近年、「疑惑のデパート」と批判される財務省

「官僚たちよ、気高い気骨を忘れていないか!」。近年相次ぐ安倍内閣やその周辺、さらには高級官僚による国民を愚弄するような暴挙の数々(いちいち挙げたら枚挙にいとまがない)。その腐敗した現実を知るにつれ上記のような怒りがこみ上げる。なぜ、公務員が違法な権力行使をするのか。国会で虚偽答弁を繰り返し心まで汚すのか。女性記者にセクハラ発言をしても詫びないのか。官界にはもう背筋を伸ばした「サムライ」はいないのか。権力・政界・業者からの忍び寄る黒い手を決然と断り、組織内の腐敗をいち早く断ち切る努力をすることが、選ばれた人(エリート)の与えられた使命ではないのか。内部告発の時代である。「組織と魚は頭から腐る」とは言い古されたことだ。将校・士官が下士官・兵と同レベル(または下のレベル)の倫理感では軍隊の規律は守れない。率先垂範すべき人物がこれでは戦いにはとても勝てない。
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私は「朝日新聞」(2018年4月23日記事)の2つの鋭い記事に強く引きつけられた。

「足で書いた記事」である。

<公共事業評価、4分の1に問題>の記事から見てみよう。
「総務省、532事業を調査」との見出しである。
公共事業を実施するか否かの妥当性が、多くの事業で不適切に評価されていることが分かった。将来の人口減少を考慮せずに事業効果を水増ししたり、維持管理費を無視して費用を過小評価したり。総務省がサンプル調査した各省庁の532事業の評価のうち、約4分の1に問題があった。予算(税金)の無駄遣い、である。

以下記事から適宜引用する。

公共事業は国の政策評価法令上、(1)10億円以上の新規(2)政策決定後5年経っても未着工(3)決定から10年経っても継続中-の場合、所管する各省庁は着工や継続の妥当性を評価しなければならない。妥当性判断のポイントは、事業で得られる効果「便益」を金額にして算出し、投じる費用で割った「費用対効果」(通常<BバイC>という)の推計結果が「1.0以上」になるかどうかだ。

総務省は毎年、国土交通省や農林水産省、厚生労働省などが自らの公共事業や補助事業の妥当性を評価した結果について、抽出してチェックしている。

朝日新聞が2010~17年の結果を入手して集計したところ、抽出された532事業のうち、総務省が各省庁に疑義を呈した事例が127件あった。

多いのは便益を過大に見込む手法だ。例えば長崎県の有喜漁港(諫早市)から国道への連絡道路を追加する事業では、実際は遠回りになるのに、距離短縮の効果を見込んだり、運転手・同乗者の移動時間が減る効果を二重計上したりしていた。

分母となる費用を小さく見込む例もある。国有林の治山、地滑り防止、工業用水道などの整備事業では、長期間必要となる維持管理費が考慮されていない例が相次いで見つかった。

各省庁が作成する評価マニュアル自体が不適切なものもあった。税金を投じる意義を判断する根拠がゆがむとして、総務省は改善を求めている(当然である)。

<問題例>

費用対効果の評価の多くに、疑問符がつく実態が総務省の調査から判明した。「事業ありき」で「便益」が費用を上回るよう、不適切な計算がなされたのではないか。

産業廃棄物の最終処分場「エコアくまもと」(熊本県南関町)。既存の処分場の容量不足を懸念した県が主体となって建設され、総務省資料によると、整備期間は2013~15年度で総事業費は約70億円。搬入は既に始まっている。

運営を担うのは公益財団法人「県環境整備事業団」。処分場ができると不法投棄が一切なくなり、年間の除去費用が毎年不要となる―。環境省から補助を受けるに当たり、そんな想定を積み上げて費用の1.23倍の効果にあたる便益が見込めるとした。だが、総務省は「既存の最終処分場が満杯でない現状でも不法投棄が発生している。現実的ではない」と指摘。実際、県が把握している分だけでも、2016年度1年間に100件を超す不法投棄があった。県内の産廃業者の男性は事業団の想定に苦笑し、「捨てる場所が増えたからゼロになるわけではない」と話す。

一方、札幌市では送水管を増設する事業で物言いがついた。新たに造る3本目の送水管に貯留機能を持たせ、災害で浄水場が使えなくなっても水が使えるようになる効果を便益に計上。その際、1Lあたり100円分の価値があるとして算出したが、地域の実勢価格では49円。総務省のこの指摘で計算し直すと、便益は費用の0.71倍しかなかった。

だが、札幌市は災害でも浄水場が使えるケースを新たに想定。現在ある2本の送水管が壊れ、新設する3本目のおかげで送水を続けられる便益を追加した。結果、便益は費用の1.73倍になり、事業は継続されることになった。総事業費見込みの256億円のうち、厚生労働省からの補助金などが計45億円注がれる予定だ。

<識者の見解>税金を投じる意義を考える評価で不備がこれだけあるのは問題。「費用対効果1.0」は妥当性の最低ラインとも言え、そこに向け、事業を正当化するため数値がゆがめられてしまいがち。事業をする判断前に時間をとってチェックする仕組みが必要だ。第三者の目にさらされる緊張感ある評価にしなければならない。