メリットが上回ればテイクリスクをする組織になる
「ミスが多い」方が強いチームになれる
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
2021/04/22
組織の生産性を上げるエンタープライズ・リスクコミュニケーション
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
あなたの会社がこれまでしてきた投資の中で、一番行ってよかったと思う投資はどんなものでしたか? 設備投資、システム導入のための費用、特定の人材採用のために支払った手数料、ブランディングのためコンサルティング費用などさまざまでしょう。
モルガン・スタンレー社の最高の投資は、リック・レスコラを警備主任に雇ったことだといわれています。
レスコラは世界貿易センタービルがテロに非常に弱いことを見抜いており、何年もかけて約3000人の社員に避難訓練を強要し、非常時に備えていました。
9.11の時、レスコラは、「慌てず席を離れないで」とのビル管理会社の館内放送を無視して、社員全員に非常階段から退避するよう指示。上の階の住人から避難をさせ、社員も訓練通り行動できました。こうしてタワーが崩壊した時、モルガン・スタンレー社の社員2687人は無事非難できたのです。
企業として、いつ起こるか分からないリスクにどう対処するのか、備えのために投資をすること、つまりエンタープライズ・リスクコミュニケーション(ERC)への取り組みは、収益と無関係な「きれいごと」ではありません。むしろ組織の生産性そのものに直結するのです。
米グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」が4年の歳月をかけた研究により、最高のパフォーマンスを発揮できるチームに見受けられる要素を5つ特定し(Google Partners, ”Google’s Five Keys to a Successful Team” )、その中でも最も大切なのは「心理的安全性」であることが解明されました。「心理的安全性」とは誰かが懸念、失敗、質問などについて発言したとき、チームが拒否したり恥ずかしい思いをさせたり制裁しない、むしろ発言が期待されている、と確信している状態をいいます。
これはもともと米ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に発表した論文で提唱したもので、2018年に「The Fearless Organization(恐れのない組織)」という題で書籍化されています。この中でエイミーは「心理的安全性」を医療チームの研究から偶然発見したと言っています。最も高い成果を上げるチームが最もミスが少ないだろうという仮説のもと調査したところ、逆に、最も成果を上げるチームは最もミスが多いという結果が出たのです。つまり有能なチームには率直に話す風土があり、気軽にミスを報告する数が多かったということが判明しました。逆に言えば、パフォーマンスが悪く生産性の低いチームの構成員はミスや失敗を隠蔽(いんぺい)しがちという傾向があるということです。
グーグルの研究結果や、書籍「The Fearless Organization(恐れのない組織)」が日本語版で出版されたことにより、最近この「心理的安全性」が注目を集め話題になっています。「職場がただの仲良しチームになり緩くなるのではないか」と批判的に読む向きもありますが、仕事への要求水準が低い職場は残念ながらそうなりがちだという現実があります。本来社員の「心理的安全性」が担保されている職場は、ミスや他者から学ぶ健全な組織風土があり、仕事への要求水準はむしろ高いものです。
ERCができている職場では管理すべきリスクについて話し合う場があり、リスク管理がされていて、有事の際に内外のステークホルダーと適切なコミュニケーションがとれるよう対策が取られています。これにより「心理的安全性」が確保され、社員が不安に悩まされることはありません。「プロジェクト・アリストテレス」は、心理的安全性の高いチームは離職率が低く、収益性が高いと結論づけています。
彼らはその「心理的安全性」を背景にリスクを積極的に取ろうとするし、実際に何かあればどのように対応するか理解して備えています。リスクを管理することとテイクリスクすることは表裏一体の関係にあるのです。こうしたチームではトラブルが迅速に報告され、すぐさま対応が行われます。部署を超えた団結が可能になり、タイミングとやり方次第では、発生したリスクを御すだけでなく、ステークホルダーとの良質なコミュニケーションに転じる行動すら起こせるかもしれないのです。
しかしながら、私たちはついリスクを軽視してしまう傾向があります。潜在するリスクを管理できたはずなのに報告も解決もされないままになってしまい、そのために手遅れになった事例はたくさんあります。
組織の生産性を上げるエンタープライズ・リスクコミュニケーションの他の記事
おすすめ記事
医療機能の維持を可能にした徹底的なハード対策非常時の代替ライフラインはチェック表で管理
元日の能登半島地震で激震に襲われた恵寿総合病院では、地震後も業務を止めることなく、充実した医療を提供し続けた。10年をかけて整備してきた、徹底的なハードとソフト対策のおかげだった。
2024/05/20
目まぐるしい状況変化 懸命に向き合った3カ月
市立輪島病院は能登半島地震で被災しながらも、懸命の処置により、運び込まれる負傷者や感染症に苦しむ患者の命をつなぎました。超急性期・急性期を乗り切ると医療需要は急減し、代わって介護機能の維持が深刻な課題に浮上。発災から介護医療院開設までの約4カ月、病院で何が起きたのかを同院事務部長の河﨑国幸氏に聞きました。
2024/05/20
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年5月14日配信アーカイブ】
【5月14日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:行動指針の意義
2024/05/14
情報セキュリティーは個人のリスク目線では通用しない
学生時代からパソコンを使いこなしてきた人が新入社員に多くいる昨今ですが、当然、個人と会社ではセキュリティーの重心が違います。また、人事異動で新たに着任した社員も、業務が変われば情報資産との関わり方が変わり、以前と同じ意識でのぞめばよいとは限りません。新年度にあたり、情報セキュリティーのルールは特に徹底したいところです。
2024/05/10
サイバーインシデント対応の基本知識と準備
本勉強会では、一般的な情報セキュリティインシデントとサイバーインシデントの違いや、その初動対応について事前に準備すべきことと合わせて、自社で手軽に訓練・演習を実施するためのポイントを解説します。2024年5月8日開催。
2024/05/09
炎上の原因はSNS上の振る舞いのみにあらず
新年度から仲間に加わった新入社員は「デジタルネイティブ」と呼ばれ、友人とSNS で交流するのがあたり前の世代です。が、学生時代と違い、社会人になれば取り巻く環境が変わり、自身の立場も変わる。うかつな投稿が「炎上」につながるケースは少なくありません。新人研修のテーマにSNSリスクを組み込むなどして教育を徹底したいところです。
2024/05/08
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方