先進事例2

1日100件の危機情報を配信
グループ内で40万件のアクセス

 

日立製作所

 

世界各国に事業拠点を持つ日立製作所では、早くから海外における危機管理体制を整備してきた。リスク対策部が中心となり、1日80~100件もの危機管理に関する情報をイントラネット上のホームページで配信するなど、社員の意識啓発に力を入れている。来年3月をめどに、世界の主な事業拠点についてBCPの策定も進めている。

日立製作所には、そのグループ会社までを含め20万人を超える従業員が勤務している。世界35カ国に250拠点のほかサイトを持ち、家族を含め約8000人が海外に在住する。 

同社では、1991年10月から、リスク対策部が中心となり、国内外における従業員の安全確保や事業支援を目的としたリスク対策活動に取り組んできた。その契機となったのが1991年1月に勃発した湾岸戦争だ。同社リスク対策部の小島俊郎部長は「開戦前に同社関係者25人がイラクに拘束されたこともあり、事業活動や健全な発展を脅かすリスクの発現が日常化するグローバルな背景を踏まえて専門部門を立ち上げた」とその経緯を説明する。 

1992年4月には、日立グループ各社がリスク対策担当者をリスク対策部に登録して、グループ一丸となった危機管理体制を構築。現在、リスク対策担当責任者にはグループ全体で500人が任命されている。さらに、同年7月には「日立グループリスク対策活動実施要領」を制定して本格的な活動を開始した。 

リスク対策部が管轄するリスクは「自然災害」、「政治紛争」、「犯罪行為」、「自己リスク」の大きく4つに分類される。自己リスクというのは、企業活動に影響を及ぼすようなもの全般で、フィジカルな脅威について対策する。 

これらのリスクが顕在化した場合には社長を最高責任者とする緊急対策本部(本部長:副社長、事務局:リスク対策部)を設置し、執行役員や関係部門の対策要員を招集して対応することになっている。対策本部で決定された事項は、各リスク対策担当責任者宛にメールとファックスで確実に伝えられ、同時に緊急情報については、コーポレートのイントラネット上に開設されている危機管理専門のホームページにも掲載される。 

各リスク対策担当責任者は、対策本部からの指示を、それぞれが担当する事業所や工場、グループ会社に伝え、最終的に末端の従業員まで情報が行き届く。 

こうした一連の流れは、基本的には、国内でも海外でも同じだ。小島部長は、「リスク対策の取り組みについて、基本的な考え方と対策の原則は、国内外とも共通している。日立グループは、人命尊重を第一に、トップに直結したシンプルな組織で情報を一元化して、必要な情報が、必要な人間に、必要なタイミングで入るようにして、あらゆるステークホルダーが納得するリスク対策に注力している」と語る。 

海外におけるリスク対策については、テロや政治情勢などハイリスクな国や地域でのプロジェクトも多いことから、特に従業員への意識啓発や、医療面での支援、事前調査などに力を入れている。

 

意識啓発 
リスク対策部では、日常的に通信社電や外務省などからの注意喚起を、先に説明したイントラネット上のホームページに入力している。その数は毎日80~100件程度にもなり、日立グループ内だけの情報公開にも関わらず毎月40万件以上のアクセスがあるという。 

主な情報は、どこでどのような事件・事故災害が起きたか、・どこでどのような注意が必要であるかなど。 

これらのニュースは、国別・地域別をはじめ、時系列で最新情報として掲載される一方、①治安・事件・事故、②政治・経済・労働、③自然災害・環境・疾病、④誘拐・人質、⑤航空機、⑥自動車・列車の大きく6つのカテゴリーに分類される。さらに、日立グループの従業員に関する細かな被害情報(例えばスリ、置き引き被害など)も掲載される。「同じ地域で、同じような被害を防ぐ上で、従業員の被害情報は重要」と小島氏は語る。 

ホームページには、このほか外務省や、アメリカの国務省、(アメリカCDC疾病予防センター)イギリスの外務、省をはじめとする各国の政府機関などへのリンクが貼られていて、必要に応じて情報が収集できる仕組みになっている。 

入力された情報は97年からデータベース化されており、過去の事件・事故の傾向を見たり、国別の動静の推移を見るなど危機管理に役立てられている。

 

調査員の派遣 
テロや政情不安などのハイリスクの国・地域におけるプロジェクトの推進については、事前に現地調査員を派遣している。これまでアルジェリア、イスラエル、イラン、イラク、インドネシア、グアテマラ、コロンビア、ナイジェリア、フィリピン、ブラジル、ペルー、ミャンマー、メキシコ、ヨルダンなどに派遣した。また、現地の治安情勢に顕著な変化やその懸念があるときは、当該国で現地法人などの代表者によるリスク対策会議を開催して具体的な対策を検討実施している。

 

医療支援 
海外においては、医療体制が整っていない国も多いため、同社は1993年4月に、日立グループカードによる「海外緊急医療システム」を海外緊急医療サービス会社などの協力を得て導入した。業務渡航者を対象に、海外で病気やけがなどで救援が必要なとき、カードに記載してあるコールセンターに連絡すると、時間体制で支援が24受けられる。

 

危機対応マニュアル 
海外の派遣に際して備えるべきことや、いざ事故が起きた時のための行動については、危機対応マニュアルを配布している。いつでもすぐに見て分かるようにA4用紙数枚で整理されており、例えば、籠城するときのために水や食料は確保できているか、避難するときのルートは選択されているか、移動手段は決まっているか、など、対策の要点が示されている。小島氏は「いざという時に大事な点がすぐに出てくるように、基本をしっかり整理しておく必要がある」と指摘する。

 

海外主要拠点のBCPを策定 
現在、日立グループでは、世界の主要な事業拠点を対象にBCPの策定を進めている。BCPについては2006年12月に社長方針として「日立グループBCP策定のためのガイドライン」の導入編をまとめ、新型インフルエンザと地震を主なリスクとして2011年秋までに部門編のBCPを作成してきたが、海外拠点のBCPでは、その地域で最も懸念されるリスクを洗い出し、それぞれの被害想定を出して目標復旧時間(RTO)などを決めているという。 

さらに、さまざまなリスクに対処する上で大切な基本をグループ全体に浸透させるために、リピート・アンド・マインドをモットーに、毎年1回以上、リスク対策担当責任者を集めた会議を開催している。「日本は、事件・事故が起きると、一時的に議論が盛んになって、対策が進むような気運になるが、時間経過とともにまた消えてしまい、なかなか教訓が組織の文化として定着しない。当社も含め、繰り返し継続して取り組んでいくことが何より大切」(小島氏)。

同社では、海外において湾岸戦争でイラクに従業員が拘束されたような大きな事案に巻き込まれたことはない。小島氏は「たまたま運がいいだけ。もちろんやるべきことをやるように努力しているが、守れない、防ぎきれないリスクもある。これからインフラ関係の仕事が増えていく。そうすれば当然、新興国への従業員の派遣も増えるわけで、そのために何をしなければいけないか、万が一何かが起きた時にどういう対策が必要かということはこれまで以上に考えないといけない」と話している。

 


ハイリスク地域での危機管理主要15の対策

 

小島氏が、海外拠点での危機管理体制を構築してきた中で、特にハイリスクのある地域において、危機管理上、配慮しているという点を、下記にまとめた。

 

01 「衛星携帯電話」
できるだけ携帯衛星電話を配備する。同時に安否確認の訓練などで、確実に使えるようにしておく。

02 「シェルター」
シェルターまで確保できない場合でも、一時的に身を隠せる場所は検討する。

03 「防弾車両」
移動は防弾車両を検討する。原則として複数の車両で移動。1台だけでは故障やパンクにも対応できない。

04 「防弾チョ・ッキ防弾着」
最悪の事態に備え身を守るための装備として必要。ヘルメットもあった方がいい。

05 「武装警備・警護」
警察や国軍、あるいは専門の警備会社と連携する。

06 「緊急事態の周知・通報」
放送システムやサイレンなど、緊急事態を一斉に周知する体制の整備に努める。同時にその対応を決めておく。

07 「ホットライン」
ホットライン部屋とゲートの緊急交信、さらに在外公館、駐在武官との連携、本社との連携も確実に。

08 「訓練」
緊急事態の対応についてシミュレーション訓練の実施を検討する。

09 「言葉」
「伏せろ」「逃げろ」「動くな」ど、基本的な言語については、その国の言葉を頭に入れてお。

10 「人質として拘束された時の対応、心構え」
救出を信じて「生きる」という信念を強く持ち、食事、睡眠など健康に留意する。賊との摩擦を避けるなど。

11 「服装」
現地に溶け込む目立たない服装を。

12 「現地スタッフの管理」
専門のコンサルタント会社の支援を得た、採用の段階から基本的な人物チェック。

13 「情報の管理」
PCや携帯の使用規則を検討。宿舎の位置や工場のレイアウトなどの情報管理も課題。

14 「病気・ケガ」
初期対応、移送の手段、ト、ルー移送先などの確認。

15 「地域コミュニケーション」
地元の部族長へのあいさつなど礼儀を尽くし、地域社会との円満な関係に留意。

 

 

 

 

日立製作所リスク対策部 小島俊郎(こじま・としろう)
1977年早大卒業。同年4月、日立製作所入社。99年社長室部長。2000年7月よりリスク対策部長。02年から特例社団法人海外邦人安全協会副会長、03年から外務省所管海外安全官民協会会議幹事会民側座長など多くの団体の役職を務める