九州北部豪雨で被災した福岡県朝倉市杷木地区(撮影:編集部)

この度の九州北部豪雨で気象庁は、福岡県朝倉市朝倉で最大1時間降水量が129.5mmの猛烈な雨が降ったとして「記録的短時間大雨情報」を発表。総降水量は朝倉で660mm、大分県日田市日田で500mm、長崎県壱岐市芦辺で567.5mm、熊本県上益城郡山都町山都 で522.0mm、佐賀県杵島郡白石町白石で489.5mmであった。

24時間降水量は朝倉で545.5mm、芦辺で432.5mm、日田で370.0mmに達し、いずれも観測史上最大を記録。福岡、大分両県では雨が激しかった6日の午前0時現在で、18万1885世帯、約43万300人に避難指示が発令された。また、残念ながら17日時点で34人の犠牲者が出てしまっている。

洪水や土砂崩れにより犠牲者が発生すると、これまで必ず「避難指示・避難勧告」の発令のタイミングが早い、遅いという議論が繰り返されてきた。住民の命が、全てこの「避難勧告・避難指示」に委ねられているように議論されてきたのだ。

これまでも避難情報のあり方には多くの課題を抱えてきた。2009年の兵庫県佐用町で20名の犠牲者のうち避難途中で8名が犠牲になった。東日本大震災では避難の呼びかけが届かなかった。14年の広島市で発生した74名の犠牲者を数えた土砂災害では避難勧告等の発令躊躇(ちゅうちょ)があり、13年の伊豆大島で40名の犠牲者が発生した際の避難勧告等の発令も遅れた。

15年9月の鬼怒川決壊における常総市水害でも避難指示の発令が遅れ、16年の台風第10号による水害でも、死者・行方不明者27人が発生するなど、東北・北海道の各地で甚大な被害が発生し、とりわけ、岩手県岩泉町でグループホームが被災し、入所者9名全員が犠牲になった。

過去の教訓から、避難準備情報を名称変更

これらの事例から内閣府は今年1月、避難勧告などに関するガイドラインを改定した。特に「避難準備情報」の名称について、岩手県岩泉町の水害では高齢者施設において適切な避難行動がとられなかったことから、高齢者等が避難を開始する段階であるということを明確にするため、「避難準備情報」を「避難準備・高齢者等避難開始」に、同時に「避難指示」を 「避難指示(緊急)」と名称変更した。

写真を拡大 出典:内閣府避難勧告等に関するガイドラインの改定(平成29年1月31日)
http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinankankoku/hinanjumbijoho/

九州北部豪雨のように、線状降水帯が特定の場所にとどまり続け大量の雨を降らせるというような気象現象が今後も頻発してくることを考えると、避難指示避難勧告のあり方も根本的に考え直さなければならない。

特定の指定した河川において気象庁と国土交通省が連携を取りながら洪水情報を発表する「洪水予報河川」の現在の避難勧告等の発令基準の設定例を見ると、この情報は氾濫注意情報から始まり「氾濫警戒情報」、「氾濫危険情報」、「氾濫発生情報」の段階を追って発令されている。

この判断基準になっているのが河川水位である。すなわち洪水が起こりそうな河川を対象に大きな降雨により水が流れ込んで水位上昇が発生してくる現象を基準にしているのである。避難準備情報も避難勧告も雨が降り始めてから発令されているのが現実であり、避難指示に至っては大きな雨が降っている「最中」に発令されているというのが実態である。発令基準の設定例を抜粋してみると以下のようになっている。

避難準備・高齢者等避難開始

1、河川水位が避難判断水位に到達し、且つ引き続き水位上昇が見込まれる場合
2、河川水位が氾濫危険水位に到達する事が予測される場合(急激な水位上昇による氾濫の恐れがある場合)
3、軽微な漏水・浸食等が発見された場合

避難勧告

1、河川水位が氾濫危険水位に到達した場合。(又は当該市町村・区域の危険水位に到達した場合)
2、河川水位が堤防天端を越えると予想される場合(急激な水位上昇による氾濫の恐れの有る場合)
3、異常な漏水・浸食等が発見された場合

避難指示(緊急)

1、河川の決壊や越流・漏水が発生した場合
2、河川の水位が氾濫危険水位の場合(又は当該市町村・区域の危険水位を超えた状態で、堤防天端高に達する恐れが有る場合、越水・溢水の恐れのある場合)
3、異常な漏水・浸食の進行や亀裂・すべり等により決壊のおそれが高まった場合
4、樋門・水門等の施設の機能支障が発見された場合


これら避難に関する各情報は発令する側からの判断基準として作成されており、各段階が河川水位を発令基準にしている。すなわち雨が降り始めてから一定時間が経過し河川に雨水が集まり始めてから、判断を始めるという手順になっているのである。

雨が降ってからの避難に関する情報は非常に危険

逆に考えると雨が降らない限り、台風が近づいてきても、前線性の豪雨が迫っていても、ゲリラ豪雨が迫っていても、避難に関する情報は発令されない基準になっているのである。

雨が降り始めない限り避難情報が発令されないと言うことは、情報を受け取る住民のサイドからどのような時にどのような段階でどのような指示が出れば命を犠牲」にすることがなく、逃げきれるかという視点が欠けているのではないだろうか。雨が降り始めてからの避難情報は遅すぎると思うのだ。

情報を発令する側からの判断基準は益々精緻にマニュアル化が進んでいるが、実際に避難をする住民の側の視点からの判断に関する支援はどうなっているのだろうか。この点に関しては、全く支援体制がないというのが現実である。建物のサッシが高性能になった昨今は防災行政無線もよく聞こえない。避難指示が発令されても住民1人1人には届いていないのだ。 

昔は地域レベルでの危険情報、安全情報は人から人へ、親から子へ、子から孫へと引き継がれてきたものなのだ。そのような言い伝えの中には「雨が降っていなくともあそこは危ない!」「どこどこは土砂崩れが起こる!」「雨が降り始めたらあそこは近づくな!」など、行政の避難情報を待つまでもなく、地域おける自主判断基準が継承されていたのだ。この様な大切な地域危険情報を生かす柔軟性がないと、本当にひとりひとりが生き延びられる自助力は身につかないのだ。

雨が降り始めている最中で一体何分間、避難行動が継続出来るだろうか。高齢者になったら体力の消耗もあり、長距離長時間の避難は難しい。家族の中に小さな子供がいれば、体力の1番弱い子供に合わせて避難行動を決めざるを得ない。

このようなことを考えると雨が降り始めてからの避難情報は非常に危険な状況で出されていると認識すべきである。また夜間における避難は、降雨の中で街灯も消えて通信手段も途絶えた暗闇の中で、道を探しながら歩く場面も想定しなければならない。まさに台風の接近や降雨が始まってからの避難は自殺行為であると言わざるを得ない。

私はこれまで幾度となく雨の中で様々な作業を経験したが、降雨強度が50mmを超す降雨とは、とんでもない雨で、本当に生きた心地がしない。もちろん雨合羽などは何の役にも立たず、肌着まで全身ずぶ濡れである。

降ってくる雨水は時々刻々と体温を奪って行き、5分もすると悪寒が始まり、10分と体力を維持できなかった。滝に打たれているような水音は同行者との会話も全く聞き取れず、大声で怒鳴っている顔は見えるが、声が聞こえないと言う状況であった。

危機管理を担うものは降雨が始まってからの避難指示や夜間における避難指示は、近距離における垂直避難に限定して誘導すべきだと考える。

(了)