日本には、なぜリアルなマニュアルが存在しない?

埼玉・朝霞市の少女が誘拐され2年ぶりに保護された事件もあり、子供たちを誘拐などの危険から守るための安全教育が見直されている。が、アメリカでは、「誘拐されないための教育」だけでなく「誘拐された後にどのように生き延びるか」という教育にも注目が集まっているようだ。

世界最大のハウトゥ・マニュアルを構築するウィキ ベースのコラボレーションサイト「wikiHow」で話題を呼んでいる投稿「How to Survive an Abduction or Hostage Situation:拉致されたり人質になったりした場合の生き延び方」を、一般社団法人日本防災教育訓練センター代表理事で国際消防&防災ジャーナリストのサニー神谷氏に翻訳・解説してもらった。

出典:
http://www.wikihow.com/Survive-an-Abduction-or-Hostage-Situation


仕事に向かうため、自分の車に乗り込んだ1分後にいきなり拘束されて口をおさえられ、スピードを上げて走るバンの後部座席に乗せられる。誘拐または人質となった人の多くにとって、これは恐ろしい経験である。そして、非常に早いスピードで事が進んでいく。時に、そのスピードが速すぎて、誘拐犯から逃れようとすることさえできない。しかし、幸運なことに、比較的早い段階で、誘拐された被害者が負傷することなく解放されるケースは多い。
しかし、ここで間違いを犯してはならない。これらの誘拐犯は、あなたを殺害するかもしれない。そして、被害者が生き残れるかどうかは、拘束中にどのような判断をするかにかかっている。

 

■手順1

拉致を阻止するよう試みる。もし、拉致された初期の段階で逃げられるようであれば、あなたの試練はこの段階で終了する。しかし、この人質となったり、拉致されたりする最初の数分間が一番危険で、ここで反抗すれば、さらに危険な状況になる。多くのケースで、すぐに逃げられる可能性が抵抗する危険性を上回ることがある一方で、逃げ出すことが現実的でなく(例えば、複数の武装した犯人がいるなど)、リスク を犯す価値がない場合もある。このような状況では、理性的に考え、犯人に協力的に行動すること。

自分がいる場所によっては、周りに人がいると思われるので、最初の数分間が抵抗するのに一番適したタイミングであることが多い。もし、そのようなケースで、周りに人がいる場合、抵抗するには一番良いタイミングで、周りの人の注意をひいたり、助けを得られるかもしれない。犯人らが意図する場所にあなたを押しこめてしまえば(車の中など)、あなたが助けを求めても、だれにも気づいてもらえないことが多い。

 

■手順2
落ち着きを取り戻す。アドレナリンが放出され、心臓が激しく鼓動し、恐怖に襲われるであろうが、落ち着くことが重要だ。落ち着きを取り戻すのが早ければ早い程、長い目で見れば早い段階で、状況を改善できる。

■手順3
観察すること。最初の段階から、できるだけ犯人らの様子を観察する。逃亡計画を立てる際に役立つし、犯人の次の動きも予測できるようになる。また、警察に情報を提供する時や、救助の手助けとなり、誘拐犯の逮捕、有罪判決とするためにも役立つ。目隠しをされることもあるので、視覚は使えない場合もあるが、それでも聴覚や触覚、嗅覚を使って情報収集はできる。

<誘拐犯について観察する点>
・何人いるか
・武装しているか。そうであれば、どんな武器を持っているか
・健康状態は良いか
・どんな容姿か、どのような声をしているか
・どのくらいの年齢か
・周到な計画を練っているかどうか
・感情面はどのような状態か
・自分の周囲には何があるか
・どこに連れて行かれているのか(誘拐犯が通ったルート を視覚化する。曲がったり停まったりした場所、車のスピードの変化について注意しておく。ポイント間での時間はどのくらいかを覚えておく。例えば128で左、12で右というように、道を曲がるまでの間に数を数えておく。そのエリアをよく知っているならば、役立つ情報となりうる)
・どこに監禁されているか、周囲の情報をできるだけ集める(出口はどこか。カメラが設置されているか。ドアにはロックまたはその他のセキュリティ対策がされているか。大きなカウチなどの障害物はあるか。後に逃走すると決心した際に役立つかもしれないので、自分がいる場所を特定し、情報を集めること)
・自分自身の状態を観察する(負傷しているか、どのように拘束され、動けなくされているか。どのくらい自由に動くことができるか)

■手順4
自分が拉致された理由を解明してみる。拉致にはさまざまな動機がある。性的暴行のため、身代金要求のため、政治的影響力のためなど、様々だ。誘拐犯とどのように接するか、そして逃亡のリスクを冒すかどうかは、犯人の動機によって違ってくる。もし、囚人の解放を求める交渉材料や人質として犯人があなたを拉致しているのならば、犯人にとっては、殺すよりも生かしておくことが大切になってくる。しかし、シリアルキラーや性犯罪者である場合、もしくは何らかの政治的、軍事的行動の報復としてあなたを拉致している場合は、犯人があなたを殺す確率は高い。この情報を元にして、逃亡を試みるかどうか、そして、それはどのタイミングなのかを決定しなくてはならない。

 

■手順5
生き延びようとする気持ちは持ち続けポジティブであること。頭に入れておかねばらならない事は、誘拐の被害者の多くは生き延びていることであり、その可能性は、あなたにもあるのだ。とは言え、長期間拘束される覚悟、準備はしておかねばならない。中には、数年人質生活を送った人達もいる。常にポジティブな態度を保ち、状況に応じて賢く動き、その結果として自由を得ることができた人達もいるのだ。1日、1日を頑張って過ごしていくこと。

■手順6
犯人を安心させること。落ち着いて、犯人に協力的になること(妥当な範囲で)。脅したり暴力的にならないこと。そして、時が来るまで、逃亡を試みないこと。

■手順7
威厳を保つこと。通常、心理学的には、監禁されている者が「人間」であると犯人の目に映っている間は、殺したり、レイプしたり、その他の方法で傷つけることは難しい。卑屈な態度をとったり、懇願したり、ヒステリックにはならないこと。また、泣かないようにすること。犯人に挑戦的になってはいけないが、自分が尊重される価値があると、犯人に思わせること。

■手順8
犯人との良い関係を築くよう試みる。もし、犯人と何らかのつながりを構築できれば、通常、あなたを傷つけることをためらうようになる。

・もし、犯人が妄想性精神病を患っている場合は、脅すような態度には出ないほうが賢明だ。しかし同時に、犯人があなたに操られていると思わせるようなことは一切しないこと(犯人と友達になろうとするなど)。偏執的妄想をする人は、あなたが何かを企んでいると思う傾向にあるからだ。このような犯人が、あなたをコントロールできなくなってきたと感じたら、突発的に暴力をふるう恐れがある。犯人が思っていることは、ただの妄想だと犯人を説得しようとしないこと。犯人が激怒することあるし、あなたを信じなくなるおそれがある(犯人の立場からすれば、彼らの妄想は、全うで現実的なのだ)。

■手順9
犯人を侮辱したり、デリケートなテーマになりうることを話したりしない。あなたは、犯人が哀れで最低な人物だと思うかもしれない。映画の中では、囚われた人は時に、侮辱するようなことを口にして、その場を切り抜けることもあるが、実際は、そのような思いを口にしてはいけない。また、知らない人と会話する際は、政治の話題は避けたほうが良い。特に、犯人が、テロリストや政治的な理由で人質を拘束している場合はそうだ。

■手順10
聞き上手になること。犯人が言うことに関心を持つこと。犯人に対し、上から目線にはならず共感すること。こうすることで、犯人があなたのそばにいると心が安らぎ、好意的になってくる。聞き上手になることで、解放された後で警察が犯人逮捕する際、または、あなたが逃走する際に役立つ情報を収集することもできる。

犯人の家族の心情をアピールする。もし、あなたも犯人も子供がいるならば、それだけで、強力な繋がりになる。おそらく犯人は「あなたの立場になり」「拉致や殺傷された人の家族の気持ち」を推し量ることができるはずだ。あなたが家族の写真を持っているならば、そのような話題になった時に犯人に写真を数枚見せても良いだろう。

■手順11
他に拘束された人達とコミュニケーションを取ってみること。他にも拘束された人がいる場合は、安全な範囲で、できるだけ話かけてみる。もしお互いの存在を見つけることができ、話ができるならば、拘束されている状況も少しは楽になるはずだ。また、一緒に逃走する計画を立てることもできる。おかれている状況によっては、コミュニケーションの取り方を変える必要もあるかもしれない。長期間、拘束されている場合は、暗号や信号などを作ることもできるだろう。

■手順12
時間の経過を追い、パターンを認識するように心がける。時間の経過を追うことで、ルーチンを決めるのに役立ち、自らの威厳と正気を保つことができる。また、犯人が出入りする時間や、どのくらいの時間不在なのか、パターンを把握することができれば、逃走の計画、実行の助けにもなる。時計が無い場合は、時間の経過を把握できるよう努力する必要がある。日が射すのが見えれば、比較的、時間を把握するのも楽になるが、そうでなければ外の活動の変化を聞き、犯人の意識レベルの違いを記録し、異なる食べ物のにおいや見た目などから、推測していく。

■手順13
精神的に常にアクティブでいること。家に戻ったら、何をするかを考え、頭の中で、友人や愛する人と交わす会話を考える。これらのことを意識的におこなうことで、気がおかしくなるのを防ぐことができ、正気でいることができる。拘束されると、非常に退屈で、感情がマヒしてしまいそうになる。大事なことは、自らの心に挑戦し、正気でいること。それと同時に、理性的に逃走を考えることだ。計算問題を解いてみたり、パズルを考えたり、知っている詩を暗唱したり、歌の歌詞を思い出してみたり等、常に何かを考え、精神的にしっかりした状態になるようにする。

■手順14
身体的にもアクティブでいること。拘束中、特に縛られている場合は、体を鍛えるのは難しいかもしれないが、可能であれば体を鍛えるのは重要である。身体的に良い状態でいることが、逃走時にも役立ち、拘束中も気持ちをしっかり持つこともできるようになる。運動する方法を見つけること。ジャンピング・ジャック、腕立て伏せ、手のひらを合わせて押すだけでも、ストレッチでも良い。

■手順15
ちょっとしたお願いを犯人にしてみること。長期間にわたる拘束状態であれば、少しずつ、ちょっとした備品をリクエストする。例えば、厚手のブランケットや新聞などだ。あくまでも、小さいリクエストにしておき、最初の段階では、リクエストは、頻繁にはしないこと。これにより、拘束生活を少しでも快適にでき、あなたが人間だということを、犯人に再認識させることができる。

■手順16
目立たないこと。他にも拘束されている人がいる場合は、その中で目立たないこと。特にトラブルメーカーとして認知されないこと。

■手順17
警告サインを見逃さない事。犯人が、あなたを殺害すると決めたなら、逃走を計画できるよう、そのことをできるだけ早く知る必要がある。突然、食事を与えなくなった場合、荒々しく扱われるようになった場合(人間として扱われなくなる)、突然、犯人が絶望したり怯えていたりする場合、他の人質が解放されても、あなたを解放するつもりはないと見て取れた場合は、賢く動くこと。マスクを付けて自分の顔を隠していた犯人が、突然、それをやめたりするのは、あなたを殺すつもりだという大きなサインなので、できるだけ早く逃走すること。

■手順18
時を見計らってから逃走を試みる。どういう時が逃走に良いのだろうか。解放、救助されるのを待つのが、一番安全な場合もある。しかし、逃走するのに最良の状況があるならば(もし、あなたに周到な計画があり、逃走に成功すると確信できるならば)、そのチャンスに実行すべきだ。また、犯人があなたを殺害すると分かっている場合は、リスクがあったとしても逃走を試みるべきだ。

■手順19
救助の動きがあれば、余計なことはしないこと。「とうとう救助隊がやってきた!」と興奮しすぎる前に、拉致された時の最初の数分間だけでなく、救助時が最も人質にとっては危険な時だということを頭にいれておかなければならない。犯人は、絶望的になって、あなたを盾として使おうとするかもしれないし、殺害を決めるかもしれない。たとえ犯人が捕まえられたとしても、建物に突入する際に警察や軍が火薬や爆発物を使うことで、あなた自身が命を落とすこともある。救助の動きがあった場合、可能であれば犯人に見つからないように隠れること。低い姿勢で、両手で頭を保護し、防護バリアとなりうる物を探す(テーブルや机の下、バスタブ内など)。救助隊が突入した際に、急に動いたりしない。

■手順20
救助員の指示に注意深く従うこと。救助員は、かなりの緊張状態にいて、何かあれば銃を撃ちかねないし、質問するのは後回しだ。救助員のすべての命令に従うこと。床に伏せる、または両手を頭に回すよう指示されたら、その通りにすること。救助者は、誰が人質で誰が誘拐犯か見極める間、あなたをジップ・タイ(電気製品の配線などをまとめる時に使うプラスチック製の細長いひも状のもの)や手錠で拘束することもあるかもしれない。落ち着いて救助隊の迷惑にならないようにすること。

この記事に対しては、読者から「食事をも与えられない場合はどうすか」など、さまざまな質問や意見が寄せられ、筆者や専門家が、その質問に対してさまざまな回答、ヒントを掲載している。
 
記事を翻訳したサニー神谷氏は、国内でテロ対策や誘拐対策の危機管理コンサルティングを行っているが、「国内で公表されているさまざまなリスク管理マニュアルは、こんなときは具体的にどのような選択肢があるのか?というリアルな対処法までは紹介されていないように思う」と指摘する。

この記事以外のマニュアルでは、例えば「思いっきり大声を出して、暴れてみる。できれば、鼻や目を攻撃し、相手がひるんだ隙に攻撃する。※日頃から大声を出す練習をしていないと声が出ない」という記述まで載せているものもあるそうだ。また、拉致された瞬間の対処法としては、拉致された瞬間に犯人が一人で武器を持っていない場合は「思いっきり暴れる」、または、ナイフやカッター、金槌などの武器を持っている場合は「逃げられる状況(犯人が武器を持っていない状態)になるまで大人しくして、逃げられるタイミングが来るまで様子をうかがう」といった選択肢を提示し、状況に応じた対応の重要性を説いているものもあるという。
 
神谷氏は「いずれも、100%確実な対処法ではないが、少しでも、逃げられる可能性を高め、また、傷害を受けたり殺されることを避けることができると思われる内容である」と評価する。ちなみに、日本における誘拐事件は女子の幼児・小児が圧倒的に多く、犯罪者は若い男性で武道経験者ではないため、比較的、きゃしゃで弱い力あること、いじめられていた経験があったり、引きこもりがちであったり、すぐに切れやすい、思い込みが激しいなどの人格傾向がほとんどであり、武器といっても銃が使用される可能性は低いなどのことはわかっている」とする。
 
日本にはなぜリアルな事態を想定したマニュアルが存在しないのか?

こんな疑問に、神谷氏は「リスク管理マニュアルの作成者に現場経験が無いためにイメージできないことも理由にあると思うが、リスク管理マニュアルの作成時に事件報告書を読んだのみ、または、当事者インタビューも行っておらず、実際に被害者の心から伝わってくるものを十分に表現し、悲惨な経験を未来の予防に活かすなどの作業が行われていないのではないか」と持論を展開する。
 
では、具体的に海外出張、海外在留リスク管理の基礎とは何か。
「まず、海外出張、海外支社のリスク対策、最低限の保険的知識として、その国に起こりうるリスクを具体的に想定し、それに応じたシミュレーション訓練を関係社員とその家族に行う必要がある」と神谷氏は語る。

会社の役員なら、世間を騒がせるような大きな事件が起きた場合、そのニュースが繰り返し報道されるたびに、「もし自分の会社だったら」と危機感を持つべきだとする。

メディアや賠償責任保険会社から「十分なリスク対策を取っていたのか?」と質問されたとき、きちんと防犯&防災両方のリスク対策行っていたことの証明や、インタビューの機会を活かして、会社の宣伝をできるくらいになっておくことが重要だ。

 

 

 

 

一般社団法人 日本防災教育訓練センター代表理事 
国際消防&防災ジャーナリストサニー神谷氏
HP:http://irescue.jp
E-mail : info@irescue.jp
Tel : 03-6432-1171