北九州市危機管理参与/救急救命九州研修所 教授 郡山一明
北九州市立八幡病院 副院長 伊藤重彦
北九州市立大学准教授 加藤尊秋

はじめに

北九州市では、2007 年から災害時の医療体制を整備している。

災害発生後に日常体制の延長線上で緊急医療(急患外来や急患手術)を行おうとしても、災害で発生する多数の患者には対応できないため、地域防災計画と市医師会の災害医療救護計画を一体化させ、避難所開設の時点から地域医療の支援を展開することを柱とする。

そのために、市立病院救命救急センター内にインテリジェンス機能を構築するとともに、米国で導入されている危機対応の標準的な仕組みであるインシデント・コマンド・システム(以後、ICS)を導入している。今号から2回にわたり、北九州市の災害医療体制と、その成果について報告する。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2016年1月25日号(Vol.53)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年7月28日)

1. 災害医療の問題点

(1)災害対応の考え方の変遷

災害は「自然的条件」と「防災の未整備性」の総和として発生する。我が国の行政がこのことに気づいたのは、日本各地で急速な都市化が進む最中に起きた昭和34年の伊勢湾台風災害であった。死者4097 名、行方不明401名という未曾有の被害が起きた原因には、台風、暴風の強さ、および高潮の大きさ、並びに進路等の「自然的条件」と、進路上にある都市の開発に際しての防災不備、水防体制の不備、警報発令の遅延等の「防災の未整備性」が関与していると考えられた。

これを契機に災害対策基本法が制定され、行政は、その災害対応を(災害対策基本法逐条解説の言葉を借りれば)災害発生後の「泥縄的事後処理」なものから、「地域」を基本単位として、日常的に「災害発生予防」を行うとともに、災害発生時の「応急対応」と、その後の「復興」について、事前に地域防災計画を準備して総合的・計画的に整備を図ることとなった。

一方、災害時の医療は地域防災計画の中で応急対応の一部に位置づけられたが、災害医療が体制として整備されたわけではなく、日常の救急医療の延長線上とされた。

 (2)最大の課題は日常からの体制変更

図1の「行政活動及び医療活動の分類と災害対応の位置づけ」を見れば明らかなように、災害対策基本法に規定される行政の災害対応(黄)は、災害発生前後で日常体制から非日常体制へと縦の移動をするのに対し、救急医療体制(左:青)は日常体制内で突発事態をこなす横の移動であり、行政体制と救急医療体制は交わらない関係にある。この原因は、災害医療と救急医療を同一視したことにある。

救急医療は主に単数の患者を対象とするのに対し、災害医療は多数の負傷者を対象とする。多数負傷者に効率的に医療を提供するためには「現場への救急隊の派遣」「現場での医療機関の選択」、「医療機関への搬送」、「医療機関での受け入れ」の4つの体制整備が必要なのだ。災害対策基本法の主旨に則れば、災害医療対応とは行政の災害対応と連動する縦の移動を構築するべきだった(図1右の青)。行政は救急医療と災害医療を見誤ったのである。そして、国は災害対策基本法のこの部分について未だ改定を加えていない。

 

(3)DMAT も地域の災害医療体制整備があってこそ

近年、従来の日本赤十字医療チームに加えて、災害発生時の急性期医療を担うDMAT(災害派遣医療チーム)や、避難所生活が始まる急性期から亜急性期の地域医療支援を担うJMAT(日本医師会災害医療チーム)が養成され成果を上げている。大変素晴らしいことであるが、これらは被災地外から応援に駆けつけるチームであり、災害発生直後に発災地にいるわけではない。発災地ではDMAT 到着以前から、地域の基幹医療機関であれば、ほぼ全てが災害対応を開始せざるを得ないのである。災害対応にとって地域の災害医療体制整備は必須であり、日本赤十字医療チームやDMAT、JMAT はその基盤の上の応援部隊として位置づけるべきである。

2.北九州市の災害医療体制整備

これらを踏まえて、北九州市では2007年から、以下の4点をガイドラインとして災害医療体制整備を継続的に実施してきた。
① 地域防災計画と北九州市医師会の災害医療救護計画の一体化
②災害による負傷者だけでなく、避難所医療支援の展開
③ 動的対応が可能なように、市立病院救命救急センター内にインテリジェンス機能を構築
④災害対応のICS化

このうち、③のインテリジェンス機能構築と④のICS化は表裏一体の関係にある。日常体制は既に一定のインテリジェンス機能が構築されており、インテリジェンス機能とは「非日常体制」を稼働させるためのものである。言いかえれば、突発事態発生時に入ってくる情報から作戦を立てるとともに、指示を受ける関係部局が理解できるように「日常行っている活動」に翻訳を行う作業である。その翻訳作業を行う前提として、「対応を機能別にすること」と「災害に応じて異なる機能に常に対応できるサイジングができること」が必要と考えICS 化を試みたのである。

 

3. 訓練パッケージの開発
 - 体制の精度管理と運用習熟のために -

災害対応の最も大きな問題は、滅多に起きないことを「非日常体制」で行うことにある。日常体制とは、体制が継続的に運用されていることである。この場合、体制は継続運用が成される中で随時、不具合部分が修正され、全体最適化された構造となっている(図2 a)。つまり、継続的運用が体制の精度管理の役割を果たしているのだ。これに対し、非日常体制は継続的運用がないため、体制構築は机上に留まり、その不具合部分が見いだされ図2 日常的活動と非日常的活動における体制構築と継続的運用の関係ることも、ましてや修正されることもない(図2 b)。それは危機的状況の最中で、精度管理されていない体制を初めて使うことを意味する。非日常体制による活動の質を高めるためには、作成した体制について一定の精度管理を行い、あわせて体制を使用する側もその使い方に習熟しておく必要がある。それが訓練である。そこで我々は体制整備と並行して精度管理ができるような訓練パッケージを開発し、定期的に投入してきた(図2 c)。

訓練パッケージの目的と概要は以下のとおりである。
詳細な内容と結果については次稿の加藤論文に委ねる。

(1)体制の精度管理

実際の情報伝達は情報発信と受信の1対1関係ではなくネットワークを構成していることを踏まえて、ネットワークの各ノード(交点)を追跡して、どの部分がどのようなタイミングで情報伝達の停滞を来たしていくのかを検証できるようにした。

(2)インテリジェンス機能
実際の事態対応で最も重要なのは、対応項目の決定から派生する効率的戦力の投入(量と順番)の判断、投入方法の組織内調整である。これらを行えるようなシナリオを作成した上で、訓練では判断・調整が完了した時点を評価した。

(3)習熟
情報収集、伝達、判断、調整の達成率と達成に要した時間を測定し、過去と比較できるようにした。

4.北九州市は進化したか?

(1)体制の制度管理
体制の不都合には「ネットワークが構築されていない」「業務が集中する部署が存在」「対応について考えられていない」という3パターンがあることが分かった。あらためてこの3パターンから全体を俯瞰し、体制の再構築を図っている。

(2)インテリジェンス機能
本当に判断が必要な問題に時間が取れるように、手続き化できるものは可能な限り手続き化することとした。災害時の行政に必要な判断のほとんどは、投入すべき戦力のタイミングと量である。この判断は各現場からの需要だけでなく、現状の全体供給能力によって異なってくる。結果論としての正誤ではなく、進みゆく事態の中で正当な判断性が行えるように、インテリジェンス機能を担う職員に特化した訓練を開始しつつある。

(3)習熟
2007 年以降、災害医療体制が本格的に起動しなければならない事態は幸いにも起きていない。しかしながら、2014 年に市内を走る高速道路で20 数台が絡む多重事故が起きた際には、この体制整備と訓練のおかげで消防と医療機関連携は非常にスムースに行えた。

 

5.今後の課題

我々は、これまでも地域行政と一体となった災害医療体制整備方法について、日本医師会を通じて全国の地域医師会に資料を提供してきた。

また、北九州市では市立八幡病院移転に伴い、災害医療のインテリジェンスに特化した災害医療・作戦指令センター(DMOC)を立ち上げる予定である。そのセンターでは、日常対応として、これまでの取り組みをさらに精緻化するとともに、災害医療に関わる人材育成を図っていくこととしている。

(了)