細やかな安全調査

(コロンビアでの対応を振り返る堀田氏)

矢崎総業では、グループの海外安全を確保するために安全調査と改善指導を実施している。対象は工場のような拠点に限らず、出向者の住宅や生活圏を含む。

工場や事務所、倉庫では、外部からの侵入を防止するための対策ができているか、また、監視カメラの映像が、木の枝などにさえぎられていないかもチェックする。

出向者の住居では、宅内への侵入方法の調査を実施。ドアスコープや鉄格子の取り付け状態や鍵の2重化なども確かめる。集合住宅であれば警備員による監視体制や勤務時間まで確認を実施。そのリストは数十項目にもおよぶという。

工場が都市から離れているため、近隣にある住宅では項目を満たせない場合もある。その際は、追加対策を講じる。住宅だけではなく、通勤ルートや生活圏内の安全も調査する。

海外出向者と帯同する配偶者は、赴任前に必ず半日ほどをかけて安全研修を受けている。学ぶのは現地の治安情勢、自宅やホテル、そして屋外での安全対策。特に誘拐や強盗対策の説明には力を入れているという。

全社的なイントラネットでは全従業員に向け、「渡航注意喚起」を表示。外務省の「海外安全ホームページ」の情報に、共同通信の海外リスク情報をはじめとした複数リソースからの情報を加えたものを整理して掲載している。

医療については予防接種情報の提供だけではなく、海外でも速やかな受診ができるように医療アシスタント会社と契約。病院の紹介や予約代行、他国への搬送、セカンドオピニンなどが受けられる体勢だ。

グローバルな危機管理体制

世界46カ国で事業を展開する矢崎グループのグローバル危機管理は、日本の本社をトップに、世界を6つ(ASEAN、中華圏、北中米、欧州/中東/北アフリカ(EMEA)、メルコスール、インド)にわけた地域本社を中心に運営する。

各地域本社に危機管理の担当者を配置しているが、人数や専任か兼任かは地域ごとに異なる。

堀田氏はこう話す。
「世界的に統一した取り組みができるようになったのは2010年頃から。メキシコで治安の悪化が続いたときに、日本とアメリカからの出向者で受ける指示が異なるなど、ちぐはぐな体制でした。そこから地域的な対応を整理していき、統一して動ける体制を整えてきました」

(地域別リスクの特徴を話す吉岡氏)

総務人事室危機管理部長の吉岡清訓氏は「例えば、日本は災害対策には秀でている。一方で治安がいいためにセキュリティーに関してはアメリカに一日の長がある。こういった特徴を踏まえて、協力して取り組んできました。安全調査のチェックリストや危険度評価がその成果です」と語る。

危険度評価とは地域のリスクに関する特徴をつかむため、実施している取り組み。自然災害や犯罪、政治情勢などのリスクを洗い出してリスクを算定する。世界を6つにわけた体制で危機管理に取り組む矢崎総業では、グローバルに統一した教育や研修は実施していない。しかし共通認識を育むうえで役立っているのが年間の危機管理方針だという。

目標を方針として設定し、各地域本社と情報を共有しながら進める。ここ数年は新型コロナウイルスの対策が続いたというが、今期は危険度評価の更新に取り組む。吉岡氏は「評価のための基準の調整は簡単にはいかない。地域ごとにリスクの特徴的な切り口があるので、模索しながら進めています」と話す。

近年、課題として浮き彫りになったのが、情報伝達の経路だ。きっかけは2022年2月に発生したロシアのウクライナ侵攻。同社ではウクライナの最西部に生産工場がある。日本からはいなかったが欧州内からは出向していた。

「ロシアによる侵攻が迫った段階で、EMEA地域本社へ退避準備を伝えた。彼らは最終的に侵攻開始直後に帰国しました」(吉岡氏)

EMEA地域本社で対策本部が設置され、安否確認などを実施したという。「問題となったのは複数部門がそれぞれ地域本社に現地の状況を問い合わせたことでした。地域本社からすれば同じ質問が各所から入って負担が増えるだけ。日本側の窓口を統一し、危機管理に関しては我々がカウンターパートとして地域本社とやり取りするように整備しました」と吉岡氏は続ける。