2016/06/08
C+Bousai vol1
「対策」ではなく「思想」を創る
編集部注:この記事は、2014年9月1日発行の地区防災計画学会誌「C+BOUSAI」に掲載した記事をWeb記事として再掲載したものです。役職などは当時のままです。(2016年6月8日)
2012年3月31日、内閣府が公表した「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高について(第1次報告)」は、高知県の四万十川に近い穏やかな漁業と生花の町「黒潮町」を、不本意な形で一躍全国に知らしめてしまった。「最大震度7」「最大津波高は34.4m」「海岸線に津波が到達する時間は最速2分」。中央防災会議の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」が算出した全国でも最悪の被害予想だった。
当日は多数のメディアが黒潮町に押しかけ、報道ヘリコプターの飛ぶ音が鳴り響いた。「正直なところ、ショックで何も考えることができなかった」。黒潮町長の大西勝也氏は当時を振り返る。その日から、「津波犠牲者をゼロにする」という気の遠くなるような目標に向けて黒潮町役場と住民の挑戦が始まった。
「新たに公表された想定は、(あまりに過酷な状況のため)黒潮町の防災対策を検討すること自体が不可能になった。まず何があってもぶれない、黒潮町の『防災思想』が必要と感じた」(大西氏)。1970年生まれで高校卒業後に海外で洋ランの栽培などを学んだ後、黒潮町で農家を経営した。2010年に町長に当選し、現在2期目。
町長に当選して1年が過ぎようとしたころに、東日本大震災が発生した。もし南海トラフ地震が発生したらと危機意識は芽生えたが、具体的な被害予想数値や国の指針が出るわけではなく、何をすればいいか1年間思い悩んだという。次の年の2012年3月31日、内閣府から新たな想定が発表された。翌4月1日は日曜日だったため、大西氏は住民の問い合わせを予想して職員を休日出勤させた。しかし、住民からの問い合わせは全くなかったという。
「反応がなかったのが1番怖いと思った。みんな災害に対してあきらめているんだと感じた」(大西氏)。町で会った住民からは、「町長さん大変だねえ」と慰められることもあったという。これではいけないと感じた大西氏は、月曜日の新年度初めの職員への訓示で「津波の対策をあきらめたり、住民に不安をあおるような発言はやめよう。今後の発言の一切は、全て課題を解決するためのものにしよう」と話した。
防災の最前線にいるはずの町役場の職員から「何をやっても無理」という意識が住民に広がることだけは、絶対に避けたかったからだ。そしてこの日から、黒潮町の津波対策への取り組みが本格的に始まった。
C+Bousai vol1の他の記事
- 「対策」ではなく「思想」を創る 住民と900回のコミュニケーション (高知県黒潮町)
- C+Bousai 創刊挨拶、地区防災計画学会 案内
- 特別対談|住民の権利と責任を制度化 自ら考え行動する地産地消の防災
- 市内全域8地区で防災計画 住民主体でガイドブックも作成 (北海道石狩市)
- 地域コミュニティごと防災計画策定 避難所運営計画、防災マップ作成も呼びかけ (香川県高松市)
おすすめ記事
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年4月23日配信アーカイブ】
【4月23日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:南海トラフ地震臨時情報を想定した訓練手法
2024/04/23
-
-
2023年防災・BCP・リスクマネジメント事例集【永久保存版】
リスク対策.comは、PDF媒体「月刊BCPリーダーズ」2023年1月号~12月号に掲載した企業事例記事を抜粋し、テーマ別にまとめました。合計16社の取り組みを読むことができます。さまざまな業種・規模の企業事例は、防災・BCP、リスクマネジメントの実践イメージをつかむうえで有効。自社の学びや振り返り、改善にお役立てください。
2024/04/22
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2024年4月16日配信アーカイブ】
【4月16日配信で取り上げた話題】今週の注目ニュースざっとタイトル振り返り/特集:熊本地震におけるBCP
2024/04/16
-
調達先の分散化で製造停止を回避
2018年の西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町。オフィス家具を製造するホリグチは真備町内でも高台に立地するため、工場と事務所は無事だった。しかし通信と物流がストップ。事業を続けるため工夫を重ねた。その後、被災経験から保険を見直し、調達先も分散化。おかげで2023年5月には調達先で事故が起き仕入れがストップするも、代替先からの仕入れで解決した。
2024/04/16
-
工場が吹き飛ぶ爆発被害からの再起動
2018年の西日本豪雨で隣接するアルミ工場が爆発し、施設の一部が吹き飛ぶなど壊滅的な被害を受けた川上鉄工所。新たな設備の調達に苦労するも、8カ月後に工場の再稼働を果たす。その後、BCPの策定に取り組んだ。事業継続で最大の障害は金属の加温設備。浸水したら工場はストップする。同社は対策に動き出している。
2024/04/15
-
動きやすい対策本部のディテールを随所に
1971年にから、、50年以上にわたり首都圏の流通を支えてきた東京流通センター。物流の要としての機能だけではなく、オフィスビルやイベントホールも備える。2017年、2023年には免震装置を導入した最新の物流ビルを竣工。同社は防災対策だけではなく、BCMにも力を入れている。
2024/04/12
-
民間企業の強みを発揮し3日でアプリ開発
1月7日、SAPジャパンに能登半島地震の災害支援の依頼が届いた。石川県庁が避難所の状況を把握するため、最前線で活動していた自衛隊やDMAT(災害派遣医療チーム)の持つ避難所データを統合する依頼だった。状況が切迫するなか、同社は3日でアプリケーションを開発した。
2024/04/11
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方