Interview 在日米陸軍統合消防本部次長 熊丸由布治氏

 

東京電力に、アメリカで広く取り入れられている緊急発生時における組織体制「インシデント・コマンド・システム(ICS)」を紹介し、その導入を支援してきたのが在日米陸軍統合消防本部次長の熊丸由布治氏だ。長年にわたり自らICSを実践してきた実績が評価され、衆議院議員の災害対策特別委員会事務局を務める務台俊介氏の紹介により、東京電力の危機管理体制の改善を支援するよう白羽の矢が立てられた。ICS導入のもたらすものは何か、東京電力の危機管理体制をいかに評価するかを聞いた。

 

福島第一原子力発電所の事故対応で最初に私が問題視したのは、上部組織による現場への必要以上の介入があらゆる意思決定を困難にしたのではないかという点でした。 

原子力災害では“止める・冷やす・閉じ込める”という事故対応の3大原則を現場で実践しなければなりません。当然、現場では事故の沈静化を図るための凄まじい戦いが行われたと思います。一方、本店サイド、自治体、政府などは事故で発生する様々な諸問題を解決・調整するために動いていたのですが、全てが上手く機能していたとは思えませんでした。現場の人間がやるべきことと、それを支える内外の支援組織がやるべきことが、ごちゃ混ぜになっているような印象を強く受けました。「これを解決するためには何としてでもICSの概念を導入しなければならない」となぜか強い義務感を覚えました。 

手始めに東京電力に対しどのようなアプローチで改革を推進すれば良いのか、事故調査報告書を調べていた時、発電所の現場指揮本部では本部長直下に12もの班が横並びに配置されている点が目に留まりました。おそらく経営のフラット化に伴い、なるべく組織内に格差が生じないよう並列に並べたのでしょうが、これでは緊急時に対応できないと感じました。 

ICSには、「監督限界」という考え方があります。つまり、1人の人間が緊急時に管理できる人数は3人から多くても7人で、それ以上は管理できないことがアメリカでは長年にわたる研究の結果、明らかになっているのです。組織というのは、指揮官が適切に管理できる人数をボトムアップで構築していかないと非常時には対応できません。 

ICSの特徴は、この監督限界も含め14ほど挙げることができます。

 

ICSのポイント 
まず重要になるのが共通言語を使うということ。特に複数の組織が連携して危機対応にあたる際、資機材の名称が違ったり、組織名称などの言葉が違ったら、連携が乱れることになりかねません。原子力は、専門用語もたくさんありますし、それを略したような言葉も多い。大切なことは、他の組織も支援に入ってくることを想定し、分かりやすく平易な言語を使わなくてはいけないということです。 

2番目が権限の委譲ルールの明確化です。所長がいなかったら副所長、副所長がいなかったら統括班長、といった代替順位の明確化です。もう1点、ここで注目してほしいのは、ICSの原則では、最初に現場に入った人が指揮官になるということです。もちろん、後から到着した人に引き継ぐことはできますが、末端の人間であっても、指揮を執らねばならないケースがあり得るのです。一人ひとりが、いつか自分が指揮官になるかもしれないという当事者意識を持つことが危機対応の組織を編成する上では不可欠です。 

3番目が指揮命令系統の統一。誰が誰を命令するのかを明確にし、指揮系統を一元化するということ。1人の人間が、いろんな人に報告しなければならないような状態は好ましくありません。原則として、人の人間か1ら指示を受け、人の人間に報告する1といった組織体制を構築します。 

4番目に複数組織が関与する現場での統一指揮をどのようにすれば良いかということで、ユニファイド・コマンドと呼ばれる手法です。例えば、消防と警察、自衛隊など異なった組織が連携して災害対応にあたる場合、それぞれの組織がバラバラに動いたのでは効率が良くありません。一度消防が捜索した場所を、自衛隊が再び捜索するというような二度手間が生じてしまうかもしれない。そこで、合議形式に基づいて、それぞれの組織の指揮官があたかも1つの頭脳となって、それぞれの組織を1つのチームとして動かせるよう統一指揮することが求められています。 

5番目が目標による管理。単一組織であろうと、複数組織であろうと、危機対応は、共通の目標を明確にしておく必要があるということです。共通の目標が決まれば、どう戦っていくのかそれぞれの戦術が決まり、指揮官が詳細な命令を出さずとも構成員の自律的な行動が確保できます。そのためには、6番目として「災害対応計画の策定」をしっかりと書面に落とし込むことです。危機が発生した際、いかに対応にあたるかインシデント・アクション・プラン(IAP)を作成し、すべての組織で共有します。あらかじめ各組織とも災害対応マニュアルなどは整備していると思いますが、IAPは事故の発生後に作ります。なぜなら、危機がもたらす影響はその都度異なり、それをすべて事前に把握して共有しておくことは事実上、不可能だからです。事故の状況に応じて、柔軟に動ける計画を策定し、それに従い行動し、不備などがあれば改善する、いわゆるPDCAサイクルを回していきます。これができるようにするためには、訓練を通じてIAPの策定方法をしっかり学んでおくことが大切です。 

7番目が事案規模に応じた柔軟な組織編制。災害時に必要になるリソース(資源)を道具箱に例えるなら、事故の規模に応じて、その道具を使い分けていこうという単純な発想です。この事案に対してはハンマー1本あれば十分、しかし、ある事案に対してはハンマーだけでは足りないからドライバーを取り入れようと、柔軟に組織を大きくしたり、小さくしたりできるようにしておかなくてはいけません。 

8番目が監督限界。東京電力の危機対応で最初に私が注目した点ですが、繰り返しになりますが、では、ICS1人の監督者、1人の指揮者が有効に管理できる部下の人数を3人~7人と規定しています。望ましいのは5人程度とすることでしょう。

9番目が統合された資源管理。人、物、資機材すべて含めた総合的なリソース管理をしろということ。災害時に限られた資源を最大限有効に活用していくためには、きちんとこういうものをデータベース化してコントロールしていかないといけません。災害対応にあたる組織が複数におよぶ場合、簡単ではありませんが、例えば東日本大震災では、災害直後から現地に飛ばせるヘリが何機確保できるのか、消防、警察、自衛隊、海上保安庁、DMATなどのヘリの統合管理と統合運用が大きな課題となりました。 

10番目が統合された空間利用。例えば現場指揮所をどこにつくるか、待機所をどこに置くか、長期戦になった場合の宿営地をどこに置くか、こうしたことも統合的に考えなくてはいけません。 

11番目が統合された通信システム、番目が統合された情報処理シ12ステムです。相互運用性が出てこないと他機関との連携は難しい。そこで、通信システム、操作要領などを統合的に運用できるようにするとともに、市民やマスコミに対する情報の一元管理など、統合化されたコミュニケーションを構築すべきとしています。その際にインフォメーションとインテリジェンスをきちんとマネジメントしなければなりません。危機対応では、デマや不確かな通報などを含むさまざまな情報(インフォメーション)の中から、対応に必要となる重要な情報(インテリジェンス)を導き出す「情報処理」という工程が必要になりますが、これを統合しておくことで正確な情報だけを共有し、正しく外部に発信できるようになります。そのためには、前提としてCOP(Common Operational Picture)と呼ばれる状況認識の統一が不可欠となります。 

13番目が災害対応業務の透明化、質の確保。どこの現場で、どの部隊が、どんな作業をしているのかを常に「見える化」しておくことで、災害対応の質が確保できるという考え方です。そのためには現場への到着報告などのルール化と、各部隊の対応計画の共有、指揮命令系統の統一などが必要になります。 

最後の14番目が計画に基づく人員、資機材の投入と撤収。7番目の「事案規模に応じた柔軟な組織編制」とほぼ同じ考え方ですが、必要なものを、必要な時、必要な場所に届けられるようにする、必要なくなったら引き上げるという柔軟な考え方です。

 

ICSがもたらすもの 
ICSは災害と戦うためのルールです。サッカーや野球、将棋のルールと同じです。日本の災害対応は、個々の組織を見れば、消防も警察も自衛隊も世界でトップクラスの能力を持っています。しかし、複数の組織が一緒になって共同戦線を張るとなると、十分に力が発揮されないように見受けられます。それは統一されたルールとコンセンサスが確立されていないからです。同様に、現場を支援するための仕組みも整備しなければなりません。

ICSを導入することのメリットを簡単に言うと、危機対応の質の向上と、対応にあたる人員の安全確保ということになるでしょう。各組織間あるいは単一の組織内での縦断的、横断的、全レベルでの流れが確立でき、迅速な動員、物資の流通、展開、リソースが把握可能となり混乱やミスを最低限に抑制します。またインシデントの規模に応じて必要なリソースだけを選択することでコストの削減や効率化が図れます。

 

東京電力におけるICSの成果と課題 
東京電力柏崎刈羽原子力発電所内では、すでにICSをかなり高いレベルで運用していると言えます。あえて課題を挙げるとすれば、外部組織などとの連携を視野に入れ広報を含めた統一されたコミュニケーションとインテリジェンスのあり方をどうブラッシュアップしていけばよいかということです。例えば対策本部と自治体に派遣した要員(リエゾン)などとの情報共有体制、情報通信システムのあり方や、本店の災害対策本部(EOC)の有効な空間利用も含め、もう少し品質を高めていく必要があるかもしれません。ハード面でいえば、現場指揮本部が置かれる免震棟は充実していますが、オフサイトセンターなどの対策がまだ不十分に見受けられます。施設の空調とか放射線防御の概念を取り入れ、確実に使える施設にすることが大切です。柏崎刈羽原子力発電所では、かなりの訓練を繰り返し実施しており、こうした課題も着実に解消しつつあります。しかし、いくら1つの事業所が単体でその危機管理体制を整えたとしても、事故発生時には自治体を含め、その他多くの関係各機関が関わってきます。その時に全ての関係各機関が共通のルールの下で戦うことができて初めてICSは完成形となるのです。 

東京電力の事例に学びながら、災害対応にあたるあらゆる組織が2020年のオリンピックを目標にICSを導入し、オールジャパンのチームとして戦えるよう整備し、世界に誇れる日本の危機管理体制を目指してはどうでしょうか。