特集1 実例から学ぶ

ローソンの東日本大震災における対応
リーダーは現場ニーズを聞け

 

2011年3月11日の東日本大震災。ローソンは、本社・支社の災害対策本部、物流、商品供給など、各現場のリーダーが中心となり、未曽有の危機を乗り越えた。震災から1年後にまとめた「東日本大震災対応記録それぞれの3.11」には、各現場の苦悩と決断が細かくつづられている。危機管理におけるリーダーの役割は何か。ローソンの事例から探ってみた。

 

ローソン本社は午後2時46分の地震発生からわずか4分後に災害対策本部を立ち上げた。新浪剛史社長は、「ローソンの力が試されている。全力以上の力を出そう」と社員に檄を飛ばした上で、情報のすべてを対策会議議長の浅野学取締役に集約することを指示した。1分1秒を争う非常時に、情報が分散すれば無駄が生じ事故につながりかねないためだ。 

1日3回開催される会議では、あらゆる情報を「見える化」最終的な意思し、決定は浅野氏が下した。決定された事項は、会議に参加していない幹部にも詳細な議事録として送り届けられた。 

地震発生直後、ミーティングで話し合われた優先課題は2つ。1つは顧客や従業員の安否確認と安全確保。もう1つは救援物資をいち早く、なるべく大量に被災地に運ぶことだった。救援物資については新浪社長が「コストはいくらかかってもいい、考えられる手段を全力で考えよう」と大方針を掲げた。道路事情が極めて悪く、関東地方の工場も生産設備が損傷を受けて東北に商品を送り出せない状況の中、関西の工場から飛行機でおにぎりなどを調達する方法が発案された。 

一方、仙台市内にある東北支社では、支社長をはじめ支社幹部は不在で、震災直後は停電と通信の集中による混雑などにより本社にも支社長にも連絡が通じず、被害状況も分からない状況だった。類も使えない中、PCオフィスに居合わせた経営管理マネジャーらは、ホワイトボードを会議室に持ち込み、ラジオを聴きながら明らかになった情報をそこに書き込んでいった。 

同社は、震度5強以上(現在は震度6弱以上)の地震が発生すると、本社、支社にそれぞれ対策本部が立ち上がる。災害対応には前線基地である支社があたり、本社はそれをサポートすることが決められている。しかし、東日本大震災では、東北支社が独力でその全域の被災状況を確認することは困難であり、本社の方がテレビ報道などで確認しやすいという逆転現象すら起こった。 

支社の災害対策本部との連絡がつながったのはその日の夜。「被災状況はどうだ」という浅野氏の問いに、東北支社は「店とは連絡が取れないし、社員の安否を確認する手段もない」と答えた。浅野氏が下した判断は、「目」まずとなる建設チームメンバーを、「足」となる車両と一緒に「先遣隊」として本社から出すことだった。 先遣隊の一員である支社サポート本部・建設企画部シニアマネジャーは、現地でスクーターが役立つだろうとの判断で、スクーターや救援物資、ガソリンなどを搭載し、現地に向かった。現場で視認した店舗の状況は、損害の程度に応じてランク付けしながら本部に報告した。その情報は、対策会議の基礎資料として最大限に活用された。 

その後も、燃料の不足、商品の不足、食品工場の原材料の不足などさまざまな問題が現地から上がってきたが、燃料の不足については、上級執行役員の西口則一氏が京都でガソリンスタンドを併設する店舗からタンクローリーを借りるなど、本社が可能な限りサポートをし続けることで危機を乗り切った。

 

危機管理リーダーの役割とは何か

一言で危機管理リーダーといっても、組織の中には、経営全体をつかさどる経営層と、部門リーダーなどのミドル層、そして現地の支社や支店、それぞれの階層にリーダーが存在する。各リーダーが、それぞれの役割を果たすことが危機対応では不可欠になる。同社の事例から見るリーダーのポイントをまとめた。

 

まず、新浪社長が組織として目指すべき大きな方針を掲げた点が挙げられる。「全力以上の力を出そう」「コストはいくらかかってもいい」…、単純だが、明快なメッセージが、組織のベクトルを同じ方向にそろえた。そして、全権をCCO(チーフコンプライアンスオフィサー)としてリスク管理を担当する浅野氏に委譲したことで、ワンボイスによる指揮系統が確立した。 

ただし、浅野氏は一切、現地に命令は出していない。あくまで現場が必要とすることの「サポート」に徹し、すべての判断を現場に委ねている。「現地が最も状況を把握しているはずだし、それを信じないで、ああしろ、こうしろと指示をしたところで話にならない」(浅野氏)その上で、。必要な資源などについては各担当部や外部との調整を行い、現地に可能な限り早く送り届けた。 

一方、現地スタッフは、被災して支社長支社幹部が不在という状況の中・でも、被災状況の把握や、安否確認など、できることをやり続けた。リーダーは最初からその役割を与えられていることもあれば、災害時には突如として一般スタッフがリーダーにならざるを得ないケースも出てくる。その際、重要なことは、末端の従業員まで含めて、組織のミッションを理解し、優先して取り組むべきことが理解されているかどうかだ。 

「ローソンは、コンビニエンスストアが災害時において重要な社会インフラとしての機能を担うことを、全従業員、そしてフランチャイズに加盟するオーナーも企業体質として理解している」と浅野氏は語る。被災地において、市民が普通に買い物できる状況を整えることが、市民に大きな安心を与えることを、阪神・淡路大震災以降、幾度の災害を通じて経験してきた。 

そのためには、従業員やフランチャイズ店のオーナー・スタッフ、取引先を含め、生命の安全を確保することが最も重要であり、次いで各店舗が営業を継続できるようにすること、本社が収益性も含めた事業継続の実現をできるようにすることが、優先順位として求められる。そのことが、組織全体で共有されていた。だからこそ、支社をはじめ、各部門が本社の指示を受けなくても、それぞれの判断に基づき行動できたのだろう。 

もう1つ付け加えるべき点は、常日頃からの訓練だ。 

ローソンでは、支社を含めた年2回(2012年以降は年3回)の全社的な防災訓練を行っている。頭で理解するだけでなく、自らが考え、行動する訓練文化が同社には根付いていた。普段できないことは、危機対応時にもできない。長年積み重ねてきた訓練により、リーダーが機能する土壌が同社にはしっかりと整備されていた。

 


Interview
リーダーに求められる役割

東日本大震災で対策会議議長として、全体の指揮調整にあった浅野学氏に、危機発生時におけるリーダーの役割、権限などについて聞いた。



ローソン顧問(前取締役常務執行役員CCO) 浅野学氏

 

Q.リーダーといっても、経営層、対策本部、現場など、その権限範囲は異なってくると思いますが、いかに範囲を取り決められているのでしょう?

A.どこからどこまでが本部で、どこからが支社の権限になるなどとは決めていません。まず、社長の新浪は、すべての権限を私に委譲したと思っているはずです。あのような規模の災害では、私がどんどん判断して、その場で結論を出していかない限り対応できなかったでしょう。その中で、もし経営に関わることがあるなら、必ず新浪とはコンタクトをとって話をしました。

Q.現場との権限の範囲についてはどうでしょう?

A.現場としては、どうしても日常の決裁範囲の中ぐらいでしか対応の判断ができませんから、彼らが困っていることを、我々の方は無制限で回答できるようにしておけばいいわけです。当然、本社の方が使えるリソースが多いという意味においては権限があるといっていいのかもしれません。しかし、それは権限というよりも、現場ができないことへの“支援”という言葉の方が適切です。弁当の材料を調達するにしても、現場の権限でできるはずながない。そこを、リソースを動かせる本社が後押しをするということです。それが私は本質的な意思決定だと考えています。

Q.本社災害対策本部として具体的に判断が求められたことは?

A.現地すら状況がつかめない中で、どのようにすれば状況が把握できるようになるのか、燃料が不足していることに対して本社として何ができるのか、商品を生産する工場が被災した状況でいかに商品を届けられるか、あるいは、オーナーの救済をどうするか、家主へ見舞金を持っていくべきか、など挙げればきりがありません。すべて現場のニーズに基づき、本社として何ができるかを伝えていきました。

例えば、ガソリンなどの燃料については、それを任された役員が、燃料、タンクローリー、運転手の3点セットをいかに調達できるか全国から情報を集め、探し出してくれました。そのとき、いくら金額がかかるかなんてことは考えていません。トップからは「コストはいくらかかってもいい。考えられる手を全力で考えろ」という方針が下されているわけですから。

Q.現地がニーズすら把握できない状況もあるのではないでしょうか?

A.例えば、現地の弁当工場がどういう状況にあるかは、現地の商品部の人間も確認を取ろうとしますし、本社としても、関東にある弁当工場の本社と連携し、本社と現地それぞれが情報収集をして、どのような状況なのか、どの程度で回復できるのか、回復のためにどのようなサポートが必要なのかを情報共有していきました。 当時困ったことは、そもそも原材料がそろわなかったことです。それに対して、他の供給ルートに切り替えることを現地が考えられたかといえば、それは無理で、本社サイドでどういう供給ルートがとれるのかを考えざるを得なかった。結論から言えば、こちらから持っていくしかなかったわけですが、それは現地が決めるとか、本社が決めるレベルの話ではなくて、最適な方法は何なのかをお互いに相談して決めていくということです。 

当然、彼らができる範囲が絶対あるわけですから、そこは逆に現地の判断を聞いて、本社としてできるサポートを伝えていきました。現地の状況が分からない中で、本社がああしろ、こうしろと言っても何の意味もありません。

Q.現地の話も、信用できる、信用できない、など特に災害当初は判断が難しかったのではないでしょうか?

A.あのような危機的な状況の中においては、聞いた話の中で判断せざるを得ないわけですから、その範囲の中で最適だと思うことを決めていくしかありませんでした。そこで下した結論がもしも間違っていたなら、是正すればいいのです。 

ある段階では、これしか情報がなかったから、このように動くとOKを出した。しかし次の段階でもっと情報が広がったら、そうではなくて、こういう対応が必要ということは災害時において往々にして出てきます。その時には決断し直せばいい。とにかく決断しないことには検証もできないし、動きようもありません。そうした結果として、状況が次第に確認できてくるのです。現場の状況は、現場でしか分からないことがたくさんあります。だったら本社は、現場は最適な判断をしているという認識のもとに立たなくてはいけません。

Q.現地が見落としていることもあるかもしれません。そもそも災害対策本部長として、これほど膨大な情報を整理し、判断していくのは困難ではなかったですか?

A.そのために、コンプライアンス・リスク統括室があります。すべての情報はコンプライアンス・リスク統括室が管理し、現地のニーズに漏れがあるようなら、「こうした問題は発生していませんか」と逆に現地に問いかけました。例えば、オーナーの多くが避難している可能性がありましたから「オーナーの宿泊施設は大丈夫ですか」を聞く。そうすると、現地は、見落としていることに気づき、他にも困っていることを、どんどん挙げてくるようになります。情報が上がってくる仕掛けを考えることは大切なことだと思います。


Q.リーダーに求められる役割はどのようなことでしょう?

A.基本的には現場のニーズを聴き取ることが最初に来ると思います。当然、こちらから資金は必要ないかというような問いかけはしますが、ではどのくらいの資金が必要になるか、現場の判断に任せないといけない。そうした現場の感覚を無視して、お金だけ一方的に送ったところで、あまり役に立たないように思います。それは、支社レベルでも同じで、やはり現場が何を困っているのかをしっかり末端から汲み上げることが重要だと思います。 

そして一番大切な役割は、「決める」こと、つまり決断です。これができないと前に進みません。決断できないリーダーは一番ダメだと思います。もちろん前提としては、ちゃんと人の話が聞けるということがありますが、人の話を聞いた上で必ず結論を出すことです。危機の場面においてはそれがなければ、リーダーは何の役にも立ちません。

Q.判断に要したスピードは?

A.当初1日に3回はテレビ会議をつないで、支社を含め、すべてそこで会話をしながら決めていきました。伺いを立てるとか立てないではなくて、こういう問題が発生している、では、こうしようと、その場で決断していきました。 

その決定事項について、現実問題として、燃料をどのように用意するのか、商品を作るのに必要な原材料はどう用意して届けるかは、後から、我々本社で決めて「こうしました」回答してあげればいい。と、現場ではオーナーに説明できずに困っている状況でしたから、そのくらいのスピード感が求められていたのです。

Q.現場もリーダーになりえるわけですが、リーダーが機能するために必要なことは?

A.間違いなく訓練は大切です。私どもは阪神淡路大震災を・経験してから毎年、防災訓練を繰り返し行ってきました。

その中身は、本社の災害対策本部を立ち上げるのと同時に、支社も災害対策本部を立ち上げ、お互いコミュニケーションを取りながら状況を確認し、対応していくことがメインです。

3.11の時も、何をしなくてはいけないかは、ある程度、現場も認識できていたはずです。 

もう1つは、企業体質の問題があるのではないかと私は思っています。コンビニエンスストアは、阪神・淡路大震災や東日本大震災で、社会インフラ的な扱いをしていただきました。つまり、被災地の方々が一刻も早く日常の生活を取り戻したいと思っている時に、コンビニエンスストアが普通に開いていることが、市民に大きな安心感を与えるわけです。そのことをフランチャイズのオーナーも含め、すべてのスタッフが認識していたということです。ですから、最優先で何をしなければいけないかが企業体質として共有できていた。具体的には、お客様、従業員、お取引先も含めた生命の安全の確保であり、次に個々のお店の営業継続、そして収益も含めた会社の存続です。 

津波で店舗が被災した地域には、仮設の店舗を作っていったのですが、被災地の方からアイスクリームが食べられて本当に嬉しかったという声を聴きました。近隣にお店も無く、電気などのインフラも復旧していない状況の中で、冷たいアイスクリームを食べることはできなかったのです。営業を1日も早く再開することの大切さを、現場も本社も理解していたから、こうした対応ができたのでしょう。

Q.決断に悩まれたことは?

A.あまり悩んだという記憶はありません。ただ、今回の場合、最も重要な身の安全については、お亡くなりになったり、行方が分からないオーナーの方や店舗スタッフの方が約20人いらっしゃいます。その安否を最後までつかみきれなかったことは、気がかりであり、なかなか確認できずにいらいらしたことは正直あります。しかし、それは現地スタッフも同じです。 

それに、通信網がなく、被災地に入らないと現地の確認ができない状況でしたから、無理に確認しようとすれば危険も伴います。そうした中でも、安否の確認だけはしっかりしていくことが、会議の中で共有できていましたし、現地スタッフも、それぞれ身の安全など状況判断をして一生懸命、安否の確認に走り回ってくれました。それに対して、もっと早く確認しろとか、さぁ行って来いとは決して言えません。やはり、我々としては、そこは現地を信じて任すことが大切で、こちらから何か指示を出すのではなく、こちらが何をしてあげられるのかに徹するにつきると思います。

Q.決断や権限に伴う責任はどのようにお考えですか?

A.責任を前提として権限が委譲されることはありません。あくまでも今の問題解決をするためにその人が最適だから、その人を信じて任せるわけです。結果論として責任というのは、ひょっとしたらありえるかもしれませんが、それは全権限が委譲された私になるでしょう。

Q.被災地に行かれたのはいつですか?

A.2週間後です。新浪は4日目に現地に入りました。そのことで現場は本当に喜んでくれました。災害対策本部の運営を任されていた私としては、現地に行きたい思いは強かったですが、現地に行ったところで、できる仕事は限られていますし、こちらでしっかり構えてできる役割の方がはるかに大きかったと考えています。最後まで、与えられた役割をその場でしっかりやり遂げることが私の責務だと思っていました。社長は現地を回り勇気づけ、私は本部機能を守る。そのことも含め、新浪は私に情報をすべて一元管理するように指示を出したのだと思います。

Q.最後ですが、今振り返って後悔されたことはありますか?

A.震災初期に、商品がなくなった店舗に、もっともっと商品の供給ができたのではないかという思いはあります。商品供給に関しては、商品物流本部が取引先とコンタクトしながら供給を決めていかざるをえないのですが、ある意味、もっと連携しながら対応を考えていくべきだったと反省しています。これについては、今後、(事業継続計画)BCPを組み立てるとき、もう少し事前の計画をつめておく必要があると考えています。もっと狭い範囲の災害だったら、他の工場から持ってくるなどの手段もあったのですが、あれほどの広範囲となると、やはり難しかったことは課題です。その反省に立って次のステップでどうするかは、すでに全社的に検証し、準備は進みつつあります。

※文中の役職は全て震災当時のものです。