訓練を通じて互いの理解を

 

 

 

 

九州大学大学院医学研究院先端医療医学部門災害・救急医学助教 永田高志氏

 

東京電力の危機管理体制の見直しにあたっては、海外の学術機関も支援している。米国に本拠地を置くIIGR(グローバルレジリエンス研究所)もその1つ。研究員で、九州大学大学院の永田高志助教(先端医療医学部門災害救急医学)は、「ICSは有効な危機対応のシステではあるが、ICSですべての問題が解決できるわけではない。もっと大切なことは日ごろから危機に備えるということ」と説く。永田氏に、東京電力の危機管理体制をいかに見ているか、日本の組織が教訓として学び取れることは何か聞いた。

東日本大震災後、私は日本医師会災害医療チーム(JMAT)の先遣隊の一員として震災翌日の3月12日から活動を開始し、13日には福島県いわき市に行きまして地元の医療関係者と一緒に災害医療支援活動に従事しました。その後、福島県を中心に1年間にわたり様々な形で支援に関わりました。同時に、原子力安全協会の研修など、日本で受けられる緊急被ばく医療の研修をすべて受け、東京電力の医療班に志願し、合計3回になりますが福島第一原子力発電所5・6号機そばに設けられた救急室の応援に参加しました。この活動を通じて東京電力の人と接点が生まれました。 

医療活動は一旦これで終わりましたが、2012年10月に日経新聞に東京電力がICSを導入するという記事が出て、IIGR(グローバルレジリエンス研究所:Institute of International Global Resilience)の要請もあり、再び東京電力との接点を持つことになりました。IIGRは米国ワシントンDCに本部が置かれるシンクタンクで、ICSをはじめ、さまざまな危機対応を研究し支援している組織です。 

私は、ICSの専門家ではありませんが、IIGRのフェロー(研究員)で、また、2004年から06年にかけハーバード大学に留学していた時にICSを学んだこともあり、東京電力のICSの導入に関しては、分かる範囲で情報を提供するなどのお手伝いをさせていただきました。

ICSより大切なこと 
正直なところ、私はICSを導入すれば危機対応が万全になるとは考えていません。東京電力には、福島第一原発事故前にもしっかりとした危機管理体制は決められていました。発電所長に対応のための権限も委譲されていたはずです。しかし、それが十分に機能しなかった。 

もちろん当時の緊急時の組織体制は、本部長の下に12の組織が横並びに並列され、すべての情報が優先順位なく本部長に集中してしまうなど構造的な問題はあったことは確かでしょう。しかし、私はむしろ、わが国における原子力政策に根ざしたイデオロギー的な問題が大きかったと考えています。つまり、原子力の事故は起きないという前提でなければ、これまでは原子力発電施設は立地できなかった。だから、事故が起き得るという発想には至らなかったし、内部でも「事故があるかもしれない」ということが言える状態ではなかったと思うのです。 

大事なのはICSを入れることよりも、まず前提として、事故が起きることを想定して準備をしておくことです。 

例えば2013年4月に起きたボストン・マラソンを襲った連続爆弾テロ事件では、重症者も含め270人ほどのケガ人を出しましたが、犠牲者は現場で亡くなられた3人だけで病院へ搬送された傷病者は全員助かりました。医療搬送が遅れたら数十人単位で犠牲者が出た可能性もあったでしょう。なぜ助かったかと言えば、現場の判断がよく、対応が早かったこともありますが、そもそも事前にテロが起り得るという前提で備えていたことが最も大きな要因だったと思います。マラソン大会を開催する段階で、すでに危機対応モードに入っていたのです。その際、組織を迅速、柔軟に動かすためのマネジメントシステムとして、ICSを使っていた。「ICSだけでは危機対応は万全にならない」とは、そういう意味です。

互いを知らなければICSは機能しない 
原子力事業者に限らず、あらゆる組織が日々備えるという文化を構築していくことが今、求められています。 

ICSは多機関の連携を達成させる上で有効なシステムではありますが、最も難しいとされる点でもあります。それぞれが日常的に備え、訓練を通じて、お互いの組織のことを知らなければICSは機能しません。 

ボストン・マラソンでは、爆発直後に非常事態宣言が出されて、その時点で消防も警察も病院も緊急モードにシフトしました。消防はいち早く現地にかけつけICSに基づき傷病者のトリアージなど対応にあたり、警察は警察でICSに基づき犯人の捜索活動などを開始、さらに医療でも各病院ごとICSに基づき傷病者の受け入れ準備に入りました。私の友人でボストンの病院に勤務する医師に聞いたところ、当時、救急室はどこも万床でしたが5分~10分という短時間で所定の手順にしたがってすべての患者を他の病床に移し、重症者の受け入れ態勢を整えたということです。非常事態宣言が出されたら、自動的にそうすることが決められていたのです。 

消防、警察、医療それぞれが、緻密に連絡を取り合いながら連携していたかと言えば、いつまた爆発が起きるか分からないという緊迫した状況の中で、そのような余裕はなかったはずです。 教科書的に言えば、指揮統合「ユニファイドコマンド」・の考えに基づき各組織の指揮官が1カ所に集まって災害対応計画(IAP)を作り、情報を共有しながら対応にあたるという流れになりますが、いつまた爆弾が爆発するか分からない切迫した状況の中で、すぐに各組織がそれぞれの任務に専念したのです。にもかかわらず、危機対応の大きなフレームワークは共有され、死傷者を一人でも少なくするという共通目標のもと、それぞれのICSが見事に調和して事態を収束させました。その理由はお互いをよく知っていたということです。 

小さな事故なら、自分の会社、自分の部署だけで対応にあたれますが、緊急事態というのは、普段付き合ったこともない人といきなり連携しなくてはいけない。ですから、日常的に訓練などを含めお互いを理解しておくことが不可欠なのです。 

もう一つ大切なことは現場に任せるということ。これはICSに限らずあらゆる危機管理、さらには普通のビジネスにおいてもあてはまることです。 救急医療や人命救助を行う立場から言うと、切迫した状況でいちいち上の判断は仰げないわけです。目の前に傷病者が倒れているのに「これをしていいですか」「あれをしていいですか」と判断を仰いでいたら患者は死んでしまいます。現場に権限を委譲してもらわなければ医療行為などできません。私が強調したいのは、現場に役割と責任、そして免責の部分も与えていかないと、現場がどんなに頑張っても問題は解決できないということです。 

東京電力だけでなく、国や自治体も含め、を理解するとともに、ICS現場に任せられる信頼関係を日常的に構築しておかなくてはいけません。今、東京電力では、現場の発電所が危機対応に専念できるように裁量権を与え、それを本店側が支える仕組みを改めて構築しています。国は、規制する立場ではありますが、同時に、緊急時には現場を支援する立場ではあることを日常的に理解しておく必要があります。その考えがなければ、再び災害が起きた時、不要な政治介入が起きかねません。 

アメリカは40年という長い月日と、多くの血と汗を流しながらICSを築き上げてきました。州が違えば法律も規制も違い、さらに民族も違う、日本よりはるかに厳しい条件の中、こうした連携の手法を構築してきたのです。

東京電力は粛々と訓練を繰り返し、ICSを1つのツールとして独自の危機管理体制を真剣に構築中です。今後は、政府、自治体、あるいは関連企業が一体となって取り組む姿勢が求められてくるでしょう。