一般社団法人日本防災教育訓練センター代表理事 サニー神谷氏

パリで発生した同時多発テロは、日本企業にも衝撃を与えた。フランス国内に支店やグループ会社を持つ企業は、現地従業員らの安否確認を行う一方、日本から海外への渡航を禁止とした企業も少なくない。「今後、海外への渡航者や駐在者らに対して、どのような安全対策をしていけばいいのか」が危機管理担当者の最大の悩みだろう。パリ同時多発テロ事件発生後、ただちに現地に取材に入った一般社団法人日本防災教育訓練センター代表理事で国際消防&防災ジャーナリストのサニー神谷氏に聞いた。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2016年3月25日号(Vol.54)掲載の記事を、Web記事として再掲したものです。(2016年6月14日)

テロ発生直後のパリ市内 PHOTOPQR/MAXPPP/Christian Guilleminot

 2015年11月13日金曜日、週末を過ごす客でにぎわうフランスの首都パリ市内外で、午後9時20分から53分の間に自爆テロや銃撃による殺戮が発生し、少なくとも130人が死亡、350人以上が負傷し、同国で戦後最悪のテロとなった。

11月16日、フランスのオランド(FrancoisHollande)大統領は、「今回のテロは、過激派組織IS=イスラミックステートによる不特定多数を殺傷する組織的な行為で、シリアで計画、ベルギーで準備、フランスで実行された」との見解を示した。

テロは、週末の夜の繁華街という都市の脆弱なところを狙い、不特定多数の人々に対して乱射する極めて凄惨なものであった。フランスの主流メディアは、「実行犯の大半が持参の自動小銃の弾を撃ち尽くしたのち、身につけた榴弾ベルトにより自爆死し、その爆弾に内包された金属球や金属の釘やねじが爆発で放射状に勢いよく飛び散り、半径約50mに居る人々を殺傷した」と報じた。

一方、世界中のジャーナリストが集まる教育研究サイト「Academia」では、今回のテロに関わったテロリストたちの行動の未熟さや、ターゲットの脈絡のなさ、イスラム国との関係の浅さなどから、実際はイスラム国や敵対するアルカイダなどのテロ行動に感化された過激な思想青年グループによる集団殺人事件に過ぎないのでは?との意見も多く投稿されている。

確かに、犯行内容を時系列で見ていくと、若きテロリストたちは、ほぼ無計画と言っていいほど思いつきの素人犯行だったのでは?と疑うことができる。理由の1つは、彼らがテロに使用した自動小銃AK47は、不発や誤作動が多く、おそらく闇市で買ったような中古銃で、メンテナンスやオーバーホール、動作確認なども行われていなかったと見られている。

また、自爆ベストも手作りのため、乱射している間に自動小銃の振動で配線が切れてしまい、起爆スイッチを入れても爆発せず、その場で配線をつなぎ直しても自爆できずに慌てていたという目撃証言や、榴弾ベルトにテープでぐるぐる巻きにされたねじや釘がボロボロとこぼれていたという話もあるほど、武器に対してはお粗末な準備&知識だったようだ。

 

 

 

現地日本人の声

テロ翌日、パリ市内はすべての学校、大学、図書館、娯楽施設が入場禁止、観光ツアーなどはキャンセルされ、地下鉄も数駅が閉鎖された。

パリ市役所は市民らに対し、必要最低限、表には出ないよう呼びかけたが、「テロに屈しない」と息巻く市民たちは、わざとレストランの表に並ぶ席に座って、いつものように食事を取った。

私は、パリに滞在した2015年12月2日から7日までの間、パリ市消防旅団(消防局)やSAMU( 緊急医療援助組織)、SMUR( 救急機動組織)、APHP( パリ公立病院連合)にテロ対応の取材を行い、また、パリ市内にある商社系日本企業の従業員、パリ大学客員教授など、現地在住の日本人計8人にインタビューを行った。

その中で、パリ9区在住44年の日本人男性Gさんの話によると、テロ当日の夜は、合計数百台にのぼると見られるパリ中の警察車両、消防車両、フランス軍などのさまざまな車両が一斉に走り出して、「戦争でも始まったのか」と思わせるほど、緊迫した状況だったという。サイレン音と緊急車両がすべて走り去った後は、薄気味悪いほど静寂な時間が流れ、過去にはない恐怖感を覚えたそうだ。

そして、テレビのニュースを見ると、どのチャンネルも見慣れた景色の中で起こった生々しいテロ現場が映し出されており、アルミシートにくるまれた血まみれの市民、赤く染まった手袋で次々に救急車へ傷病者を搬送する消防隊員、防弾ベストを着て2重3重の人垣を築きながらテロリストと抗戦する警察や軍隊の隊員、慣れない事態に対応を慌てるメディアのレポーターの姿などを見ると、「これからどうなるのだろう?いつ、事態が収束するのだろう?」と心配でテレビのリモコンを持った手が小刻みに震えたと語っていた。

この男性は、すぐにSNSで友人たちの安否確認を行ったところ、すでにたくさんのテロ情報や在住者ネットワークの安否確認ページなどが開設され、迅速な対応が取られていたという。

パリ11区在住の商社系民間企業の社員Nさんの話によると、2015年1月7日に起こったシャルリ・エブド襲撃事件の直後、パリにある日本国大使館から、「イスラム国やアルカイダが何度もパリを襲撃するという内容をさまざまなメディアを通じて宣戦布告していることから、各社において従業員に基本的なテロ対策を行うように」とアドバイスされていたそうである。

もちろん、会社としては危機管理対策として、邦人保護対策に基づき、大使館との連絡を密にし、一応のテロ情報更新とテロ行動に注意する心構えはあったが、まさか本当に起こるとは夢にも思わなかったと話していた。

日本に求められる実践的マニュアル

日本で海外へ進出する民間企業向けに作成された危機管理マニュアルには、一般的で当たり前のことやネットで調べればわかるような机上の理論しか記載が無く、アメリカのHomeland Security(国土安全保障省)が作成した企業向けのRUN.HIDE.FIGHT(無差別乱射事件から生き残るには)という現場視点のマニュアルや教育動画などは、ほとんど無いようだ。

パリ同時多発テロがイスラム国に所属するテロリストの犯行だったのか?という議論はともかく、主導者が誰であれ、大量殺人が行われた事実は確かである。ただし、もし、イスラム国やアルカイダに所属しない、ただの若者グループの犯行だったとすると、思考・思想が不安定で、さらにターゲットとなる場所や対象が、まったくの思いつきになるため、犯行を予測・予防することが困難になってくる。

いずれにしても、どのような形でテロなどに遭遇しても、予防策、対応策、事後処理策、メディア対応策などは、企業の基本的な安全対策として備えておくべきだろう。

以下、参考までに私の手元にある390ページに及ぶ海外邦人企業向けテロ対応マニュアルから抜粋して紹介させていただく
(出典:The Counterterrorism Handbook:Tactics,Procedures, and Techniques 出版社:CRC Press LLC)

主な内容

- 各国におけるテロ組織別テロリストの戦術、技術、装備および手順
- テロ組織をサポートする企業やテロリスト予備軍の傾向と分析
- テロ組織、ギャングや国に対する反感者など、将来的な犯罪の読み方と事前対応と予防策
- 企業ポリシングおよびセキュリティ・オペレーションの具体的実践対応
- 軍事テロ対策と反乱鎮圧デモ等の実践マニュアル
- テロ災害に特化した応急救護マニュアル
- 各テロリストが持つ技術と科学
- テロ組織のプロパガンダに隠されたシナリオとマスタープラン
- テロ文化研究資料など

このうち海外民間企業の邦人向けテロ対応内容は下記の通り。

1、予防策
・ 企業広告のコンテンツ検証を入念に行い、宗教的、慣習的反発を受けないこと。
・ 社内のロックダウン(セキュリティ強化)シミュレーションを定期的に行うこと。
・ 契約警備会社のテロ対応能力、地元警察のテロ対応手順などを知っておくこと。
・ 地元メディアが発信するテロ関係報道を受け入れ、犯行予告や過去の犯行声明などから社内に危険予知を促すこと。
など

2、自動小銃によるテロ遭遇時の対応(順不同)
・ テロリストが多数の人々に向けて銃を乱射する際、銃を腰の位置で水平に左右させながら、乱射することが多いことから、撃ち始まったら、すぐにジグザグに走って全力で逃げ続けること。
・ 進行方向右側の壁伝いに逃げることで生存率が高まる。理由は、ほとんどの自動小銃が右利き用に作られており、正面から左側は撃ちやすいが右側は体をよじる必要があり、撃ちづらいため。
・ テロリストはミリタリー(軍)のような武闘を含めた総合的戦闘訓練は受けていないことが多いため、行き詰まった際には、消火器や屋内消火栓のノズルなど、施設にあるもので戦うことも想定内に入れておく。
・ テロリストを取り押さえる、または、戦うときには、自動小銃の連射が途絶え、自動小銃のコッキングレバーを引く瞬間や弾倉を入れ替えるときなどタイミングを見逃さないこと。
・ 屋内で乱射から逃げる際には、避難動線上の自動火災報知器のボタンを押しながら、また、届けばスプリンクラーのヘッドを破壊したり、余裕があれば、屋内消火栓のホースを通路に出して、送水バルブを解放し、ホースを蛇踊りさせるなど、施設に附帯する設備を活用すること。エスカレーターの非常停止ボタンを押したり、防火戸を閉めながら逃げることも考慮に入れること。
・ 部屋や強固な遮蔽物に隠れているときに携帯が鳴ったり、物音がしないように細心の注意を払うこと。
・ テロリストを避難区画外に閉じ込めることも考えてみること。
・ 乱射終了後にテロリストが自爆することを想定し、直近の鉄筋コンクリート製の厚い壁や屋内避難階段まで、素早く思いっきり走って逃げること。
など

このテロ遭遇時の対応マニュアルを読み進めると、007やミッション:インポッシブルなどのスパイ映画で逃げるシーンが、いかによく考えられているかがわかる。特に障害を作りながらの逃げ方は、非常に参考になるので機会があれば見てほしい。

危機管理は最低限の企業の安全対策

滅多にあることでは無いと思うが、海外で事業を行うための最低限の企業の安全対策として、危機管理マニュアルの中に、このようなテロ対応手順は追記しておくべきではないか。また、新たなテロの犯行声明があったときやテロに関連したニュースを知ったときには、マニュアルを見直し、できれば訓練をしてみる。防災訓練時などでは、テロリストが火を放った火災を想定するなど、シナリオを工夫することで、よりリアルな複合危機管理訓練を行うことができると思う。

心配なことは、今回インタビューしたパリ市内の商社系企業のように、1月のシャルリ・エブド事件後にテロ対応マニュアルを作成したが、結局、11月のパリ同時多発テロが起こるまで、担当者と周囲の数人しか、その存在を知らず、社員全員には伝わっておらず机上訓練さえも行われていなかったような事態だ。また、日本人以外の現地の社員用に現地語でも作成すべきだ。

アメリカは保険と危機管理はセット

アメリカの場合、労働災害保険などを扱う保険会社が、毎年の保険の更新時に、さまざまな危機管理マニュアルの提出を企業側に求めることがある。訓練の実施回数や、実施内容は、訓練の様子を撮影した写真まで添付させられることも多いため、必然的に危機対応の訓練を行わざるを得ない。それをしなければ、保険料は引き上げられ、さらに、もし、何かの事件・事故が発生した場合、虚偽の報告が行われていたことが判明すると保険額の査定にも大きく影響してしまう。

なお、海外法人企業の社員全員に、海外旅行保険への加入検討をおすすめする。テロ行為(政治的、社会的、宗教的もしくは思想的な主義もしくは主張を有する団体もしくは個人またはこれと連帯するものがその主義または主張に関して行う暴力的行動など)を原因とする損害については、海外旅行保険の全契約に「テロを補償する特約(戦争危険等免責に関する一部修正特約)」が自動的にセット(割増保険料は不要)されているので、保険金支払いの対象となる。

※東京海上日動「海外旅行保険について(テロを補償する特約)」を参照
http://www.tokiomarine-nichido.co.jp/inquiry/faq/overseas/faq_09014.html

 

テロに役立つ教育ツール

以下、テロに役立つ教育ツールをいくつか紹介する。衝撃的な映像も多く入っているので、注意して見てもらいたい。

1、状況シミュレーショントレーニングビデオ
01:SURVIVING AN ACTIVE SHOOTER (G米ロサンゼルス郡保安局)
http://irescue.jp/videos/active_shooter_training01.mp4

2、状況シミュレーショントレーニングビデオ
02:AVOID DENY DEFNEND (米テキサス州立大学)
http://irescue.jp/videos/active_shooter_training02.mp4

3、RUN. HIDE. FIGHT.® Surviving anActive Shooter Event (米国土安全保障省)
「RUN. HIDE. FIGHT.」日本語字幕版動画はこちらから


 

一般社団法人 日本防災教育訓練センター http://irescue.jp

(了)