災害対応にはルールがある!ICS14の特徴


講師:株式会社日本防災デザインCEO 


    (元在日米陸軍消防本部)熊丸由布治氏



東日本大震災では、自治体、警察、消防、自衛隊、医療機関などさまざまな機関が連携して対応にあたったが、一方で指揮調整に混乱が発生するなど課題も残した。1970年代の米国カリフォルニア州における森林火災への対応の反省から生まれたとされるICS(インシデント・コマンド・システム)は、災害時にさまざまなチームが連携できるよう組織体制や用語を統一し、資機材の規格に至るまで標準化。1990年代以降は災害だけでなくテロやオリンピックのような国際的なイベントでも採用され、事実上の世界基準となっている。今まさに日本国内でも災害対応標準化の議論が進むなか、企業や自治体はどのようにICSを活用することができるのか。講師は日本防災デザインのCEOで、ICSに精通する熊丸由布治氏。





2011年3月11日に発生した東日本大震災は、地震、津波、原子力災害など複合型の災害を引き起こし、災害に対応する組織にとって多くの課題を残しました。現場は混沌とし、誰が何に対してどのように対応するべきか、優先順位をつけるべきか、意思決定しなければならないのか、すべてルールがない中で進行してしまいました。 



このような時に、誰がどのようなアクションを起こせばいいのでしょうか。国なのか、自治体なのか、企業なのか、消防なのか、警察なのか。私は、このような大規模災害に対してはシンプルに組織を横断した「チーム」で対応しなければいけないと考えています。ICSは簡単に言うと、意思決定するためのルール、合意形成を生むためのルールを明確化した「チームビルディングの手法」なのです。




ICSの意味 


ICSはインシデント・コマンド・システムの略称です。ではインシデントとは何なのでしょうか。辞書では、事件や事故とか書いてありますが、ISOでは「中断、阻害、損失、緊急事態、または危機になり得る、またはそれらを引き起こし得る状況」と定義されています。 



次のコマンドは、よく調整やコーディネーションと勘違いされている方もいらっしゃいますが、私は明確に「指揮」だと思っています。迅速な意思決定のためには、現場レベルで法制、規制、または代理権に基づく指示・命令・統制を発動することが必要とされています。私はさらに、現場で活動する人々の安全を確保するため、強いリーダーシップに基づく指揮(コマンド)が重要なエッセンスになると考えています。 



最後のシステムはどのようなものでしょうか。調べてみると、相互に影響を及ぼし合う要素から構成されるまとまりや、仕組み全体を指します。日本語では制度、方式、組織、機構といった多数の言語に該当しますが、「機能私はするための構造」と訳しています。チームとして確実に機能するための構造です。 



人間が2人以上集まると社会が形成されます。例えば夫婦間でも、それぞれの能力に応じて、機能と役割分担が決められていると思います。それがうまく作動しなくなると、危機が発生します。




機能と役割分担


さて、ICSでは機能と役割分担が非常に大きなキーワードとなります。「2人以上集まったら、どちらかが指揮官になる」ということが、ICSの大原則になります。そしてコマンドを支持するサポートをする人(COMMAND STAFF)を、私は指揮幕僚スタッフと訳しました(図1)。指揮幕僚スタッフには、安全官、広報官、渉外官が配置されます。この中で、安全官は非常に大きな権限を持っています。なぜなら、ICSはチェーン・オブ・コマンドと言って、命令系統は絶対に守らなければいけないのですが、唯一、安全官だけは作業中止命令を出せる権限を持っています。いわゆる第2の指揮官の眼を持つということで、指揮官の暴走を食い止める役割を担っているのです。その下が、ゼネラル・スタッフです。私は一般幕僚スタッフと訳しています。まず、運用部(Operations)があります。これは現場の最前線で活動する実行部隊です。以下、計画部(Planning)、後方支援部(Logistics)、財務管理部(Finance)と続きます。 



よく、「ICSは組織図なのか」と聞かれますが、そうではありません。規模が小さければ、1人何役でもかまいません。ですが規模が大きくなれば、そうはいきません。これはあくまで機能なので、機能がうまく働いているかどうかということがポイントであることをご理解ください。 



また、ICSではインシデントタイプ(事案規模)を人工と作業活動時間で分けています(図2)。Type5というのは2個小隊まで。部隊としては6人までの事案を扱います。現地に到着してから数時間で片付く事案です。Type4は、1つのオペレーションピリオドがおよそ8時間から12時間です。同じようにType3からType1まで分類され、通常の災害の95%がType3からType5までにあてはまると言われています。 



ポイントとしては、Type5は現場に指揮官を配置しますが現場指揮官以外は設置する必要はありません(図3)。


Type4では、危険物災害にはインシデント・アクション・プラン(災害対応計画)を書面にしなさいという約束事が発生します。1つの活動サイクルでは処理できない、初動対応のみでは対応が困難なレベルがType3。実行部隊が最大200人、全ICS組織が500人規模になると、Type2になります。国や他県からの支援が必要になる状況です。組織が500人以上になると、Type1になります。 



最近の日本の災害を見ていくと、このType1、Type2の事案が多発しています。そのため、今後は標準化に向けたルール作りや、合意形成をするためのコンセンサスを得ることが非常に重要になると考えています。




オールハザードに対応


最近の世界の災害事情を一覧表にしてみました(図4)。最大のものは、2001年の全米同時多発テロ事件です。ここからアメリカの危機管理対応の取り組みが本格化しました。その後も2003年にアメリカで大停電が発生し、影響を受けた人は5000万人にのぼりました。電車、エレベーター、断水、交通マヒなどが起き、金融赤字は60億ドルとなりました。電気が消えただけで現代社会は深刻な事態が発生します。その他もスマトラ沖大地震、アメリカを襲ったハリケーン、カシミール大震災、東日本大震災など、Type1、Type2レベルの甚大な災害が発生し、さらに多様化、広域化していることが分かります。 



ICSの適用範囲は、オールハザードです。全てのインシデントに対応できるようになっています。さらにイベントなどでも使えます。例えば2020年に開催が決まった東京オリンピック・パラリンピックから、町の小さなお祭りまでICSは対応できます。



私たちは米軍基地でお祭りを開催しますが、その時にもICSの手法に則ってイベントを運営しています。もちろん突発的な自然災害から、技術災害、テロのような人為的災害までさまざまなものに対応できるのがICSの大きな特徴です。 



下に、ICSの14の特徴やルールをざっと挙げてみました。それぞれの性質を見ていきます。




1.統一された用語の使用 


災害の規模が大きくなればなるほど、現場にはさまざまな組織、分野から人間が集まってきます。例えば私は東京電力でアドバイザーを務めていますが、最初のころは会議で皆さんしきりに「1エフ」「2エフ」と言っていて、私はどこの1階と2階の話をしているのかと思ったら、福島第1原発が1エフで、第2原発が2エフでした。そのような誤解や了解不足を避けるために専門用語や略語は避け、言語を統一しています。また、組織の名称や機能も統一しているため、どこで誰がどういう機能を果たしていることが分かるようになっています。



2.権限の委譲ルールの明確化


ICSでは現場に最初に入った人が現場指揮官になります。それは自主消防組織の方かもしれないし、町内会の方かもしれません。それでもICSでは誰であろうと最初に現場に入った人が現場指揮官になるという大原則があります。その後、消防隊が現地に到着したら指揮権を委譲します。より適切な資格を持つ指揮官が到着すると、どんどん指揮権が移譲されます。そして指揮権は肩書によって移譲されるのではなく、より適した資格を保有することが重要視されます。そのほか、法律によって指揮官が規定される場合、事案の性質、複雑さが変化した場合、指揮官が休憩する場合には指揮権が移譲されます。例えば、銃の乱射事件などでは消防は指揮をとれませんので、やはりFBIなどの警察関係が指揮をとります。また、指揮官も休憩を取らなければ適切な判断ができなくなるため、適切にローテーションさせるシステムを作っています。



3.指揮命令系統の統一 


図5の左側が災害・事故現場、右側が非現場、いわゆる政府や自治体の災害対策本部のようなものです。言い方を変えると、左側が実行役で、右側が調整役ともいえます。中心に共通情報図(COP:Common Operation Picture)とあります。これは、現場も本部も同じ情報を共有しながら対応するということです。指揮と調整は、相反する形ですが、これが補完性を持って補い合いながら、チームとして機能していくという形が、ICSの求めるところです。



4.複数組織が関わる現場での統一組織(図6)


これは米国で一番もめた部分でもありました。みな異なる組織の指揮下に入るのは嫌がるからです。ICSでは、これも明確化しました。例えば自衛隊、消防、警察が連携するとしたら、それぞれのトップが3人で合議形式の1つの頭脳を形成するのです。安全官、広報官、渉外官なども共通のスタッフとして配置します。実行部隊もすべて機能で共通化します。


そのようにして、1つの目標に向かって協調した体制の組織運営が可能になるのです。



5.目標による管理(図7) 


ICSは対応目標の優先順位を明確化します。当然ですが、人命の確保が最も優先され、事態の鎮静化、財産や環境の保護と続きます。図8はそのフォーマットです。決められたフォーマットを埋めることで、目標による管理を徹底します。目標を定めて、自分たちの部隊がそれを把握して入れば、指揮官が詳細な事項まで命令せずとも、構成員の自律的な行動を確保することができるのです。



6.災害対応戦略計画の策定(図8) 


災害対応戦略計画(IAP:インシデント・アクション・プラン)も、標準化された書式で記録に残すことが非常に重要です。東日本大震災の時には議事録がなかったことが問題になりました。この標準化した計画策定の積み重ねが、COP作成につながっていくのです。COPは、例えて言えば、野球のスコアボードです。テレビで野球中継を途中から見始めても、スコアボードを見れば現在の試合の状況が一目瞭然で分かります。今、誰がピッチャーで誰がバッターで、試合は何点対何点か。災害時にCOPを見れば、現在どこに何人要救助者がいて、どこのインフラがどれくらい崩壊して、どこで救援物資をどのくらい要請しているかが分かる仕組みになっています。そのCOPを見ながら、新しくIAPを策定することで、現場でも本部でも共通の理解が可能になるのです。状況を把握して、対応目的と戦術、計画立案を全員が共有する。それをまた評価することで、新しく計画を見直すことができるのです。



7.事案規模に応じた柔軟な組織編制(図9) 


これは、組織は必要に応じて、アメーバのように伸び縮みできるシステムのことです。災害対応には実行部隊が必要ですが、もしかするとハンマー1本で対応できるかもしれない。ハンマー1本で足りなければ、ほかの工具を集めて組織を構築すればいい。このセオリーに従って組織を構築すると、何千人の組織でも運営ができるのです。



8.監督限界 


どんなに優秀な指揮官でも、コントロールできる限界は多くて7人だと言われています。適正管理人数は5人です。このことは、会社の運営にもあてはまるのではないでしょうか。東京電力の危機管理体制では、原子力発電所の所長以下14班が横並びで、対応を難しくしていました。1人の指揮者に対して管理適正は5人までというルールに従って組織を構築することが、ICSでは明確に定められています。



9.統合された資源管理


10.統合された空間利用


11.統合された通信システム


統合された資源管理には、人間も含まれます。資源をどのように分類し、発注し、配達し、どのように回収していくか。すべて統合して管理します。空間の管理もICSの中で待機所(StartingArea)、基地(Base)などあらかじめ決めていかないと、オペレーションに不備が生じます。通信システムも同様です。共通の通信計画案やシステムの相互運用性の確保が必要になります。最近、米軍ではICRI(Incident Commander's Radio Interfase)の導入を検討しているところです。



12.統合された情報処理システム 


情報=事実ですが、間違った情報もたくさん入ってきます。情報のトリアージを行わなければいけないのですが、どこに情報や事実があるのか。やはり正しい情報は現場にあります。だから現場に意思決定をさせないと、間違った決定が行われる可能性があるのです。もちろん情報は双方向の理解が必要で、ただFAXなどで送りつけるだけでなく、それをどう受け止めてどういうフィードバックがあるかということを含めて情報共有が必要になります。正確な情報によるマスコミ対応も大変重要です。そのために広報官を指揮官に近いポジションに置き、インフォメーションセンターを立ち上げて正確な情報を発信するということがICSの仕組みの中に入っています。 



そして、これまで何度も出ているCOPを作成し、状況認識の共通化を図っていくのです。



13.災害対応業務の透明化。質の確保


14.計画に基づく人員。資機材の投入


ICSでは現場に到着した到着報告(Check In)から始まり、対応計画を策定し、指揮命令系統の統一を確認するなど、チェックポイントを定め、災害対応業務の透明化を図り、質を確保しています。対応計画は、状況を分析して立案に当たります。その計画に基づき、人員を配置し、資機材を投入します。よく災害現場で、お互い誰だかわからないまま活動していることがあります。そのようなことを防ぐために、誰が現場で活動しているか把握できる状況を作らないといけません。そのため、人員や資機材を勝手に動かしてはいけないことにしています。撤収も同様で、スムーズな撤収計画を実施しなければいけない。これも重要なルールです。 



以上、ICSの14のルールを説明しましたが、大事なのはルールを決めることで災害対応の質を向上させることです。ICSは生命・財産・環境をあらゆるインシデントから守るための優れたチームビルディングの手法です。ICSとはチームとして共有しなければいけない概念であり、コンセプトなのだということです。




(資料提供:熊丸由布治氏)