リスクマネジメント最前線より

 

株式会社環境創生科学研究所所長 小松英司

 

最近テレビや新聞などで大きく取り上げられている微小粒子状物質(以下、「PM2.5」)について、株式会社環境創生科学研究所所長の小松英司氏に、国内外におけるPM2.5による大気汚染状況、および基準設定に関する動向等について解説いただいた。

 

1.はじめに


「PM2.5」の大気環境基準は、世界保健機関(WHO)、米国、欧州委員会など欧米各国で先んじて基準値が策定されてきた。米国では、1971年に粒子状物質(いわゆる「PM10」(※1))の国家環境大気質基準が策定されたが、1997年に健康影響の観点からPM2.5の環境基準も新たに設定され、現在の基準は2006年に改訂されたものである。基準値は日本と同様に年平均値が15μg/m3、24時間平均値が25μg/m3であるが、日本は目標値であるのに対し、米国では達成の遵守が求められる基準である。WHOでは疫学上で慢性の循環器系、呼吸器系の病気を引き起こす長期間のPM2.5による平均濃度レベルを検討し、この濃度レベルの最低値である年平均値10μg/m3、24時間平均値25μg/m3をガイドラインとして採用した。このWHOのガイドラインは、大気汚染物質のばく露に対し広い地域の格差を考慮しており、世界共通に適用され、各国に中期目標の設定を勧告するものとなっている。世界に目を向けるとそれなりに歴史のあるPM2.5であるが、国内ではなぜ最近になって注目されてきているのか、中国の汚染状況を見ながら考えてみたい。

 

2.PM2.5とは何か


大気中には、いろいろな大きさの粒子が浮遊しているが、その粒径分布を測定すると、図1のとおり「ふた山型」になる。PM2.5とは、大気中に浮遊する粒子状物質であって、その粒径が2.5μmの粒子を50%の割合で分離できる分粒装置を用いて、より粒径の大きい粒子を除去した後に採取される粒子である(図2)。PM2.5は吸入した際、肺の奥まで到達するため呼吸器系への影響に加え、循環器系への影響も懸念されており、これらの疾患に対しては浮遊粒子状物質(以下、「SPM」)よりも適した指標になる。特に、高感受性群(子供、老人、呼吸器系・循環器系等の疾患を持っている患者)の方には影響が及びやすいとされている。

※1大気中に浮遊している粒子状物質のうち、粒径が10μm(0.01mm)以下のもの。詳しくは、気象庁ウェブページを参照:http://www.data.kishou.go.jp/obs-env/kosateikyou/kaisetsu.html,または米国環境保護庁ウェブページを参照:http://www.epa.gov/air/particlepollution/basic.html
※2 米国環境保護庁http://www.epa.gov/air/particlepollution/basic.html

3.中国の大気汚染の状況


中国におけるPM2.5の汚染状況はどの程度深刻なのであろうか。発端は、北京米国大使館でモニタリングされたPM2.5濃度が公表されたことにあるが、その後、米国大使館と北京市環境局の大気汚染指数が大きく違っていたこと、さらには日本へ越境移流していたことなどが話題になっている。実際に、中国の主な都市では晴れていても粒子状物質により視界がほとんどないこともあり、大気汚染を目で見ることができるほど悪化している。

現在では、北京市環境モニタリングセンターなどでモニタリングデータを公開している。春節が終わった2月25日の測定値を見てみると、1日平均値で250μg/m3以上になっており(図3)1時間値では700μg/m3を記録した。このレベルは、環境省が外出を控えるように勧告した濃度レベルの3.5倍、WHOのガイドイラン値の10倍以上の濃度である。この原因は、北京市などは汚染物質が滞留しやすい気象条件となりやすく、自動車の排気ガス、集中暖房における石炭使用、発電所・工場排煙等によるPM2.5に関連する大気汚染物質の発生量が高度経済成長に伴い増加していることが挙げられている。

しかしながら、中国だけが粒子状物質の汚染がひどいわけではない。2005年に公表された少し古いデータとなるが、図4は、WHOが発表した、世界の粒子状物質(PM2.5を含むPM10)の濃度である。これを見ると、大気環境基準が策定され、対策が進んでいる欧州、北アメリカ地域では濃度が低くなっているが、経済発展が著しい東アジア(カラチ、ニューデリー等)、北アフリカ(カイロ等)、ラテンアメリカ(リマ、アレキパ等)の地域は汚染がひどいことが分かる。約10年前のデータであるが、北京より汚染が進んでいる都市も少なくはない。これは、日本も経験したように高度経済発展する一方、環境対策が置き去りにされていると見ても良いだろう。粒子状物質の汚染を引き起こす要因の一つである中国における石炭の消費量は、図5で示すとおりここ10年で2.3倍に増加しており、今後も増加すると予想されている。日本は東アジアで最も空気がきれいな地域であるが、中国における石炭消費量増加によって発生する汚染物質の一部は、越境移流で日本にも飛来し、九州地域、離島や高山地域のPM2.5濃度を高める要因となるだろう。


 

4.日本のPM2.5をめぐる動向


今までの国内における基準設定までの動きと日本企業による動向を中心に考えてみたい。

(1)これまでの例
日本の環境省においては、一般大気環境中のPM2.5のばく露と健康影響との関連を明らかにするため、1999年度からPM2.5の調査が継続的に行われた。2006年以降、WHOによるPM2.5ガイドライン制定、東京大気汚染訴訟の和解、環境省の科学的知見の調査報告取りまとめなどが行われ、環境基準設定へと大きく動いた。2008年12月9日、環境大臣から中央環境審議会にPM2.5に係る環境基準の設定について諮問がなされ、2009年9月4日の答申を踏まえ、2009年9月9日に環境基準が告示された。一昔前からPM2.5の健康影響が言われてきたが、実は、環境基準が定まって数年しか経過していないのである。基準が設定されたことから、2010年からPM2.5の全国的な監視測定体制の整備がされ、ようやく環境基準の達成状況が分かるようになってきたのが現実である。なお、2010年度におけるPM2.5の環境基準達成率は、一般環境大気測定局(※3)で32.4%、自動車排ガス測定局(※4)で8.3%にとどまっており、日本で最も対策しなくてはならない大気汚染物質の代表とも言える。そこに、中国からPM2.5の高濃度の気塊が流入し、今年に入り熊本県荒尾市で一時的に110μg/m3を超える濃度が観測されるなど、国民の関心を集めるところとなった。

(2)PM2.5の健康リスク
日本では、環境基準の達成に向けて国、地方自治団体で取組みが開始されており、モニタリング体制の整備もその一つである。しかしながら、越境汚染については欧米と異なりアジア地域では対策を講じる手段が少なく、その汚染に対しては受動的ばく露になりやすい。そこで、まずはPM2.5の健康影響を把握し、リスクの知識を得ることが重要である。PM2.5の健康影響は、これまでに蓄積された多くの疫学知見に基づき様々な疾患との関連性が調査されている。

環境基準は、国内外の知見に基づき健康影響が観察される濃度水準とその不確実性を総合的に考慮して設定されている。上述したとおり、環境基準の未達成地域が多いことが明らかになる中、中国における深刻なPM2.5の大気汚染により日本でも一時的にPM2.5濃度の上昇が観測されたことなどを受けて、PM2.5濃度が上昇した場合の注意喚起の指針化等について検討を行うため、環境省に「微小粒子状物質(PM2.5)に関する専門家会合」が設置された。3回にわたる専門家会合を経て、当面のPM2.5の大気汚染の対応について取りまとめられ、「注意喚起のための暫定的な指針」が1日平均値で70μg/m3と設定された(※5)。この指針値は米国における大気質指標(Air Quality Index ; AQI)においてすべての人に対してある程度の健康影響を与える可能性があるPM2.5の濃度として、65.5μg/m3以上が定められていることなどが総合的に勘案されている。なお、指針値を超えたからと言って、すべての人にすぐに健康影響が出るわけではないが、これまでの基準や指針をめぐる動向等を考えると高濃度になる地域ではなるべく健康管理を行うことが望ましいと言える。特に、東アジアの汚染のある地域に赴任、出張する方は、正しい知識を持って対応することが必要だろう。

(3)日本の対策と企業における対応
前掲した図4によれば、東京はPM濃度が低いとされているが、それでも常時監視結果によれば、有効測定局が存在しない自治体があるなど測定局数が不十分であり全国的な評価が困難で、環境基準を上回っている地域が関東、西日本及び九州の地域に多く存在すると推測される(※6)。PM2.5を構成している2次生成粒子は、複雑なメカニズムにより生成されることから、今後、常時監視の結果を踏まえつつ、PM2.5及びその原因物質の排出インベントリの作成やシミュレーションモデルの構築に係る取組みを強化し、合理的かつ費用対効果の高いPM2.5の対策の検討・実施につなげていくことを計画している。

最近の動きでは、PM2.5の大気汚染の対応の一つとして今年2月8日に環境省に「PM2.5に関する自治体連絡会」が設置され、観測データの共有や情報提供について関係自治体との連携を強化し、住民への情報提供、高濃度時の対応などが取り組まれている。

また、アジア諸国と連携し越境移流による汚染実態の把握、日本の環境技術を活かし中国等に対する技術や研究での協力を推進しようとしている。日本は、川崎、四日市の公害のようにかつて現在の中国のような大気環境であった。それによる健康被害がかなり発生した時期もあった。しかし、経済と環境技術の開発や環境対策を両立することにより、きれいな大気を取り戻そうとしている。さらに、これまでの経験や技術と新たな科学的知見を融合することにより、このPM2.5の問題に立ち向かうことが出来ると思われる。

※3 大気汚染防止法第22条に基づいて、環境大気の汚染状況を常時監視(24時間測定)する測定局
※4 大気汚染防止法第20条及び第22条に基づいて、自動車排出ガスによる環境大気の汚染状況を常時監視する測定局
※5 環境省「微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報」:http://www.env.go.jp/air/osen/pm/info.html
※6 中央環境審議会大気環境部会(第33回)資料10-4:http://www.env.go.jp/council/07air/y070-33.html

 

5.対策先進国である米国の対応状況


米国では、2006年に改正されたPM2.5の環境基準を達成するための具体的な計画を州ごとに策定している最中である。このような状況でも、米国環境保護庁(EPA)は、PM2.5の短期ばく露と長期ばく露に対する公衆の健康を保護するために、現行基準は十分でないと評価している。健康影響及びリスクに関する科学的な評価に基づき、EPAは基準のレベルについて年平均値を11~12μg/m3にすることを強く推奨している。この2月に環境基準等の規制による様々な影響を分析するRegulatory Impact Analysisの最終版(※7)が公表されており、それらを判断材料とし、EPA長官が基準の改定に向けた最終判断をする段階に来ている。米国では、公衆の健康や環境影響に関する新しい科学知見を絶えず蓄積し、リスクがある場合は適切に、かつ合理的に軽減する措置を講じるよう努めている。東アジアの状況を考えると、このような米国の動きを見習い、日本でもPM2.5のリスクについて正しい理解を持ち、リスク削減につなげることが求められるとともに、東アジア諸国にも日本が率先して広め、普及させることにより東アジア全域で大気汚染リスクの削減措置を行っていくことが必要ではなかろうか。

※7  Regulatory Impact Analysis for the Final Revisions to the National Ambient Air Quality Standards for Particulate Matter,EPA-452/R-12-005,2013.

 

6.最後に


東アジアにおけるPM2.5の大気汚染の対策は、後世にきれいな大気を残すためのチャレンジでもあると言える。特に中国の大気汚染は、経済・社会の発展と密接に関係しており、それがグローバルに影響し合っていることから、この問題は国内だけでなく、世界中の国、企業や人々とともに取り組むべきである。最近の報道では、中国は環境保護関連に多くの予算を投じようとしており、全国人民代表大会でも環境が重要課題になり、日本の環境技術・リスクマネジメントに大いに興味を抱いている。このことから、今後東アジアに対して日本の政府や企業の役割がますます重要であり、期待されていると言える。

[2013 年 4月 8日発行]

 

 【筆者】
小松 英司(こまつ えいじ)
技術士(環境部門)、博士(理学)。これまで、公的研究機関、大学、民間環境コンサルタントの研 究員を歴任し、現在環境分野の民間の学術機関・コンサルティング会社(株式会社環境創生科学研究所)を設立する。主に大気・水環境の保全計画が専門、PM2.5は環境基準の設定から携わっており、 現在大学等でも研究を行っている。

 

【本レポートに関するお問い合わせ】
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 
製品安全・環境事業部 CSR・環境グループ
TEL 03-5288-6582

 

転載元:東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 リスクマネジメント最前線2013 No.16
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社