アルジェリア人質事件の概要および企業における海外危機管理

 

リスクコンサルティング事業本部 ERM部 上席コンサルタント  竹腰 宏
リスクコンサルティング事業本部 ERM部 主任コンサルタント  横山 歩

 

 

はじめに


アルジェリアで発生したイスラム過激派による天然ガス関連施設襲撃事件では、同施設で働く日本人を含む多くの従業員が犠牲となった。「世界一安全な国」といわれる日本では想像しがたい状況がメディアなどを通じて連日伝えられているが、世界各地に日系企業が進出し、多くの駐在員とその家族が生活している今日において、今回の事件は決して「対岸の火事」ではない。

本稿では、現時点で判明している事件の概要を整理するとともに、アルジェリアや近隣諸国の情勢について、最新の情報を交えながら簡潔にまとめる。また、企業がとるべき一般的な海外安全対策とともに、危険度の高い地域に進出する企業がとるべき対策について解説する。

 

1.事件の概要


1.1.概要

2013年1月16日早朝(現地時間)、アルジェリア東部のイリジ県イナメナスにある天然ガス関連施設を武装集団が襲撃し、施設内にいたアルジェリア人および外国人従業員らが拘束された。同施設では、外国人134人を含む約800人の従業員が働いていたが、人質の正確な人数は不明である(※1)。アルジェリア人はのちに解放されていることから、武装集団が外国人を標的として同施設を襲撃したものとみられている。

この天然ガス関連施設は英国のBP社、ノルウェーのスタトイル社などが参画する合弁企業が運営する施設で、日本人以外にも米国人や英国人、フランス人、フィリピン人などが人質として拘束された。武装集団はアルジェリア軍との交渉で仲間の釈放などを訴えたとされるが、アルジェリア政府はこれを拒否し、比較的早い段階で軍による人質救出作戦を敢行した。作戦の終了に伴い、アルジェリアのセラル首相は同21日に記者会見し、これまでのところ外国人の人質37人の死亡が確認されたと発表した。犠牲者のなかには、フィリピン人6人、米国人3人、英国人3人などが含まれている。一方、日本政府は、同24日までに、安否不明となっていた日本人10人の死亡を確認した。これまでに確認された犠牲者の国籍は8ヶ国に上るが、各国政府が公表した自国の死者数をみると、日本は最も多くの犠牲者を出したことになる。

犯行声明を出したのはイスラム過激派組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(Al-Qaeda in the Islamic Maghreb : AQIM)」(※2)であるが、実際に襲撃したのはAQIMの分派「覆面旅団」の傘下組織である「血盟旅団」とみられている。「覆面旅団」は、今回の事件の首謀者とされるモフタール・ベルモフタール氏が2012年12月にAQIMを離脱した後に結成したテロ実行組織であり、ベルモフタール氏は現在、マリに潜伏しているとの情報がある。襲撃に加わった武装集団のメンバーは少なくとも32人で、マリ北部から事件現場まで小型トラックを連ねて1000km以上の距離を移動してきたとみられる。アルジェリア軍との銃撃戦で32人のうち29人が死亡、3人が拘束された(※3)。

ここでは、事件発生から1月25日までの動きを日本政府と関係各国の対応を中心に整理する(表1)。

 

表 1 アルジェリア人質事件の主な推移(※4)

日付

事件の推移

日本政府の対応

関係各国の対応

1月16日

・現地時間朝5時半ごろ:イナメナスの天然ガス関連施設を武装集団が襲撃し、多数の人質を拘束

・深夜:武装集団が「外国人41人を人質にした」と発表

・日本政府には夕方に第一報。首相官邸に官邸対策室を設置。外遊中の安倍首相が菅官房長官に「人命第一」を指示

――

1月17日

・未明:モーリタニアの通信社などが「日本人を含む人質に負傷者が出ている」と報道

・午後:アルジャジーラが拘束されている日本人の人質3人の電話インタビューを放送

・11時半:官邸で対策本部が初会合

――

1月18日

・未明:国営アルジェリア通信が「救出作戦が終了し、外国人の人質が複数死亡」と報道

・モーリタニアの通信社が実行犯から得た情報として「日本人1人を含む外国人7人が拘束されている」と報道

・0時半:安倍首相がセラル・アルジェリア首相に軍事作戦の中止を要請

・8時ごろ:菅官房長官が「日本人3人の無事を確認、14人が安否不明」と発表

・16時ごろ:安倍首相の帰国日程を前倒しすると発表

・22時過ぎ:菅官房長官が「新たに4人の無事確認」と発表

・19時20分:日米英仏などの代表がアルジェリア政府に人質の安否確認を要求

1月19日

・未明:モーリタニアの通信社が「武装集団によって依然7人の人質が拘束されており、うち1人が日本人」と報道

・22時:アルジェリアのメディアが「アルジェリア軍が救出作戦を終え、人質7人と武装集団側11人が死亡した」と報道

・4時:安倍首相が帰国

・在アルジェリア邦人拘束事件対策本部開催

・18時:安倍首相とキャメロン英首相が電話協議

 

・オランド仏大統領がフランス人1人の犠牲を明らかにし、「(テロリストと)交渉する余地はなかった」と発言

・オバマ米大統領が19日に声明を出し事件を強く非難

・5人が行方不明となっているノルウェーのストルテンベルグ首相が「法や民主主義の原則を尊重しない者に屈しない」と発言

1月20日

――

・未明:安倍首相がセラル首相と電話協議。首相は「邦人の安否について厳しい情報に接した」と発言

・1時過ぎ:菅官房長官がアルジェリア政府から日本人の死亡に関する情報提供があった旨発表

・22時ごろ:城内外務政務官がイナメナスに到着

・18時45分:安倍首相とオランド仏大統領が電話協議

・英政府が英国人3人の死亡を確認。さらに3人が死亡した可能性を明らかに

1月21日

・14時過ぎ:ロイター通信が日本政府筋の情報として「9人死亡」と報道

・16時:城内外務政務官が安否確認作業を開始

・23時半:菅官房長官が「7人死亡、3人安否不明」と発表

――

1月23日

――

・菅官房長官が記者会見で「安否不明だった日本人3人のうち2人の死亡が新たに確認された」と発表

・鈴木外務副大臣が安倍首相の特使として、セラル首相と会談。被害者らの帰国と、不明者の安否確認に協力を要請

――

1月24日

――

・菅官房長官が夜に緊急記者会見し、「最後まで安否が不明だった日本人男性1人の死亡を確認した」と発表。これで、被害に遭った日本人17人のうち犠牲者は10人に

――

1月25日

・午前7時前:日本人生存者7人と犠牲者9人の遺体が政府専用機で日本へ帰国

・安倍首相が午前、人質事件の対策本部会議で「痛恨の極み。テロリスト集団を断固非難する」と発言

――

 

 (※1) CNN.co.jp「人質事件の死者、少なくとも37人 アルジェリア首相が発表」2013年1月22日(アクセス日:2013年1月23日)(http://www.cnn.co.jp/world/35027178.html)。
(※2)AQIMは、イスラム過激派組織「サラフィスト布教聖戦集団(GSPC)」を前身とするイスラム教スンニ派の過激派組織。「マグレブ」はアラビア語で「西方」の意味を持ち、アフリカ北西部にあるモロッコやアルジェリア、チュニジアなどの国を指す。
(※3)CNN.co.jp「人質事件の死者、少なくとも37人 アルジェリア首相が発表」2013年1月22日(アクセス日:2013年1月23日)(http://www.cnn.co.jp/world/35027178.html)。
(※4)新聞各紙の報道に基づき当社作成

 

1.2.背景
今回の犯行の動機については、マリ北部を占拠しているイスラム過激派の排除を目的としたフランスの軍事介入への反発が指摘される一方で、武装集団は2ヶ月以上前から周到な襲撃計画を練っていたとの情報もある。直接的な動機や襲撃の目的は現時点では明らかになっていないが、この事件の背景には、アルジェリア政府とイスラム過激派の闘争の歴史がある。

1962年にフランスから独立したアルジェリアでは、冷戦構造が崩壊しつつあった1980年代後半から一党独裁や世俗的な権威主義体制に対する国民の不満が高まり、1991年に初めて国民議会選挙が行われた(※5)。国民の支持を得たイスラム原理主義政党「イスラム救国戦線(FIS)」が勝利したが、軍部の介入により、この選挙結果は無効とされた。これに抵抗するイスラム勢力を軍が力で弾圧しようとしたため、アルジェリアは内戦状態に陥り、1999年までに約15万人が犠牲となった。その過程で、イスラム勢力は過激な武装闘争を行う「反政府ゲリラ」として地下に潜伏せざるを得なかった。今回の事件に関与したAQIMは、政府と軍による弾圧のなかで「テロ組織」に変容していったのである。

また、アルジェリアは、「アラブの春」(※6)と呼ばれる中東・北アフリカで拡大した一連の民主化運動が波及しなかった国として知られている。1999年から大統領を務めるブーテフリカ大統領は2009年に行われた大統領選挙で三選を果たし、2012年に行われた国民議会選挙でも、長年与党であり続けた「民族解放戦線(FLN)」が勝利した(※7)。急激な体制変革を求めれば再び内戦を引き起こしかねないとして、国民が民主化運動への参加に消極的だったとする見方もある。このように、今回の事件に対するアルジェリア政府の強硬姿勢の背景には、イスラム過激派との闘争と比較的安定した国内政治体制があるといわれている。

(※5)アルジェリアでは、1989年に憲法が改正されるまで複数政党制が認められていなかった。
(※6)2011年から2012年にかけて中東・北アフリカ諸国で発生した一連の民主化運動を指す。チュニジアやエジプト、リビアなどでは長期間にわたって続いていた独裁政権が崩壊し、政権交代が実現した。
(※7)2008年に憲法上の大統領三選禁止条項が撤廃された。また、現在はFLNと「民主国民連合(RDN)」が連立与党を構成している。ブーテフリカ大統領は2006年に「平和と国民和解のための憲章」に基づく国民和解政策を推進し、イスラム過激派組織の武装解除やイスラム過激派メンバーに対する恩赦なども実施した。

 

 

2.アフリカ諸国の情勢


中東・北アフリカを中心に多くの国が「アラブの春」を経験し、この地域の情勢は一変した。長きにわたる独裁体制から抜け出し、民主化への道を本格的に歩むことを選んだ国もあれば、政権交代までは至らなくとも、国民の民主化要求が少しずつ政府に受け入れられるようになった国もある。

しかしながら、民主化の道のりは険しく、エジプトやリビアのように、誕生したばかりの新政権は新たな政治体制をめぐる意見の相違や宗派間、部族間の対立など多くの困難に直面している。また、独裁政権の崩壊とともに体制を支えてきた強固な治安機関も消滅した結果、アフリカ大陸には統治の「空白」地帯が生まれたとの見方もある。実際、国内の混乱を収束させ、国境を越えて影響を及ぼそうとするテロ組織を排除するための高い治安維持能力は新政権にはまだ備わっていない。

このような状況の下、とくに北アフリカ諸国の情勢は「アラブの春」以前より悪化しているといってよい。当社の提携会社であり世界各国の危機管理に関する最新情報を収集・分析しているiJET社が示す「危険度評価」(※8)では、今回の事件が発生する前から、一部のアフリカ諸国の危険度レベルが高められている(図1)(※9)。

 

図1 アフリカ各国の危険度(※10)

 

 

ここでは、アルジェリア情勢に加えて、民主国家への移行を模索しているエジプトとリビア、日系企業の関心が高いナイジェリアの最新の治安情勢を紹介する。

(※8)犯罪、治安機関、社会不安(デモ)、テロ、誘拐および地域情勢・政治といった6つの項目について、「5(非常に危険)」、「4(危険)」、「3(やや危険)」、「2(注意が必要)」、「1(低リスク)」の5段階で総合的に評価したもの。
(※9)エジプトは危険度「3」から「4」、リビアは「2」から「4」、マリは「3」から「5」、チュニジアは「3」から「4」、中央アフリカは「4」から「5」、ブルキナファソは「2」から「4」、マラウイは「3」から「4」へそれぞれ引き上げられている。
(※10)iJET社の情報を基に当社作成。

 

2.1.アルジェリア
今回の人質事件で犯行声明を出したAQIMは、アルジェリア政府による弾圧・掃討をくぐり抜けて唯一生き残ったイスラム過激派組織である。AQIMは、2006年9月に国際テロ組織「アルカイダ(Al-Qaeda)」との連携を表明して以降、反欧米、反キリスト教を掲げる「アルカイダ」の路線を継承し、親米派政府の高官や欧米の権益を狙ったテロを首都アルジェや主要都市で敢行してきた。

2008年には、航空業界や石油業界などをテロの標的に含めるなど攻撃目標を拡大した。また、活動範囲をマリやチュニジア、ニジェールなどに広げ、主に欧米人を標的とした身代金目的の誘拐を繰り返すようになったのもこの頃からである(※11)。とくに、今回の事件の首謀者とされるベルモフタール氏は、誘拐以外にもタバコの密輸を行って組織の資金を捻出するなど、マリ北部における活動の中心人物だったとみられている。

このように、近年ではAQIMの活動が活発化しており、アルジェリアの危険度はかなり高くなっていた。しかしながら、アルジェリアとリビア国境付近では警戒が強められていたものの、今回の現場となった天然ガス関連施設があるイナメナス周辺に対する脅威認識は比較的低かった。

外務省は、今回の事件発生を受けて、今後も武装勢力が流入する危険性や治安部隊による大規模な掃討作戦が展開される可能性があるとして、アルジェリアの一部地域について「渡航情報(危険情報)」を4段階でもっとも高い「退避勧告」に引き上げて発出した(※12)。「退避勧告」の対象となるのは、リビア、ニジェール、マリ、モーリタニア国境地帯(国境から100km程度)で、今回の事件が発生した東部イリジ県、南部ティンドゥーフ県、アドラール県およびタマンラセット県については「十分注意」から1段階引き上げて「渡航の是非を検討」するよう求めている。

 

2.2.エジプト
エジプトでも、チュニジアに続いて2011年1月25日ごろから反政府デモが拡大し、30年に及んだムバラク政権が崩壊した。史上初めての自由かつ直接選挙で選ばれたムルシ大統領の下で民政復帰を果たした同国では、現在、憲法改正の是非などをめぐって親大統領派と反大統領派の衝突が発生するなど緊張状態が続いている。

また、キリスト教の一派であるコプト教徒とイスラム教徒の対立も不安要素のひとつとなっている。コプト教徒は、イスラム教を国教とするエジプトでは全人口(約8300万人)の1割にも満たない少数派で、イスラム組織「ムスリム同砲団」出身のムルシ大統領が誕生したことにより、エジプト社会のイスラム化が進むことを懸念している。ムルシ政権が新たな政治体制を確立する過程で、今後も両者の対立が深まることが懸念される。

イスラエルと国境を接する同国北部のシナイ半島では、中東向けに輸出されている天然ガスパイプラインの爆破事件や武装集団による外国人誘拐事件が頻発している。この背景には、シナイ半島で生活するアラブ系遊牧民「ベドウィン」の存在があるといわれている。「ベドウィン」は、経済的な恩恵を受けないばかりか生活も一変させられたとして、エジプト政府が行っているシナイ半島のリゾート開発に強い不満を抱いている。そのため、同島における外国人誘拐事件の多くは「ベドウィン」によるものとみられており、外務省も同島に対しては2番目に高い「渡航延期勧告」を発出している。

(※11)2008年には、AQIMの支部組織が隣国のチュニジアへ越境し、オーストリア人2人を誘拐した(同年10月に解放)。また、2011年2月にはイタリア人女性旅行者が運転手らとともに誘拐され、AQIMがテレビ局を通じて犯行声明を出した。さらに、同年11月にも、西サハラ難民キャンプで難民の支援活動に従事していたスペイン人2人とイタリア人1人がAQIMの分派組織とみられる武装グループに誘拐された。2011年12月末現在、人質は解放されていない(外務省「海外安全ホームページ」参照)。
(※12)外務省が発出する「渡航情報(危険情報)」には、「退避を勧告します。渡航は延期してください」(退避勧告)を最高レベルとして、順に「渡航の延期をお勧めします」(渡航延期勧告)、「渡航の是非を検討してください」、「十分注意してください」の4段階がある。

 

2.3.リビア
アルジェリアの隣国リビアにも民主化の波が押し寄せ、カダフィ政権打倒を掲げた反体制派勢力が政権側と戦闘を繰り返し、一時内戦状態に陥った。2011年10月にはカダフィ大佐が殺害され、42年間続いたカダフィ政権が崩壊した。約1年後の2012年11月には移行政権が誕生し、民主化の道を進み始めようとしている。リビアはナイジェリアに次ぐ産油国であり、政情が安定化し、このまま民主化が進めば、今後は日系企業を含む外資系企業の進出が見込まれる国でもある。

しかし、同年9月に同国の米領事館が暴徒化した群衆に襲撃され、駐リビア米国大使が殺害される事件が発生するなど、治安上の懸念が高まっていることも事実である。カダフィ政権下では、強大な権限を有する治安機関が国内の治安を維持していたため、テロや暴動はほとんど発生しなかった。「カダフィ後」のリビアでは、治安機関による治安維持能力が低下し、国境警備も手薄になっていることから、武装組織や武器の流入を食い止められない状況に陥っており、テロの温床となることが懸念されている。

 

2.4.ナイジェリア
日系企業の関心が高い国のひとつであるナイジェリアには、2012年5月現在、商社やメーカーなど15社が同国に進出している(※13)。近年、同国の治安情勢は悪化しており、北部ではイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」(※14)、南部では反政府武装組織「ニジェール・デルタ解放運動(Movement for the Emancipation of the Niger Delta : MEND)」(※15)の活動が活発化している。

同国では、2011年に72件(報道件数、未遂含む)に上る爆弾テロ事件が発生したが、そのほとんどが「ボコ・ハラム」の犯行とみられている。同年8月に首都アブジャにある国連ビルで発生し、国連職員ら23人が死亡、80人以上が負傷した自爆テロについても「ボコ・ハラム」が犯行声明を出している。

また、政府収入の約7割が原油関連といわれる同国では、利益が国民に還元されていないとする不満がとくに南部の産油地周辺で高まっている。MENDは、南部で生活する住民の不満を背景として結成された武装組織で、産油地「ニジェール・デルタ」およびその周辺地域において、石油関連施設の襲撃やパイプラインの破壊などを行う一方、身代金目的で外国人を多数誘拐している。身代金を支払えば解放されることが多いが、同国では2011年に報道されただけで計36件の外国人誘拐事件が発生している。2009年には政府が武装解除と引き換えに恩赦を与えたため、多くのメンバーが組織を去った。しかし、その後もMEND名でテロ事件への犯行声明が出されており、一部の残党か、別の犯罪グループがMENDを騙って犯行に及んでいるとみられている。

(※13)独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)による。
(※14)2002年にナイジェリア北部で結成されたイスラム過激派組織で、同国北部各州への「シャリーア」(イスラム法)導入を掲げて武装闘争を行っている。「ボコ・ハラム」とは「西洋の教育は罪」という意味。
(※15)MENDは、南部の産油地「ニジェール・デルタ」を中心に活動するテロ組織で、同地で産出される原油関連の利益を地元に還元するよう求めている。

 

 

3.日系企業の対応


アフリカは、豊富な天然資源のみならず、その経済成長力も企業の注目を集めている。そのため、資源系やインフラ系企業、商社以外にも、多くの機械メーカーや自動車メーカーがアフリカに進出している。今回の事件を受けて、アフリカで事業を展開している日系企業が駐在員、出張者およびその家族の安全確保策としてとった対応を以下にまとめる(表2)。なお、アルジェリアやその周辺国に対する外務省の「渡航情報(危険情報)」が一部引き上げられたことから、企業の対応は今後さらに踏み込んだものになる可能性もある。

 

表2 アフリカに進出している日系企業の対応(2013年1月23日時点)(※16)

業種

進出国

現地での事業内容

今回の事件への対応

共同企業体(JV)

アルジェリア

ゼネコン4社と商社の共同企業体。北部で高速道路を建設。下請け企業も含め日本人約200人が駐在

現地に対策本部を立ち上げ。外に出る際は軍の護衛をつけるほか、夜間外出を禁止。事態が悪化した場合は家族の帰国も検討

商社A

16日夜に安否を確認し、全員の無事を確認。アルジェリアには注意喚起、マリなど周辺国への出張を禁止

商社B

液化天然ガスの輸出

17日、従業員に同国への出張を見合わせるよう通知

商社C

自動車・ポリエチレン製品の販売

17日、アフリカ北西部やフランスに出張する従業員に対し、最新の安全情報を入手するよう注意喚起

プラント建設A

北部で肥料プラント建設

日本に対策室を設置

プラント建設B

海岸部でLNGプラントを建設中

事件後、事態の変化に即応できるよう情報収集体制を拡充

プラント建設C

LPG(液化石油ガス)プラント建設

アルジェリア出張時には武装した警備員の同行を義務付け。18日、出張中の日本人従業員2人がアルジェリアから出国

プラント建設D

エジプト

エチレン工場の建設

世界各地の現場に向け、リスク回避ルールの遵守を緊急通達。海外の危機管理会社とも契約

電気機器A

エジプト

南アフリカ

テレビの製造など

事件前(フランスがマリに軍事介入した際)にアルジェリアやマリ周辺国への不要不急の出張を控えるよう通知

電気機器B

タンザニア

南アフリカ

チュニジア

乾電池の製造など

アルジェリア、マリ、リビアなど5カ国への出張禁止

機械A

アルジェリア

16日に駐在員(2名)の家族を含め安全を確認。夜間外出を禁止

機械B

南アフリカ

家庭用エアコンで中近東と北アフリカ市場開拓を強化

欧州統括会社の判断により、欧州の全従業員についてアルジェリアと周辺国への渡航禁止

ゴム製品

モロッコ

エジプト

南アフリカ

タイヤの製造・販売

工場の操業は継続。北アフリカなど15ヶ国への出張禁止

食品

エジプト

ナイジェリア

コートジボワール

調味料の製造・販売

ナイジェリアへ出張する際はフランスを経由しないよう指示

(※16)新聞各紙の報道に基づき当社作成

 

4.企業における海外危機管理


海外には多種多様なリスクが存在し、アルジェリアのような危険度の高い国でなくとも、駐在員や出張者は、犯罪や自然災害、交通事故などの被害に遭う危険性が高い。また、急病やけがで、緊急医療搬送を行わなければならない状況に陥る可能性もある。したがって、従業員を海外へ派遣する企業には、平時から海外危機管理体制を構築するとともに研修や訓練などの運用を行うことが求められる。

 

4.1.海外安全・危機管理体制
海外危機管理体制は企業や海外事業の規模などによって異なる。平時から、少なくとも以下の事項を定めておくことが重要である。
 ①海外へ渡航する自社従業員の安全確保の責任者
 ②平時の海外安全・危機管理の担当者(部門)
 ③平時の海外安全・危機管理業務
 ④有事の危機管理体制
 ⑤有事の業務・役割分担

 

4.2.平時の海外安全・危機管理

4.2.1.情報収集とリスクの把握
海外安全・危機管理で最も重要な要素は情報収集である。海外安全の担当者は、自社の進出する国とその周辺地域、自社の関連施設(オフィスや工場、倉庫、駐在員宅など)がある地域に関する情報を収集し、従業員とその家族に影響を与えると想定されるリスクを把握しておく必要がある。その情報を関係者と共有することも担当者の重要な役割である。

海外のリスクに関する情報を自社だけで収集・把握することが困難な場合は、外部のコンサルティング会社に依頼するのも一つの方法である。専門的な知識を有する第三者の視点でリスクを洗い出し、評価し、分析することによって、自社の従業員や施設が置かれている状況を客観的に把握することができる。

リスクの洗い出しや評価を実施しても、対象国・地域の危険度(リスク・レベル)は変化するため、担当者は日常的に情報を収集する必要がある。アフリカ地域だけでなく、例えば先進国でも、景気が悪くなると犯罪が増えるなど、リスク・レベルが変化することがある。国によっては、政権が変われば治安状況が変わる。担当者は継続的に情報を収集し、変化があれば、それを関係者間で共有することが求められる。

 

4.2.2.対策の実施
海外のリスクの洗い出しや評価を実施したら、次に、優先的に実施すべき対策を決定する。海外に派遣される従業員とその家族の安全や自社の資産を守るために実施する対策には、駐在員・帯同家族の行動規程や各種マニュアルなどソフト面の対策に加え、駐在員宅のセキュリティ強化など、ハード面の対策がある。

企業が陥りがちなのが、規程やマニュアルを策定し終わると、ソフト面の対策を完了したと感じてしまうことである。規程やマニュアルが完成したら、定期的に勉強会や研修、訓練を実施して、関係者に周知する必要がある。また、セキュリティ対策については、前述のとおり、コンサルティング会社に調査を依頼し、セキュリティ効果の高い対策を提案してもらうことも考慮すべきである。

また、現地における安全対策の最高責任者は、派遣された日本人従業員である場合が多い。通常の業務運営に加えて、自社の従業員とその家族や関連施設内の協力会社、現地ローカル従業員の安全を確保する責務を担っている。日本本社の海外事業担当者は現地の責任者と連携を図りつつ、現地における安全対策をコントロールしなければならない。

 

4.2.3.研修・訓練
海外で駐在員や出張者が安全かつ健康に暮らすために有効な対策の一つが、海外安全研修である。研修では、出張先、赴任先のリスクや健康管理に関する情報の収集方法や、犯罪被害に遭わない方法などが説明されるため、海外安全の基礎である「自分と家族の安全は自分たちで守る」方法を習得することができる。このような内容が新入社員や駐在員・出張者向けの研修に盛り込まれるべきと考える。

また、日本本社の海外安全・危機管理に関わる役職員は、海外での有事に備えて、有事対応訓練を実施することが重要である。海外で自社の関係者が巻き込まれる事態を想定して訓練を実施し、有事対応が迅速かつ適切に遂行できるかを検証する。必要に応じてマニュアルを改定したり、体制を変更したりすることによって、有事の際に、より適切に対応することができる体制を整えておかなければならない。

 

 

5.ハイリスク地域における企業の対策


今回の人質事件が発生した天然ガス関連施設は、アルジェリア政府の重要施設として位置づけられ、軍が厳重に警備していた。しかし、武装集団は警備が比較的手薄になるタイミングを狙って襲撃し、外国人を人質にとって施設の敷地内に入ることに成功した。施設の警備は軍が一手に担い、民間の警備会社による警備は禁止されていたとされる。その施設で働く企業としては、安全対策をすべて軍に依存する以外の選択肢はなかったという非常にまれなケースだった。

企業がアルジェリアのような危険度の高い(ハイリスク)地域で活動する際、一般的にどのような安全対策・危機管理が求められるのだろうか。ここでは、ハイリスク地域で活動する際に必要とされるセキュリティ・危機管理コンサルティング会社の活用方法を紹介する。

 

5.1.危機管理会社の活用

5.1.1.危機管理会社の選定
まず、進出する国・地域で豊富な経験を持つコンサルティング会社を選定し、活動する予定の地域、滞在場所などのリスクに関する詳細な調査を依頼する。この調査報告書により、企業は進出先の現状を正確に把握することができる。

こうした調査報告書に含まれるべき項目は以下のとおりである。調査を依頼したコンサルティング会社が的確な報告書を出せないようであれば、別のコンサルティング会社へ変更することも検討する必要がある。
 ①企業・従業員の脅威となるリスク
 ②事業遂行の支障となるリスク
 ③リスクの原因・背景
 ④リスクの脅威レベル
 ⑤リスクが顕在化する可能性
 ⑥リスク低減のための対策
 ⑦リスクマネジメント計画
難しいのは、どのコンサルティング会社を選ぶかである。ハイリスク地域の安全対策でも、会社によって考え方や対応が異なる。警備の方針などを複数の会社から細かく聞いて、その考え方に同意できる会社を選ぶことが重要である。

選ぶ際の基準は、第一に、海外安全の3原則である「目立たない」、「用心を怠らない」、「行動を予知されない」を徹底しているかどうかであろう(写真1)。コンサルティング会社の中には、警備の際に、複数の警備員に重武装させ、それを見せつけるように警備する会社や、武器を抑止力として利用しようとする会社がある。しかし、重武装の警備員がいると目立ってしまい、かえって狙われる危険性を高める。また、こうした形の警備は地域住民を威嚇するようなものであり、現地のコミュニティとの友好な関係は築くのは難しい。

 

写真1 目立ちにくい防弾車の例=Hart社提供

 

第二に、その企業が進出する地域のコミュニティとの関係をコンサルティング会社がどう考えているかである。現地のコミュニティと良好な関係を築くことで「見知らぬ部外者を最近町内で見かけた」などの情報を住民が寄せてくれることもある。英国の危機管理会社であるHart社のコンサルタントも、日頃から現地コミュニティとの友好関係の重要性を強調している。

企業が雇用などを通じて様々な形でコミュニティに貢献し、地域住民との関係を大切にすれば、コミュニティは企業を「我々にとって大切な仲間」と捉え、守ってくれる。企業が現地従業員を大切に扱えば、従業員は企業と自分の雇用を守るために必死になる。つまり、現地コミュニティとの良好な関係を築くことは、企業の安全を確保するための非常に強い対策になるのである。

 

5.1.2.対策の立案
企業が調査内容に納得し、コンサルティング会社と現地のリスクについて共通認識を持つことができれば、次は危機管理・安全対策に関する各種マニュアルを策定する段階に入る。マニュアルの内容は、現地の危険度によって異なるが、ここでは今回のアルジェリアのような武装集団によるテロの脅威が高い地域を対象にした計画を例に挙げる。

テロの脅威が著しく高い場所では、24時間体制の警備が欠かせない。コンサルティング会社は現地の事情に精通しており、その地域に様々なコネクションを持つ。信頼できる会社であれば、警備計画の立案、緊急時の対応支援、車(防弾車など)や運転手、警備員、通訳の手配、安全な宿泊施設の手配などに関するアドバイスを提供している。

活動地域が都市部でない場合は、コンクリートや土嚢の高い壁に囲まれた安全地帯「コンパウンド」に宿泊施設や食堂、娯楽施設、資機材置き場などを設け、日常生活に必要なもの全てを提供しているコンサルティング会社もある(写真2)。こういったコンサルティング会社は、コンパウンドの警備から
就業場所へ移動する際や仕事中の警備も担う。

つまり、進出する企業とコンサルティング会社は、現地での事業を進める「車の両輪」である。したがって、各種マニュアルも、コンサルティング会社とともに策定する形をとる。

 

写真2 遠隔地に設営されたコンパウンド=Hart社提供

 

 

5.1.3.各種計画・マニュアル
一般的に、ハイリスク地域に進出する際には以下のマニュアルが必要となる(図2)。

図2 ハイリスク地域に進出する際に必要となるマニュアルの例

①本社用危機管理・対応マニュアル
   本社の平時の危機管理対策に関する規程や、有事にどのように対応するかを定めたマニュアル

②現地危機管理・対応マニュアル
   現地に派遣される従業員とコンサルタントの役割、行動などを定めたマニュアル

③移動に関するマニュアル
   現地で移動する際は危険が伴うため、駐在員や出張者の移動に関する細かいルールを定めたマニュアル

④緊急医療対応マニュアル
   緊急時に必要な治療を受けるための行動を定めたマニュアル

⑤緊急避難・国外退避マニュアル
   緊急にその場から退避したり、場合によっては国外へ退避したりする必要が発生した場合の行動を定めたマニュアル

 上記のマニュアル以外にも、各種訓練に関する規程や、現地従業員採用時、現地協力会社選定時の規程を定めることが求められる。

 

5.1.4.研修・訓練
現地へ派遣される従業員は、出発前に現地での生活を安全に送るための研修を受けておく必要がある。この研修も、コンサルティング会社のコンサルタントと一緒に実施することが推奨される。現地へ赴く従業員は、これから現地でコンサルタントと生活を共にすることになるうえ、現地での安全をコンサルタントに委ねることになるため、互いに相手への理解を深めるためにも研修段階からコミュニケーションを図ることが望ましい。研修は通常、3日から5日かけて行われる。以下は、そのカリキュラムの一例である。
 ①派遣国に関する情報
 ②派遣される地域に関する情報
 ③現地のリスク
 ④現地の政府・部族・武装勢力など
 ⑤赴任前の準備
 ⑥現地での移動時の安全対策
 ⑦宿舎・事務所などの施設における安全対策
 ⑧誘拐事件遭遇時の対応方法・人質生活
 ⑨武器や爆弾の脅威に関する基礎知識
 ⑩外傷救急処置(大量出血、骨折の処置)

 

5.1.5.現地入り
ハイリスク地域へ赴く場合は、通常、危機管理コンサルタントのチームが先に現場へ入り、受け入れ準備をする。準備ができたら、従業員が現地入りし、空港でコンサルタントのチームに迎えられ、宿舎に入ることになる。ここでは、施設の説明や安全対策の再確認、簡単な訓練などを行う。コンサルタントによって生活環境が事前に整えられているため、派遣された従業員はすぐに仕事に取り掛かれることになる。

ただし、日本で策定した各種マニュアルが実際に機能するか、あるいは派遣された従業員がきちんと把握しているかを検証するため、頻繁に訓練を実施することが望ましい。日本の本社を巻き込むシナリオを作成して訓練を実施することも重要である。

訓練でマニュアルに問題点があることが発見されたら、すぐに改定し、常に最適の状態にしておく。改定についても、現地と本社で常に情報共有する必要がある。

 

おわりに


本稿で紹介した危機管理事例は、武装勢力によるテロが発生しているようなハイリスク地域に焦点を当てているため、特殊なケースである。しかし、テロのリスクはインドにも存在するし、中南米諸国では誘拐や強盗、殺人などの犯罪が多発している。警備体制などのレベルの違いこそあれ、こうしたリスクが存在する国へ進出する場合は、やはり危機管理コンサルティング会社にセキュリティ調査を依頼して、現状を分析し、安全対策を強化する必要がある。

ハイリスク地域に進出していない企業でも、今回の事件で海外危機管理への関心が高まっている今こそ、自社の駐在員・出張者のいる国や地域、オフィス、駐在員の自宅、ホテル、移動ルート、物流ルートの安全対策などについてセキュリティは万全か、進出先の危険度やリスクの再評価を実施し、対策の検証や必要に応じて改善策の実施に取り組んでいただきたい。

 

 

【情報提供】
一般社団法人共同通信社
iJET International
Hart Security Limited

 

【参考文献】
外務省 “海外安全ホームページ ” http://www.anzen.mofa.go.jp/index.html, (アクセス日: 2013年1月25日)
株式会社損保ジャパン・リスクマネジメント.『SAFETY EYE』No.41「海外危機管理――ハイリスク地域へ進出する企業に求められる危機管理」, 2010

 


【執筆者】
竹腰 宏 
リスクコンサルティング事業本部ERM部
上席コンサルタント
専門は海外危機管理

横山 歩 
リスクコンサルティング事業本部ERM部
主任コンサルタント
専門は全社的リスクマネジメント(ERM)、海外危機管理

 

【本レポートに関するお問い合わせ先】
NKSJリスクマネジメント株式会社
リスクコンサルティング事業本部 ERM部
〒160-0023東京都新宿区西新宿1-24-1 エステック情報ビル
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転載元:NKSJリスクマネジメント株式会社 NKSJ-RMレポート81

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