「即応」できる力を身に付ける

インタビュー 一般社団法人日本経営士会経営士/元海上自衛隊海将補 林 祐氏

 

巨大地震や自然災害などの大規模災害に直面した時、リーダーに求められる資質が、「即応」と「的確な初動」。元海上自衛隊海将補という経歴を持つ林 祐氏は、自衛隊でも多用している「図上演習」が、危機に適切に対処できる社員育成に有効と語る。

 

■北に向かって走れ! 
危機管理においては、「即応」と「的確な初動」が重要です。2005年8月、ロシア海軍の小型潜水艇がカムチャッカ沖の海底でワイヤーに絡まる事故を起こし、各国に救援を求めてきました。自衛艦隊司令部は、防衛省として「国際緊急援助」を発令する見込みであることを確認すると、すぐに函館にある掃海艇部隊に出動を指示しました。まだ正確な事故現場は不明で現地の海図も未入手、もちろん、指揮官も決まっていませんし、そもそも函館の掃海部隊は自衛隊司令官の指揮下の部隊ではありませんでしたが、「国際緊急援助部隊として自衛艦隊隷下に編入される予定。指揮官と現地の海図は決まり次第ヘリコプターで送る。作戦要領も航走中に決めるから、とにかく北へ向かってくれ」直ちに出港の指示を出したのと、です。部隊は3時間後に出港し、北へ向かいました。 

この時は結局、イギリスが空輸した深海救難艇が潜水艇乗員の救助に成功したので部隊は途中から引き返したのですが、「海上自衛隊は最も早く救難出動してくれた」と、当時のプーチン大統領から感謝されました。

 

■可動全艦は直ちに出港せよ! 
2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、この教訓が生きました。自衛艦隊司令官が、全可動艦に対して「直ちに出港」の命令を下したのは、地震発生からわずか6分後です。 

通常、艦艇が出港するには、規定の食糧や燃料を搭載する必要がありますし、休暇中の乗組員は呼び戻さなければなりません。特に年度末は、艦艇のオーバーホールなどで、直ちに航行可能な艦は少ないのですが、「とにかく可動艦は直ちに出港せよ、具体的な行き先や命令は追って出す」という指示を出したことで、地震発生から12時間後の3月12日午前3時には、数十隻の艦艇が三陸沖に集結し、救難活動に取り組むことができました。 

すべての準備を整えてから出港していたら、災害救助で最も重要な最初の12時間を失い、津波にのみ込まれた方の救助や、避難所で夜間の寒さに耐えている方々への支援が大幅に遅れたかもしれません。「即応」とは、「危機対策本部を設置する」ことではなく、「具体的な一歩を踏み出す」ことなのです。

 

■「的確な初動」がリーダーの条件 
いくら即応体制を整えても、最初の一手を打ち間違えては意味がありません。間違いのフォローに手間と時間がかかり、フォローに集中するあまり他の事象が見えなくなり、それがさらに次の一手の遅れにつながるという「負のスパイラル」に陥ってしまいます。逆に最初の一手が的確なら、次の一手に何が必要か考える時間が生まれ、細かいことに気配りする余裕が出てくるので、どんどん先手を打つことができるようになるのです。で3.11は、緊急出港によって得られた12時間の猶予の間に、どの部隊をどこに送るか、食糧・物資はどう手配するか検討することができました。 

「的確な初動」の鍵は言うまでもなく「情報」です。しかし、危機を乗り切れるリーダーは、必ずしも情報を待って動きません。現実の災害では、種々雑多な情報が断片的に入ってきますから、より多くの情報を待つ間に事態はどんどん変化し、最初の情報はもう古くて使えません。だから情報を待たないのです。 

福島原発事故では、当時の菅首相は、情報が足りないと自ら原発に乗り込みました。情報不足を補うつもりだったのでしょうが、結果的には原発幹部の貴重な時間を浪費しただけで、事態の改善には何らつながりませんでした。今ある情報だけで判断できないリーダーは、情報があっても判断できないのです。

■図上演習のすすめ 
では、少ない情報で的確な初動を行う能力はどうすれば身に付くのか。過去の教訓に学ぶことは重要ですが、「千年に一度の規模」と言われる東日本大震災クラスの災害は、リスクマ・ネジメントで言う「想定外の事態」であり、過去から学ぶことはできません。まるで「正解のない問題」を教科書なしで取り組まされるようなものです。こういう事態で的確な一手を打てるリーダーの育成に有効なのが「図上演習」です。 

図上演習は、さまざまな事態を想定して、それに対する対処方法を学習することで、参加者の能力向上を図る訓練です。訓練の目的や参加者の能力差によって、全員で新たな課題への対処方法を検討する「研究型」、2つ以上のチームに分かれて攻守を競う「対抗型」訓練を主導するコント、ローラーと参加するプレーヤーに分かれ対応を学ばせる「指導型」など、いくつかのスタイルがありますが、危機対応リーダーの育成に有効なのは「指導型」です。

 

■図上演習の流れ
指導型の図上演習の大まかな流れを、大地震への対処を例に挙げて説明しましょう。コントローラーは訓練を立案し運営する企画部門の責任者と部員、プレーヤー側は、総務、営業、経理、情報システムなど各部門の責任者を含む管理職全員と一部部員です。

まず、コントローラーが訓練の「一般想定(発生日時、天候、企業幹部の所在等)」をプレーヤーに提示し、さらに「状況付与(揺れの大きさ、社員の様子、社内物品の破損など具体的な状況)」を行って参加者である各部署の対応を問います。 

これに対しプレーヤーは、「ヘルメットを付けて机の下に退避」、「人員の安否確認」、「津波や震源の情報をラジオで収集」、「周辺の道路・建物の状況を確認」などと回答してくるでしょう。コントローラーは、これらの回答に対して、「安否確認」なら「行方不明の社員は7名、うち2名は地震直前に地下室で目撃」、「ラジオで情報収集」なら「首都圏直下型、震度7、津波警報発令中」など、新たな状況付与を行い、さらなる対応を問います。

状況付与→回答のやり取りを所定回数繰り返したら、提示した想定状・況と回答を整理して各部署に伝え、まず部署内で個別に検討した後、全体を整合する「事後研究会」を開催します。ここでは、提示した状況に対して気付いて欲しかった伏線(例:地震発生が2月の午後3時であるのに、夕暮が近いことを考慮していない)や、回答への疑問点(例:社員の安否確認に携帯電話が通じたのか)を洗い出します。 

最後に、全体としてのレベル評価、評価すべき対応、注意を要する対応、訓練中に新たに発覚した問題点、改善すべき点などを総括する「講評」を出して、「図上訓練」を終了します。

 

■図上演習のメリット

 


図上演習は、実際に人を動かす訓練に比べて低コストで実施できることに加え、プレーヤーのレベルに合わせた効果的な訓練を行えることがメリットです。 

例えば、初級レベルで「地震発生は午後3時、天候晴れ、津波警報なし、近隣火災なし」とした想定を、中級では「午後5時、雨、警報発令、隣接ビルから黒煙」上級レベルではさらに、「大型台風接近中」などの厳しい条件に変更して、より高いレベルの判断力を問うことができます。プレーヤーは、提示された状況に次々と対応していくことで判断力が養われることに加え、疑似体験を蓄積していくことで、実際に災害が発生した際に慌てず対処できるようになります。普段顔を合わさない部署のプレーヤー同士に新たな交流が生まれることも危機管理上、有効なポイントです。 

訓練を通じてコントローラーのレベルをさらに高められることも図上演習のメリットです。訓練の効果は、想定と状況付与の内容に大きく左右されます。これらを作成するために、コントローラーには、事前準備の段階から広範囲の知識が求められ、調査・学習していく過程で事態に対する認識が自ら深まります。訓練中は、プレーヤーの回答に対して訓練効果を高める「伏線」を埋め込んだ「状況」を素早く返していかなければならないため、論理的思考と即応判断力が磨かれます。このようにして、コントローラーの中から、実際の危機管理を主導する人材が育って行くのです。

 

林 祐(はやし・ゆう)
一般社団法人日本経営士会 経営士上智大学経済学部卒業、上智大学大学院経済学研究科博士前期課程修了海上自衛隊に入隊、艦隊勤務のほか、海上幕僚監部防衛課、自衛艦隊司令部主任幕僚、地方総監部経理部長、造修補給所長、教育隊司令などを歴任。元海将補海上自衛隊退職後、日発販売(株)に入社。現在、環境商品営業部長