多くの組織で防災訓練がマンネリ化し、参加者の意識を高めるのが難しいという課題を抱える人は多い。こうした状況を改善し、災害を正しく理解して危機意識を醸成してもらうために、能美防災株式会社ではVR(バーチャルリアリティ)を活用した災害疑似体験コンテンツを開発。『火災臨場体験VR ~混乱のオフィス~』の続編として、『地震・津波臨場体験VR ~命をつなぐ選択~』もリリースした。その開発背景や他にはない特長、今後の展望を特販事業部 主査 佐々木聰文さんに聞いた。


防災訓練に身が入らないという課題を解決したい

能美防災は、関東大震災を契機に100年以上にわたって、主に火災から生命・財産を守る防災設備を提供し続けてきた、防災事業のトップメーカーだ。オフィスビルやマンションに設置されている自動火災報知設備やスプリンクラー設備をはじめ、トンネルやプラント、文化財、さらには船舶といった、あらゆる生活空間に能美防災の防災設備が使われている。

特販事業部 主査 佐々木聰文さん

能美防災が手がける『火災臨場体験VR~混乱のオフィス~』は、仮想空間でリアルな災害体験ができることから、企業の防災訓練や自治体の防災イベントなどで広く活用されている。なぜ防災設備メーカーがVRを使った災害体験コンテンツの開発に踏み切ったのだろうか。

「防災訓練は自社での主催、あるいはテナントとして入居しているビルの主催で定期的に行われていますが、訓練を主催する方の課題として、『参加者が防災に関心がない』『仕方なく参加しているだけで、自分事として捉えられていない』といったもどかしさを感じている方が非常に多いことが分かりました」

人間には、予期せぬ危険が迫ってきたときに「なんとかなる」「自分は大丈夫だ」と危険を過小評価する「正常性バイアス」が備わっている。このバイアスがあることにより、災害時に逃げ遅れてしまうことも少なくない。

「人は、イメージしていないことを行動に移すことが難しいとされています。しかし、目の前の危機を正しく認識ができれば、行動が変わってくるはずです。できる限りリアルに災害を体験できれば、災害に対する危機意識を醸成できると考えました」

ゲーム会社とタッグを組むことで「臨場感」を実現

能美防災のVRの大きな特徴が、没入感の高さだ。体験者はヘッドマウントディスプレイを装着し、手に持ったコントローラーを操作して行動する。『火災臨場体験VR~混乱のオフィス~』では、同僚の動揺した声や火災報知器の音が聞こえる中、煙が充満する廊下の中を出口を探しながら進んでいく。煙の臭いこそしないが、実際の火災現場にワープしたような感覚になる。「消防士の方に体験いただいたときには、実際の火災現場の煙の色や動きはまさにこのような状態だ、と驚かれました」と佐々木氏は語る。

臨場感の演出に大きく貢献しているのが、今回のプロジェクトでタッグを組んでいる株式会社グランゼーラだ。「防災というとっつきにくいテーマにエンタメ性を加えることで、少しでも『体験してみたい』と思ってもらえるようにしたいと考え、『絶体絶命都市』をはじめとしたゲーム開発を手がける株式会社グランゼーラさんと共同開発を行いました。間口を広く、誰でも『面白そう』と思ってもらえるようにしておきつつ、体験してみると深い学びが得られる。そんなコンテンツを目指しています」と佐々木氏は語る。

実際に体験してみると、リアルな災害事象の描写に加え、様々なキャラクターが動き、話をすることで混乱状態が演出される。プレイヤーは、そこにいる一人として、災害体験をすることができる。​「これは余談ですが、『絶体絶命都市』の雰囲気も残して作られているため、防災イベントなどでファンの方が体験すると、別の意味でも喜ばれました」

『火災臨場体験VR~混乱のオフィス~』は大きな反響を呼び、「火災だけでなく、他の災害もVRにしてほしい」という声が次々に寄せられた。「防災訓練を主催している方からだけでなく訓練に参加した方からも、多くのご要望をいただきました」と佐々木氏。防災訓練の大きな課題である「自分事として災害を考えてもらう」という点にアプローチできたといっていい。

学びの要素を追加し、体験と知識を強烈に結びつける

そこで能美防災では「津波」と「地震」に焦点を当て、『地震・津波臨場体験VR~命をつなぐ選択~』を開発し、このたびリリースにこぎつけた。

街を破壊しながら迫る大津波

今回の『地震・津波臨場体験VR~命をつなぐ選択~』は、有事の際に必要になる行動の実践可否を問われながらストーリーが展開し、体験終了後にはプレイヤーの防災力レベルが判定される。

「今回は、”防災知識・スキルを問う”ことに重きを置きました。東北・三陸地方には、”津波てんでんこ”という言い習わしが昔から伝わっています。地震が起きたら津波が来るので、各自、てんでばらばらに高台へ逃げろ、という意味です。これは他人を見捨てなさいということではなくて、各自が自分の命を第一に考えて避難行動を起こすことの大切さ、そしてその行動が、避難をためらう周りの人にも伝播していくことで、結果的に多くの人の命が助かるという、昔からの知恵だったのだと思います」

こうした知恵も、知らなければ役立てることができない。もっと言えば、知っているだけではとっさのときに使えない。

イメージしてみてほしい。あなたは勤務中に大きな揺れに襲われる。すぐそばには海があり、防災無線からは大津波警報の発令と迅速な避難を促す放送が繰り返し流れている。オフィスから外に避難しようにもエレベーターは止まっていて、危険を感じた多くの人が階段に殺到している。這う這うの体で外に出たとき、振り返るとすぐ後ろにいたはずの同僚が見当たらない。あなたは同僚を探すため、ビルに戻るだろうか。それとも同僚を信じて避難するだろうか。

「『地震・津波臨場体験VR~命をつなぐ選択~』では、シーンの途中でこのような問いかけがなされます。例えばこの問いで言えば、”津波てんでんこ”という言葉とその意味を知っているかいないかで、どう行動すればいいかの判断が変わってくるはずです。また、体験後には防災力レベルが判定されますが、災害の疑似体験とこの判定によって、防災訓練・防災教育への意欲向上につなげてもらいたいと考えました」

「『地震・津波臨場体験VR~命をつなぐ選択~』は全15シーンで構成され、その中から5シーンを選択してストーリーが展開されます。1つのシーンは1~2分程度になるように作っています。また、3シーンを選択して体験するダイジェスト体験も可能です​」と佐々木氏。地震や津波を疑似体験し、自分の行動が命を守る行動につながっているのかを、わずか数分で頭と体に刻み込むことができるというわけだ。

問い合わせ不要。カートに入れるだけでレンタルが可能

地震や火災といった災害を疑似体験できる施設は、日本各地に点在しているが、誰もが容易にアクセスできる場所にあるとは言い難い。また、自治体や消防署が連携した防災イベントも各地で開かれるようになったものの、実施時期は限定的である。災害発生に備えた取り組みを行おうにも、「何をしていいかわからない」「集客に不安が残る」など課題は多い。

その点、能美防災のVRキットは専用サイトからのネット注文によって全国に配送され、どこでもインパクトのある体験が可能である。

セット内容。電源を入れて専用パソコンとヘッドマウントディスプレイ(HMD)を専用のUSBケーブルでつなぎ、HMDのプレイエリア設定を行えばすぐにプレイが可能

キットのレンタルサービスは、インターネット上で申し込みが可能。「ネット通販で買い物をするように、クリックするだけでキットのレンタルが可能です」

XRプラス
https://www.xr-plus.jp/

次のテーマは、活動周期の長さから防災意識が向きにくい「火山災害」

シリーズの次なる災害は、「火山災害」になる。現在、日本には全部で111の活火山があるが、いずれも噴火の発生間隔は長い。富士山の場合、前回の噴火からすでに300年以上が経過している。他の災害に比べ、その発生間隔が長い火山災害に対して、人々はなかなかそのリスクを感じられずにいる。中でも、富士山は活動周期から考えて、噴火リスクが高まっていると言える。大規模な噴火が発生した場合、富士山に近い山梨等では大規模な火砕流や噴石によって甚大な被害が想定される。さらには、首都圏を含む広範囲に及ぶ火山灰による被害も甚大なものになると想定されている。

このような火山災害をVRで疑似体験することで意識を高め、備えを充実させていこうという取り組みが、山梨県富士山科学研究所と協働してすでに始まっている。

「富士山の噴火は、多様な事象が想定されていることから、“噴火のデパート”と呼ばれているそうです。富士山を舞台にして、代表的な事象はどういうものなのか、それをどの角度でどう表現したら恐ろしさを感じられるのかということを、研究所の皆さんの知見をお借りして具体化するところから始めていますが、広く日本各地で使える、火山災害の教育コンテンツにしていきたいと考えています。活動周期の長いこともあいまって、火山災害に対する知識は大人も子どもも等しくほとんどないのが実情ですが、広く多くの方々に火山災害の怖さを感じてもらい、備えの充実につながるコンテンツに仕上げていきたいと思います」

災害と向きあい一人でも多くの人の命と財産を守るために、VRを活用した災害疑似体験コンテンツはさまざまなシーンで活用が拡がっている。