日本安全保障・危機管理学会主任研究員
オオコシセキュリティコンサルタンツアドバイザー   和田 大樹

 

今日の国際政治経済は、米国のイラクやアフガンからの軍事撤退、スペインやイタリア、ギリシャなどで深刻化する欧州の金融危機、中国やインド、ブラジルなどを中心とする新興国の台頭などが顕著になり、冷戦終結による米国一極構造の国際体制から大きな変化を遂げようとしている。そのような流れに対し、米国の国際政治学者イアン・ブレマーは自身の著書“Gゼロ後の世界~主導国なき時代の勝者はだれか~”の中で、「今日我々はグローバルなリーダーシップを発揮できる国家が存在しないGゼロの世界に突入しており、その後の国際社会に表れる政治秩序としては、米中の対立的な関係(これは米ソ冷戦時のようなゼロサム関係ではなく、また互いにそのようにできる財政的余裕もない)に加え、地域レベルでの大国が各地に出現する地域分裂的な国際構造が最も考えられるシナリオだ」と指摘する。

このイアン・ブレマーの説に従って日本の国益を考えるのであれば、今後日本は政治経済的にもいくつかの厳しい局面を迎えることが予想される。

第1に米国の衰退だ。今日の経済発展を遂げた豊かな日本がある背景には、米国の財政的支援に基づく日本の戦後復興があり、さらに米国による核の傘の下に位置する日本は、依然として極東安全保障上の大きな利益を得ている。よって米国の政治経済的な衰退により、米国は内向き志向になるだけでなく、既存の軍事同盟体制においても同盟国に今以上の役割や負担を要求してくることが考えられる。 

そしてそれに直結する問題として、第二に日中の関係悪化である。イアン・ブレマーも著書の中で強調していたが、今日の日中対立は歴史認識や尖閣問題など二国間の枠内から発生した諸問題が主な原因となっているが、米国の衰退はこの二国間関係をさらに複雑化させる潜在的な危険性を内在している。より具体的には、米国の政治経済力が相対的に低下することで、太平洋への海洋進出などを試みる中国により大きな行動の自由を与え、それにより東シナ海を巡る日中対立が先鋭化し、2010年9月の中国漁船衝突事件や2012年9月の尖閣国有化に端を発した中国国内での反日暴動やデモなどに発展するおそれがある。

上記のように、戦後日本は米国の関与と支援により革命的復興を達成し今日の繁栄を築いてきたが、それは米ソ冷戦期から今日に至るまで、日本が米主導の自由主義陣営に属し、長い間米国が国際社会でリーダーシップを発揮できる大国であったことに依拠している。またソ連の共産主義陣営の崩壊は、自由や民主主義、市場経済など米国流の政治的価値観や経済システムの世界全体的な拡大をもたらし、それによりヒト、モノ、情報が国境を越えて行き交うグローバル化社会が進展した。その中で日本はバブル以降経済の停滞を経験したものの、国際的には比較的有利な政治的、経済的、そして安全保障的環境の下で今日に至っているといえる。

今日の国際社会は以前とは比較にならないスピード、量でヒト、モノ、情報が行き交い、国家間の相互依存が進んでいる。そしてアジアやアフリカ、ラテンアメリカ諸国の経済的台頭により、グローバルエコノミーを牽引するアクターが増加し、今後も投資や貿易の拡大など経済の国境を越えた動きが減速する見込みは低い。しかし実際このグローバル化社会は、米国一極主義の国際構造化で機能してきたのであり、米国の衰退に伴うGゼロ世界におけるグローバル化社会がどのような姿を見せるかは分からない。ただはっきりとしていることがある。それは日本にとっては厳しい安全保障環境が到来し、政治経済的にもより自立した日本が求められるということだ。今日日本国内では憲法改正や集団的自衛権の行使など新たな安全保障改革が本格化しようとしているが、“経済力”というものは現代国際社会において国家のパワーを測る上で最も重要なバロメーターであることから、今後日本が戦略的な経済外交と企業進出を展開していくことが重要になってくる。

イアン・ブレマー自身も、「Gゼロ世界ではグローバルなリーダーシップを発揮できる国家が存在しないことから、適応性や柔軟性、行動力があり、また1つのものに過度に依存せず、さまざまなリスクを分散できる国家(ピボット国家)というものがGゼロ世界の勝者になれるだろう」と述べていることから、例えば日本自身も石油の輸入先を中東一極から中央アジアやアフリカ、中南米へ多角化させたり、資源開発でロシアとの経済協力を強化したりするなど、今まで経済交流が手薄だったような地域・国家と新たな関係を構築し、戦略的な経済開拓政策を実施していくことが望まれる。安倍政権のメンバー達は、発足当時から経済をキーポイントに今日までロシア、サウジ、UAE、トルコ、カザフスタン、ミャンマー、メキシコ、ペルー、ブラジル、サウジアラビア、ウクライナ、ポーランドなど多くの国々を訪問し、安全保障や経済、エネルギー分野での独自の関係強化に努めているが、これは日本の長期的未来を考慮すれば非常に有効な経済戦略である。

イアン・ブレマーの論理が現実になるかは分からない。しかしその前兆は既に表面化していることから、日本企業の多角的な海外進出は一層強化されるべきであろうし、何より日本経済の発展を考えればそうせざるを得ないだろう。しかしGゼロ世界は内戦やテロの増加、資源獲得競争の激化など多くの不安定要因も内在していることから、今以上にセキュリティ面の強化が必要になってくる。進出する特定地域・国家の政治事情や治安情勢を熟知し、何か起こった場合の危機管理対策を構築しておくことは、Gゼロ世界を生き抜いていく上では回避できない。そのような意味で日本版NSC(国家安全保障会議)の運用開始や危機管理分野における官・民の協力関係を強化することは、今日の日本社会にとっての急務であろう。

 

 

報告者紹介:和田 大樹

(わだ・だいじゅ)

 

1982 年4月生まれ。専門分野は国際政治学、外交・安全保障政策、国際テロリズム論、国際危機管理論などで、現在は国際テロやG0世界論、グリーン経済と紛争リ スクの関係などを中心に研究し、外国の研究機関や学会をはじめ、専門誌や新聞、論壇誌、企業誌、警察・公安誌などに論文や解説を発表。発表論文に、 “Perspectives on the Al-Qaeda”(CTTA March.2011, ICPVTR,南洋工科大学)。今日大学で講師やフェローを務める一方、学会の主任研究員やコンサルティング会社のアドバイザーなどを兼務。所属学会に日 本国際政治学会や国際安全保障学会、日本防衛学会。

 

Email:

mrshinyuri@yahoo.co.jp