たかが停電。されど停電 (※画像はイメージです。Photo by flicker)

■停電時の緊急対応はあなどれない

昨年の10月中旬、東京電力管内でパワーグリッドのOFケーブルが発火したことによる大規模停電が発生しました。都内を中心に50万戸以上が停電、鉄道や信号機の停止による交通マヒが起こり、店舗営業に大きな影響を与えました。幸いにも代替送電ルートに切り替えたことで比較的早く復旧し、首都圏のビジネス全般が深刻な機能不全を起こすには至りませんでした。

停電は、"たかが/されど"の典型です。小規模(=短時間)な停電ならすぐに復旧する(通常は数分~長くて十数分でしょうか)と信じているからあまり気にもなりません。パソコンで仕事をしている人は、こまめに保存ボタンをクリックする習慣がついているでしょうから、せっかく書きあげた資料が丸ごと消えて度肝をぬかれるといったこともないでしょう。業務用の重要機器にUPSと呼ばれる非常用電源を組み込んでいる会社も少なくないので、これも大事には至らないかもしれません。

このように書くと、停電時の緊急対応手順(ERP)を作成するなどというのは、ちょっと大げさ過ぎて作る必要などなさそうだと思えてきます。しかし、慣れというのはコワイもので、このように安心し切っているときに限って、業種や業務の種類によってはニッチもサッチもいかないような冷や汗ものの停電パニックが起こるのです。そこで災害別ERP策定のウォーミングアップとして、最初は「停電」を取り上げます。オフィスなどではあまり深刻な影響が出ないリスクではありますが、意外と地震よりも身近なリスクではあるのです。なんだ停電対策の話かと侮るなかれ。

■あっ! 停電…?(危機の察知)

ERPのアクションには3つの要素―危機の「察知」「伝達」「対処」があることはすでにお話ししましたが、ここではその一つ目、停電の「察知」について考えてみましょう。

ふつう私たちが停電に気づくのは、照明やパソコンの画面が消えた、稼働中の機械装置がいきなり止まった、というときであり、こうした状況がすなわち「停電の察知」に当たるものと考えます。しかし感覚的に停電だと気づくだけでは、ERPの「察知」の仕方として十分とは言えません。少なくともERP的にアクティブに行動するためには、「あっ! 停電か?」の次に来る安全確保のためのアクションも同時に連想できるようにしておきたいものです。"点"ではなく"線"の発想です。そのためには、あなたの会社で起こり得る(あるいはこれまで経験した)停電の原因と、それによる業務への影響をざっと整理してみるのが一番でしょう。

まず停電の原因として典型的なものは、電力会社の送電上の事故や故障、自然災害(地震、台風、落雷等)、社内の電気系統の不具合、電気の使いすぎ(ブレーカーの遮断)などでしょうか。数え上げれば切りがありませんが、ひとまず目ぼしい原因をいくつかリストアップしてください。

次に停電の影響について。例えばオフィス。照明が消える、電話やOA機器、パソコンが使えない、エアコンやエレベータも動かない…。これらがどんな不便さをもたらすか、業務に支障を来すかはこれ以上書くまでもありません。一方、工場ではラインに沿って電気を使用するさまざまな機械装置が稼働しています。それらがストンと止まってしまったら、処理や操作の途中(穴あけ、組立、溶接、加熱、冷却、攪拌、クレーン操作とか)の原材料や製品などがさまざまな影響を受けるでしょう。場合によってはオペレータさんが危険にさらされることがあるかもしれません。

最後は不特定多数の利用者が出入りする施設(サービス業など)の場合。起こり得る事象はオフィスの場合と似ていますが、その影響について最優先で考えなければならないのはサービスを享受しているお客様でしょう。これについては次のセクションで述べますが、停電がいつまでも続けば不安や苛立ちが募り、下手をするとツイッターにアップされて信用失墜につながったりします。

■観光ホテルのマネージャは頭を下げっぱなし(危機の伝達)

ERPの二つ目の要素は危機の「伝達」です。しかし停電というインシデントを考えた場合、ここでみなさんはハタと困ってしまうかもしれません。というのは、地震と同じで、その場にいるみんなが一斉に停電だ!と気づくわけだから、だれかに停電であることを「伝達」する必要などあるのか?という戸惑いを覚えてしまうだろうからです。
 "危機の伝達"とは、言い換えれば危険や不安、あるいは被害を拡大させないための「緊急時のコミュニケーション」と読みかえることができます。停電の発生によって焦りや不安にかられる人々の顔を想像すれば、誰に何を伝達すればよいか見えてくるでしょう。次のケースをご覧ください。

ある老舗の観光ホテルは、夏休みとあってたくさんの旅行者や家族連れでいっぱいでした。ところがぼちぼち夕食が待ち遠しくなる午後の時間帯に、とつぜん停電が発生したのです。どうも電力会社の送電トラブルではないらしい。急きょブレーカーなどをチェックしましたが問題はない。従業員たちは停電の原因がさっぱりわからず右往左往するばかり。

こうしている間にも客室はエアコンが切れて蒸し暑くなり、テレビも見れない。窓のない廊下についているのは非常灯だけで、館内放送もできない。たまたま外出先から戻ったマネージャはホテル内のパニックを目の当たりにしてびっくり仰天です。急きょフロントや客室係、厨房の調理師さんたちを集め、汗だくになりながら全ての客室を一つひとつ回ってお詫び行脚に徹する羽目に…。


停電は、業種によってはこのケースのように従業員にもお客様にもパニックを引き起こします。こうしたパニックを回避するためにはどんな伝達をすべきでしょうか。

一つは「従業員への停電措置の呼びかけ」です。オフィスならコンピュータ機器の正常終了や正常再開のための何らかの緊急手順があるでしょう。工場の電気駆動の装置群も対処方法は同じです。食品関係の工場では、冷蔵室や冷凍庫の運転手順や保管品の取り扱いに手を加えるかもしれません。もう一つは、上記の観光ホテルのようなケースでは「利用者・お客様への通知」が必須でしょう。停電が起こったこと、原因を確認中であることの2つはすぐに伝えられることが大切です。

■停電の緊急対応(危機への対処)

さて、ERPの3つ目の要素は「危機への対処」です。どの業種、どの業務、そしてどこが(だれが)最も停電の影響を受けるかで対処の方法やプライオリティは異なりますが、基本的には次の2つのポイントを押さえておきましょう。

一つは「停電の原因究明と復旧」です。このアクションですぐに停電の原因が分かり、復旧できれば申し分ありません。しかし実際には、緊急点検だけでは原因がよくわからなかったり、原因がわかってもすぐには復旧できないやっかいな事態になっていることも少なくありません。因みに上に述べた観光ホテルの停電の原因は意外なものでした。このホテルでは排水処理タンクから一段低くなった場所に受電設備を設置していましたが、あろうことか、何らかの原因で排水処理タンクがつまって水があふれだし、受電設備が冠水してしまったからでした。

そして、何らかの理由で復旧がはかどらないまま時間が過ぎていくところに停電のもう一つのリスク―利害関係者に迷惑がかかり、信頼を喪失するリスク―が生まれます。この種の影響を封じ込めるためにも、停電の復旧が少し長引きそうだと判断した時点で、速やかに利害関係者に現状と見通しを知らせる措置を行ってください。これが2つ目です。とくに停電の影響が納期の遅延や品質の低下を引き起こす製造業や、お客様の不満や苛立ちにつながるホテル・旅館等のサービス業では必須です。コミュニケーションの必要性という意味では先に述べた「危機の伝達」と同じですが、このフェーズでは「停電の(物理的・心理的)影響を拡大させない」ことが主な目的です。

主な緊急対応手順は以上の通りですが、これらのほかに、危機の発生を「未然に防ぐための対策」をERPに盛り込むことも大切です。例えば受電設備が災害の影響を受けやすい場所に設置されているなら、嵩上げや移設によって、水害や津波、土砂災害の影響を受けにくい場所と高さに設置しなおすといったことです。また、予備の電源を確保したり、必要最小限の電気を有効に活用できるように、用途の重要度に応じてプライオリティを設けておく、といった工夫も有効です。停電を想定した訓練を定期的に実施することもお忘れなく。

(了)