策定済みのBCPが、かえって企業の存続を危うくしているとしたら――。形骸化した計画は、「やったつもり」の安心感を生み、災害対応において大きなリスクとなります。本連載では、危機管理の現場を20年以上取材してきた立場から「最適化すべきBCP」の症状を毎回一つ取り上げ、実効性ある計画へ作り直す視点を6回にわたり提示します。
第2回は「災害の想定規模」を取り上げます。どこまでの被害を想定するかによって、必要な備えも対策も大きく変わります。重要なのは、最大級の災害を恐れて対策を増やすことではなく、自社にとって本当に止めてはいけないものは何かを見極め、必要なレベルまで備えることです。

 

「災害が起きたら、何が起こるのか」を想像できますか

最近は、企業の災害対応訓練を支援させていただく機会が多くあります。特に「BCPの内容がマンネリ化しているので実効性を検証したい」という相談を受けることが増えています。多くは机上演習と呼ばれるもので、実際には行動せず、災害が起きたことを想定しながら、対応を検討し、検証していくスタイルです。

私の場合、机上演習を始める際に、いきなり被害想定をシナリオとして提示することはしません。まず、訓練を実施する前に、参加者全員に宿題を出します。

「今災害が起きたら、どのような被害により、あなたの職場、あるいは業務は、どのような状況になると思いますか」。

ワークシートに、いつからいつまでの間、何が、どのような状況になるのかを書き出してもらい、それが自分のかかわる仕事にどのように影響するのかを具体的に考えてもらいます。

例えば、震度6強の地震が起きたとすれば、建物や設備、電気、ガス、水道、加えて鉄道や道路などの公共交通機関、周辺の社員、取引先、さらにはあなた自身と、その事業を支えるリソースがどのような状況になり、それにより事業が止まるのか、止まらないのかまでイメージしてもらいます。さらに、一人ひとりが考えた被害状況をグループ内で共有してもらいます。他人の回答をカンニングしない限り、まったく同じ状況をイメージするということはまず起きません。一人ひとりが考える被害というものはかなり違いがあることがわかります。

工場などでは、検査キットが壊れたら工場全体が止まるという鋭い考察をされる方もいます。工場へのアクセス道路が通れなくなることで工場へ物資が届かなくなるなどの、現場でしかわからない状況が明らかになることもあります。多くの人が参加するほど、気付きも多くなります。

単純な作業に思えるかもしれません。しかし、組織の災害対応力を知るうえで、この作業は非常に効果があります。あまり、被害状況が描けないような企業は、その後の訓練で、実際に状況付与をしても、なかなか効果的な対策が出てきません。一方、一人ひとりが多くの被害を書き出せる企業では、訓練が始まると次々に課題や対策が出てきます。つきるところ、普段から、さまざまな事態を想定している人のほうが、いざ災害が発生した後の対応力も高くなる、と私は考えています。

画像を拡大 危機管理の3要素(図1)

これは、危機管理の力を1つの円で表すと理解しやすいかもしれません(図1)。危機管理は、言い換えれば、いかに被害を予測し、予測した被害をいかに予防し、防げなかった予測・予防だけで防げなかったことに対して、いかに対応するかです。

 

画像を拡大 予測の占める割合を増やすことで、予防や対応の負荷を減らす(図2)

この予測・予防・対応の3つの力の比率を考えてみれば、予測の占める割合を増やすことで、予防や対応の負荷を減らすことができます(図2)。 もちろん、実際には予想だけで被害を皆無にするようなことはできませんが、予測していることで、予防もしやすくなるし、対応もしやすくなるはずです。予測した範囲内は予防が可能になります。資金や時間の限界がありますから、予測と同じレベルまで予防をすることは難しいと思いますが、予測と予防をしっかりすることで、かなりの対応不可を下げられます。

画像を拡大 対応の負荷が非常に大きい「想定外」の状態(図3)

予測も予防もしていないで対応の負荷が非常に大きくなる状況を「想定外」と呼びます(図3)。 災害シナリオを開示せず、ブラインドでその場でさまざまな事態を状況付与して、対応を考えてもらう訓練手法を採用している企業も多いかと思います。それはそれでまったく否定しませんし、効果的だと思いますが、対応を考えつくことと、実際にできるかは、別に検証した方がよいです。災害時には対応を思いついても、モノがなかった、それをできる人がいなかった、という理由でできないケースが多々あります。

高所作業車を想定していた社員

今回も1つ事例を紹介しましょう。熊本市内にある工務店ですが、この会社は、2026年7月の熊本地震の際、顧客対応にいち早く当たった会社です。顧客の多くの住宅の屋根が壊れ、修理が必要になったのですが、この会社は高所作業車を利用することでスムーズに対応にあたりました。普通は余震もありますから、足場を組んで、屋根に上るまでにはかなりの時間がかかります。この会社は、地震災害を想定して高所作業車の免許をあらかじめ10人ほどに取得させていたのです。地震後、この社員が中心となり災害対応にあたりました。

災害後、屋根にのぼることまでは思い描けても、足場を組むのに何時間かかるのか、余震もある中で、効果的なのか、もっと早く安全に行えることができないかを考えた結果、予防策として高所作業車と作業員を準備していたのです。

 

通信も同じ

通信も同じです。災害時には「電話やメール、グループウェアなどのサービスが使えなくなるかもしれない」と想定し、実際に通信が途絶したら、どの業務が止まるのかまで考えておく必要があります。

固定電話や携帯電話の輻輳(ふくそう)は、過去の災害で繰り返し発生しています。東日本大震災では、企業が導入していた安否確認システムが機能せず、携帯メールが1日以上遅れて届く事例もありました。つまり、「メールやグループウェアなどのシステムを導入しているから大丈夫」ではなく、いつも使っている手段(システム)が使えなかったときにどうするかまで考える必要があります。

インターネットは経路を迂回して繋がる特性(分散型ネットワーク)を持つため、本質的に災害に強いインフラです。さらに、他社の影響を受けない「専有型クラウド」で提供するシステムであれば、データ保護や基盤の面で非常に安心であり、災害時にもシステム自体が稼働し続ける可能性は極めて高いと言えます。
しかし、どれほどインターネットが粘り強く、システムが堅牢であっても、自社オフィスからネットへ接続する「最後の1マイル(光回線や最寄りの基地局)」が物理的に断線・停電してしまえば、社内からはその安心なシステムへアクセスできなくなります。

つまり、「インターネットや専有型クラウドだから大丈夫」とシステムを過信するのではなく、手元の接続手段が絶たれたときにどうするかまで考える必要があります。重要なのは高度なシステムを導入することではありません。自社にとって通信がどれほど重要なのか、何時間、何日までなら通信が途絶しても事業を継続できるのかを見極めることです。

通信が使えなくなることを想定し、必要な代替手段を準備し、実際に使えるかを訓練で確かめる。どこまで想定し、どこまで備えるか。その判断こそが、BCPの実効性を左右します。

 

この連載は、災害情報共有システム「Bousaiz」を提供する、TISI株式会社様に協賛いただき、書かせていただいております。災害時の情報共有システムについても、単に被害状況の確認ができるだけでなく、BCPの実効性を向上させるシステムとなっているか、ぜひ考えてみてください。

(リスク対策.com 編集長 中澤幸介)

 

◆これまでの連載記事◆ 第1回 経営者が関与しない事業継続計画 (2026/08/20)