RMFOCUS Vol.46より

*本記事は、2013年6月7日現在の情報に基づいて執筆したものです。

株式会社インターリスク総研 取締役 本田茂樹

 

1.はじめに


急激な少子高齢化の進行で、日本は世界に先駆けて超高齢社会を迎えつつあるとともに、国民のライフスタイルの変化により、その疾病構造が結核などの感染症から、糖尿病をはじめとする生活習慣病やがんに大きく変化している。実際、感染症については第二次世界大戦後、衛生環境の改善やワクチン・抗菌薬の開発によりその流行は大きく減少している。

しかし、その後2002年に発生したSARSや2009年から2010年に流行した豚由来の新型インフルエンザなど新たな感染症が現れ、我々の健康や社会・経済を脅かす事態も発生した。さらに今年、世界保健機関(WHO)は5月に開催された総会において、次の二つのウイルス、中国における鳥インフルエンザ(H7N9)そして新種のコロナ、ウイルス感染症である中東呼吸器症候群(MERS)世界的な大流行が、(パンデミック)を引き起こす可能性もあり得るとの警鐘を鳴らしている。

(1)鳥インフルエンザ(H7N9)
2013年3月31日に、中国政府が3人の患者発生を発表して以降、多くの発症事例が続いた。5月29日現在、132人の感染者と37人の死亡者が報告されており、現時点での致死率は約30%と高い。

今回の流行で最初の感染者が確認された上海市では、感染拡大を阻止するため4月2日に市内全域に警戒態勢を発動したが、新たな患者が20日間確認されず感染者が急増する可能性が低くなったとして、5月10日にその態勢を解除している。

中国における鳥インフルエンザ(H7N9)の流行は、落ち着きを見せているが、ウイルスが人への適応性を高めており、パンデミックを引き起こす可能性も懸念されており、日本政府は5月6日、鳥インフルエンザ(H7N9)を感染症法に基づく「指定感染症」に指定した。指定感染症となったことで、患者を指定の医療機関に入院させる隔離措置や、就業の制限が可能となった。

(2)中東呼吸器症候群(MERS)
新種のコロナウイルスによる感染症である「中東呼吸器症候群(MERS)」の感染例は2012年9月以降、中東および欧州で確認されているが、2013年5月29日現在、49人の感染者(うちサウジアラビアが37人)と27人の死者が報告されており、現時点での致死率は約60%と非常に高い。

2002年に発生したSARSもコロナウイルスの一種であり、中東呼吸器症候群とは、遠い親戚の関係にある。WHOの発表によると中東呼吸器症候群は、「感染者との濃厚な接触がある場合、人から人へ感染する可能性がある」という状況であるが、2002年のSARSの場合に、世界で8,000人以上が感染し、800人近くの死亡者が発生したことを考えると、今後も動向について注視する必要がある。

日本では、病原性の高い新型インフルエンザや同様の危険性がある新感染症が発生した場合に備え、2012年5月11日に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」)が制定され、2013年4月13日に施行されている。特措法は、公布の日から1年を超えない範囲内に施行とされていたが、中国での鳥インフルエンザ(H7N9)の感染拡大の状況を踏まえ、前倒しで施行されたものである。

本稿では、施行された特措法、そして特措法に基づき2013年6月7日に改定された「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(以下「行動計画」)、および今後改定される「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(以下「ガイドライン」)のポイントを述べるともに、企業として押さえておくべきことを概説する。

 

2.「特措法」


(1)「特措法」制定の背景
①高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)の流行

新型インフルエンザは、これまで人間の間で流行を起こしたことのないインフルエンザウイルスが、トリやブタの世界から人の世界に入り新たに人から人に感染するようになったものである。ほとんどの人が新型ウイルスに対する免疫を確保していないため、世界的な大流行となり、大きな健康被害とそれに伴う社会的影響が発生すると考えられる。

特に2003年以降、東南アジアなどを中心に、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)が家禽類の間で流行し、このウイルスが人に感染し、死亡する例が多数報告されており(2013年4月26日付のWHO発表によると、これまで628人が感染し374人が死亡)このような高病原性、鳥インフルエンザ(H5N1)のウイルスが、たやすく人から人に感染する能力を獲得し、病原性の高い新型インフルエンザが発生することが懸念されていた。

②これまでの取り組み経緯
我が国では、特措法の制定以前から、高病原性鳥インフルエンザ由来の新型インフルエンザの流行に備え、2005年12月に行動計画を策定し、その後、科学的知見の蓄積を踏まえ数次にわたる改定を行ってきた。

2009年に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)の流行では、病原性の高い新型インフルエンザを想定した行動計画を、病原性の低い新型インフルエンザへの対策として実践したため混乱が発生し、また一時的に医療資源や物資の不足がみられるなど、実際の運用において課題や教訓が明らかとなった。これらを踏まえ2011年9月20日に行動計画が改定され、それが現在まで適用されている。

一方で、新型インフルエンザの流行、まん延に備えることの重要性は変わらないことから、行動計画の実効性をさらに高め、各種対策の法的根拠を明確にするための法的整備が求められることとなり、特措法が2012年5月11日に公布されるに至った。

(2)「特措法」の概要
特措法は、新型インフルエンザ等発生時に、その脅威から国民の生命と健康を守り、国民の生活や経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的としている。

①国、地方公共団体等の体制整備
特措法では、新型インフルエンザ等の流行に際し、国全体として万全の体制で臨めるよう、国、地方公共団体等は次の体制整備を行うこととしている。

1)「行動計画」等の作成
国は行動計画を作成するとともに物資・資材の備蓄や訓練を行うこと、また国民への知識の普及を求められている。あわせて指定公共機関(※1)も、行動計画、都道府県行動計画に基づき、業務計画を作成することとなっている。
2)権利の制限
新型インフルエンザ等対策を実施する場合に、国民の自由と権利に制限が加えられることもあり得るが、その制限は必要最小限であるべきと定めている。
3)国、都道府県および市町村の対策本部設置
新型インフルエンザ等の発生時には、国および都道府県が対策本部を設置し、後述する新型インフルエンザ等緊急事態宣言が出されたときは、市町村が対策本部を設置する。
4)発生時における特定接種の実施
新型インフルエンザ等の流行時においても、医療の提供、国民生活・国民経済の安定を確保するため、発生時に登録事業者(※2)に特定接種(プレパンデミックワクチン、またはパンデミックワクチンの接種)を行うこととしている。
5)海外発生時の水際対策の的確な実施
海外発生期において、検疫の強化、定期便の運行自粛要請など水際対策を強化・徹底する。

 

②「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」(以下、「緊急事態宣言」)
新型インフルエンザ等(国民の生命・健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものに限る)が国内で発生し、全国的かつ急速なまん延により、国民生活および国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあると認められるときに、緊急事態宣言が出されることになる。

緊急事態宣言の期間は、2年を超えてはならず、期間の延長が必要であると認められた場合は、1年を超えない期間で延長ができることとなっている。また、緊急事態宣言のもとでは、まん延の防止、医療等の提供体制確保、国民生活・国民経済の安定等の観点から、次のような措置が講じられることとなっている。

1)外出自粛要請、興行場使用、催物開催等の制限等の要請・指示(潜伏期間、治癒するまでの期間等を考慮)
感染防止のため、住民に対し、みだりに居宅から外出しないこと等を要請し、また学校、社会福祉施設、興行場その他の多くの人が利用する施設の管理者に対し、施設の使用、または催物の開催の制限もしくは停止等を要請することができる。
2)住民に対する予防接種の実施
緊急事態宣言のもとで、政府対策本部が、新型インフルエンザ等が国民の生命および健康に著しく被害を与え、国民生活および国民経済の安定が損なわれることがないようにするため緊急の必要があると認めるときは、予防接種の対象者および期間を決定し、市町村により住民に対する予防接種が実施される。
3)医療提供体制の確保
病院その他の医療機関または医薬品等製造販売業者などは、医療または医薬品もしくは医療機器の製造・販売を確保するために必要な措置を講じなければならない。
4)運送、通信および郵便等の確保
運送事業者、電気通信事業者ならびに郵便事業を営む事業者等は、旅客および貨物の適切な運送の実施、通信ならびに郵便等の確保に必要な措置を講じなければならない。
5)政令で定める特定物資の売り渡しの要請・収用
緊急事態措置を実施するために必要な物資(医薬品、食品その他の政令で定めるもの)について、その所有者に対し売り渡しを要請し、所有者が正当な理由なく応じない場合は収容することができる。

 

3.「行動計画」および「ガイドライン」


国は、特措法第6条に基づき行動計画を策定し、またその行動計画を踏まえ、各分野における対策の具体的内容・実施方法などを示すガイドラインを策定することになっている。2013年6月7日段階で、ガイドラインは改定案が提示された状態であるが、今年7月にかけて改定内容が確定する見込みである(図1)。

ここでは、現在発表されている内容に基づき、どのようなことが企業に求められるかを考える。

(1)「行動計画」のポイント
①「行動計画」における総合的対策
行動計画の目的は、それに基づき、国、地方公共団体、事業者等が連携・協力し、発生段階に応じた総合的な対策を推進することにある。具体的には次のことが考えられる。ㅡ新型インフルエンザ等対策の実施に関する基本的な方針や国が実施する措置等を示すㅡ都道府県が都道府県行動計画を、指定公共機関が業務計画を策定する基準となるべき事項を定めるㅡ病原性の高い新型インフルエンザ等への対応を念頭に置きつつ、発生した感染症の特性を踏まえ、病原性が低い場合等様々な状況に対応できるよう、対策の選択肢を示す

②「行動計画」のポイント
改定される行動計画は、特措法に基づく初の行動計画となり、特措法で新たに盛り込まれた各種措置の運用等を記載しているが、従来の行動計画(2011年9月改定版)との比較で注目すべき点を次に示す。

1)新型インフルエンザ等に対する体制
●指定(地方)公共機関の役割等を新たに規定(新型インフルエンザ等対策を実施する、業務計画を策定する、電気・ガス等を安定的かつ適切に供給する等)
●緊急事態宣言の運用を新たに規定(国内発生早期に緊急事態宣言が出されるまでの手続き等を規定)
2)感染拡大防止
●不要不急の外出自粛等の要請等について規定
●施設の使用制限の要請等について規定
3)予防接種
●特定接種の対象となり得る業種等を新たに明示
●住民接種の接種順位の基本的考え方を規定(ⅰ.妊婦や基礎疾患を持った人、ⅱ.小児、ⅲ.成人・若年者、ⅳ.高齢者の4つのグループに分け、ウイルスの特性など状況に応じて優先順位を決める)
4)新感染症
●行動計画の対象を新感染症にも拡大未知の感染症である新感染症の中で、その感染力の強さから新型インフルエンザと同様に、社会的影響が大きなものが発生した場合は、新型インフルエンザと同じく、国家の危機管理として対応する必要があることから行動計画の対象となっている。

行動計画の対象疾患は表1の通りとなる。

③発生段階ごとの対策
企業が自社の感染症対策、あるいはBCP(事業継続計画)を策定するにあたっては、行動計画で定められた、国・地方公共団体、指定公共機関等の動きを踏まえておく必要がある。

特に、現行の行動計画(2011年9月改定版)にはなかった緊急事態宣言が発動した場合、各発生段階でどのような措置がとられるか理解しておくとよい(図2)。

(2)「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(以下「事業者ガイドライン」のポイント)
発表されたガイドラインは、「サーベイランスに関するガイドライン」をはじめ、全部で10のガイドラインで構成されているが、ここでは企業の感染症対策、BCP策定に関係が深い事業者ガイドラインについて述べる。

①事業者ガイドラインの目的
新型インフルエンザ等の流行時、従業員等に感染者が発生し大多数の企業が影響を受けることが予測されるため、事業者ガイドラインは、企業が感染防止策と重要業務の継続を検討するにあたり必要な内容を示している。

②事業者ガイドラインのポイント
現行の事業者ガイドライン(2009年2月策定)との比較において、次の点を押さえておきたい。

1)被害想定は変わらない
国民の25%が、流行期間(約8週間)の中でピークを作りながら順次罹患する、また重度の致命率(2.0%)の場合の入院患者の上限は約200万人、死亡者数の上限は約64万人という被害想定は変わっていない。

ピーク時に従業員が発症して欠勤する場合は、多く見積もって5%程度としているが、従業員自身の罹患のほか、むしろ家族の世話や看護で出勤困難となる場合、あるいは罹患を恐れて出勤しない場合などを考慮し、ピーク時には従業員の最大40%程度が欠勤すると想定している。
2)企業の事業継続を強く求めている
特措法のもとでは、指定公共機関は業務計画を作成する責務があり、登録事業者も発生時の事業継続を確実にするためBCPを策定し、その一部を登録時に提出することが求められている。ガイドラインでは、一般の企業も新型インフルエンザ等発生時に、感染防止策を実施しながら事業を継続することを求められている。
3)感染防止策についても基本線は変わらない
飛沫感染、接触感染を防止するため、従業員に対して、次の点につき注意喚起することとしている。

●38度以上の発熱、全身倦怠感等の咳、症状があれば出社しないこと
●マスク着用・咳エチケット・手洗い・うがい等の基本的な感染対策等を行うこと
●外出する場合は公共交通機関のラッシュの時間帯を避けるなど、人混みに近づかないこと
●症状のある人(咳やくしゃみなど)には極力近づかないこと。接触した場合、手洗いなどを行うことㅡㅡ手で顔を触らないこと(接触感染を避けるため)

4)海外勤務・海外出張については、定期航空便等の運行停止の可能性を踏まえる
海外勤務・海外出張する従業員等および家族については、次の点を押さえることとしている。
●発生国への海外出張については、やむを得ない場合を除き、中止する
●感染が世界的に拡大するにつれ、定期航空便等の運行停止により帰国が困難となる可能性があること、感染しても現地で十分な医療を受けられなくなる可能性があることにかんがみ、発生国以外の海外出張も原則中止・延期することも含めて検討する
●海外勤務者・海外出張者がいる企業は、情報収集に努め、これら従業員の人員計画(現地勤務を継続させるか、いつどのように帰国させるか)を事前に決めておく
●即座に全員を帰国させる航空機を確保することが難しいことも想定されるため、安全にとどまるための方法についても検討しておく(海外発生期において、新型インフルエンザ等の国内への侵入を防止するため、発生地域から来航または発航する航空機・旅客船の運航制限の要請が行われることがある)

4.企業として考えておくべきこと


特措法、行動計画、そしてガイドラインは、新型インフルエンザ等の感染拡大を可能な限り抑制し、国民の生命および健康を保護するとともに、国民生活および国民経済に及ぼす影響が最小になることを目指して作られたものである。しかしその一方で企業として、今後起こり得る新型インフルエンザ、そして新たな感染症の流行に備えて、考えておくべきことは従来と大きく変わらない。

(1)自社の感染防止策とBCPを、もう一度見直す
新たに施行された特措法には、緊急事態宣言を含め、企業が新型インフルエンザ等対策を進めるにあたり、十分に理解しておくべき項目が含まれている。また行動計画や改定されるガイドラインについても同様である。これを機会に自社の感染防止策とBCPについて、もう一度見直し、その内容を向上させることが求められる。

(2)最悪のシナリオも想定する
2009年に流行した「インフルエンザ(H1N1)2009」の病原性は季節性インフルエンザ並であったが、今後、致死率が高い鳥由来型の新型インフルエンザが発生する可能性がなくなったわけではない。企業が、病原性の低い新型インフルエンザ対策だけを前提としていたのでは、足をすくわれる可能性がある。

想定される被害については、まず最悪のシナリオ、つまり懸念されている病原性の高い新型インフルエンザも想定して、対策やマニュアルを策定する必要がある。その上で、実際の流行においてはその状況に応じて柔軟に、そして適切に運用することが望ましい。

(3)リスクコミュニケーションを十分に行う
2009年の流行で、企業や社員の新型インフルエンザに対する認知度はあがったものの、4年が経過した現在、正しい情報や危機感が維持されているかどうかは疑問である。むしろ、「再び新型インフルエンザが流行しても被害は大きくない」という油断や、手洗い・咳エチケットなどが実践されていないという状況が起こっているのではないだろうか。

また特措法において、登録事業者は、あらかじめ特定接種対象者数を検討し登録することになっているが、その際、ワクチンについては副反応のおそれがあること、効果が未確定であるため接種後にも感染防止策を講じなくてはならないこと、また発生状況に応じて特定接種が行われない場合があることなど、事前に従業員に説明し同意を得ておくことも必要となる。企業は従業員に対して、これら国の新型インフルエンザ等対策の内容を含め、様々な情報提供を行うとともに、自社の感染防止策やBCPについて、あらためて理解を求めることも必要であろう。

 

■参考文献・資料等
1)世界保健機関(WHO)H.P.
2)厚生労働省H.P.
3)内閣官房H.P.
4)「新型インフルエンザ対策行動計画」(平成23年9月20日)
5)「新型インフルエンザ対策ガイドライン」(平成21年2月17日)
6)「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(平成24年5月11日公布)
7)「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(平成25年6月7日)
8)「新型インフルエンザ等対策ガイドライン(案)」(新型インフルエンザ等有識者会議(第9回)配布資料)

※注)
1)指定公共機関
独立行政法人等の公共的機関および医療、医薬品または医療機器の製造または販売、電気またはガスの供給、輸送、通信その他の公益的事業を営む法人で、政令で定めるもの
2)登録事業者
医療提供業務または国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を行う事業者であって、厚生労働大臣の定めるところにより厚生労働大臣の登録を受けているもの。

 

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転載元:株式会社インターリスク総研 RMFOCUS Vol.46

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