株式会社日通総合研究所経済研究部顧問 長谷川雅行


あらゆる業種の活動を支える社会経済基盤

写真を拡大発災翌朝に新潟から被災地に向かう東日本大震災緊急救援物資輸送車両 写真提供:日本通運


東日本大震災をはじめ、そして過去の災害でも、物流は社会インフラおよびライフラインとして被災直後の「緊急救援物資輸送」から、復旧・復興まで大きな貢献を果たしてきた。特にサプライチェーンが多様化、複雑化する近年、物流のBCPはあらゆる業種の活動を支える社会経済基盤の1つと言っても過言ではない。物流におけるBCPの重要性とその構築方法を、株式会社日通総合研究所経済研究部顧問の長谷川雅行氏に寄稿いただいた。



1.東日本大震災で、物流が果たした役割
あの日から1年、2012年3月11日に政府主催の東日本大震災一周年追悼式が東京・国立劇場で、心臓バイパス手術後間もない天皇陛下のご臨席の下で行われた。式典には約1200名が国内外から招待されたが、その中には全日本トラック協会会長をはじめ物流業界団体トップの姿もあった。これは、物流が社会インフラ、ライフラインとして被災直後の緊急救援物資輸送や、復旧・復興に大きな貢献をしたからに他ならない。

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、当初、緊急救援物資輸送が大混乱した。神戸市では、1月20日以降、市内4カ所に配送拠点を設置、さらに物資倉庫(配送拠点をバックアップするための一時的な備蓄倉庫)を2カ所設置した。うち、摩耶埠頭とグリーンアリーナ神戸の配送拠点については、その運営を物流事業者に委託することにより、避難所への配送が順調になった。 

また、2004年の新潟県中越地震では、北陸信越運輸局および新潟県トラック協会によって、被災市町村に物流専門家が派遣され、緊急支援物資の集積所における積卸作業や、避難所への配送計画の策定を支援した。 

2007年の中越沖地震では、発災翌日に、新潟県トラック協会が、最も被害が大きかった柏崎市に物資の専門家を常駐させるとともに、バックヤードとして民間の倉庫を確保して、スムーズな緊急救援物資輸送を実現した。 

東日本大震災に際しても、物流は社会インフラおよびライフラインとして、被災地への緊急救援物資輸送やサプライチェーンの維持に大きく貢献した。 

まず、緊急救援物資輸送については、発災翌日の3月12日から緊急通行路として指定された東北高速道等を利用して、全国から食料・飲料水・毛布などの生活物資を運んだ。 

トラック運送事業者の業界団体である、全日本トラック協会、都道府県トラック協会の傘下事業者、災害対策基本法で定める指定公共機関である日本通運では、3月12日から5月9日までに、政府の緊急対策本部の要請で、食料品1897万食、飲料水460万本、毛布45万枚を延べ2032拠点に配送した。 

日本貨物鉄道(JR貨物)では、石油不足に対応して、ふだんは走っていない磐越西線や遠く羽越線・奥羽線経由で、大量のガソリン・軽油・灯油をタンクローリーに換算して約3000台分、タンク車で郡山・盛岡に送り込んだ。 

航空会社も秋田・山形・花巻などの周辺空港に臨時便を飛ばして、緊急救援物資輸送を行った。 

海運でも、フェリー会社が北海道から自衛隊の車両や緊急救援物資を運んだり、内航船が日本海側の港湾を活用して穀物・石油等を輸送した。 

とくに、被災3県と青森・茨城両県は東日本有数の畜産県であり、八戸・石巻・仙台・塩釜・鹿島などのサイロを備えた港湾が利用できなくなり、家畜の飼料輸送に大きな影響が出た。それを北海道や西日本から内航船で日本海側諸港を経由して、飼料を輸送したのである。東北北関東の家畜にとっては、・サプライチェーンどころか「ライフライン」そのものだったと言えよう。 

また、先の国交省の記録には、1節を立てて、「物流専門家の派遣等民間物流事業者の協力」が挙げられている。 

これは、先述の阪神・淡路、中越、中越沖の地震災害時と同様に、物資集積拠点の運営および物資集積拠点から避難所等への輸送について、円滑化を図るため、関係地方自治体等に、物流企業からの物流専門家を派遣したことを指す。岩手・宮城・福島・茨城の4県に、トラック協会等を通じて、物流事業者から専門家が派遣され、物資の集積拠点から避難所等への輸送を円滑化し、日々変化する現場の避難所のニーズに対応したきめの細かい輸送を確保するうえで重要な役割を果たした(図1)。 

それ以外にも、個々の物流事業者が、自らも被災しながら救援活動に取り組んだことは言うまでもない。 とくに岩手県においては、岩手県トラック協会の提案で、岩手県産業文化センター「アピオ」(約1万8000㎡)を利用して、緊急支援物資の受入保管、配送のための仕分け業務を行ったことで、緊急支援物資の輸送が円滑に実施された。提案したトラック協会と、展示会開催中の施設を直ちに緊急支援物資用の拠点に使うことを決めた岩手県の判断は、高く評価される。国土交通省の「災害に強い物流システムの構築に関する協議会」でも「岩手方式」と名づけられて、各地に紹介されている。




2.災害時、物流業者の事業の停止によってもたらされる影響


大規模災害をはじめ大事故などで、交通が遮断されると、社会経済に大きな影響が出る。 



例えば、1979年7月に発生した東名高速道の日本坂トンネル火災事故では、7名が焼死したほか、トラック・乗用車など173台が燃え、完全に鎮火したのは69時間後であった。これにより、東西の大動脈である東名高速道は1週間も不通となり、幹線輸送や経済活動に大きな障害となった。 



東日本大震災では、部品サプライヤーの被災による操業停止や交通の遮断により、サプライチェーンの断絶が問題となった。PETボトルのキャップや納豆カップのフィルムなどが届かないため、最終製品の生産が止まってしまった例もある。 このような事例は、今回に限らない。かなり前であるが、年末の大雪で名神高速道路が閉鎖されたときに、某メーカーで正月用商品に貼る特注ラベルの納品が遅れて、危機一髪で間に合ったこともある。 



東日本大震災でも発災直後に、「部品メーカーへ行って、あるだけの部品をかき集めて、航空便を使ってでも取り寄せろ」と指示した大手組立メーカーもあったと聞く。 



また、前述の家畜飼料が届くか届かないかは、家畜の生死、即ち、畜産業の存続に関わる問題となる。 東日本大震災では、物流・ロジスティクスが社会経済を下支えする「社会インフラ」あるいは「ライフライン」であったことが、強く認識されたのではなかろうか。それが冒頭の、震災一周年追悼式の参列者にも現れている。 また、今後、全国の各地方自治体の協力によって本格的に始まるであろう、震災がれき処理のための輸送にしても、物流の果たす役割は大きい。




3.物流業者はいかに事業継続計画を考えればよいか


先述したように、被災地の物流事業者は自らも被災しながら、緊急救援物資輸送やサプライチェーンの維持に懸命の努力をした。しかし、被災状況によっては、事業継続ができなかった物流事業者もあった。 



そこで、地震・津波などの災害リスクや、交通事故・貨物事故、荷主の倒産等、物流事業を取り巻くさまざまなリスクに対して、経営者は事業継続計画(BCP)を策定しておかねばならない。



(1)いま、なぜBCPなのか 


東日本大震災など大きな災害が起きるたびに、物流業者には荷主から、BCP(事業継続計画)についての問合せ・要望が多く寄せられている。 



「会社が被災した際のBCPはあるか。なければ作って提出して欲しい」「被災後の復旧所要時間を教えて欲しい」「過去に発生した事業停止状況と対策を報告して欲しい」「傭車・下請にBCPを策定させているか」「燃料や傭車について、供給元を複数確保しているか」「主な事業所の災害に対する安全性はどうか」などである。 



一方、企業はゴーイング・コンサーンであり、災害時の事業継続は死活問題である。そして、何よりも従業員の生命・安全を守らなくてはならないという義務がある。 そこで、物流事業者側もBCPづくりを始めているが、なかなか参考になるものがないのが実態である。ここでは、中小企業が大多数を占める物流事業者のBCPづくりに少しでも役立つように、そのポイントを掲げる。誌面の都合で項目のみになるが、ご容赦願いたい。



(2)物流業のBCP 


BCPとは、地震や風水害、あるいは事故などの不測の事態によって、通常の事業活動が中断した場合に、可能な限り短期間で重要な機能を再開させ、業務中断による経済損失を極小とするための計画である(図2)。 



地震等の天災による物流サービス供給力の落ち込みを、いかに少なくするかが、「経済損失を最小にする」ことであり、BCPのなかで大きな役割を占める「防災」「減災」である。図2の「③許容限界以上のレベルで事業を継続させる」のが、防災・減災対策で、ピンクの矢印部分に相当する。例えばトラック10台の業者があって、事前の防災・減災対策を取らなければ10台全部稼働できないが、適切な防災・減災対策を講じておけば3台は稼働可能というようなことである。



その後、いかに早く復旧させるかが、「可能な限り短時間で再開する」ことである。図2の「②許容される期間内に操業度を復旧させる」であり、例えば、被災当初は3台が稼働可能な状態から、「3日後には7台」「5日後には10台(100%)」のようにである。図の黄色の矢印部分に相当する。 



トラック運送の場合は、道路さえ通じていれば、車両・運転手・燃料を揃えることによって、ともかくも稼働可能になる。一方、倉庫の場合は、被災した貨物の整理、施設・設備の復旧などに時間を要することになるため、トラック運送のように急速には回復しない。しかし、「(荷主が)許容する期間内に」回復できずに、「①目標と現状の復旧時間の乖離」が大きいと、復旧の早い他社に荷主を奪われてしまう。




(3)物流業のBCP策定ポイント


A.基本方針 


①BCPの目的、②復旧目標、③被災のシナリオ「復旧目標」の例としては、「1週間以内に主要荷主(取引先)との取引を復旧する」「3日以内に倉庫から出庫を可能とする(入庫は5日以内)などとする。」



B.重要業務の絞り込み 


①社会的責任、②サプライチェーン(荷主・取引先)への影響、③自社の財務への影響度により、重要業務・重要荷主を絞り込む。重要荷主は、「売上高」や「利益貢献度」で選ぶ例が多いが、後述するように、事業継続にはキャッシュが何より重要なので、「売掛金回収期間」の短い荷主も考慮すべきである。



C.事業継続対策(防災・初動体制・復旧)と手順の決定 


(4)で後述する。



D.手順・組織体制・BCP文書 


以上を踏まえて、次の項目内容と役割分担(組織体制)を決めて文書化し、従業員全員で共有化する。 ①避難、②安否確認、③発災報告、④被害把握(建物・車両)、⑤社内報告、⑥従業員招集、⑦関係先連絡(顧客・行政・業界団体)、⑧業務復旧…。 



①∼⑧は、実際にBCPを運用するときの順番であり、「誰が、いつ、どこで」と実行レベルで落とし込んで行く。



E.訓練と改善 


(5)で後述する。




(4)防災・初動体制・復旧


A.防災 


①自治体が公表しているハザードマップで会社のある地域の危険度を把握して、必要に応じて防災対策(耐震・浸水・荷崩れ防止等)を実施する。燃料もインタンク等で備蓄しておく。 


②消火器、救急用品、避難・救難機材を準備する。食料・飲料水・毛布・救急用品等は最低3日分を備蓄する。 


③通信手段の多重化やデータのバックアップを図る。物流業の存続に必要なデータ(バイタルレコード)には、次のようなものが挙げられる。「個人情報(従業員関係、社会保険関係)「情報システムデータ」「帳簿・名簿・記録・写真・図面」「許認可情報、車検証・保険証等」「財務・会計情報帳簿、通帳番号、印鑑証明カード」など。 


④事務所・車両・倉庫など重要代替拠点をあらかじめ確保する。



B.初動 


初動が全てである。初動ができなくては、その後の復旧もままならない。全従業員が自発的に行動できるように、BCPを共有化したうえで、「私のBCP」「みんなのBCP」として身につくまで訓練する。 


①従業員・家族(構内にいるお客様・取引先)の避難・救出、安全確保、②火災や感染症発生の防止等、二次災害の発生防止、③従業員・家族の安否確認、④発災の社内報告、⑤被災状況の把握、⑥地域と協調した対応。 



東日本大震災でも、本社の指示を待たず、従業員の判断で、地域の救援活動を始めたトラック運送会社も多い。



C.復旧 


①現地復旧。 


②自社の他拠点での代替。  



非被災地の営業所等に移管する。移管を受け入れた営業所等の負荷が増え、繁忙となるので、他地域から人員・車両・荷役機器の応援を出す。 


③他社での代替。  


他社との協力体制や、同業者間での協力体制をあらかじめ、構築しておく必要がある。 


④業務転換、事業の絞り込み、または撤退・廃業。


重要なことは、「資金対策」である。従業員の生活支援や関係先の見舞、燃料の現金払いなど、すぐキャッシュが必要となる。日頃から手元資金を準備しておく。



D.地域との連携 


自社のことだけ考えて行動すると、「地域を無視している」と、企業イメージにマイナスとなる。 


①地域の防災活動・救援活動への参加・支援。 


②地域への施設提供(救護施設・物資集積施設=トラックターミナル・物流センター)。



E.訓練と改善 


平時にできないことは有事にはできない。BCPを策定しても、それが机やキャビネットの中にしまわれていては、イザというときに何の役にも立たない。 



「いま、大地震が起きたら」前の川が溢れたら」「裏の山が崩れたら」「○○高速道が遮断されたら」「感染症や食中毒が発生したら」と、経営者・安全管理者・衛生管理者・運行管理者は「頭の体操」をして、対策を考え、それをBCPに書き加える。 改善されたBCPは、前述のように全従業員が身につくまで、地域防災訓練(地域との連携強化のメリットあり)などの機会を捉えて、反復実施する。 図3のように、物流業を取り巻くリスクは多い。災害対策のBCP策定を契機に、強い企業と人材を作り上げることを望む。



F.先進的なBCPの事例 2008年に東海大学(静岡市清水区)で開催された日本物流学会第25回全国大会で、総合物流事業者である鈴与㈱から同社のBCP策定の取り組みが報告された。同社は東海地震の想定地域を主要事業エリアとしており、物流(港湾、営業・DC)事業、石油・ガス事業、建設事業等を重点事業に絞り込んでBCPを策定しており、大いに参考になる。同社では、繰り返し訓練を行って、つねにBCPを見直しているとのことである。きっと、東日本大震災の教訓や、南海トラフ巨大地震(東海・東南海・南海)の想定見直しを踏まえて、また新たな見直しを進めているに違いない。



【参考資料】


1.「阪神・淡路大震災復興誌」 (2000年2月 総理府阪神・淡路復興対策本部事務局)


2.「東日本大震災の記録」(2012年3月9日 国土交通省)


3.拙稿「物流業における事業継続計画(BCP)策定のポイント」 (2011年7月 日通総研ロジスティクスレポート No.18)


4.拙稿「次の大災害はこう動け」LOGI-BIZ誌2011年12月号


5.拙稿「物流業におけるBCP策定のポイント」流通ネットワーキング誌2012年1・2月号