インターリスクレポートより 

 

株式会社インターリスク総研 コンサルティング第一部 CSR・法務第一グループ長 田村 直義
株式会社インターリスク総研 コンサルティング第一部 CSR・法務第二グループ長 奥村 武司

 

インターリスクレポートは、MS&ADインシュアランスグループのリスクコンサルティング会社であるインターリスク総研が、企業を取り巻く様々なリスクについてご提供するリスク情報誌です。

 

はじめに
2013年1月16日に発生したアルジェリアにおけるテロ事件では、多くの尊い命が奪われました。被害に遭われた企業および役職員の方々のこれまでの事業活動に敬意を表し、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り致します。

本稿は、今回のテロ事件を契機として、「日本企業における海外危機管理の基本原則」を改めて整理すると同時に、「危険地域進出に関する経営判断の基本的な考え方」および「テロ活動を抑止するための企業の取組」について考察したものです。事業活動に伴う海外における危機は多種多様ですが、ここでは役職員の身体生命への危険を主眼としています。

本稿記載事項を参照いただくことにより、同種リスクの低減や回避が即座に可能となるわけではありませんが、読者の皆様が今後の海外危機管理のあり方を改めてご検討いただく一助となることを念頭に置いて記述しています。

 

1.海外危機管理の先進的企業を襲ったテロ事件
2013年1月16日、アルジェリアのイナメナス付近の天然ガス精製プラントをイスラム系武装集団が襲撃し、本プラント建設に従事していた関係者が拘束され、日本人10名を含む33名の外国人が亡くなるという大惨事となった。33名は、日本人10名、フィリピン人8名、イギリス人3名、ノルウェー人3名、アメリカ3名、現時点で身元が確認できていない外国人が少なくとも6名と報道されている。(1月27日時点)

今回のテロ事件により企業が被った直接的・間接的なダメージ、その波及的な影響は計り知れないものがある。

本プラントは、平時よりアルジェリア軍により厳重に警備されていたといい、そのような環境下で発生したことに鑑みれば、一企業がこの危機を回避するために、アルジェリアやその他関係国の政府や軍における情報収集や警護以外に、積極的に何らかの対策を講じることができたとは考えられない。本事件の結末のみに着目し、企業の危機管理体制や対策に不備があったとの可能性を指摘するのは決して妥当とはいえない。企業が講じてきた種々の対策についても、今後のセキュリティ確保を考えれば、全て開示しないことが賢明であり、あえて公の場で問うべきではないだろう。

テロ計画の事前察知により、何らかの対策を講じることができたのではないか、との指摘もあり得るかもしれない。しかし、今回のテロ事件の予兆現象をアルジェリア政府が把握していたとは考えがたく、またマリでのフランス軍進攻がなくとも今回のテロ事件は起きた可能性はあるとの指摘も存在する。いずれにせよ、事前に即時撤退を決定するほど切迫したリスクは検知されていなかったはずだ。

このため、企業に対して事前察知による対策の可能性について、今となって言及するのは失当である。アルジェリア政府その他の関係機関の情報収集能力がより高く、プラントを警備するアルジェリア軍の守りがより強固であったなら、と考える他はない。

 

2.海外危機管理の基本原則企業にできること・やるべきこと
では、海外で発生する危機について、一企業として何ら対策を講じることはできないのだろうか?今回のテロ事件は回避不能だったとしても、過去には企業が対策を講じることにより、危機を回避できたり、損失を事後的に最小化できた例は少なくない。

あの9.11米国同時多発テロ事件でも、過去の爆破履歴などから自らワーストシナリオを想定して、リスクを最小化するため、テロの標的になりやすいランドマーク的ビルから転居していた企業もあった。従業員向けの危機管理マニュアルにおいて、すべての危機を想定することは困難であるため、有事の際の自身の安全確保の最終決定権は個人に委ね、個人の判断が功を奏した事例もあった。危機発生時の本社と現地の役割や手順を事前に定めておいたため、迅速かつ適切な判断と行動を実現した企業もあった。

このように事前の対策は万能ではないものの、決して効果が期待できないものではない。

 

海外危機の固有性への配慮
近年の日本企業は、大手企業だけでなく中堅・中小企業も海外進出が当たり前となっている。海外各国と日本では、歴史・風土・文化・政治経済情勢など多くの違いがあるため、海外固有のリスクを発見・評価して相応の対策を講じることが必要不可欠であるが、必ずしも徹底できておらず、その理由として、多くの企業実務担当者は経営資源の不足を理由に挙げる。本来であれば、限られた経営資源の中で可能なリスク対策のみを講じるのではなく、海外固有のリスクを踏まえてしかるべき経営資源を投入するとの意思決定を導き出したいものである。

 

対策のあり方
今回のテロ事件は、予想発生頻度は極めて低いが、影響度(損失規模)は極めて大きいリスク(稀頻度重大リスク)が顕在化したものである。

今後の海外危機管理対策のあり方を考えていく上では、企業の取組の現状により大別すると2つのパターンが考えられる。

 

□容易に予見可能な海外リスクについて対策実施済の企業の場合
・予見困難な稀頻度重大リスクについて、外部環境要因の変化を予測しつつ、複数のワーストシナリオを想定する。
・自社およびステークホルダーの損失・ステークホルダーの期待の観点から評価し、対策要否の判断・対策実施の優先順位付けを行う。
・念のため、下記の各種危機共通対策リストに照らし、弱みがないか検証する。

□容易に予見可能な海外リスク(軽微なリスクを除く)について対策未実施の企業の場合
・容易に予見可能なリスクの中で、リスクの大きいものから順に必要な対策を講じる。(比較的発生頻度は高いが許容不能な損失を発生させるリスクに関する対策にまず着手する。稀頻度重大リスクはその後の課題として段階的なレベルアップを図る)
・下記の各種危機共通対策リストに照らし、抜け漏れを埋め合わせる。

※注)容易に予見可能な海外リスクの例
新型インフルエンザ、一定規模以下の地震・津波、ランドマークにおけるテロ、特定メモリアルデーにおけるテロ、誘拐、爆破予告、広域発生が予想されている暴動、交通・航空事故等によるキーパーソンの喪失、現地当局による法的根拠に乏しい業務への干渉、不当な拘束・賄賂等の要求、その他

 

但し、これらの対策は基本でしかなく、完全ではない。例えば、緊急時には事実関係の情報収集がまず重要だが、実際には各国政府ですら十分な情報網を確保できていない。対策の前提として、「安全とは相対的なものであり、リスクをゼロにはできない。」と肝に銘じておくことも必要だ。

 

 

3.危険地域進出における経営判断
では危険地域に一切進出しないことが適切な経営判断といえるだろうか。

経営判断は時に会社に損害を生じさせてしまうこともある。しかし、一定のリスク(事業計画達成を阻害するあらゆる不確実性をいい、当然のことながらテロ等に関するリスクを含む)を受容して進めるのがビジネスの常である。

米国における「経営判断の原則」と同様に、日本においても、株主代表訴訟における会社役員の善管注意義務に関する裁判所の判断として以下の要件を満たす場合は、会社役員の善管注意義務違反は認められないとの考え方が確立している。
・経営判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったこと
・意思決定過程において著しい不合理がなかったこと
・判断をしたときの経営情勢・業界の取引状況、その他の客観的事情のもとにおいて、当該判断の内容が、著しく合理性を欠いていると認められないこと

海外進出に伴い様々なリスクが想定されるが、意思決定において上記の要件を満たすことが最低限求められていると認識する必要がある。今回のテロ事件については、前提となる情報の詳細は不知なるも、経営判断の原則に照らせば、「本ビジネスの遂行は妥当な経営判断であった」と評価されうるであろう。エネルギープラント産業はすべての産業の基盤であり、関係各社の役職員の勇気ある判断や行動がアルジェリア経済のみならず世界経済を支えてきたことは紛れもない事実である。これには誰しも敬意を払わずにはいられないはずである。

同国および関係国のより強固な軍事的防護措置によりテロによるリスクが最小化され、関係各社のプロジェクトが完遂し、さらなる社会貢献を実現することが、不幸にしてお亡くなりになった方々の無念を晴らすことにつながり、弔うことになるはずであると信じたい。

 

4.一般企業によるテロ抑制に向けた取組

貧困撲滅への取組みがテロを抑制する
企業はテロの危害から身を守るだけでなく、企業の取組によりテロを抑制することはできないのだろうか?

テロ組織の資金源を断つ、武装勢力を拡大させないという観点からは、マネーロンダリングや安全保障上規制される製品取引を排除するなど企業のコンプライアンス活動を徹底することが重要である。

テロの根源を絶つという観点からは、企業の社会的責任として世界の貧困撲滅に貢献することが大切である。貧困は、教育や衛生などの社会の基盤となるものの成熟を阻害し、児童労働、差別・暴力・犯罪、環境破壊などの温床となり、政変、暴動、宗教問題、戦争その他の争いを生み、テロリストを生み出しているといっても過言ではない。

 

企業が積極的に社会的責任を果たすことの効果
具体的な取組としては、企業が直接参加し、人・金・モノなどの自社の得意とする分野の資源を投入することが効果を発揮する。例えば、ソーシャルビジネス(社会的な課題を行政の支援や無償の奉仕活動だけに頼るのではなく、ビジネス手法を通じて課題解決と収益を同時に目指す活動)においてNPO法人や企業が連携し、社会へ貢献しつつ収益をあげることで、より安定的かつ持続可能な活動とすることが注目されている。

また、社会的責任に関する国際規格であるISO26000の附属書類Aなどを参照し、OECD(経済協力開発機構)の「統治の弱い地域で活動する多国籍企業のためのリスク認識ツール」や国連グローバルコンパクトの「パートナーシップ評価ツール」といった国際機関等のイニシアチブやツールを事業活動に取り込むことが推奨される。

海外でビジネスを継続しようとすればこそ、現地企業や社会とビジネス上の関係を築くだけでは不十分である。その社会に根ざし、課題を共有し、その解決に向けて協働していく、まさにその地域に根ざした企業の取り組みが多くの関係者に拡がることで、貧困さらにはそれが引き起こすテロに対しての大きな抑止力になりうる。

 

おわりに
大小を問わず海外には様々なリスクがある。これらのリスクを発見して適切に評価し、リスクを低減する、また時にはリスクテイクする意思決定も求められる。

タイの洪水被害、尖閣諸島の国有化に端を発した中国各地での反日デモなど、ここ最近でも日本企業の駐在員・出張者の安全が危険に晒される事態が発生している。事前にリスクを認識し、一定の被害を受けても適切に対処して損失を最小化できた企業もある。

いま企業に求められるのは、やみくもに海外におけるリスクを恐れることなく、将来に向けてリスクをより正確に把握した上で適切な経営判断を行うことである。企業が事業の継続と安定的な発展により世の中に貢献し続けることの一助となるべく、当社もさらなる研鑽を積んでいきたい。

 

【著者】
株式会社インターリスク総研
コンサルティング第一部
CSR・法務第一グループ長 田村 直義
CSR・法務第二グループ長 奥村 武司

 

【お問い合わせ】
㈱インターリスク総研 コンサルティング第一部  CSR・法務第一・第二グループ  TEL.03-5296-8912

※ 本誌は、マスコミ報道など公開されている情報に基づいて作成しております。また、本誌は、読者の方々および読者の方々が所属する組織のリスクマネジメント の取組みに役立てていただくことを目的としたものであり、事案そのものに対する批評その他を意図しているものではありません。

 

転載元:株式会社インターリスク総研 InterRisk Report No.12-073

インターリスク総研