ディスコは産業用砥石の製造・販売から創業し事業を発展。高度な技術でそのシェアは約8割と世界をリード。「ダイシングソー」と呼ばれる、極薄外周刃により半導体など被加工物を切断または切溝を加工する装置などを扱っている

半導体の元となるシリコンを研削、切削、研磨する半導体製造装置の製造と販売を行う株式会社ディスコ(東京都大田区)は、国内でいち早くBCPの構築に着手し、地震だけでなく新型インフルエンザなど感染症に対する危機管理にも力をいれている。同社の感染症に関するBCPを取材した。

受付前のアルコール消毒スプレー

同社を訪問すると、いたるところに消毒液やマスクが見られる。正面玄関を入った受付の真ん前には、アルコール消毒スプレーが置かれており、すべての来館者に手指消毒の協力を呼び掛けている。社内にも、会議室の入り口や執務スペースなど、感染リスクが高い場所を中心にマスクボックスが設置されている。

写真を拡大 社員の感染症り患状況を管理するためのオリジナルアプリ

同社では、日常的な感染症対策として、従業員が体温を出社前に送信。37.5℃以上の場合は、部門長やBCM推進チームなど関係社員に社用メールや携帯メールが自動的に配信される。「この取り組みに季節は関係ない。毎日行っている」というのはBCM推進チームリーダーの渋谷真弘氏。もし発熱があれば解熱から3日間はゆっくり休ませる。3日間は呼気にウイルスが含まれている可能性が特に高いためだという。

発熱から復帰の証拠のピンクマスク

熱が下がって、出社する際の感染対策も徹底している。本人は解熱から10日間は社内でピンク色のマスクを着用することが義務付けられている。また、本人以外が発熱した場合も感染症に限らず、リスク保持の印として7日間はピンクのマスクを着用せねばならない。このピンクマスクをしている人物と一緒に会議をする場合は、その出席者は全員マスクを着用することもルールとして定められている。

万が一集団感染が疑われる場合の対処にも備えている。同社ではかつて、1部署で10人以上が季節性インフルエンザに感染した経験がある。そのため、こうした集団感染が生じた場合は、当該部署があるフロア全体を入場制限することを決めた。同じフロアに普段いる人にも、用があって他からそのフロアに入らざるをえない人にも必ずマスクを着用させる。該当フロアからの退出時には手指消毒をさせる。過去にノロウイルスの発症があった際は、前述の健康管理アプリを使って感染社員の行動範囲を確認。その範囲のトイレやロッカー、ドアなどを次亜塩素酸ナトリウムで消毒作業を行った。

「二次感染を防ぐことが大事。装備としては各種消毒液やゴム手袋のほか、全身を覆う保護具も用意し、備えている」と渋谷氏は感染拡大を防ぐための心構えと必要なものの準備についての重要性を語る。通常のマスクは全社員の3カ月分の使用量に相当する60万枚用意しているという。

災害対応にもつながるが、社員に対しては万が一感染症で外出できない場合に備えた備蓄に対しての補助や季節性インフルエンザ予防接種に対する補助も実施している。備蓄の補助はキャンペーン形式で期間を区切って行うもので最大3万円程度。予防接種は全額会社負担する。本人だけでなく、希望すれば家族も補助が受けられる。

ここまでしても、起こりうる最悪の事態を想定し、業務を継続させるための事業継続戦略を構築している。具体的には「スプリットオペレーション」(グループに分けたシフト勤務)と呼ばれる手法で最少人数でも業務を継続させる。そのため、平時から専任化を極力減らし、特定の社員に業務が集中しない体制を整えている。人事部署は発病時の休暇取得や万が一でも対応可能な勤怠の仕組みを構築している。これ以外にも社内外とコミュニケーションをとり協力を仰ぎながら対応していく意向だ。渋谷氏は「とにかく業務を止めてはいけない。そのためのBCPであるが、従業員が安心して働ける環境を整えることがBCPの実行力を向上させる」と強く話す。

会議室にはこのような注意のボードも貼られている

経営陣の理解と後押しで普及

同社が感染症についてのBCPに取り組むことになったきっかけは、2009年のH1N1新型インフルエンザの流行だったという。日本中が未知の感染症で大騒ぎになったのは記憶に新しい。同社では危機感を持ち、1年間集中的に感染症についても取り組み、日常的に行わねばならないことや、万が一かかった際に行うことをまとめた。

しかし渋谷氏は「策定よりむしろ守らせることが大変だった」とその当時を振り返る。同社の社員は4161人(2017年12月末現在)。これに対してBCPの担当者は4人しかいないので、全部署を回って指導するなどということは不可能。特に日常的に行うべきことを守らせるのは大変で、「最初から社員が協力的にやってくれたかというと、そんなことはなかった。定着したと実感するのには4~5年程度はかかった」と渋谷氏は言う。

全社の定着につながったのは、経営陣が常に危機感を持っており、BCPに対する理解があったというのが大きい。同社のBCPは、半導体製造装置の消耗品である「砥石」を切らすと顧客の事業が継続できなくなり、取引先や社会全体に大きな影響をおよぼすという発想から、災害時の対応など、危機管理の取組を強化してきた伝統的に強い土壌がある。その中で、インフルエンザ流行をきっかけに感染症についてもそのDNAが発揮されてきたともいえる。

渋谷氏は「例えば解熱してから3日間は休ませられるというのは、経営陣からその下の中間管理職にまで休養の重要性の認識が浸透し、そういう仕組みを作ることができた結果だ」という。同社ではBCM最高委員会という会合を毎月開催して、決まった内容を課長以上が参加する幹部会にあげる。その後に幹部会参加者を通じ、全社に考えが伝わるという仕組みになっている。

地道な取り組みも行っている。新しい従業員が入社する際のオリエンテーションに注力し、災害だけでなく、感染症も含めたリスク管理について、マスクの正しい着け方から学ばせている。「みんなマスクをしている。本当に徹底している」とたいていの新入社員はまず驚くそうだ。ただし、入社時は学ぶべきことが多く。忘れてしまうこともままある。それでも会社全体で感染予防の文化が徹底され「なにかあれば周りの人が常に注意していくまでの環境にまでなった」(渋谷氏)という。「とにかく感染症対策というのは習慣づけが大事。子どもにうがいや手洗いを大人が行わせていたように、従業員に徹底させるための地道な取り組みが実を結んだ結果だ」と渋谷氏は感慨深く振り返る。

危機管理の考え方が浸透したことで、様々な効果もでている。「『以前に比べると風邪ひかなくなったな』という評価が出るなど、社員の健康面は確実に向上している」と渋谷氏は評価。徹底した目に見える取り組みが行われることによって、感染症以外に災害など他の危機管理についても社員の意識も強くなったことも大きいという。「事業継続という面以外に、会社には安全配慮義務があり、従業員を危機にさらすようなことがあってはいけない。BCPの徹底は会社以外にも、社員の安全・安心につながっている」と渋谷氏は述べ、成果につながっていることを実感しているという。

サプライヤー向け支援も

同社は感染症のみでなく、地震や大雨、テロなど、海外まで含めたさまざまな危機について、基本的な対応方針をまとめている。前述のアプリの利用以外に、社内イントラネットには危険レベルごとに「No Risk」「Normal」「Middle」「High」の4段階のリスク状態評価を掲載し、可視化を行うことで注意喚起を行っている。BCMのマネジメントシステムである国際規格ISO22301も国内でいち早く取得。ハード面では広島県の桑畑工場や呉工場の免震化も実施した。

それでも自社のみで事業の完結はないことから、2016年からはサプライヤーに対しても、個別のBCM構築支援を始めている。これまでディスコが積み上げてきた自分たちのBCMの構築ノウハウや経験をベースにBCP策定プログラムの雛形を用意。月に1回、サプライヤーの拠点に赴いて活動を実施するという形態を採っており、無料で実施している。感染症も含め、まだまだ改善への歩みを止めることはない。

(了)

リスク対策.com:斯波 祐介