最優先事項は「市民の衛生環境確保」

公益財団法人愛知水と緑の公社

大震災などが発生した場合に最も重要な課題の1つである「水」問題。中央防災会議が2013年に発表した被害想定によると、東京では首都直下地震が発生した場合、最大で150万人が利用困難になり、完全復旧には1カ月程度かかると予想されている。飲み水などの上水は給水車やペットボトルなどの支援が予想されるが、下水処理が滞ると町に下水があふれてうしまなど、深刻な状態も考えられる。災害から、どのように町の下水処理機能を守るのか。愛知県から下水処理に関する指定管理者に選定され、災害時のBCP構築に取り組む公益財団法人愛知水と緑の公社を取材した。

 

公益財団法人愛知水と緑の公社(以下、公社)は、愛知県の外郭団体として1980(昭和55)年に「財団法人愛知県下水道公社」として設立。その後、愛知県が推進する行政改革の取り組みの1つとして、水環境や環境保全に係る関連業務の一元的な推進を図ることを目的に、(財)愛知県下水道公社、(財)愛知県環境保全公社、(財)愛知県水道サービスセンター、(財)愛知県臨海環境整備事業団の4団体を統合し、2000年4月に「財団法人愛知水と緑の公社」としてスタートした、下水処理分野における環境保全や研究、施設運営のエキスパート集団だ。

愛知県の流域下水道の全てである11の浄化センターを管理し、県内のおよそ4割の下水を浄化している。 

流域下水道とは、市町村の枠を超え、広域的かつ効率的な下水の排除、処理を目的としたもの。名古屋市など大都市は自前で下水道を完備し、下水を処理する能力を保持しているが、中小の市町村では自前で下水道を設置し、管理するのは非効率でコスト負担も大きい。そのために県が主体となり、この広域的な事案を管理するために市町村が出資してできたのが公社設立の経緯だ。 

公社の下水道部管理課課長補佐の丸山司氏は「コスト問題のほかにも、下水処理には電気、機械、化学、生物学などさまざまな知識がいる。部署間で異動の多い役所では専門家を育てるのは難しいので、公社という形で専門チームを作った」と話す。

 

下水処理技術とは汚物の濃縮技術
丸山氏は「下水処理とは、沈殿や微生物の働きによって汚水をきれいにし、その汚泥を濃縮して再利用する技術。現在では汚泥を廃棄物として埋め立てず、ほぼ100%有効活用できている」とする。 

浄化センターでは水と分離した汚泥を集め、水分を極限まで減らして濃縮し、その量を減らす。濃縮された汚泥は炭化燃料やセメントの原料、肥料原料などに有効活用されている。現在では下水汚泥の減量化に「消化処理」を導入し、処理過程で発生するバイオガスを利活用する取り組みも開始している。いわば、下水処理は徹底した環境保全技術を追求する事業でもある。 

東日本大震災前年の2010年、国交省の推進方針もあり、丸山氏らは県と協力してBCP策定の取り組みを開始した。しかし当時はまだ下水道という特殊なインフラにおけるBCP策定は一般的ではなく、当初はどこから整理すればよいのかもわからず、手探りの状態だったという。そのような状態のなかで東日本大震災が発生。仙台の沿岸部にある下水道処理施設では津波が押し寄せ、流された車が沈殿地まで流れ着くなど壊滅的な被害を受けた。最終的には水門が開かず、水が放流できなくなったため、水門脇のコンクリートを破壊して海に下水を放流したという。その後この施設は、津波により下水処理ができなくなったため、全てを取り壊して1から処理施設を作り直した。丸山氏らもその惨状を目の当たりにし、BCPの策定を本格化させた。

 

最優先事項は、「市民の衛生環境確保」
下水道処理施設のBCPは、浄化センターのスタッフや県の建設事務所の下水道部局のスタッフなども参加し、それぞれの浄化センターがどのような事態が想定されるかを洗い出すことから始めていった。 

同時に丸山氏らは検討を重ね、流域下水道BCPにおける最優先事項を「市民の衛生環境確保」に定めた。すなわち大震災が発生しても、町を下水であふれかえさせることを避けることを第1目標としたのだ。前述の通り、下水道処理施設は汚泥を濃縮するなど環境保全のための機能が豊富に備わっているが、そこには大量の電気を消費するほか、機構も複雑なためすべての復旧を即座に目指すのは難しい。

流域下水道ではBCPの基本方針を「大地震時における処理施設の暫定機能の確保」とし、検討する機能範囲を「揚水、導水、滅菌、放流」とした。 

「最悪の場合、最低限の滅菌は考えるが、まず汚泥の濃縮などの設備は休ませる。災害時には『汚水を止めない、街中にあふれ返させない』という下水の基本機能に集中することにした」(丸山氏)。 

また公社では、職員の参集体制も大きく見直した。それまでの災害対策マニュアルでは、「従業員の人命は安全、家族も安全、公共交通機関も道路も通常通り」が前提で参集体制を構築していたが、東日本大震災で浮かび上がったさまざまな状況を整備し、まずは安否確認システムを導入。震度5弱以上の地震が発生した場合、3時間以内にシステムに安否を入力し、参集できる職員のみ職場に集合することにした。集合する場所も、公共交通機関や道路が使用できないなどの現実的な状況を鑑み、自宅から最も近い施設に集まることにしたという。職員の自宅の耐震状況まで把握しながら、施設ごとに参集できる職員の名簿を作成。現在は年に一度、訓練として集合して災害時の手順を確認している。 

同時に見直したのが、「機能確保対象施設」だ。「水を汲み上げる、流す、放流する」などの基本的な機能を維持させるための施設を絞り込み、県が施設の耐震診断を行うとともに、電気系統なども見直した。 

耐震診断では、それまで施設の部分ごとの診断は行っていたものの、それを下水の流れに沿って整理してはいなかった。現在は、職員のいる管理棟を皮切りに、施設のなかで震災に弱い部分を洗い出し「耐震結果診断早見用平面図」を作成。浄化センターごとに調査結果をお互いに公開することで、さらに新しい視点を加えて検討をかさねた。その中で見つかった要補強部分に関しては、現在重要部分から順に耐震補強を施しているという。 

また、下水処理には電気がかかせない。水を汲み上げるポンプから始まり、微生物が水をきれいにするために必要な、空気を送り込むための装置なども組み込まれている。BCPを構築する以前も、停電に備えて電力会社から2系統の電気を引くなど対策は施していたが、大地震ではどちらからも給電されないことが想定される。電力の供給が途絶え、下水が流され始めると、浄化センターによっては1~2時間のうちに溢水する恐れがある。自家発電設備がある浄化センターもあるが、短時間の対応を想定した設備であることから、半日程度しか耐えることができない場合も多い。しかも処理機能すべてを賄うだけの能力を持ち合わせていない。災害で日単位で停電するとなれば、大規模な自家発電施設が必要となってしまうが、これはコスト面から現実的ではない。公社ではBCPにより優先業務を絞り込むことで、「水を汲み上げて流す」という業務に特化し、施設の一部だけ稼働することにした。
県は国などの補助金を活用して、最低限必要な機能に供給できる自家発電設備の設置と、最低でも1日~2日はもつような重油燃料タンクの設置を計画しているという。 

地震と同様に、津波に対しても対策を強化している。もともと、愛知県は1959年の伊勢湾台風を経験しているため、ゼロメートル地帯にある浄化センターでも盛り土などで同台風クラスによる高潮浸水などの水位に関してはクリアしているという。それでも津波に関しては東日本大震災のように想定外もあり得る。池に水が入るくらいなら大丈夫だが、電気設備が塩水につかるなどしてしまえば、すべて取り換えなくてはいけない作業になる。この問題に対しても現在対策を検討中だ。

 

県や市町村との調整が重要
浄化センターはプラントであり、さまざまな電機メーカーや機械メーカーの設備により、施設が構築されている。そのため、災害が発生した時の保守や部品の調達についての協力や支援体制が重要になる。同じように重要なのが、県や市町との連携だ。公社は、県から県内全ての流域下水道についての管理を任されている。

ただ、下水道管のなかでも幹となる幹線に関しては県の管理下だが、住宅から幹線までの細い下水道管は市町村の管理となる。そのためBCPの構築に関しても県や市町村との綿密な連携が欠かせない。 

しかし、現実的には課題も多い。市町村はそれぞれBCPを構築しているが、本来であれば下水道に関してもどこが破損しているか、あふれているか、確認するスタッフを配置して欲しいところだ。しかし災害時のように役所の業務量が大きく跳ね上がるような状況下では、どうしても優先順位が下がってしまうという。さらに多くの役所では、上下水道を1つの部署で管理しており、有事の場合には上水を優先することが多い。上水は供給側で供給のコントロールができるが、下水の場合は流れてきたものに対してコントロールができないため、下水管が破損しているところに水が流れてくると、新たな被害が発生する可能性もある。 

丸山氏は「断水など、災害時の住民の水利用に関する問題は、基本的に県が調整。市町村には主に水道の利用に関する広報をお願いする計画だ。そのための配布物など、広報に必要なツールも作成している。いずれにせよ、関係機関との連携調整が非常に重要」・と話す。公社では普段からの住民とのコミュニケーションのなかでも、携帯トイレの備蓄などの啓発活動にも力を入れているという。

 

指定管理者の責任


法律的には、下水道の管理責任者は県の自治体である。これは、指定管理者制度を利用していても変わることはない。公社はあくまで、下水処理施設の「管理・運営」を自治体から委託されているに過ぎない。「委ねる」ということは、発注者側がリスクも責任も負うことだ。そのなかで、下水道のBCPを策定する上で公社が中心的な役割を果たしていることは間違いない。それが公社の「下水処理のエキスパート集団」としての矜持だ。