広範囲で熱中症が心配される東京2020大会。適切な応急処置が命を救う(出典:写真AC)

東京2020大会で最も懸念されるリスクの1つが熱中症だ。総務省消防庁によると、今年4月30日~9月2日までの熱中症による全国の救急搬送人数は9万2099人で、前年同期(5万1048人)を倍近く上回った。このうち、初診時における死亡者は157人。今年7月には、愛知県豊田市で小学校の校外学習に参加した1年生の男子児童が熱中症で死亡するという事故も発生した。2年後のオリンピックでは、こうした過酷な環境の中、マラソンを筆頭に数多くの競技が行われることになる。サマータイム制の導入もささやかれているが、選手だけでなく、数十万人にのぼる観客や警備員、ボランティアなど大会従事者の対策をどうしたらいいのか。

労作性と非労作性で対応は異なる


「熱中症と一言で言っても、実は労作性と非労作性(古典的熱中症)の2つに分かれる」と指摘するのは、九州大学大学院助教の永田高志氏(医学研究院先端医療医学講座 災害救急医学分野)だ。

労作性熱中症とは、暑い中、筋肉運動を行うことで引き起こされる症状。筋肉運動が大量の熱を産生し、その産熱と体から放出される熱とのバランスが崩れて起こる。普通、人間の体は、熱い中で運動をしても、一定の体温以下になるよう自動調整が効くが、この調整が効かなくなると、自ら作り出した熱によって体がダメージを受けてしまう。

一方、非労作性は、長時間、暑熱環境に暴露されることで起きるもので、高齢者や小児が陥りやすい。連日の真夏日や熱帯夜などで蓄積した疲労により徐々に悪化し、さらに高齢者の場合、心疾患、糖尿病、脳梗塞など様々な基礎疾患を持っているため、熱中症かどうかの判断がわかりにくいこともあるという。

写真を拡大 (出典:「熱中症 防ぎ得た死」九州大学大学院助教准教授 永田高志氏著)

オリンピック期間中であれば、選手は労作性の熱中症になる可能性が高く、体を動かさない観客は非労作性の熱中症になることが懸念される。
どちらの熱中症かを見極めるかの1つの判断基準は体温。「重症の労作性熱中症の診断基準は核温の目安の一つである直腸温※で40.5℃以上」だと永田氏は説明する。(※直腸温:体の深部の温度で肛門から専用の温度計を挿入して計測する)

厄介なことに、同じ熱中症でも、労作性と非労作性では、その対処法は異なるという。労作性は、とにかく早く体を冷やすことが重要で、直腸温度が40.5℃以上なら、即冷却を開始しなくてはならない。具体的には、30分以内に直腸温度を39℃以下まで急速冷却をすることが生存率を高める上で必須条件になる。30分以内に39℃以下まで冷却できれば100%死亡はまぬがれるという。

一方、非労作性も40℃を超えている状態なら即冷却をする必要があるが、多くの場合、それほど体温が上がっていることはなく、その場合は、涼しい場所に移動して、冷たいタオルなどで冷却をして経過を観察する。いずれのケースでも、意識がなければ、すぐに救急車を呼び、自分で水が飲める状態なら水分補給を促す。ただし、労作性の場合は、救急車を呼ぶにしても、それより早く冷却を開始する「クール・ファースト、トランスファー・セカンド」が鉄則だという。

永田氏は、人間の体をソフトクリームに例え、人間は高体温に弱い生き物で「いったん溶けたソフトクリームが元の状態に戻れないように、人間も42℃を超えると細胞の代謝が停止し、その後人体のたんぱく質が変性してしまう」と説明する。

これだけ早く冷却するためには、冷たい氷水に体全体を浸す「氷水への全身浸漬」が最も有効で、アメリカでは、熱中症による死亡事故で、初動として適切な氷水浸漬を行わなかったとして裁判になっている事例もあるという。


アメリカのコネチカット大学大学院で運動生理学を専攻しスポーツにおける熱中症を専門に研究してきた立命館大学講師の細川由梨氏は、直腸温が40.5℃を超えて10分~15分以内に氷水浸漬を開始することをポイントに掲げる。水温はできれば2℃、高くても14℃以下の水に浸すことが重要。仮に氷水浸漬ができなければ、効果は低くなるが、6~8枚の冷えた濡れタオルを取り替えながら全身を冷却し続けるローテイティング・タオル・メソッドという方法もあるようだ。が、ポイントは、なるべく冷やす体の表面積を大きくすることだとする。「日本では、患者を氷水に浸すことに抵抗感を感じる人が多いが、まず専門家の意識を変え、氷水浸漬に対するコンセンサスを得ることが重要」とする。永田氏も「氷水法は、AEDによる蘇生措置と同様、事前の訓練が必要で、かつ直腸温度を測るモニターも必要」と語る。ただし、もし家庭で熱中症が疑われる患者が出たら「勇気をもって家庭の体温計で直腸温度を測り、40.5℃を超えていたら、とにかく体全体を流水で冷やしてほしい」と強調する。

写真を拡大 出典:細川氏のレポートThe Timing of Exertional Heat Stroke Survival Starts prior to Collapse(Current Sports Medicine Reports. 2015. 14(4): 273-274.)。生存が確実されるのは30分以内に39℃以下になる灰色の部分で、黒線は、水温を示す。Aのように40.5℃を超えてから10分以内に冷却を開始すれば水温が14℃でも体温を39℃以下にすることが可能。
写真を拡大 (出典:「熱中症 防ぎ得た死」九州大学大学院助教准教授 永田高志氏著)

複数因子をつくらない事前対策


ただし、労作性も非労作性も、熱中症を未然に防ぐにこしたことはない。細川氏は、「熱中症は、複数因子が重なることで起きる病気。天候だけでなく、体調、寝不足、水分不足など、さまざまな要因が重なって、引き起こされる。日常的に気を付けることで予防するは可能」とする。

エアコンの設置や水分・適度の塩分の補給、十分な休息も、熱中症の基本的な対策だ。さらに、暑さ指数(WBGT)などを参考に、外での運動を控えることで熱中症になる確率を下げることが可能になる。

暑さ指数は、人体の熱収支に与える影響の大きい①湿度、②日射・輻射などの周辺の環境、③気温の3つを入れた指標。計算式は多少複雑だが、危険なレベルとしては、雲がなく晴れた日の外気温35℃・湿度60%に対して、WBGTはおおよそ31℃といった具合になる。アメリカでは1975年にスポーツ医学会がWBGTを用いた長距離走のための指針を公表しており、WBGT28℃以上の場合は、10マイル以上の長距離走を禁止することになっている。オリンピック競技の実施については、組織委員会が実施の可否は判断するが、観客や大会関連の業務、あるいはボランティア参加する際、こうした指数を参考にすることは自分の安全を確保する上では大いに参考にできそうだ。

(了)

リスク対策.com:中澤幸介