稀有の高波

この事例では、三陸沿岸を中心に、関東から北海道にかけての太平洋側とオホーツク海側の海岸に高波が打ち寄せた。図5に波高分布図を掲げる。10月7日には、関東から北の太平洋側は、「おおしけ」に該当する波高6メートル以上となっており、青森県八戸沖には11メートルという稀有(けう)の高波が見られる。翌日の8日には、北海道のオホーツク海側にも8メートルの波高域が出現した。

写真を拡大 図5. 2006年10月7日と8日の波高分布(気象庁による)

図6は、青森県八戸で観測された波高の時系列図である。八戸では、10月7日朝から1日あまりの間、波浪警報基準の波高6メートルを超える「おおしけ」の状態で、最大波高は8メートルに近かった。しかも、図6に記入されているように、波の周期が12秒以上もあり、破壊力の大きいうねりを伴っていた。実際、三陸沿岸や、北海道の太平洋側とオホーツク海側の沿岸では、海岸施設や水産施設などに甚大な被害があった。

写真を拡大 図6. 八戸における波高の推移(2006年10月5日0時~9日23時、国土交通省のデータに基づく)

問題の核心

この温帯低気圧による災害の後、特に東北地方の漁業関係者から気象庁に対し、気象情報の改善要望が伝えられた。「台風なら怖いことをみんな分かっており、厳重な警戒態勢をとるが、(温帯)低気圧ではピンとこないことが多い。台風並みの強さがあった今回の場合などは、もっとはっきりとその旨を伝えてほしかった」というのである。

これは、昔から指摘されてきた悩ましい問題である。この災害から14年が経過した現在でも、まだ解決していないと筆者は思う。「台風」のネームバリューは絶大で、「台風」と聞けば人々は警戒してくれる。しかし、「発達した低気圧」では人々はなかなか危機感を持って受け止めてくれない。

「台風並みの低気圧」という表現を聞くことがある。しかし、それは「温帯低気圧は台風より格下」という考え方を前提にしている。そもそも台風とは、熱帯域に発生する低気圧のうち最大風速が17メートル/秒に達するものをいうが、その程度の風を吹かせる温帯低気圧はいくらでもある。だから、「台風並みの低気圧」は意味不明の表現なのだ。気象庁も、この表現については、不適切であり使用を控えることとしている。

発達した熱帯低気圧を「台風」と呼ぶのだから、発達した温帯低気圧にも特別の呼称を求める声は多い。しかし、なかなか名案が出てこない。実は、1960年代に「旋風」(せんぷう)という呼称が提案されたことがあるが、定着しなかった。最近は「爆弾低気圧」を使う人があり、定量的な基準も提案されているが、基準が低すぎて乱発気味になる懸念がある。しかも、戦争を想起させる粗野な表現であることから、気象庁はこれをも使用を控える語としている。

問題の核心は言葉の使い方ではない、と筆者は思う。何より重要なのは、「温帯低気圧は台風より格下」という先入観の打破である。温帯低気圧がどのような振る舞いを見せ、何が起こるのか、風や雨が、どこで、いつ、どの程度に強まるのかを的確に予想し、危機感を適切な表現で伝え、人々が先入観なく額面通り受けとめて対策に生かすしくみが重要である。