企業連携で地区を強靭化

 

世界第5位の自動車の完成車取扱い港で、日本第1位の完成車の輸入港湾三河港。その東南の最奥部に位置するのが明海(あけみ)工業団地だ。豊橋市の工業出荷総額のおよそ半分を占めるにもかかわらず、1959年に発生した伊勢湾台風などを受けて建設された防潮堤の外に埋め立てられた堤外地のため、これまで防災上は行政の支援を受けることが難しかった。問題意識を持った団地内の企業は、個々のBCPに加え、地域全体のBCP策定に乗り出している。

 


明海地区は、戦前からの飛行場であった大崎島を中心に、昭和30年代からその周辺を埋め立てて造成された約660ヘクタールの臨海工業地域だ。1964年に工業整備特別地域指定および三河港が重要港湾としての指定を受けたのを期に、当時、地区の南半分が株式会社総合開発機構の手によって、木材住宅産業基地として開発された。

その後、隣接する田原地区にトヨタの対米輸出用の拠点工場が立地したため、明海地区もそれに伴い自動車関連産業の占める割合が拡大し、現在に至っている。地区内にはデンソー、トヨタ紡織など自動車関連部品大手をはじめ、トピー工業、花王などさまざまな業種の企業事業所が大小合わせて約120社が集積する工業団地である。従業員数は約1万人で、2010年の工業出荷額は5400億円。実に豊橋市の47%を占めている(図1)。 

ただ、これだけの重要拠点ながら、堤外地のため公的サービスは手薄になっているという。

 

警察署も消防署もない「堤外地」 
一般的に、防潮堤の外に位置する堤外地は、都市近郊なら、ゴルフ場や親水緑地公園、工業団地などとしての利用が認められることがあるが、住宅の建設は許されない。海岸法により建築物の新築や土地の掘削などは制限され、もちろん居住も認められない。基本的には農業地程度の利用しか許されず、夜間の立ち入りなども制限される。 

一方、防災面においては、行政の地域防災計画などでは、住民に対する優先度が高いため、住民がいない堤外地の防災は自然と手薄になってしまう。交番や消防署などの行政サービスもなく、基本的に地区内で火災が発生した場合の初期消火は、各事業所が自前で行わなければならない。そのため消防車や救急車を所有する企業もある。 

明海地区の埋立地の地盤高は防潮堤より低く設定されており、臨海工業地としての用地購入にあたっては危険防止や盛り土などの自衛手段は用地購入者である事業所側の責任であるとされ、現在でもその政策は続いている(図2)。


防災連絡協議会の設立 
こうした課題を解決するために、三河湾明海地区産業基地運営自治会は、明海地区内に立地しながらも同自治会に所属していない企業にも声をかけ、地区全体を対象にして明海地区防災連絡協議会が中心となり、地域内企業・事業所が連携したBCP構築を呼びかけている。 

愛知県防災連絡協議会が発表した当時の資料によると、三河湾南側の太平洋プレート境界の断層を原因とする東海地震、東南海地震の発生確率は、今後30年間でそれぞれ87%、67.5%。三河湾沿岸部では震度6レベルが想定されている(現在では見直され、最大級の地震の場合、震源地のマグニチュード9.1、東三河沿岸部では震度6~7)。近い将来の被災は不可避であると考えた協議会は、まず会員企業にアンケートを実施したところ、立地企業の98%が「1事業所の努力だけでは孤立回避、事業継続は困難で、各事業所が協働する明海地区BCPが必要である」と回答したという。この結果を受け、明海地区BCP構築が本格的にスタートした。 

活動は、現況のヒアリングから始まった。各社の懸念事項は地震による液状化や、工業団地と陸地をつなぐ橋の落下など多様であるが、最も懸念されるのが、大規模震災に伴う津波からの緊急避難への対応能力だ。ヒアリングでは「自分の事業所で自社社員の津波避難に全て対応できるか」「他企業の津波避難者を受け入れられるか」「他企業に受け入れてもらいたいか」という項目を入れ、それぞれの会社のニーズを探ったところ、工業団地を5地区に分けることで、津波緊急避難者の受け入れ体制が整うことが見えてきた(図3)。 

例えばグループ1では海側に立地する企業の従業員は、地震による津波などが発生した場合、隣接する大規模な敷地を有する事業所に逃げ込む。グループ2は中小企業が密集する地域だが、橋が落ちていなければできるだけ内陸の避難所に逃げる。グループ3は団地内の高台(駐車場)に逃げ込む。グループ4は近隣事業所の高いサイロに逃げ込む、グループ5は工場に付帯する体育館に逃げ込む…など、避難グループを形成し、それぞれのグループ内で協議を行って津波緊急避難計画を作成し、訓練を実施することになった。 

幸いなことに、大企業も多いため機資材は豊富だ。調査したところ救急車を1台、消防車を5台、地区内の事業所が有していることが分かった(2010年時点)。また、医師・看護師を要する事業所も8事業所あった。そのほかの11社で49人の救急担当員が配置されていた。このほか、自社内で消防組織を設置している企業も多い。地区内にはガソリンスタンドや燃料タンクもあるため、エネルギーの備蓄はある。 

これらの資器材を結集するため、年1回の訓練も行うようになった。「堤外地特有の立地事業所に共通する災害懸念があるが、企業の力を集結し、恊働による連携BCPによって団地機能を強靭化していくのが、明海地区のBCP」と公益社団法人東三河地域研究センター常務理事の金子鴻一氏は話す。

 

行政からも支援

 


それでも行政への期待は大きい。 



豊橋市産業部産業政策課長の黒釜直樹氏は、「明海地区は真剣に防災に取り組んでくれている。豊橋市も何かしなければいけないと思った」と話す。大規模災害時には災害情報の共有が不可欠となる。昨年、豊橋市は明海地区に対してMCA無線※1を5台貸し出し、訓練を支援した。昨年行ったMCA無線を使用した情報伝達訓練では、幹事役の企業5事業所にMCA無線が配備され、相互に災害状況を確認し合った。市側の窓口は産業政策課が担った。これは災害対策本部が直接窓口になっても、おそらく実際の災害時には災害対策本部は手がまわらない可能性があるためだ。市側は市内の道路などの通行可能性や避難所情報を伝えると同時に、地区からは地元の液状化の状況や橋の具合を報告するなど、今後は、災害対策本部とも連携した訓練を検討していきたいという。 

官と民の連携がなければ大災害時に対応することは不可能だ。金子氏は「明海地区は堤外地のため避難所や救護所もない。今後、市と連携して地区防災計画を策定するなど、さらに明海地区のBCPを強靭化することが必要だ」と話している。

これが明海地区のBCP
企業連携による地区の強靭化

2010年4月公表の「明海地区事業継続計画(BCP)の構築に向けて」から

明海地区のBCPは①救急救命活動、②緊急帰宅支援活動、③帰宅困難者対応、④明海地区内道路等応急復旧、⑤重機、建機などの燃料確保、⑥事業所の応援復旧の相互支援体制、⑦事業所復旧の応援要員の緊急輸送、の7つを柱にしている。

防災協議会ではその中から、毎年テーマを決めて検討を行っている。例えば昨年のテーマは「救急救命体制の検討」「津波緊急避難体制の検討」「液状化発生と通行障害への対応検討」「情報伝達体制の検討」の4つだ。 

救急救命の課題では、明海地区内の就業者は約1万人で、被災直後に予想されるケガ人はおよそ1000人。そのうち重篤患者は10%の100人と想定される。それに対して地区内に常駐する医師は2名、看護師は8名。100人規模の重篤患者への対応は困難と考えられ、公的な応急救護や避難所などの施設を行政に対して要請していくことを検討している(図4)。 

津波緊急避難体制の検討では、2012年3月に発表された南海トラフ地震の被害想定で、明海地区に浸水高40センチ~1mの津波が予想された。調査の結果、明海地区の29事業所(2280人)で、避難空間が不足する事態も明らかになった。一方、受け入れが許容できる事業所は49社。避難空間の不足する事業所から余裕のある事業所への緊急避難を可能とする「企業間協働体制」を構築した(図5)。 


大規模地震などの災害が発生した場合、堤外地と言う特殊な事情がありながらも、前述のような企業間連携によるBCPによって地域産業の強靭化を図るのが明海地区のBCPだ(図6)。「個社のBCPが団地の惰弱性により障害が発生して中断してしまうことがないよう、明海地区は団地の企業連携のBCPで突破し、個社のBCPの支援をしていきたい」(金子氏)。