経営者が関与しない事業継続計画
形骸化した計画が企業の存続を脅かす。
「BCPをオプティマイズ(最適化)」する6つの視点(1)
リスク対策.com 編集長/
博士(環境人間学)
中澤 幸介
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中澤 幸介
新建新聞社取締役専務、兵庫県立大学客員研究員。平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト「平成25年度事業継続マネジメントを 通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務」アドバイザー、内閣府「平成26年度地区防災計画アドバイ ザリーボード」、内閣府「令和7年度多様な主体との連携による防災教育実践活動支援等業務」防災教育チャレンジプラン実行委員など。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」、LIFE「命を守る教科書」等がある。
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策定済みのBCPが、かえって企業の存続を危うくしているとしたら――。形骸化した計画は、「やったつもり」の安心感を生み、災害対応において大きなリスクとなります。本連載では、危機管理の現場を20年以上取材してきた立場から、「最適化すべきBCP」の症状を毎回一つ取り上げ、実効性ある計画へ作り直す視点を6回にわたり提示します
第1回は「BCPが社会的責任として捉えられていない」問題をフォーカスします。BCPを自社の事業を守るためのコストと見なすうちは、投資は進まず計画は形骸化します。自社の事業停止が顧客・取引先・社会に何をもたらすか――企業に求められる社会的責任の視点から、BCPを経営課題へ引き上げる道筋を考えます。
「重要業務」は、誰にとって重要なのか
BCPは「災害時に特定された重要業務が中断しないこと、また万一事業活動が中断した場合に目標復旧時間内に重要な機能を再開させ、業務中断に伴う顧客取引の競合他社への流出、マーケットシェアの低下、企業評価の低下などから企業を守るための経営戦略」と定義されています(出典:内閣府『知る・計画する』)。BCPを既に策定している企業なら、改めて考え直すこともないでしょうが、「特定された重要業務」は、どこまで深く考えて決められているでしょうか。「経営戦略」と明記されているものの、本当に経営者は、内容を見て、把握しているのでしょうか。
重要業務は、自社のBCPの方針に基づき、BIA(Business Impact Analysis)という作業を経て決定されているはずです。事業が停止した場合の影響を業務ごとに評価し、どの業務を優先的に復旧させるかを決め、目標復旧時間を設定する、BCP策定の根幹をなす工程です。
この分析を財務諸表を使いながら精緻に行うべきだ、などと言うつもりはありません。ただし、多くの企業では、各部門にBIAを丸投げして、各部門だけで優先する業務を決めさせていることが多いように思うのです。大きな組織ならその方が効率的なのかもしれませんが、BIAで問われている本質は「事業が止まることにより、自社だけではなく、社会が、市場が、顧客が、どれだけ困るか」、それに対して会社として何を行うのかという、いわば自社の存在意義にかかわることです。仮に売上だけを守れたとしても、顧客の期待を裏切るような結果であれば、その会社の信頼は失墜し、経営に災害や事故による被害以上に大きな損失をもたらしかねません。
製造業で例とされるのが、新規製造よりメンテナンス業務を継続できるようにしておくこと。製薬会社なら、量産薬よりも自社しか作っていない希少薬、つまり止まれば多くの命に直結する事業こそ、売上に優先して守るべきかもしれません。
再度、皆さんにお聞きします。災害により、自社も、顧客も、地域も被災している状況に対し、限られた資源(働ける社員、使える施設・システム等)で、あなたの会社は何の業務を優先的に行いますか?
津波の後、彼らが最初にやったこと
東日本大震災で津波により工場を流されながらも、BCPによって1週間で事業を再開させた会社があります。宮城県名取市に本社を置く廃油リサイクル業者のオイルプラントナトリです。筆者は震災直後から10年後まで、この会社に足繁く通いました。取材を重ねて分かったのは、彼らは常に地域社会のことを考え、その中でBCPを運用していたということです。
同社が震災後、真っ先に取り組んだのは、津波によって自社から流出したオイルタンクを徹底回収することでした。自社の油が地域を汚す、さらなる危険をもたらすことだけは許さない。それが再建の第一歩でした。次に優先したのは、陸に打ち上げられた船や被災したガソリンスタンドから安全に油を抜き取ってほしいという社会からの要請にこたえることでした。廃油を扱うプロの技術が被災地で最も必要とされたことに敏感に気づき、自社の復旧より優先してこうした事業に取り組みました。同社のBCPでは、社員の安全や生活を守ることに加え、地域へ貢献することを優先することが「方針」として示されており、重要業務には、顧客対応業務(3日以内)や収集運搬業務(3日以内)が明記されていました。それに基づいて被災後の復旧事業が行われたのです。そうして得た地域の信頼が、その後の事業の何よりの基盤になっています。
「貢献」と「儲かること」は両立する
ハーバード大学のマイケル・ポーター教授らが2011年に提唱したCSV(共通価値の創造)は、この会社の行動を経営学の言葉で裏づけます。
「社会課題の解決を本業の戦略に組み込めば、社会的価値と経済的価値は同時に生み出せる」。CSVは、企業が本業で利益を創出し、その一部を社会貢献として還元するという従来型の考え方に対し、本業そのものを通じて社会課題の解決と経済価値の創出を両立させるという新たな視点を提示しました。有名な例としては、ネスレはコーヒー豆の調達先である途上国の小規模農家に栽培技術を指導しました。農家の収入は増え、ネスレは高品質な豆を安定調達できるようになりました。ウォルマートは包装削減と配送ルート見直しで環境負荷を減らし、年間数億ドルの物流コスト削減を手にしました。社会に良いことと儲かることは、対立しないということです。
BCPも同じです。有事に事業を止めない力は、自社の損失を防ぐ守りであると同時に、社会が最も困っている瞬間に期待された役割を果たす力です。廃油リサイクル会社にとって、流出油の回収も被災地での抜油も本業の技術そのものでした。本業の継続がそのまま地域の危機の解決であり、そこで得た信頼が復興後の事業基盤になったのです。
買い占める会社は、こうして信頼を失う
逆の例もあります。災害の後、地域のガソリンを買い占めて自社車両に優先給油する、あるいは地域の食料を買い占めて自社の事業を続ける。「うちに限って」と思うかもしれませんが、災害時にはしばしば聞く話です。当人たちは計画どおり事業を継続しているつもりでも、地域の目には「危機に乗じる会社」と映ります。同じ事業継続でも、廃油リサイクル会社とは正反対の評価が下ります。風評は矢となって自社に跳ね返ってきます。
なぜ、このようなことが起きるのか。BCPの理念・方針が全社に伝わっていない、そもそも経営者がBCPに関与していないことの証です。BCPの方針を見れば、「社員の命を守る」「生活を守る」などと美しい言葉が並んでいます。しかし、雛形を丸写ししたような方針では社員に想いは伝わりません。
方針は、経営者の言葉として、わが社は誰のために、何のために事業を続けるのか。有事に何を最優先するのか。何をしないのかを伝えられるものでなくてはいけません。
見直しの起点はただ一つの問い「わが社が止まると、誰が困るのか」です。
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この連載は、災害情報共有システム「Bousaiz」を提供する、TISI株式会社様に協賛いただき、書かせていただいております。災害時の情報共有システムについても、単に被害状況の確認ができるだけでなく、BCPの実効性を向上させるシステムとなっているか、ぜひ考えてみてください。
(リスク対策.com 編集長 中澤幸介)
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