だけで51の組織がある(下表参照)。ちなみに、アメリカに指定された組織のメンバーはアメリカに入国できなくなり、これらの組織に資金提供することはアメリカでは犯罪になる。日本企業の進出が比較的多いフィリピンやインドネシア、インドなどの東南アジアや南アジアでも、いくつものテロ組織が活動をしている。 

今回の事件を受けて、日本版NSC(国家安全保障会議)の創設や自衛隊法改正の議論が取り上げられているが、政府の情報収集や分析能力、危機管理体制の強化、邦人救出能力を向上させるためには必要な議論だと思う。しかし自衛隊法の改正には慎重な議論が欠かせないだろう。 

自衛隊が邦人の保護を目的に危険な他国において武装して活動することになれば、場合によっては武器の使用により自衛官が他国の人間を殺害することも想定しなければならない。その結果、その国や地域の人々の反発を買い、あるいはテロ組織による日本人や日本の権益を狙った報復テロが世界中で発生する可能性もある。そうしたことへの備えとしての、そしてテロと戦うための日本のテロ対策は、はたして十分だろうか。日本の政治や国民にある種の覚悟が求められることにもなろうが、そうした覚悟はできているだろうか。 

繰り返しになるが、安全対策には一度やってしまえば大丈夫という魔法の杖も、銀の銃弾も存在しない。地道な議論をまず行った上で、それでもやはり新たな組織や法改正が必要だということであれば、国民の理解を得つつ、実現に取り組むことだろう。

 

 

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河本志朗(かわもと・しろう)
公益財団法人公共政策調査会・第2研究室長。山口県警、外務省出向、警察庁警備局勤務を経て97年より現職。内閣官房の日本のテロ対策研究会委員などを歴任。「テロ対策入門」(亜紀書房)2006年、共著「第4章テロ対策としての法執行活動」を執筆。

 

 

 

 

 

 

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