危険物・テロ災害から身を守り、生存することは可能だ(画像:Pixabay)

※前編はこちらから【第8章】 危険物/テロ災害対応(1)(前編)

■避難と屋内退避

それでは一体、市民レベルではどのようにして危険物・テロ災害に備えればよいのだろう? 

まずはじめに読者の皆さんに認識して頂きたいのは「危険物・テロ災害から身を守り、生存することは可能だ」ということである。このことは自然災害へ備えることと同意義で是非、第1章の「災害準備編~本当に準備するべきことは!?~」を見直していただきたい。

また内閣官房の国民保護ポータルサイト(http://www.kokuminhogo.go.jp/shiryou/hogo_manual.html)にアクセスし、国民保護に係る警報のサイレン音や武力攻撃などに応じた避難などの留意点を確認していただきたい。この項では、それを補足する形で避難と屋内退避について解説する。

【屋内退避の方法】

化学テロや生物テロが発生したら、

1.空調システムをオフにし、ドアや窓は施錠する。

2.あらかじめ決めてある屋内退避用の部屋へ移動する。

3.事前に用意してあるガムテープやビニール製のシートを使い、部屋のドア、通気口、窓、電気のアウトレット(コンセント)、電話のアウトレットなどに目張りをする。

4.行政機関の警報をはじめ、テレビやラジオなどで情報の収集に努める。

5.汚染がないことが確認されたら、窓を開け、空調システムなどで部屋の換気を行う。 


これらの行動を適切に取るためには事前準備が必要なことはご理解いただけるだろう。あらかじめ屋内退避用の部屋に各種備品(目張り用のガムテープ、ビニール製シート、非常食、飲料水、電池式ラジオ、など)を保管することや部屋の目張りの訓練をすることなどだ。

また屋内退避は自宅だけに限らず職場や学校でも取らなければならないケースを想定し準備する必要がある。目算だが、約1m2の床面積の密閉された部屋なら、1人が普通に呼吸している状態で5時間は生存可能ということも頭に入れておこう。 

前述のダーティーボムや核兵器を使用した“核・放射線関連テロ”では、放射性物質のフォールアウト(発生)に対して特別の注意が必要だ。放射線から身を守る3大原則は「Time(時間)・Distance(距離)・Shielding(遮へい物)」(それぞれの頭文字を取って東京ディズニーシー(TDS)と覚えておこう)なので、できる限り早く、屋内の一番深い(中心)の部屋、または地下室へ移動し、テレビやラジオなどで情報の収集に努めるのだ。

火災や建物倒壊の危険が差し迫っていたり、緊急の医療措置が必要なケース以外は、警報が解除されるまでの間、最低でも2~3日は屋内退避が可能な準備を整えることが望ましい。もし屋外にいるときに核兵器による攻撃を受けたら、絶対に閃光や火の玉を見てはならない。

遮へい物があれば、その陰に身を隠し、もし地面にくぼみなどがあれば、上着などで身を覆い、口と鼻をハンカチで押さえて、そこに身を潜らせよう。爆発地点からできるだけ遠く離れ、避難する際は風下を避けて風向きに対し垂直方向へ避難するべきだ。

■防護行動と除染

ここで説明する除染とは、衣服や皮膚にばく露してしまった有害な化学剤や放射性物質を除去するためのことと定義しておく。市民レベルでの危険物テロ災害での対応・プロセスは下記の要領にしたがって行う。

•いち早く汚染しているエリアから遠ざかる。状況に応じて屋内へ退避するか、屋外へ退避するか、または危険物に対して風上、丘上、上流へ避難するのか、を判断する。

避難する場合は発災地点から風下にいたら風向きに対して90度横方向へ、風上にいれば、そのまま風上に移動すること(化学物質により空気より比重が軽いケースでは丘下へ退避する場合もある)物質の性質により安全距。離は異なってくるが、300mから500mを最低距離の目安とする(詳しくは「危険物・テロ災害初動対応ガイドブック」(2016年日本語版)に記載されている安全距離を参照すること)。

•明らかに危険物質にばく露した可能性がある場合は、即座に除染を行う。もし除染することが不可能な状況の場合は、むやみに現場を離れず(危険な状況は回避した上で)、プロのレスポンダーが現場へ到着するまで、ハンカチなどで呼吸器を保護し、その場(ウォームゾーン※次項で説明)に留まり汚染が拡大しないよう努める。


<除染の手順>

1.アクセサリーを含む、全ての衣服を脱ぐ。この際には普段通り頭から脱がずに、はさみなどで切断するか、危険物質を吸入したり摂取しないように注意して脱がなければならない。脱いだ衣服は大き目のビニール袋などに入れて密封する。これで約80%が除染できたことになる。

2.入念に手を洗う。

3.体全体を大量の水で洗う。温水で洗うと毛穴が開き、そこから危険物質を吸収してしまう可能性もあるので、水で洗うことを推奨する。物質によっては少量の水と化学反応を起こすものもあるので大量の水で目や腕の下からそけい部までよく洗浄することが重要だ。

石けんがあればよく泡立てて、決してこすらずに使用する。髪の毛も石けん水やシャンプーでよく洗浄する。リンスやコンディショナーは放射性物質を吸着する性質があるので使用しないこと。洗浄後の水は汚染物として取り扱うこと。

4.清潔なタオルで吸い取る。強く拭いてはならない。水分を吸い取るようにして体を乾かす。
•現場到着したプロのレスポンダーはゾーニング(次項参照)が完了したら、できるだけ早く大量除染の準備をして、汚染状態のモニタリングや血液検査が実施できる体制を作る。時間が勝負だ。

•飲食物の安全を確保する。食料や水が汚染されていれば、そこから経口摂取し被ばくすることになってしまうので注意が必要だ。缶詰やペットボトルなどで保護されているものは安全だが外側をよく拭ってから開けるようにしよう。果物も同様に、よく拭い、皮を剥いてから摂取すること。 


市民レベルの救助隊は危険物・テロ災害の要救助者に対して、どのように接すればよいのだろう。繰り返し強調しているが、自らの身を守るためにも危険物・テロ災害において、その活動は著しく制限される。

あくまで自分の身を守ることが最優先事項になり、汚染されている地域内での救護活動は行うべきではない。そのような行動はあなた自身が第二の要救助者になることにほかならず、汚染を拡大・連鎖させる原因になってしまうと認識しなければならない。

唯一できることは、プロのレスポンダーが現場に到着するまで、むやみに現場を離れず留まるように忠告したり、除染方法の指示を与えることくらいである。また、テロ災害現場は犯罪現場であることも認識すべきである。

■ゾーニング 

写真を拡大 例:ゾーニングイメージ図

最後に、参考までにプロのレスポンダーが現場で行う初動の流れを簡単に説明する。市民レベルでもプロの初動での活動プロセスを理解することにより、間接的ではあるが相互連携していることになるのだ。

プロはまず、風上から接近し現場の適切な場所に現場指揮本部を設置する。次に状況把握のため情報収集を行い、消防警戒区域を定め、その中で適切なゾーニングを行う。

最も危険な発災地点の周辺を“ホットゾーン”として危険区域と定め、特別に訓練された者以外は進入することができないエリアとして隔離する。そして要救助者やレスポンダー自身のための除染活動を行う区域を“ウォームゾーン”とし、大量除染システムを設営したり、技術除染を行うエリアとして区分する。

そして消防警戒区域の一番外側に置かれる救護所や指揮本部を設置する区域をコールドゾーンとして区分する。消防活動の基本隊形を確立することがゾーニングの意味だ。

ホットゾーンとウォームゾーン内は化学防護服や陽圧式化学防護服などの個人防護衣を着用して活動するエリアになる。ウォームゾーンとコールドゾーンの境界線では、汚染レベルのモニタリングを行い、完全に汚染除去が確認された後にコールドゾーンへ移動することが可能になる。

ゾーニングが完了したら即座に除染体制の確立作業に入るわけだが、彼らが現着し除染体制が完了するまでには、ある程度のタイムラグが当然出てくる。その間に汚染された要救助者がむやみに現場を離れ、汚染を拡大・連鎖すれば、それだけゾーニングを広げなければならず、救助活動やその他あらゆる活動に支障をきたすことになる。

前述の防護行動の中で説明したが、なぜむやみに現場を離れずその場に留まらなければならないのかご理解頂けただろうか?

【おわりに】

前回と今回の連載では一般市民・従業員(政令等で特別に定められた危険物質を取り扱う事業者以外の)として危険物・テロ災害について学ぶべき最低限の知識を解説した。

すでに読者の皆様は、このような災害に巻き込まれても、的確な防護行動を取り、自分と家族または会社の同僚を守るためアクションを実践していただけると思う。

また、万が一そのような現場の第一発見者になったとしても、テロ災害の徴候を見抜いて、消防や警察に的確な通報ができるようになったはずだ。

さて、2003年6月に成立した「武力攻撃事態対処法」その翌年に成立した、「国民保護法」をきっかけに我が国のテロ対策もようやくその形を持つことになり、2015年9月には新たに国民保護法も改訂されオリンピック・パラリンピックに向けた準備が着々と進行しているが、一体どれほどの国民がそれらを自覚し危機感を抱いているのだろうか。

欧米諸国での取り組みを簡単に紹介するが、米国国防省下の消防組織では初任科課程に入る前に前述したNFPA472の入門編である“アウェアネスレベル”と限定された防護活動だけが許される初動対応編の“オペレーションレベル”を終了しなければ消防士としての認証が取得できない仕組みになっている。

またその他にも、対応する要員の能力適正基準を上級編の“テクニシャンレベル”、危険物テロ災害の現場指揮官としての“ハズマット・インシデント・コマンダー”、輸送中の事故に対応するトランスポーテーションスペシャリストなど12の専門職に分類し教育訓練を実施している。

それに加えて自主防災組織(CERT)向けの教育プログラムの中でも危険物・テロ災害対応に対する教育訓練などの啓蒙活動が実施されている。

また、ドイツでは「危機管理・緊急計画・市民保護学院」が連邦政府管轄で運営されおり、年間約1万人の警察官・消防士・赤十字職員らがCBRNE災害※1や指揮広報などの専門知識を学び、訓練を受けている。

2012年に開催されたロンドンオリンピックでは、イギリス政府が安全確保作戦のために880億円の予算を投入した。サッカーのワールドカップでは850億円だ。 

日本では、元陸上自衛隊化学学校の校長を務められた現NPO法人NBCR対策推進機構の井上忠雄理事長が10年前からこのNPO法人でCBRNE対応に関する教育訓練を積極的に展開しており、徐々にではあるがあらゆる団体へ広がりをみせ始めている。

また最近では放射線医学総合研究所(通称、放医研)でもCR災害に関する教育研修が始まっている。2014年7月に出された総務省消防庁の「消防団を中核とした地域防災力の充実強化の在り方に関する中間答申」の中でも、NBCテロ災害に係る教育訓練について指標に盛り込むべきだと言及されていることは評価に値する。あとはどうやって命を吹き込むかだ。 

いずれにせよ、東京オリンピック・パラリンピックまであと3年しかない。すでに秒読み段階と言っていいだろう。この限られた期間内で行政をはじめ、テロのターゲットになりやすい施設の事業者から一般市民までを対象に危険物・テロ災害対応に対する正しい教育と訓練を拡散し、準備を始めるのが喫緊の課題であることを提言としてこの章のまとめとしたい。 

次号では、これから日本が向かうべき防災・危機管理の姿について論評し、いよいよ本連載の最終章とする。

※1…CBRNE(シーバーン)災害:化学(Chemical)・生物(Biological)・放射性物質(Radiological)・核(Nuclear)・爆発物(Explosive)らによって発生した災害のこと。

(了)

参考文献
•総務省消防庁2014年7月付「消防団を中核とした地域防災力の充実強化の在り方に関する中間答申」
•生物化学テロ災害時における消防機関が行う活動マニュアル、・東京法令出版
•NFPA472(National Fire Protection Association)Standard for Competence of Responders to Hazardous Materials/Weapons of Mass Destruction Incidents
•オクラホマ州立大学 消防業務エッセンシャルズ 第6改訂版 
•米国運輸省Emergency Response Guidebook(緊急時応急措置指針)
•危険物・テロ災害初動対応ガイドブック
•COMMUNITY EMERGENCY RESPONSE TEAM.Basic Training Instructor Guide.FEMA.DHS