リスクマネジメント最前線より

 

原子力災害に備える~社員の安全対策を踏まえたBCP~

 

東日本大震災以降、多くの企業で大規模地震を想定した事業継続計画(BCP)等の策定や改定が行われており、地震に対する備えのレベルは着実に向上しているものと思われる。

他方、東日本大震災においては、地震・津波の影響により東京電力福島第一原子力発電所(以下、「福島第一原発」)の事故が発生し、未だに終息しない状況にある。このような事態を受けて、国では、原子力防災に関する抜本的な見直しが進められている。現在、原子力災害対策特別措置法、防災基本計画(原子力災害対策編)の改訂に続き、原子力災害対策指針も逐次、改訂されているところである。また、原子力災害対策指針の改定による「原子力災害対策重点区域」の拡大を受け、地方公共団体においては、「地域防災計画(原子力災害対策編)」の改訂等が行われているところであるが、企業においては原子力災害を想定したBCPの策定にまでは至っていないのが現状である。

そこで、本稿では、今回の原子力災害対策指針の「緊急事態における防護措置実施の基本的な考え方」における避難等の要点を整理し、企業が社員の安全対策を踏まえたBCP(原子力災害対策編)の策定の際に考えておくべきポイントを示したい。

 

1.「原子力災害対策指針」改訂の要点


東日本大震災における福島第一原発の事故を受けて、原子力規制委員会は、「原子力施設等の防災対策について」(以下、「旧指針」)を「原子力災害対策指針」(以下、「新指針」)に改めるべく逐次、改訂を行なっている。今回の改訂(2月27日)のポイントは、「緊急事態における防護措置実施の基本的な考え方」における避難等の要点が整理されたことである。端的に言えば、①原子力災害対策重点区域(避難の対象区域)が10km圏内から30km圏内に大幅に拡大された1ことと、②事態の変化に応じた具体的な被ばく防護対策が明記された点が特徴と言える。

このうち、避難対象区域の拡大に関しては、放射性物質の放出前後で避難等に係る防護措置の区分が示された。

まず、放射性物質の放出前においては、旧指針の「防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲(EPZ:Emergency Planning Zone)」が、新指針では「原子力災害対策重点区域」として、「予防的防護措置を準備する区域(PAZ:Precautionary Action Zone)、」「緊急時防護措置を準備する区域(UPZ:Urgent Protectiveaction Planning Zone)」及び「プルーム(※2)通過時の被ばくを避けるための防護措置を実施する区域(PPA:Plume Protection Planning Zone)(※3)の3区分にされた。さらに、緊急事態の初期対応」段階の「警戒事態」「施設敷地緊急事態」及び「全面緊急事態」の3事態区分との関係で、避難等の区分が明示された。

放射性物質の放出後については、空間放射線量率の計測結果に応じて、避難や一時移転が示されている。次の図と表で、これらの概念を示す(※4)。

また、事態に応じた被ばく防護対策に関しては、防護対策の避難等の区分が、旧指針の「屋内退避」、「コンクリート屋内退避」及び「避難」から、新指針では、「避難」「一時移転」及び「屋内退避」に、変更された。

※1 具体的な区域は、地方自治体が示す「地域防災計画(原子力災害対策編)」によることとなる。
※2 放射性物質を含んだプルーム(気体状又は粒子状の物質を含んだ空気の一団)
※3 PPAについての対応は、今後の改訂を待つこととなる。
※4 概念図であり、詳細は新指針を確認する必要がある。

 

2.原子力災害について


原子力災害対策特別措置法によれば、「原子力災害」とは「原子力緊急事態により国民の生命、身体「原子力緊急事態」を「原子力事業者の原子炉の運転等により放又は財産に生ずる被害」と定義(※5)され、射性物質又は放射線が異常な水準で当該原子力事業所外へ放出された事態」としている。原子力災害を考える難しさは、この「放射性物質又は放射線の放出」という特有の事象にある。過去、原子力災害に対する取組みがなかなか進まなかったのは、福島第一原発の事故があるまでのいわゆる「原子力安全神話」の存在と、災害そのものに馴染みがなく不慣れなものとして、企業として何から取組めばよいか解らなかったこと等が挙げられる。

しかしながら、原子力災害対策には、災害に備えた事前対策、対策本部の設置、情報発信の重要性、避難活動など、大規模地震等の自然災害を想定した防災対策との共通点又は類似点もある。そのため、原子力災害対策に取組むにあたっては、我々とって身近な自然災害との共通点と差異点をよく理解しつつ、効率的かつ実践的な対策を考えていくのが適当である。そこで、本章では原子力災害と自然災害との違いを整理した上で、原子力防災の取組みを考える。

(1)原子力災害の特殊性
自然災害との比較における原子力災害の特殊性は、主に次の点にある。

※5 原子力災害対策特別措置法第2条第1項及び第2項
※6 但し、放射線測定器を使用すれば、放射性物質や放射線の検出は可能である。

(2)原子力防災の取組み
ここでは、前項で掲げた原子力災害の特殊性から、原子力防災においてどのような取組みが必要かを考える。

a. 避難等の方法
原子力災害においては、放射線等が目に見えず、被害の程度が直接判断できないことから、自主的避難は困難であり、各地方公共団体から出される避難等の指示に従うこととなる。この避難の時期に関しては、自然災害では直ちに避難することが原則であるが、原子力災害では放射性物質放出前の避難だけでなく、放射性物質の放出後、暫く経過してからの避難もありうる。実際の避難では、避難あるいは屋内退避の指示等を確認し、被ばく防護対策を講じた上で、指定場所に集合しバス等の車両による避難を行うこととなる。したがって住民は、放射性物質の放出後の指定避難場所への移動等に係る基本的な留意事項、特に、風向きを考慮した被ばく量の低減策や安全な移動経路の選定等については少なくとも理解しておく必要がある。また、行政においては、避難場所への移動について、複合災害を考慮した代替可能な複数の経路やその経路における危険箇所等を把握しておく必要がある。なお、自家用車による避難については、渋滞を起こすため避けるべきとの意見がある一方で、被ばくを避ける安全な避難には欠かせない等の意見もあり、今後、行政から出される方針を待つ必要がある。

b. 教育・訓練
原子力災害に対する知識不足による不安感等を除き、正しい行動が取れるようにするためにも、次のような項目を含んだ教育を施し、原子力防災に関する知識の普及に努める必要がある。

原子力災害への対応に不慣れなことに対しては、地方公共団体が行う避難訓練等によってその手順を確認した上で、避難経路に従って避難先(集合場所)まで実際に移動することを体験することで、災害発生時に戸惑わないようにしておくことが重要である。また、体験後、その避難経路の妥当性に関する検証や、異なった経路の検討を積み重ねることにより、最適な避難経路を確認しておく必要がある。

c. 企業におけるBCPの作成
原子力災害が長期に及ぶ場合に、企業では事業をどのように継続するのかを検討しておくことが重要となる。例えば、拠点そのものが被災し従業員が参集できない場合や、拠点は被災していないが従業員が参集できない場合等の対応策等である。この点については、次章で詳しく述べることとする。

 

3.企業におけるBCP(原子力防災編)策定のポイント


原子力災害の影響を考える企業にとって、原子力施設との距離は、事業継続を考える上で重要なファクターとなる。原子力災害の対策としては、地震等の自然災害対策と同様に、代替策、冗長策(二重化、バックアップ化)、分散化、相互支援協定等の締結、各種物資の備蓄が考えられる。これらに加えて、原子力災害対策では、原子力災害特有の対策についても検討しておかなければならない難しさがある。

原子力事故発生時の企業の初動対応は、原子力災害の特殊性等から考えると、拠点の所在する地域の地方公共団体による避難等の指示に従うことになる。したがって、企業では、従業員の安全確保を図るために、地域防災計画に示される避難場所や、ハザードマップから導き出した最適な避難経路を選定して、従業員が迅速に避難できるように「避難計画」を策定しておく必要がある。

また原子力災害は、場合によっては収束までに長期間を要する場合もあることを想定しておく必要がある。避難等の指示が解除されるまでの間、どのように従業員を留め置くのか、食料等の防災用備蓄品や施設の使用を含めた具体策など、安全確保上必要な措置として考慮すべき事項を検討しておく必要がある。

以下では、福島第一原発事故の教訓を踏まえて、一般的な企業を対象とした原子力災害に対応したBCP作成のポイントについて整理することとする。

(1)原子力施設に比較的近い地域に所在する企業(概ねUPZ圏内を目安)
企業の拠点が原子力施設の近傍にある場合には、その距離を参考に、拠点そのものに立入りができず企業活動ができないケース、早期に企業活動が可能なケース等、様々な態様を考えて重要事業を継続する為に次のような対策を考えておく必要がある。

a. 従業員が安心して働ける環境整備
原子力災害が発生しても、従業員が施設内で安心して働けるようにするため、従業員に対する原子力災害に対する正しい知識の普及とともに、従業員の健康に配慮した環境作りが必要であり、事前・事後対策により、次の事項を実施・徹底することが重要である

b. 代替策等を考える
原子力施設の近傍に拠点が企業は、遠隔地の代替拠点の検討と資機材等の移動計画について考えておく必要があり、選定した重要業務をどのように遂行していくのか等を含めて方策を考えておくことが重要である。また、放射性物質の放出が長期間に及ぶ可能性がある場合を考慮し、二次避難が必要とならないように、情報をよく確認し、より安全な避難先を選定し、資機材等の移動計画を作成しておくことも必要である。

c. 製品の安全性を確認する態勢の整備
福島第一原発事故では多くの風評被害が発生したが、安全性を要求される生産品については、安全性を早期に確認し、風評被害が発生する前に確実な測定結果に基づいた安全宣言等を発出する等の対策を講じる必要がある。

(2)原子力施設から離れた地域に所在し、直接的な原子力災害の影響を受けない企業
企業の拠点が原子力施設から離れている場合でも、事業を継続する為にはサプライチェーンの観点から対策を検討しておくことが望ましい。既に一部の企業では、次のような事前・事後対策を進めている企業も出てきている。

a. 取引先(特注製品等調達先企業等)が原子力施設近傍に所在する企業
限定された重要な特注製品等の調達先企業が原子力施設近傍に所在する場合は、次のような対策を検討しておく必要がある。

b. 調達商品等の輸送経路等が原子力施設近傍にある企業
原子力災害が発生した場合には、輸送に係る道路や線路の閉鎖や通行制限がなされることが予想されるため、地震等の複合災害も考慮した上での輸送力の確保を図る必要がある。

 

4.最後に


原子力災害は、一度発生すれば社会的影響が非常に大きな事態となる。福島第一原発の事故は、我々の社会に甚大な影響を及ぼし続けている。この事故の経験を風化させることなく、教訓を活かしながら企業として存続するためには、不十分な想定や対策の不備といった現状の課題を直視し、出来ることから準備して継続的に取組みを進めていく必要がある。短期間に万全な対策を実施することは困難であろうが、まずは、その第一歩として原子力災害に対応したBCPを策定することが期待される。

               〔2013年4月22日発行〕

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東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 
ビジネスリスク事業部 ビジネスリスク第一グループ
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転載元:東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 リスクマネジメント最前線2013 No.20
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社